第百十話 暗殺者と最強の格闘家
前回のあらすじ
カイザル格闘大会の追加賞品として沢村栞が提示された。
欲望に取り付かれたプレーヤー達は、大会参戦権利を得るために神楽を狙う。
午前7時。
人ごみの中をかき分けて走る二人の乙女。
我先にと、神楽を追いかけるプレーヤー達の集団。
集団は走り続ける毎にその規模を増している。その規模、既に二十人を越えていた。
「めんどいわねぇ。理由説明したら、いい加減諦めてくれないかな?」
「無理だね。こいつら皆、正気を失っているからね」
パタパタと羽根を振りつつ、二人の間を飛ぶアスタロト。
「あーちゃんの魔法でなんとかなりませんの? 会場まで一気に飛んでゆくとか?」
「響子の頼みでも、今は無理。私の魔力のほとんどをアリスに付与してるから。それにしても、あの子と連絡とれないのはどうしてかしら?」
会場目指して疾走する二人の速さにプレーヤー達は次々と脱落していくが、足に自慢のある盗賊クラスや忍者クラスの男はしぶとく後を着いてくる。
会場の方向へと走る二人は狭い路地に入る。
酒樽をひっくり返し、水たまりを飛び越え、安眠中の野良犬を避けつつ走った先は、
「あらら、行き止まり」
袋小路であった。足を止めて振り向く二人。
「追い詰めたぜ。さぁ、観念しろ」
舌舐めずりしながら盗賊風の男は数本のナイフを取り出す。その背後には二番手である黒装束の忍者風の男が手裏剣を構えていた。
「やるしかないわね」
「こうなったら一蓮托生ですわね、お姉様っ!」
拳を握り締め、重心を落とし片足を半歩前に開く。
響子は両手にサンブレードてムーンブレードの二本の剣を召喚した。
「へ、近接格闘タイプか。しかし、近づかなきゃどうってことはねぇ。あんたらがそこから一歩でも動けば、容赦なく俺のバタフライナイフが喉笛を掻っ切るぜ」
盗賊クラスの男は、器用に取り出した二本のバタフライナイフを両手に握り締めている。
「拙者の手裏剣にはバジリスクから採取した猛毒が塗ってある。かすり傷一つ…いや、肌に触れただけでも皮膚がただれ、毒が染み込み、苦しまずにあの世に行くことが出来るので安心するがよい」
盗賊風プレーヤーの背後には忍者クラスの男が手袋を装着し、数枚の手裏剣をいつでも投げられるよう構えていた。
(ナイフはいいとして、問題は毒の方ね。空芯転だと触っちゃうし…)
「(響子、あたしがナイフを受け持つから、あんた手裏剣叩き落としてくれないかな)」
「(お姉様の頼みなら断る道理もありませんの。何枚こようが叩き落として見せますわ)」
「(頼りにしてるわ。それじゃ、行くわよ…って、あれ?」
神楽が気合いを入れて一歩踏み出そうかとした瞬間、盗賊クラスの男は後ろを振り向き様バタフライナイフを忍者に向かって投げつけた。
一方、忍者もそれと同時に手裏剣を盗賊に向かって打つ。
「がっ!」
「う…ぇ?」
見事、ナイフは忍者の喉元を掻っ切る事に成功し、手裏剣は盗賊の額に突き立った。二人はその場に崩れ落ちる。
「あら、仲間割れですの? 拍子抜けしますわね」
「響子、安心するのはまだ早いよ」
アスタロトの声と共に、上空の一点を見つめている神楽の視線の先には、黒地のマントを羽織った一人の女が両手を開いて佇んでいる。
「ふふっ。この極細の糸がよく分かったわね。そう二人を操ったのは私。暗殺者グループの一人、マリオネットのテレサよ。紫苑様の命により、あたしが直々に殺してあげるわ」
テレサは両手の糸を操り、倒れていた二人を再び立ち上がらせた。まるで幽鬼のようにゆらりと立ち上がった二人はそれぞれ手にナイフと手裏剣を持っている。
「ほぇ。お子様にしては凄い腕力ねぇ。その位置から二人の男を糸で操るなんて」
「お子様だとぉ? 私はこれでも22歳よっ! あんた絶対殺すっ!」
お子様呼ばわりされたテレサの額に青筋が立った。その背の低さと胸の薄さで、職場の上司を始め、同僚にも子供扱いされている事にひどくコンプレックスを抱えていた。
「お姉様、感心してる場合じゃありませんわ! まず、この二人をなんとかしないと!」
テレサに操られた盗賊と忍者は神楽に向かって駆け出し、お互い獲物を振りかぶった。
(挑発に乗るなんて、ちょろいちょろい)
「残念。投げてくれれば少しは勝算あったかも知れないのに」
神楽は腰を落とし拳を掌底に変え、おもいっきり盗賊の腹部目掛けて打ち放った。
「真田流、螺旋空圧掌!」
それは神楽の肩から手の平にかけて高速の回転をかけた掌底での一撃。捻り込んだ掌底を通し、常識を逸した圧力が盗賊の腹部から突き抜け、背後の忍者まで伝わる。二人は距離にして五メートルほど吹き飛んだ。
「な!? さっきの何? 魔法? …あ、糸切れてるしぃ!」
むんず。
神楽は切れていた糸の端を引っ張った。
「あ! あぁぁっ!」
テレサはあえなく落下し、五メートルほど下の地面に激突して動かない。
アスタロトは彼女の側に飛んでゆく。
「息はあるみたいだね。気絶してるだけ。止め刺しておく?」
「あ、大丈夫。ほっておきましょ」
「あら、残念。生娘の魂ゲットできるかと思ったのに」
アスタロトは心底残念そうに指をくわえた。
(やはり悪魔、怖いわね)
「やりましたわ、流石お姉様ですわ。私、信じておりましたの」
「感心してる場合じゃないとかどの口で言ってたのかなぁ?」
「うぅ…意地悪」
その時、上空から高らかな笑い声と拍手が起こった。
「ははは! 面白い。あんたら、最高だよ。よっと」
真っ白なスーツで蝶ネクタイをしたホスト風の男。金髪に口元と顎にこれまた金色の髭をうっすら生やした男が飛び降りてくる。
「テレサちゃんもあんな挑発に乗っちゃうなんて、やっぱり中身も子供だよな。やはり女性はボンキュッボンに限る、うむ。その点、君は合格だ!」
神楽にビシッと人差し指を突き付ける。
「はぁ?」
「さぞ彼氏にもみもみされておっきく育ったんだろうな。羨ましい限りだね、まったく」
両手を水平に肩まで上げて首を振る。
「あ、あなた! お姉様になんていやらしい! 不潔ですわ!」
「ほらほら、怒らない怒らない。君もなかなか将来性のあるおっぱいちゃんだ。成人すれば俺の射程範囲だから暫く我慢してくれ」
全く見当違いな反論に響子はぶちギレ寸前である。
「あぁ、自己紹介が遅れてすまない。俺は暗殺者グループリーダーの桜庭賢。おっぱい揉ませてくれるなら、マァちゃんと呼んでくれても構わない」
にいっと白い歯を光らせて笑う。
「(響子、奴の挑発に乗っちゃダメよ。こいつ…できる)」
「(え?)」
神楽は額にうっすら汗を滲ませ、真剣な眼で桜庭を睨んでいた。
(お姉様がここまで真剣な表情をするなんて…)
「さて、お仕事お仕事! でも、その前に…」
桜庭の姿が消えた。
かと思うほどの超スピードで神楽の背後をとる。
「おっぱいちゃん、頂きだぜ」
高々と両手を上げる桜庭。
(速い!? ここはこれしかない!)
「真田流、空蝉転成っ!」
わしっ!
もみもみ。
桜庭は豪快に胸を鷲づかみにして揉んでいる。
「あ! キャァァァッ!」
「む? 君じゃない。これは不可抗力だ。許してくれ、未来のおっぱいちゃん」
桜庭は両手を離す。
憐れ、それは響子の胸であった。顔を真っ赤にして胸元を抑えうずくまる。
「響子、大丈夫?」
(な、なんで私の初めてがこんな男に…)
羞恥心と生まれて初めて異性に胸を触られたショックで湯里響子戦闘不能。
(響子、ごめんなさい。あたしの体を守るにはこれしかなかったの)
真田流空蝉転成。
戦国時代の主な武器として使われたのは弓である。真田流始祖は戦場にて弓を射掛けられた時、即座に近くの敵を身代わりにして難を逃れたという。
あくまで敵を…だが。
「ふっ。なかなかやるね。次は本気で揉ませてもらうよ」
「やれるものならやってみなさいよ。それより速く、あたしの拳があんたの顔面をぶち抜くっ!」
襲い来る暗殺者グループ。
恐るべき暗殺者グループの実力者桜庭と対峙した神楽に勝算はあるのか?
果たして、大会予選に神楽達は間に合うのか?
次回、激闘必至
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




