第十一 話天才博士スピカ登場
岬を先頭に薄暗い螺旋階段を下りて通路に出る。通路突き当たりの扉を開くと、まるで近未来的なシャッターらしき物が行手を阻んでいた。岬は脇にあるタッチパネルに右手をかざした。ゴゥンという音とともにシャッターが開かれる。薄暗い室内。様々な計器類に眩しいライトがいくつか照らされている。そこはまるで某宇宙戦艦アニメなどでよく見る宇宙船内のようだった。奥には二人の女子生徒が振り返り充之に挨拶を交わす。
「生徒会書記二年の黒川洋子よ。神楽先輩の弟さんよね、よろしくね」
セミロングでやや身長高め、人当たりのよい明るい感じの女子だ。
「生徒会会計二年の福井可奈子と申します。はじめまして、充之くん」
こちらは黒川と正反対に、三つ編みで小柄、眼鏡の似合う優等生。育ちの良さそうなおっとりした感じが印象的な女子だ。
「充之、可奈子ちゃんおとなしそうだからって泣かしちゃダメよ。あんたのいっこ上の先輩なんだから」
「俺はいじめっ子かよ!」
背後でシャッターが閉まる音が聞こえる。
「黒川! 福井っ! 用意はできましたのっ?」
響子が後から遅れて入って来る。充之と目が合うなり、フンと鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「はい、転送メンバー揃いました。レナスシステム起動! カウントダウン開始まで待機中です」
一際高い位置にある席(アニメでは艦長が座る位置であろう)に岬は腰を下ろすと真っ黒な大型ディスプレイが天井からゆっくりと降りてくる。充之達の斜め正面には、生徒会長の響子の指示で黒川と福井が何やらタッチパネルの様なものを器用に操っていた。
まるで漫画やアニメの世界の話のようで二人は上手く飲み込めない。
「信じられないのも無理はない。私も先日まで半信半疑だったのだからな。ここはメインシステムルーム。レナスシステムの頭脳と呼んでもいい。さて、ここからはこのレナスシステムについて一番詳しい者を紹介しよう」
岬が片手で合図を送ると、先程のシャッターが開き小柄な人物が駆けてきた。
「わたし、星野スピカ。小学六年生だよ。ヨロシクね、お兄ちゃん!」
スピカと名乗るその子供は背中にしょったランドセルを揺らしながら、充之の腕にしがみつく。背丈は充之の胸に届く位の身長だ。青い瞳と金髪から外国人のように見受けられる。
「な、何だ!」
無理にひっぺがそうとする充之に神楽は腕組みをしたまま冷たい視線を送っている。
「ち、違う!俺は知らないっ!」
戸惑う充之を見てようやく助け舟が出た。岬はやれやれと頭を抱えながら話し始めた。
「彼女は星野スピカ(ほしのすぴか)。今年からうちの学園の非常勤講師としてアメリカから来日してもらった。ちなみに歳は20歳。れっきとした成人だ」
更なる衝撃が真田姉弟を襲う。こちらの方がずっと精神的ダメージは大きいようだ。
「岬、ネタばらしがちと早くないかの。ワシはまだうぶな男子高生をロリロリワールドに導くつもりじゃったのに」
おじいちゃん言葉で話す幼女体型の彼女は、ランドセルから白衣を取り出した。
「改めて挨拶じゃ。ワシは星野スピカ。岬の父、進博士の友人である星野健一の娘じゃ。以後、よろしうにな」
スピカはキュピーンとピースサインでウィンクした。
「あ、あぁ俺は…」
充之の言葉を遮り、ビシッとひとさし指を突き付けて彼女は言う。
「真田姉弟。充之に神楽よな。岬からあらかた話は聞いておる。岬よ、レナスシステムについての説明でよいのじゃな」
「ああ、よろしく頼む」
「うむ。ここから長い話になるでな。二人とも、よーく耳をかっぽじって聞くがよい」
腰に両手を当てふてぶてしい態度のスピカは、コホンと小さく咳払いをした。
「ワシは大学で教授を勤めておっての。人体と科学の融合について研究しておる。母国では、脳波コントロールによる工業用パワードスーツの開発をしておったのじゃが、いかんせん出力を上げると図体ばかりでかくなりおる。その為、よりコンパクトなスーツを提案したのじゃが、頭の固い教授達は莫大な費用や時間にワシの案を蹴りおった。そんな時、岬からアプローチがあったのじゃ。ワシも半信半疑じゃったが、父の薦めで日本に来てみると幼い頃に見た進博士の設計図にそっくりなこのレナスシステムがあったのじゃ」
すかさず口を挟む充之。
「レナスシステムってタイムマシンとかの代物じゃないのかよ?」
これだから学生はと言わんばかりにスピカは首をふった。
「まぁ、暫し聞いておれ。確かにレナスシステムは過去や異世界への転送プログラムじゃ。しかし、転送による亜空間移動は生身の人間には負担がかかり肉体ごと消滅してしまう。だが、このレナスシステムには亜空間移動を可能にするフィールドが発生するのじゃ。これにより、ワシの発明した脳波コントロールシステムによりパワードスーツと同等…いや、それ以上の能力の強化を施すことができる。まぁ、誰しも超人になれるということじゃな」
充之がチラリと横目で見ると、神楽は理解しているか定かではないがウンウンと大きく頷いていた。
「また、レナスシステムにはレベルというものが存在していてな。利用者は始めはレベル1からのスタートじゃが、転送先のミッションをこなしレベルを上げることにより更なる強化を促すことができる。例えば、お主らも知っておるロールプレイングゲームと一緒じゃな」
「ということは、俺たちにそいつを使って強くなれってことか」
「ご明察。そのプログラムを完成させたのも、ワシじゃ。どうじゃ、天才であろう?」
ようやく理解できたかと、スピカは誇らしげに親指を立てた。
「あと、このレナスシステムにはレベルの他にHTPという個々のステータスがある。ちょっと待つのじゃ」
スピカはネックレスを胸元から取り出して見せた。銀色のチェーンのような物だ。
「このチェーンでHTP…いわゆる英雄ヒーロー適正ポイントを測定出来るのじゃ。で…」
二人を爪先から頭の天辺までじっくりと眺める。
「ふむ、姉が3000。弟が4000ってとこか」
「なんでわたしが充之より低いのよっ!」
思わず詰め寄る神楽を充之が押し留める。
「まぁ、戦闘力というのもあるのじゃが。先程言った通りコイツはあくまでも英雄適正ポイントじゃ。その人物を図る上で知能、体力、俊敏さ、運、冷静さ、リーダーシップなど様々あってじゃな。…つまるところお主は弟よりも長所より短所が目立ち過ぎじゃないかの?」
「むぅ…」
脳筋と頭ごなしに言われるまで気付かない神楽だった。
「あのさ…レナスシステムと能力の強化についてはわかったんだけどさ。実際のところ過去にも飛べるんだろ?その、学園長の親父が開発する前に戻って止めることは出来ないのかよ」
なるほど、その手があったかと神楽は顔を輝かす。が、スピカや岬の表情は曇っていた。
「ワシもこのせっかくのレナスシステムを手放すのは惜しかったのじゃが、岬の熱意に負けての。一度、岬に過去へ飛んでもらったのじゃ」
スピカは一際高い位置に座する岬を見上げる。
「結論から言う。無理だった。いないのだ。父…彼の存在自体が過去に確認できなかった。こうなる事を予測し計画を中止させない為の措置を何らかの手段でとっていたのだろう。くそっ!」
悔しさを滲ませ手摺を殴り付けた。普段、冷静な岬だけに一瞬場が張り積める。
「残された手段は来るべき二年後に備え、二人にレナスシステムによるレベルアップを図ってもらいたい。また、この計画は極秘に進める必要があるのは勿論だか、二人以外にも数人の生徒に話をし参加してもらっている。今から、簡単なミッションに彼らを転送する予定だ。既に彼らの中には何度か転送を経験している者もいる」
張り積めた糸がほどけるように、スピカが明るく笑顔で話しかけた。
「安心せい。天才のワシが作り上げたシステムじゃ。安全面は保証する。さて、生徒会長。準備はよいかの?」
話を聞き込んでいた響子がハッと我に返った様子で答えた。
「りょ、了解してますわ。黒川、転送メンバーをスクリーンに」
「はいっ」
先程まで真っ暗だった前方の大型スクリーンに四分割されたビジョンが現れた。
参加する各生徒達の視点が繋がっているようだ。四名の生徒達は周りをキョロキョロ見回す者。見知った者同士で会話する者様々だが、その内の1つのビジョンが充之と神楽の見慣れた顔を映し出した。




