第6話
小説って本当に書くの進まないよねー
まず瞼の先に部屋の蛍光灯ではない強い光、次に背中に当たる明らかに人工的ではない感触を感じ、鈴原浅葱は意識を取り戻した。
目を開けると広がっていたのは、どこまでも広がる青い空。そして先ほど感じた強い光の原因である太陽だった。
身体を起こしてみると、自分がどこに倒れており、今現在どれだけ奇妙なことが起きているかを認識する。
浅葱が倒れていたのは草原だった。
草原とは言ったが、どうやら森の中の空き地のようである。すぐ100メートルほど先からは広大な緑が広がり、少し丘のようになっているこの空き地から見ても、その終わりは見えない。
「ここは・・・」
異世界。
つい先ほどまで心から行きたいと願っていた世界に今、立っているのだ。
右手に握られた唯一の持ち物である二つのペンダントが、それを物語っている。
心なしか淡く光っているように見えるそれを首にかけ、俺は未踏の大地に足を立てた。
「さて、これからどうしたものか」
確かにどこに飛ばされるかは手紙に書かれていなかったが、こんなに何も無い場所に飛ばされるのは予想外だ。まずは両親の母国であるアルノール帝国とやらに向かう必要がある。とりあえず向こうの世界に戻る方法を手に入れなければ、安心してこちらで暮らすことができない。
幸い手紙の話の雰囲気からして帝国はかなりの大国の様だから、人に会えれば容易に向かうことができるだろう。
しかし問題はその人に会えるかだ。この世界の地理はよく分からないが、明らかにこの森に街規模の都市はなさそうだ。
そんなことを考えてあたりを見渡していると、一筋の煙が登っているのを見つけた。
「とりあえず、歩くか」
帝国へはどれくらいかかるのか。
煙が登る方向に向かって俺は歩き出す。早く文明に出会いたいものだ。
なにより靴が無いからな。
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服装は部屋で着ていた制服のままだが、特に暑いとか寒いとかいうこともない。
どれだけ進んでもどこを見ても同じ光景な状況に飽き飽きしながらも、ひたすら歩いていく。
30分ほど歩いただろうか、開けた場所に出た。辿っていた煙は消えてしまったようだが、その代わりに大きな発見だ。
一言で言えば・・・廃村だろうか。かなり風化している様子で建物だけでなく道全体も緑に覆われてしまっている。
なぜこんなに荒れてしまっているのかは分からないが、少なくともここら一体は人が住むことができる環境ということだ。生きている人間もすぐに見つかるだろう。
入っていくと、かなり広いことが分かる。村というよりむしろ町に近い。
かろうじて建物がレンガの様なもので作られていることが分かる。高いものは少なく、たまに二階建てのものがあるくらいだ。
だがただ一つ、他とは明らかに違う作りの建物が中央の方に見える。ひとまずあそこまで行ってみよう。
「これは・・・教会か?」
少し歩いて目的の建物に着いた俺は、明らかに他とは違う作りをしたその建物に、目を奪われていた。
遠くから見えていたこの建物は多分、教会なのだろう。とは言っても周りの建物と同じで荒れ果てており、扉どころか天井の一部にまで風化が及んでいるようだ。
中はとてもというわけではないが、それなりに広い。
しかしなんとも、こんなに荒れ果てているのにかすかに荘厳さを感じるのは、さすが教会といったところか。実際に行ったことはないが、確かに教会とは特別な場所なのだと感じる。だからこそ町の中心に建てられていたのだ。
奥に部屋があったりピアノが置いてあったりはしないようで、俺の記憶とは少し違っている。あるのはボロボロになったいくつかの長椅子と、奥に見える女神像くらいだ。
ん?手になにかを持っているようだ。
近くで確かめようと、歩みを進める。
突然、胸に何か温かさを感じた。
「っ!なんだ?」
慌てて胸に手を置くと、その正体に気づく。熱を発していたそれを取り出し、自らの
手に乗せる。父さんから貰ったペンダント、その片方が静かに、だが力強く光っていた。
女神像に再び目を向ける。目が引き寄せられるのは手に握られた棒状のもの、杖だった。
特別なものには見えない。これといった装飾はなく、持ち手が無ければそれこそただの棒のようである。よく老人が使っているようなただの杖だ。その上像と一体化しているため単色で、とても注目を集めるようなものではない。
でもなぜか浅葱はそれに惹かれてしまう。
いや、惹かれているのはこのペンダントだ。
像に向かって歩を進めるに連れ、その輝きは増している。
像まであと1メートル程かというその瞬間。ペンダントの光が教会全体を満たし、俺はそのあまりの眩しさに目をつぶった。
目を開けるとペンダントが無い。
「消えた・・・?」
ふと女神像を見る。
思わず目を見開いた。
先ほどまでは確かに石の色一色で、今にも崩れそうなほどボロボロに見えていた杖がなんとその姿を変えていた。
まるでずっとそうであったかのように落ち着いた銀色。芯には金色の文字が刻まれており、読めはしないものの明らかに特別なものであることが分かる。
その存在感は凄まじく、先ほどまでは女神像を引き立てる為のものであったはずが、今はそれ単体でこの場を支配してしまっている。
状況から考えて、この杖が本物へと変化したのは浅葱が持っていたペンダントの影響だ。なぜペンダントの片方だけが反応したのかは分からないが、この杖をこのまま置いておくわけにもいくまい。
俺は引き寄せられるように像に歩み寄り、その手で杖を掴・・・
カツンッ
思わず後ろを振り返った。
人・・・が立っていた。
フードを被っていて顔は見えないが、身長と服装からして女だろうか。
彼女は影の下に隠れたその目で俺の姿、そして今まさに手を伸ばそうとしていた杖を見据えると、ゆっくりと近づいてきた。
先ほどまでは静寂に包まれていた教会内に、彼女の足音が響く。小柄な体とは対照的に足取りはしっかりとしており、浅葱のぼんやりとしていた頭は再び回り出した。
「君は・・・」
「その像はこの村の人たちにとても大事にされていたらしいわ」
足音は浅葱のすぐ1メートルほど前で止まる。
「でもこの村を離れなくてはいけなくなって、人々は泣く泣くこの像を捨てた」
彼女はその女神像を眺め、
「私はよくこの像を見に来るの。それで・・・」
俺の方に体を向けながら、そのフードを取った。
「あなたは誰?」
いつのまにかその美しさに目を奪われていた。
肩を超え胸まで伸びた長い髪は茶色。空いた天井から差し込んだ日の光に照らされ、少し赤みがかったその色が美しく光っている。ハーフアップにした髪型を白いリボンで結んでおり、そこから感じるのは上品さ、だろうか。
元の世界ではまず見ない服装だ。
白を基調とした服はまあある。だが腰に巻かれたベルトは別だ。フードがついているマントを羽織っているせいでよくは見えないが、いくつかのポーチが付いており実用性を追求したもののように見える。
腰のホルスターのようなものに収められているのは・・・銃か?
よくゲームで見るようなものとは違い、柔らかく持ちやすそうな形状をしている。言ってしまうと子供のおもちゃのようだ。
しっかりとした佇まいとは裏腹に表情はどこか幼く、今も警戒と言うよりは好奇の気持ちが強いようだ。
ならば俺も警戒することなく、友好的にした方がいいだろう。
「人をだれかと聞くときはまず、自分からなんじゃないか?」
・・・あれ?なんか間違えてないか?
「・・・っふふ、なにそれ。でもまあ、そうだよね。じゃあ私から。コホン!私の名前はアイリスだよ。それであなたの名前は?変な格好の・・・旅人さん?」
よし、少しだが笑ってくれたからセーフだ。誰がなんと言おうとセーフだ。うん。
それにしても変な格好か、旅人ってのはあながち間違ってはいないが、やっぱり彼女みたいな服装がこの世界では普通なんだろうか。
「俺は・・・」
そうだ名前だ。この世界で俺はなんて名乗ればいいんだろうか。
手紙にあった元の名前を名乗るか、今の名前を名乗るか・・・。
「・・・俺は、浅葱って言うんだ」
やっぱり俺はこの名前を名乗りたい。でももしこの世界のことをもっと受け入れられたら、いつかは元の名前も・・・。
いや今はいい、今の俺はただの浅葱だ。
家名も名乗らない方がいいだろう。有るか無いかでは身分の差があるかもしれない。実際彼女、アイリスも名乗っていないからな。
「あさぎ・・・浅葱君か、うん。不思議な名前だね。でも私は好きだよ、浅葱っていう響き」
そう言って笑う彼女の顔はとても魅力的で、不覚にも少しドキリとしてしまった。・・・少しだけだぞ。
「それで浅葱君、君はここでなにをしてたの?」
「ああ、実はな、、、」
とりあえずこの教会に来てから起きたことを話す。
「なるほど、それであの像の杖が・・・」
「このペンダントが原因なのは間違いないと思うんだけどな・・・」
そう言って俺は首にかけ服の中にしまってあったペンダントを取り出す。さっきまであったもう片方とは違い、こちらは今も変わらずなんの変哲もないただのペンダントだ。
「ちょっと見せてくれる?」
そう言うとアイリスは急に俺の方に近づいて来た。
「ふんふん・・・」
やばい、近い。
何しろ首にかけてある物だ。見ようものなら距離も自然と近くなってしまう。
彼女の身長は浅葱より10センチほど低い。よってペンダントを見るのに適している訳だ。
・・・まつ毛、長いんだな。
ッダメだ!これ以上このままにしておくと変なことを考えてしまう!
「ア、アイリス。その、ちょっと近すぎる気が・・・」
「えっ、あっごめんなさい!」
急いで俺から離れるアイリス。
良かった、彼女にもちゃんとそういう感情があるらしい。
あと慌てる姿も可愛い。
「えっとそれで、そのペンダントのことはちょっと私には分からないかな」
「そうか・・・」
何しろ世界を渡る力を持つペンダントだ。一般的に知られていなくても仕方ないだろう。
「でもおじいちゃんなら何かわかるかも」
「おじいちゃん?」
「私を育ててくれたの。今は二人で暮してる」
「なるほど、じゃあその人に聞くのが早そうだな」
「じゃあ、行こっか」
「良いのか?」
「良いもなにもこのままここに残しては置けないでしょ。それに君、今夜は行くとこないんじゃない?」
確かに行くところがない。というか遭難に近い。ここはありがたく彼女について行くとしよう。
「・・・世話になるよ」
「よろしい、困った時はお互い様だよ」
今は彼女を信じるしかないからな。
「あっ、そういえば杖はどうするの?」
「持っていくよ、俺のせいでああなってるわけだし」
俺は再び女神像に近づき、今度こそしっかりと杖を掴む。
一瞬、金の文字が光ったような気がした。
ひんやりとした芯は金属を連想させるが、多分そうではない。想像よりも軽くて扱いやすく、まさに杖といった感じだ。
見るとアイリスはもう入り口近くまで移動し、浅葱を待っている。
制服姿にファンタジー世界の杖なんて、ミスマッチもいいところだ。
まあそれもしばらくの辛抱だ。多分。
これからどんなことが起こっていくかは分からないが、きっと退屈はしないだろう。そんな予感がする。
そんなことを考えながら、浅葱は歩き出した。
・・・というか靴を履いてないとこには突っ込まないんだな。
明日から4月や、元号発表や