第5話
ちょい長です
駅から十分ほど電車に揺られて、学校の最寄り駅についた。駅には浅葱と同じ制服を着た人がちらほらと見受けられる。いつもより多い気がするのは、やはり最後の日だからなのだろうか。
少し歩いて学校に着くと、校門に卒業式の看板が出ていた。俺は去年一昨年と卒業式には参加し無かったから見るのは初めてだ。やっと卒業の実感が湧いてくる。
一昨日と同じように昇降口に向かい、上靴に履き替える。だが今回向かうのは職員室ではなく教室だ。
自分の教室である3階の三年一組に入ると、ここはいつも通り半数ほど生徒が登校していた。川原と沢野も既に登校しており、浅葱の席の近くで何かを話している。
俺が席に近づくと、二人も俺に気づいてこちらを見る。
「ああ鈴原君、おはよう」
「おはよう浅葱」
「おはよう沢野、川原」
席について上着を脱ぐ。朝のホームルームまではまだしばらく時間があるようだ。
特にすることもないので、いつも通り三人で無駄話だ。
最近聴いてる曲だったり欲しいものの話だったりと、他愛の無い話が続く。
「そういえば鈴原くん、なにか悩みがあるんだって?」
「え?」
「なんか蓮也君が言ってたよ」
沢野め、昨日のことを話しやがったのか。なんだかムッときたので軽く睨んでおく。しかし沢野はそっぽを向いたままこちらを無視している。いい度胸だな。
一発決めてやろうと思ったが、それを感じ取ったのか手を合わせて謝ってくるので今回はやめておこう。
「それでなにがあったの?鈴原君」
仕方ないので昨日と同じように具体的な内容は隠して話す。
「なるほど、なんだか難しいね」
「結局まだ結論はついてないんだろ?」
「まとまっては来たんだけどな・・・」
「鈴原君のことだからまた面倒な事なんだよね、多分」
「またってなんだよ、またって」
「だってお前何だかんだで色々抱えてる事多いだろ、行事の手伝いとかで」
「今回もそんな感じなの?」
「いや、今回は俺自身のことだ」
確かに浅葱は他の生徒に比べて比較的暇だったので、なにかと雑用なんかを頼まれることが多かった。そんな中で出てくる悩みは大抵相談していたから、こんな話にも二人は慣れているはずだ。
でも今回はわけが違う。内容は俺個人の問題だし、何より到底信じてもらえるような話じゃない。
「だから二人が心配することじゃないよ。俺が向き合わなきゃ」
「そっかあ。でもさ、鈴原君。もし君が今回の件の中に最終的に二つの結論、道があったとしてさ、そのどちらか一方を選ばなきゃいけない状況にあるとしたらだよ。
それってどっちでもいいんじゃない?」
「は?」
川原の発言には驚かされることも多々あるが、今回は流石に意味がわからない。そんなのなんの解決にもなっていないじゃないか。
「っああごめんごめん。別に無責任な気持ちで言ったわけじゃないよ、そこは安心して。でも鈴原君がそんなに悩んでるってことは、その二つの道はどちらも選ぶ価値があるってことでしょ。つまり正解は無くて、死んじゃうわけでもない。
私は時間が経てば考え方も見方も変わると思ってる人だから、それが今すぐに決めなきゃいけないことじゃなかったら無理して考える必要はないと思うな。きっとどこかでどちらかの結論に寄っちゃう時があって、そしたらその時に選べばいいんじゃないかな」
「・・・なるほど」
一理ある考えだ。確かに今の俺は異世界に行くか、この世界に残るかの二つの道を選ぶ最中にあるとも言える。今すぐ結論を出してしまうのはむしろ、後悔を生むことになるかもしれない。
「ありがとう川原。そう考えるとなんか少し楽になってきたよ」
「そんな、全然普通のことを言っただけだよ!ほら蓮也君も、なにかアドバイスしてあげてよ」
「いや俺はほら、昨日言ったからもう言う必要無いだろ。なあ浅葱」
「あー・・・まあ、そうかもな」
なんだ、昨日あんなに自身満々に話してたのに。今更恥ずかしくなったか。まあ俺も最近バカみたいにまじめなことを考えることが多い。振り返ってみると少し恥ずかしくなんてきたので一応同意しといてやろう。
「えーなにそれ。そう言われると凄く凄く気になるんだけど」
「いやそんなに大したことじゃないし。ほら、もうチャイム鳴るから座らないと」
「あ、ちょっと!」
そう言うと沢野は席に戻ってしまった。
「川原も戻れよ、 もう高橋が来るぞ」
「うん。今度ちゃんと教えてよね」
「はいはい」
周りを見渡すといつのまにかクラス全員が登校していた。遅刻の多い生徒も今日は珍しく早い。そんなことを考えていると高橋が教室に入ってきて話を始める。
「みんなおはよう!今日はいよいよ、、、」
我らが担任は今日も元気だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えーそっちだって泣いてたじゃん」
「校長の話は最後まで長いんだよなあ」
「おい!写真撮ろうぜ!」
式が終わった。教室に戻りホームルームを終えた生徒たちは、各々最後の思い出作りを始める。
どうやら奈々さんは式が終わるとすぐに帰ってしまったらしい。
俺も少し先生と話した後、写真撮影やアルバムへのメッセージ書きに勤しんだ。
「鈴原って意外とノリいいよな、見た目はめちゃくちゃ真面目君なのに」
「こういうのは楽しんだもの勝ちなんだよ、きっと」
とは言いつつも別になんとなくでやってるわけじゃない。みんなと同じように俺も思い出を残しておきたおいし、楽しむのは大切だ。
にしてもメッセージなんて特に考え付かないな・・・。他の奴らがなんであんなにスラスラ出てくるのかわからない。俺以外のやつはみんな小説家にでもなれるんじゃないだろうか。
「どうかしたか、鈴原?」
「いやなんでもないよ、それよりなんて書いて欲しいんだ?」
「お前なあ、そういうのは適当でいいんだよ。どうせ見返す時は書いてあることじゃなくてそん時の雰囲気を思い出して楽しむんだ」
「なんか経験ありみたいな言い方だな」
「いや、俺も中学の時悩んだから無理やりそう考えることにしたんだ」
・・・どうやら仲間は割といるらしい。
しばらくそんなやりとりをしていると、全体で写真を撮ろうという話になる。
「おい鈴原、川原と沢野を知らんか?」
いつものポジションである一番端に並ぼうとすると、高橋先生から声をかけられた。
クラスを見渡すと確かに二人の姿が見えない。
「あー探しに行ってきますか?」
「ああ悪いな、お前なら二人の行きそうな場所もわかるだろ」
教室を出て二人が居そうな場所を考える。
図書室は今日は開いてないから・・・屋上だろうか。鍵が開いているかは分からないが一応行ってみよう。
廊下は卒業生の保護者で溢れており、なんだかいつもと違う雰囲気だ。他クラスの教室を軽く覗くと、先生に花を渡したり記念撮影をしている。なんとビデオ(多分先生が作ったのであろう)を見ているクラスもあり、相当物好きな担任なんだなと思う。
階段を登って屋上の一つ前の階、四階まで上がると話し声が聞こえてくる。声からして屋上に向かったのは正解だったようだ。
どうやら屋上の鍵は開いておらず外には出ていないようだが・・・一体こんなところで何を話しているんだ?
「、、、でも蓮也君は県外の大学に行くじゃない。だから心配しなくても大丈夫だよ、まだ」
「そう言ってるとどんどん先延ばしになっていくぞ」
「でも・・・」
一体なんの話をしているんだ?それもこんな大事な日にクラスを抜け出すなんて。いつもの二人なら真っ先にクラスの中心になって『思い出残すぞー!』とか色々と言い出すはずなのに。
「絶対浅葱には言った方がいいよ、俺たちが付き合ってること」
「私は、まだ言いたくない」
「なんでそんなに嫌がるんだよ。俺たちだってもう一年だ。遊びじゃないのはあいつだって分かると思うし、それにそうじゃなくてもあいつなら、すんなり受け入れてくれると思うぜ。今日が一番のチャンスなんだ」
「もちろん、私たちの関係は遊びじゃない」
「俺は確かに県外の大学に行く、でもこれからもあいつと遊びたいし色んなことをやっていきたいんだ。だから近いうちにバレる可能性は十分にある」
「それも分かる」
「じゃあ何が心配なんだよ」
「・・・私は今の三人の雰囲気が好き」
「それは俺も同じだ、でもだからあいつも受け入れて」
「私はそうは思わないわ!」
「おい・・・」
「蓮也君も分かるでしょ、鈴原君が少なからず私に好意を持ってること。そして私はそれを受け入れられない」
「・・・」
「それに私が大切なのは、君との関係と今の三人の関係だけなの。それでいいじゃない、これまで通りうまくやっていけば」
「・・・今日はこれで終わりにしとこう」
「・・・そうね」
俺はその言葉を聞くと、一つ下の階におりて再び階段を登りながら冷静に叫んだ。
「沢野ー、川原ー、いるかー!!」
久しぶりに大声を出した。
二人は声に気づき、急いで階段を降りてきた。
「あ、浅葱、どうしたんだこんなところで?」
「それはこっちのセリフだよ。お前らこそこんなとこで何やってたんだ」
「あーー、ちょっと思い出のスポットめぐりをしてたんだ。うん」
「なんだよ、俺も誘ってくれても良かったんじゃないか」
「えっと、お前は先生と話してただろ、だから邪魔しちゃ悪いかなと思ってな」
「まあいいや、それよりみんなで写真撮影するってよ」
「そ、そうか。悪いな、探させちまって」
「気にすんな」
驚くほどスラスラと言葉が出てくる。
「いや最後の日なのにまた今野がバカやっててさ、、、」
こんな自分が始めてで、でも新鮮な感じはない。なんだか仮面をかぶっているように冷静で、平気で嘘の自分を出している。この一年間仲良くしてきて、一番の親友だと思う彼らの前で平気な表情を出せている自分に、本気で嫌気がさした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後はなんとも普通に写真撮影をして、いつも通りさよならを言って家に帰った。
奈々さんはまだ帰ってきていないようだ。買い物にでも行ったんだろうか。
自室に戻ると、ドッと疲れが押し寄せる。
制服のブレザーを脱ぎネクタイを取ってカバンを床に放ると、ベッドに倒れこんだ。
時刻は昼過ぎなのに、もう空が暗くなってきている。そういや天気予報で午後からは雨が降ると言っていた。
すぐにポツポツと雨音が聞こえてくる。朝は庭にいた鳥も、どこかへ行ってしまったようだ。
自分が何を思っているか分からない。
確信は無いが、別に二人がその関係を隠していたことを気にしているわけでは無いのだと思う。ただやっぱりショックは受けた。恋愛についてはあまり関心が持てなかった俺だが、身近でそういうことが起こるのは初めてだった。
それに・・・俺が川原に好意を持っているという話だ。持っているとは言えないが、なんだか否定ができない。
考えてみればこれまでもいいなと思ったり、付き合ってる関係にある姿を想像してしまうことはあった。なにより同じ大学に受かった時、浅葱は心から嬉しいと感じた。でも実際に恋愛関係になりたいと思ったことは無い。
でも彼女はその小さな好意に気付いており、そうでありながら今までの関係を優先させた。
気づいてもいなかった自分の気持ちが、無いものとして扱われた。その方が良いと思われていた。
自分を恥じた。自分が惨めだった。
色々な気持ちが重なって、どうしていいのかが分からない。
三人の関係に本気であり、大切だったからこそなんだろうか。自分でも気付かなかったところに気付かれ、逃げも隠れもできない。さらけ出されてしまう。
知ってしまったことを後悔する。あの時大人しく二人を待っていれば、い今こんなに辛くはなかっただろう。
自分ではどうにもできないことだ。でも悔しい。
自分が持っていた鈴原浅葱という人間への自信が崩れていくのが分かる。
俺は弱い人間だったんだろうか。他者が俺の姿を欲した時、俺はそれに縛られて生きてしまう。
ポロリと涙まで出てくる。
この涙もすぐ外で降る雨と同じくらい日常的だったら、こんなに嫌になることもないのだろうに。
ふと机の上のペンダントに気づく。今ならば心から向こうの世界に行きたいと思う。
誰一人として自分を知らない、自由な世界に。
だがよく考えてみればどうすればペンダントを使えるのかが分からない。
ベッドから立って二つのペンダントを握る。
そこから先の記憶は無い。
やっと本筋に入る!予定。