第4話
やっぱりテンポが辛いですね
1時間ほどかけて一通り大学内を回った。さすがは大学、中学や高校と違って広々としている。教室や研究室の場所を覚えるのは大変そうだが、過ごしやすそうでいい雰囲気だった。
時刻は既に11時を過ぎている。そろそろ帰ろう。
・・・どうせなら少し遠回りで、いつもは通らないような道でも歩いてみるか。
とは言いつつここ一帯の道はほとんど知っている。だから知らないというより懐かしいだな、何しろこの街には生まれた時からいるんだから。
いや、そういえば生まれたのは別な世界なんだった。
やっぱり実感が沸かない。
異世界。興味はあるし行ってみたい気持ちもある。ファンタジー小説みたいに冒険したりするんだろうか。人間以外の種族?なんていたら楽しそうだ。でも俺は自慢じゃないが体力がないからな、すぐにバテてしまいそうだ。
もしそうなったら普通の生活を送ろう。魔法があると言う話だ、きっと普通の生活でも楽しいことがたくさんあるんだろう。
でも全く知らない人と会うのはなんだか緊張する。きっと文化も違う人たちだ、もう外国人と話すのと同じくらい難易度高いのがわかる。
そんな訳の分からないくだらない妄想をしながら、昔よく通った道を歩く。あそこの角には確か駄菓子屋があった。その隣には・・・床屋があったと思う。
10年ほど昔のことだが、既に記憶は曖昧になりつつある。そこに名残があるから思い出せるものの、何も無かったらきっと分からなかっただろう。今もきっと忘れていることを忘れているだけで、失っていることが多くあるんだと思う。
だから人間はいつも、新しいものを求めてしまうんだろうか。そうすることで次々に新しい自分を作っていくのだ。
向こうに行ったら戻れない可能性もある。でも今の生活は大事だ。できることなら失いたくはない。今回のことはキッパリ忘れてしまうのも一つの手ではあると思う。考えてみれば、向こうに行ったって全てがうまくいくという保証はないんだ。危険を省みずにただ楽しそうだからというだけで自分の未来を決めるなんて、どうかしてる。
「留学みたいなもんだな、いやどっちかっていうと宇宙旅行だな」
人間どうしても保守的な考えに寄ってしまうものなんだろうか、そんなことを考えていたらどんどん行かない理由が思いついてしまう。
「まあ、それもアリか・・・」
気づくと、昔よく遊んだ公園の前を通りかかっていた。昔住んでいた家に近いだけでなく小学校にも近いこの公園は、俺だけでなく何人もの小学生たちの行きつけの場所だった。そこまで広くはなく少しの遊具とベンチがあるだけの公園だが、当時の俺たちにとっては最高の遊び場だったと思う。
今日は平日なので子供の姿は見えない。浅葱と同じように散歩をしている途中の老人が何人かいるだけだ。
しかし自宅までの道を思い出しながらそのまま通り過ぎようとしたその時、よく知る人物が一人、ベンチに座っているのに気づいた。
時計も見るとまだ余裕があるので、話しかけることにする。
「沢野」
ベンチに座りスマホを見ていた俺のクラスメイトであり親友、沢野蓮也は俺の声に気づくと顔を上げた。
「おお浅葱か。珍しいな、こんなところにいるなんて」
「ただの散歩だよ。ここらを通るのは小学校以来だ」
「昔はよくここで遊んでたよな」
沢野が言っているのはこの公園の話だ。こいつと出会って約10年。この公園でもよく一緒に遊んだ。
「それで、なんかあったのか?」
「・・・なんで分かるんだよ」
「普段は散歩とかしないだろ。まあ確かに受験は終わったけど、お前は進んで外に出るタイプじゃない」
「まあ、そうなんだけどな」
「俺も人を待ってて暇なんだ。なんでもいいから話してみろ」
こういう時こいつはしつこくなる。まあ人に話せば何か別の考えが生まれるかもしれない、軽く話してみる価値はありそうだ。
「お前はさ、やってみたいこととか、少しでも興味があることがあったらやってみようと思うか?」
「まあやるな」
この答えは予想していた。こいつはそういうやつだ。
「じゃあもしもそのやってみたいことが、危険を含んでいたり取り返しのつかないことになる可能性があったら、どうするんだ?」
「なるほど、お前の悩みはそこか。
っははは!なんかおもしろいな、お前が悩んでるのは、いっつも余裕だぜ、みたいな顔してるのに」
「うるせえな。それでどうすんだよ、お前は」
「悪い悪い。まあそうなった時は・・・場合によるな」
「なんだよその曖昧な答えは、さっきの即答っぷりはどこへ行ったんだ?」
「まあそう言うなって、というかお前もその曖昧になる部分で悩んでるんじゃなかったか」
「それはそれだ、で?どうするんだよ」
「俺が思うにお前は慎重になりすぎなんじゃないか?」
「慎重?」
「ああ。そりゃ先を見通すのは大事だ。自分のためになると思う。これは俺の持論なんだがな、そうやってるだけでは絶対挑戦できないこともあると思うんだ。先のことばっかり考えてちゃやりたいこともできなくなる。後悔するぞとは言わない。だってもしそうだとしたら、これまでだって沢山の後悔を経験してるはずだろ。道は沢山あるし、あったんだ。それに俺は先の心配を挑戦しない理由にはしたくない」
珍しく沢野がよく喋る。
多分これまでの自分自身の経験から出した考えなんだろう。久しぶりに聞いた親友の本音とも言える言葉だった。
「俺は逃げ・・・やらない理由を探してるのかな」
「大事なのはバランスだよ。さっきも言ったように場合によって選択は変わるし、変えていかなきゃいけないんだと思う」
「なるほど・・・。はあーやっぱりお前は頼りになるな、さすがだよ」
「当然だろ、俺なんだから」
「ほんと、そういうところが無ければもっといいんだけどな」
まあこいつなりの照れ隠しなんだろう・・・多分
そこからしばらく普通の話、春休みに何をするのかやそれぞれの大学についてなんかを話し、俺たちは別れた。
段々と、自分の中の考えはまとまってきた。だけどまだ、結論は出ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日の朝、鳥の鳴き声で俺は目を覚ました。庭の木に最近できた巣から聞こえるものだろう。時計をみると時刻は6時過ぎ、少し早いが起きるにはちょうど良い時間だ。
昨日は散歩から帰った後はずっと家にいた。昼食を作っているとちょうど奈々さんが帰ってきたので、一緒に食べた。そこからはずっと、夕飯を食べるのと風呂に入る以外は、ずっと自分の部屋で本を読んだりしていた。
今日は卒業式。離任式を除けば、実質高校生活最後の日になる。
いつも通り制服に着替えて、一階に降りる。
顔を洗ってからリビングに入ると、ふわりと味噌の香りが鼻を通る。
朝食は大抵奈々が作っており、ほとんどの場合ご飯だ。今日も奈々さんはせっせとキッチンで作業をしている。今は卵焼きを作っているようだ。
「奈々さん、おはよう」
こちらに気づいた奈々が、顔をあげる。
「ああ、浅葱。おはよう」
いつも通り朝のニュースを横目に見ながら箸をとる。
うん、やっぱり出汁にこだわりのある奈々さんが作る卵焼きはうまい。
「昨日はよく眠れたかい?」
「まあね、本を本を読んでたらそのまま寝ちゃった」
「ならよかった。それで今日の式は何時から始まるんだったかね?」
「9時半からだよ。入れるのは10分から」
「まあゆっくり行くとするよ」
「うん」
奈々はあまり学校行事に参加したりはしない。
ーでも入学式と卒業式だけは別だ。今回もいつも使っているお気に入りのスーツに身を包んで参加するのだと思う。
朝食を済ませた後は、手早く身だしなみを整えたりする。いつもより気持ち丁寧に準備をした。せっかくの卒業式だからな。
自室に戻ってカバンの中を確認する。今日必要になるのは、筆記用具と数日前にもらった卒業アルバムくらいだ。どちらもしっかり入っている。
時間を確認すると、もうそろそろ家を出る時間だ。
玄関に向かい靴を履いていると、奈々が見送りにやってくる。
「じゃあ片付けが終わったら私も行くからね」
「うん。気をつけて」
「お前こそ、途中で寄り道なんかするんじゃないよ。事故にもしっかり気をつけな」
「大丈夫だよ」
「最後なんだからしっかり胸張って、堂々とだよ」
彼女はこういう態度だったりを大事にする人だ。それに考えは俺も共感できる。
だからその問題に関しては問題ない。なぜなら、
「わかってるよ。それに俺が堂々としてるのはいつもだ」
「っははは!そうだったね。じゃあ行って来な」
「うん、行ってきます」
学校までは30分ほどかかる。卒業までは・・・あと2時間半くらいだろうか。
まだ全然ファンタジーじゃない・・・