第3話
まただるい感じですねごめんなさい。
俺が別の世界で生まれた?一体どういう事だ。
驚くのも無理は無い。
母さんと私はその世界で出会い、お前を産んだ。
だがお前が生まれた後に母さんは亡くなり、俺はお前とともにこの世界に渡った。
簡単なことではなかった。ただ俺はその世界である分野、他の世界についての研究をしていたから、世界を渡る方法を試すことが出来た。そしてそれは成功したんだ。
向こうの世界に帰る方法もある。ペンダントがこの手紙に同封してあるだろう。そこにはとある仕組みとともに魔素が封じ込めてある。
魔素とは、万物に存在する力の根源の物質。人間にはそれぞれ魔素があり、植物などの有機物だけでなく無機物にも含まれている。目には見えないがな。
そして様々な世界にも、それぞれの魔素が存在している。世界と魔素の結びつきは強く、私はその結びつきを利用したのだ。
封筒の中を確認してみると、2センチほどの黄色い宝石が埋め込まれたペンダントが2つ、入っていた。
そのペンダントには向こうの世界の魔素が含まれている。肌身離さず持っていてくれ。
こんなに現実離れした話をしているんだ、お前は思っているだろう。これは本当の話なのかと。
その疑問の答えは、『魔法』という言葉に集約される。
向こうの世界には魔法がある。おおよそこちらの世界で言われているものと同じだと考えてもらっていい。だが向こうの世界では、魔法は身近に存在する。それこそ魔法のよう、なんていう言葉も無いくらいだ。
俺と母さんはとある国で研究者をしていた。アルノール帝国という国だ。
帝国は世界でも有数の大国家だった。こちらで言う先進国のようなものだな。
俺は元々魔法についての研究をしていたんだが、ある特別な研究にも関わるようになった。それが『機械』に関わる研究、なんだよ。
その時点でも魔法の力を道具に封じたりする魔工学という分野はあった。だが多くは魔法の研究を中心としていて、本体となる道具のことは誰も考えていなかった。
そんな中機械の研究に関わることになった俺は、母さんと出会った。
すぐに意気投合したよ。彼女は元々機械に興味があったようだし、俺もそれを純粋に面白いと感じたんだ。
そこからは順調だった。アイデアは次々に生まれたし、それを形にするのも楽しかった。機械は俺たちが元々持っていた 魔法という力を借りて、次第に国中に広がっていったんだ。
しかし母さんは元々身体が弱く、次第に体調を壊すことが増えた。
いくら魔法という力があれども、その力は完全に理解されていたわけではない。向こうの医療技術はむしろ、こちらの世界よりも低いものだったと思う。
俺も彼女の事情は理解していたが、やはり・・・それ故に、彼女を支えたかった。
やがてお前が産まれて・・・だが彼女は助からなかった。
お前が産まれて一ヶ月ほどで息を引き取ったよ。最後は笑顔だった。お前をよろしく頼むと言われた。
俺は十分に覚悟を決めていたが、やはり耐えられないこともあるんだな、投げやりな気持ちとともに俺は、お前を連れてこの世界に来た。
そこからはある程度お前の知る通りだ。
奈々さんには本当に世話になったよ。こんな事情を抱えた俺を助けてくれた。感謝してもしたりないくらいだ。
さて、お前にこの手紙を残そうと思ったのは、俺たちのことを知ってもらうためだけではない。お前に一つの選択肢を作るためだ。
確かにお前は向こうの世界での記憶はほとんど、いや全くと言って良いほど無いだろう。だがあの世界はお前の故郷だ。俺はお前に、故郷を見て欲しい。
この手紙を見ているということは、奈々さんがお前がしっかり考えられるようになったと判断したということだろう。いくら機械技術はこちらに劣っているとはいえ、向こうには魔法もある。こちらと変わらないレベルの不自由ない暮らしができるはずだ。俺や母さんの親族に会えれば、きっとよくしてくれると思うしな。
大切なことを言い忘れていたな、俺にも母さんにも、そしてお前にも、向こうでの名前がある。真の名前というわけではない。鈴原浅葱という名前も、俺がしっかり考えた立派なお前の名前だからな。
いいか、お前の最初の名前は、※※※※※・※※※※※、だ。
俺はアルド、母さんはエフィリアという。
そのペンダントには既に、この世界の魔素も封じてある。この世界の魔素は極端に薄いから集めるのが大変だった。絶対に失くすなよ。
ともかくそいつを俺が務めていた研究所に持っていけば、こちらの世界に戻る技術も提供してもらえるはずだ。
こんなに大事な話を一気に、それも手紙なんかで伝えることになって本当に申し訳ないと思っている。だがここに残したことは全て、本当のことだ。
向こうに行くか、決めるのはすぐでなくてもいい。お前の好きなようにすれば良いんだ。ただ、100パーセントの確率で戻ってこれるかは俺にも分からない。だからもし、もし行くとするなら覚悟は決めておいて欲しいんだ。
いつまでもお前のことを想っている。
父さんより 大切な息子に愛を込めて
手紙を読み終わってからしばらくはなんだかフワフワとした感覚に包まれて、実感が無かった。
これは現実の、本当の話なんだろうか?とても信用出来るような話ではない。
・・・でも嘘ではないのは分かる。そんな気がする。
「・・・」
「まあ、これは急に言われたら困ることだ。悩むのだって当然のことだよ・・・。別に今すぐ結論を出せという話じゃないんだ。だから、今日はもう休みな」
「・・・分かった」
それからのことはあまり覚えていない。
体に染み付いた習慣の通り風呂に入って、歯を磨いて、気がつくと自分のベッドに入っていた。
つい30分ほど前のことを思い返す。なんだかまだ実感が湧かない。
別になにかが変わったわけじゃない。ただ自分のことと家族のことを知っただけだ。それも、今の生活にはなにも影響しない昔の話だ。
でもなぜか、心の中に穴が空いたような感覚がする。
家族や自分の生まれなんて考えたこともなかった。
生まれなんて関係無いと思っていた。どんな自分でも自分は自分で過去なんか気にする必要は無い。母がいなくても、父がいなくても関係ない。そう思っていた。
なんでこんなに、虚しいような感覚になるんだろう。
家族がいないことは気にならなかった。友達だっている。奈々さんだっている。自分に何ができるのかも分かってきた。進路だって決まってる。
これまで知らなかった自分のことを少し知っただけでこんな気持ちになるのは、普通なことなんだろうか?家族という存在の重みに今、自分は押しつぶされそうになっている。
何を知っても前向きに受け入れられて、常に自身を持てるような人間だと思ってた。もう少し強い人間だと思ってた。
なのに今はこんなに不安定で、ハッキリしてなくて、何がしたいのかも分からない。
「どうすりゃいいんだよ・・・」
***
そんな気分で寝たからかな、多分。嫌な夢を見た気がする。
気がするというのはつまり、内容を覚えていない。いつものことだ。でも不快な気分だったのは覚えてる。
不思議なことに昨日ほど気分は悪くない。やっぱり寝るのは大事だ、一旦気持ちを整理できる。それに加えて今日は天気が良い、明るくなれる日だ。
なんとか理由をつけ気分を明るくした俺は普段着に着替え、顔を洗うために自室を出て下の階に降りる。
我が家は俺と奈々さんが二人暮らしをする一軒家。二階立てで二人暮らしには少し広いくらいだ。
奈々さんはこの家以外にもいくつか家を持っていて、その家を色んな人に貸してる。どうやら大家は両親から引き継いだ仕事らしい。
俺も軽く仕事を手伝ってはいるが、人の住んでない家の見回りをしたり、住民の相談を奈々さんに報告したりするくらいだ。でもたまに重要な仕事を任せてくれることもあるから、頼りにはされてるんだと思う。というかそうでありたい。
一階に降りて顔を洗い、朝食をとるためにダイニングに向かった。
時計を見ると既に9時を回っており、普段より重役な起床にも関わらずまだ僅かに眠気を感じる自分の状態に、昨日の夜あまり眠れなかったことを実感する。
ダイニングに入ったものの奈々の姿が見えない。
「そういや今日は地域の集まりに行くとか言ってたな・・・」
テーブルを見ると朝食とともに紙が置いてあった。彼女からのメッセージだ。
それによるとどうやら1時ごろに帰るらしい。それまでは一人というわけだ。
・・・何もすることが思いつかない。思えば最近は一人で家にいるという状況があまり無かったのだ。思えば奈々さんは家にいることが多いし、俺自身も図書館や学校で勉強することが多かった。
とりあえず朝食を済ませて片付ける。
今日は何をしようか、なんて考えながら自分の部屋を軽く掃除していると、やはりそれが目につく。
俺が今最も向き合わなければいけない問題、昨日の手紙の問題だ。
一晩経ってもやっぱり手紙はあるし、ペンダントもある。読み返してもやっぱり実感は湧かないし、かといって放っておく気にもなれない。
「散歩にでも行くか・・・」
軽く外に出る格好に着替え、スマホと財布を持って外に出る。
行きたいところは特にないので、大学まで行ってみることにする。
我が家の周りは住宅地だが、少し歩けばすぐに繁華街にでる。繁華街を挟んで我が家と反対方向にあるのがT大だ。
大学までは1キロと少しくらいだろう、毎日かは分からないが、これからこの道を歩くことになる。ちょうど良い距離で健康にも良さそうだ。
30分ほど歩いて大学に到着する。
割と伝統のある学校なので建物は古いものが多く、郊外にあるので敷地は広い。
基本的に屋外であれば自由に見ても構わないらしいので、予習の気持ちで軽く歩き回るとしよう。
次からはもうちょい会話が多くなると思います。テンポも上がる予定です。