第2話
いわゆる説明回だと思うのでだるくなっちゃうかもです
「ただいま」
家に帰ってきた。
靴があるから奈々は家に居るようだ。きっと居間で編み物なんかをしてるのだと思う。俺もとりあえず靴を脱いで、居間に入る。
予想通り奈々は、ベランダ近くの椅子に座って編み物をしていた。今編んでいるのは膝掛けのようなものだった。どうやら奈々は、編み物で何かを作るというよりは編むこと自体が好きなようで、簡単なものを作っていることの方が多い。
でも膝掛けや椅子のカバーなんかはあるだけで便利だ。受験期もよく助けられたし。
「奈々さん、ただいま」
奈々がこちらに気付いて、顔を上げた。
「おや浅葱、お帰り。大学はどうだったんだい?」
「うん、受かってたよ」
「そうかい、それは良かったよ、お前は頑張ってたからね。きっとお父さんとお母さんも喜んでるよ」
「うん」
シワを少し浮かばせて、嬉しそうに笑ってくれる。
奈々さん、俺の恩人。中学の頃から6年間二人で一緒に暮らしてきた。
俺の両親はもう、この世にいない。母親は俺が産まれた後に病気で、父親は俺が中学に上がる前に交通事故で亡くなった。母親に関して記憶は全く無いが、父が死んだ時のことは今でも鮮明に覚えている。
当時俺はちょうど、学校の行事で県外に出ていた。事故の報せをきいてすぐに病院に向かったが、父と話せたのはほんの数分だけだった。父は俺を見ると、しきりに謝っていた。そして俺の分まで生きろと言った。全てがあっという間で、泣く暇さえなかったのではないだろうか。
そんな俺を助けてくれたのが、当時俺と父が住んでいた家の大家だった奈々だった。父さんが死んだ後の面倒も見てくれたし、今はこうして家に俺を住まわせてくれている。
性格な年齢は聞いたことがないが、今は60代後半だろうか。結婚はしていないし、子供もいないらしい。親戚の集まりに行くこともあまり無いみたいなので一人気ままに生きているようだ。まあ親戚と交流が無いのは俺も同じだ。産まれてこのかた父親以外の親族には会ったことが無い。両親は駆け落ちでもしたのだろうか。
奈々に拾われた俺は、少しでも役に立とうと思い大家の仕事を手助けするようになった。といっても当時まだ中学生だったから、本当に少しだけだ。ただ奈々さんはとにかく自分のためになることをしろと言ってくれたから、毎日の勉強は欠かさなかった。最初は家の家事をするようになった俺は何度も失敗した。でも奈々さんはいつも笑って許してくれて、だからこそ俺は何度も挑戦できて、今はほとんどの家事をこなせるようになったのだ思う。
とはいえ彼女も歳を重ねているのは確かだ。これから色々と不便になることもあるだろうから、大学も近いところにした。
自分が興味を持っていることももちろんあるが、それをしながらでも手伝いはしていきたいと思う。
「どうかしたかい?」
「いやなんでもないよ、大丈夫」
「そうかい、じゃあ買い物に行こうか」
「これから?」
「外で食べてもいいんだけどね」
「いや、作る方が楽しい」
「なら行くよ、私も準備するからお前も着がえてきな」
「うん」
実は外食経験があまりない、なんだかどこに行こうか迷ってしまうし、それなら自分で作る方が楽だ。
とりあえず制服を脱ぎに自室に戻ろう。
買い物を終えた俺たちは帰路についていた。
買い物に行ったスーパーは家から5分の距離だから、とても利用しやすい。ただ近々内部改修があるらしいから、その間は少し不便になる。
「そういや浅葱、一緒に大学を受けたっていう子はどうだったんだい?」
「あいつも受かってたよ、学部は違うけどね。これで10年は同じ学校に通うことになるな」
「それは良かったよ。お前はなんだかんだで面倒くさい所があるから、慣れてる友達の一人や二人はいないと厳しそうだからね」
「奈々さんに似たのかもね」
「ほう、言うようになったじゃないか。でも安心しな、私にも付き合いのある友人は何人かいるよ」
「いや何を安心すりゃいいんだよ・・・」
「まあお前がいなくてもそう簡単にくたばりゃしないよってことさ」
「奈々さん?」
なんだか珍しいことを言う。
俺が大学に進むからだろうか、確かに高校の時よりは、色々と予定が不定期になってしまうこともあるのだと思う。でもなるべくはそういうことが無いようにしたいし、そうするつもりだ。
何より父の遺産があったとはいえ、学校に通うには少なからず奈々の支援を受けている。
まあ当の彼女は家族もいないし気にするなと言ってくれるが。
「なんでも無いよ。変なことを言ったね」
家に帰ってきた俺たちは夕飯を作った。
今日の夕飯は手巻き寿司だ。簡単で美味しいから、お祝い事のある時は少し良い食材を買ったりしてよくやる。今日は刺身やイクラなんかの魚介類、肉類やチーズなんかを少しずつ買ってきた。
下準備を手早く済ませて、早速いただく。
俺はいつも魚介を盛り合わせたものを最初に食べる。うんやっぱり手巻き寿司は簡単で美味い、あと楽しい。
奈々も野菜などを中心にして美味しそうに食べている。多分作ったり食べるのに手間取るものより、こういうものの方が好きなんだろう。
食後にコーヒーなんかを飲み、ゆったりする。
受験期はあまりこういうことをする余裕も無かった。改めてゆっくりするのは大切だと実感。コーヒーをもう一飲み、うん、大切だ。
「浅葱」
突然、名前を呼ばれた。
「・・・どうかした?」
「ああ、話がある」
「話?」
「お前の、父さんのことだ」
浅葱も奈々も、浅葱の両親についてはあまり深く話さない。
別にタブーな話というわけではない、ただ話すような機会も聞く機会も無かっただけだ。だから彼女が浅葱の知らない両親についてのことを知っている可能性はあった。
だが聞こうとは思わなかった。
父がいなくなったのは小学生の時のことだったし、俺の中には親という存在がまだうまくできていなかったのかもしれない。
「実は、お前に隠していたことがあるんだ」
だが、奈々は大切なことをあまり隠すような人ではない。そんな彼女が今まで黙っていたということは、相当大事なことなのだと思う。俺に隠していたことって一体どんなことなんだ・・・。
「なんで、今になって伝えるんだ?」
「お前の父さんに、お前がよく考えられるようになった頃に渡してくれと頼まれたんだ」
「渡す?」
「こいつだよ」
そう言って奈々が取り出したのは、一通の手紙だった。
「これは・・・」
「あの人が事故に遭う少し前に書いたものさ。もしもの時はこれを渡せと託された」
父さんが俺に残した手紙・・・。封を切って中を取り出す。そこには父を思い出させるような文字が、父の言葉で、綴られていた。
父の手紙
浅葱、久しぶりだな。今のお前は何歳なんだろうか。今からこの手紙に書くことを、俺が直接お前に伝えられないのは本当に残念だ。苦労もかけていることだろう。
俺自身が心の整理をするためにも、この手紙を残そうと思う。
俺がこの手紙に書くのは、俺たち家族についてだ。
まず単刀直入に伝える方がいいな。
俺が、俺たち家族が生まれたのは、この世界とは別の世界だ。
「別の・・・世界?」
手紙はもうちょい続きます。というか次が本番です。