第1話
閲覧どうもです。ありありです。
もうどれくらい前のことだろうか。
あの時のことは今でもまだ、鮮明に覚えている。
あの頃のことをこうして綴るのも、今となっては良い暇潰しだ。
誰に伝えたいわけでもない、ただ自分という人間を整理したい。
昔の性格に、あの頃の自分に戻ったかのような感覚に少しの笑みを浮かべ、俺はその手にペンを持った。
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「・・・あった、あった!」
ある!俺の番号がある!人混みの中で突き出したスマホ、三年間愛用してきたこいつが捉えた写真の中に、俺の番号はあった。
ここは日本、M県S市のT大だ。
俺ことS高校の3年、鈴原浅葱は大学受験の合格発表に来ていた。三年間特に部活などなどに勤しむことはなく勉強していたが、やはり合格を実感すると嬉しい。
思わず小さくガッツポーズをしてしまった。
在学生らしき人が胴上げの準備をしている。俺はひとまずはぐれてしまった彼女を探すため、未だ喧騒が続く場を少し離れる。
周りを見渡していると携帯が震えた。彼女からだろうか。
「東の広場にいるのか・・・」
ここに来たことは何度かしか無いので、イマイチ場所の把握ができていない。だがこれからたっぷりと覚える時間があるだろう。
近くにあった地図を見て場所を確認し、広場に向かう。
広場には同じくT大を受けたであろう人たちが集まっていた。嬉しそうな顔をした人もいるが、泣いてしまっている人もいるようだ。なんだか複雑な気分になる
「鈴原君!」
端のベンチに座っていた彼女は、浅葱に気付くと慌ててこちらに走ってきた。
少し遠慮した様子で彼女は聞いてくる。
「どう、だった?」
「・・・うん、受かってたよ」
俺の返事を聞いた途端、さっきまでの神妙な面持ちが嘘だったかのように彼女、中学からの同級生であり現クラメイトの川原綾瀬は満面の笑みを浮かべた。
「ああ良かったー!もし受かってなかったら私、なんて言えば良いか分からなかったよ。これでまた同じ学校だね」
「そうだな」
「うん」
「・・・」
「・・・」
「とりあえず・・・学校戻るか」
「そうだね」
大学最寄りの駅から学校までは乗り換えなしで一本、楽だ。
「あーそういや弟君は受験どうだったんだ?発表昨日だったろ?」
「無事受かったよー。私たちが留年してたら後輩だったね」
「川原は留年したりしないだろ、あんなに頑張って勉強してたんだから」
「そんなことないよ、鈴原君の方が頑張ってたと」
「いや、今更だけど俺はかなりギリギリだったと思うよ・・・」
「そ、そうだったんだ」
必死に単位を取ろうとしていたあの時期を思い出すと今でも胃が痛む。あの頃は希望なんてなかった・・・。
「それに川原は部活もやってただろ」
彼女は弓道部に所属していた。どうやら部長も務めていて相当上手かったらしい。
袴も、まあ似合っていたと思う、うん。
「部活は全然負担じゃなかったよ。楽しかったし。鈴原君だって家のお手伝いしてたんでしょ?大変だったんじゃないの?」
「中学からだからね、それに奈々さんは放って置けないよ」
「昔からそういうところは優しいよね、鈴原君」
彼女とは中学からの仲だ。俺の事情もある程度理解してくれている。当時俺はちょっと暗めの人生を送っていたから、彼女の対応は嬉しかった。
そうこう話していると駅に着く。学校まではすぐだ。
川原はいつもとても楽しそうに話す。不安な姿なんて見たこともない。みんなに平等に接しているし、人気者だ。
「この定期とももう少し付き合うことになるね」
「俺は大学が家から近いから、歩きだな」
「いいよね〜家が近い人は」
「そんなことないぞ、近すぎると景色が同じでつまらん」
「まあ、そういう考え方もあるよね。ふふっ、なんだか鈴原君らしい答えだ」
彼女はいつも素直に話すが、たまに大人っぽい、少し踏み込んだような、普通だったら出てこないようなことを言ったりする。それは時に勇気づけてくれるものであったり、心に刺さるものであったりもする。彼女が好かれる理由の一つでもあり、俺が長年付き合えている理由の一つでもあると思う。
「どう言う意味だよ」
「そう言う意味ですー。ほら着いたよ」
「あ、ちょっと待てって」
駅から少し歩く。
学校に着いたが、特に何も変化はない。合格発表は日にちも時間もバラバラなので同級生はほとんどいないし、今日は土曜日だから一二年生が部活をしているくらいだ。
ひとまず俺たちは職員室に向かった。担任と主任に合格を報告するためだ。担任は一年の時も一緒だった人で、山岳部の顧問だ。
靴を履き替え校舎内に入る。人がいないせいか、いつもより寒い。もう3月の終わりが近づいてきているのに、最近は寒い日が続いている。
職員室の前に着く。川原が扉をノックして入るのに続き、俺も中に入った。
「失礼します」
「失礼しまーす」
「こらっ、伸ばさないの」
「はいはい」
部屋の中には、休日ではあるが何人かの先生がいた。
担任の席は窓側の一番手前だ。
「高橋先生」
先生が顔を上げる。プリントの採点をしていたらしい。
「おおお前ら、どうだったんだ?」
「先生、二人とも受かってました!」
「そうか!いや〜良かった。お前らのことだから大丈夫だと思ってたが、実際結果を聞くと安心するな」
「先生がたくさん励ましてくれたから、私たちも頑張れたんですよ〜」
「この調子で今野たちも上手くいってればいいんだがな〜明日、、、」
先生は俺が思ってたより心配をしてくれていたみたいだ。いつもは豪快な性格で俺たちを安心させてくれたり元気づけようとしてくれるが、大事な時はしっかり生徒を気遣ってくれるところは、いい先生だと思う。
卒業式なんかでは大泣きしそうだ。部活の引退式でも泣いていたと聞くし。
「鈴原!」
「は、はい。何ですか?」
「何ですかも何もないだろう、頑張ったな」
「他にやることも無かったんで、勉強だけはできましたからね」
「お前は家の事情もあったからな。だが他にやることも無かったと言う割には、学校生活も楽しんでたんじゃないか?色々と手伝いとかしてたようだし」
確かに勉強だけではなく、委員会や部活の活動を少し手伝ったりはしていた。だがそれも同級生たちの力があったからだ
「いい奴が多かったんですよ。今野とか沢野とか、あと川原」
「ちょっと!何そのついでみたいな言い方!」
「いや、なんかお前だけは特別感がない」
「何それ、酷くない?」
「はっはっは!お前らはほんとに仲が良いな」
俺たちはしばらく先生と話し、職員室を後にした。
先生と次に会うのは明後日の卒業式だ。
浅葱は報告の他に特に予定は無いため、下駄箱に向かう。川原も付いてきた。
「先生嬉しそうだったね」
「なんだかんだで良い人だよな、高橋先生」
「うん」
校舎内は相変わらずとても寒く、静まりかえっていた。
「鈴原君は、これからどこか行ったりする?」
「特にはないな、帰って奈々さんに報告したら買い物に行くだけだと思う」
「そっかあ〜」
下駄箱について靴に履き替える。上靴生活の終わりも近い。
「ねえねえ鈴原く」
「あっ!綾瀬先輩だー!」
「えっどこどこ!」
「ほらあっち!」
「ホントだ!綾瀬センパーイ!」
声をかけてきたのは袴姿の女子たち。多分川原の後輩だろう。
彼女たちは嬉しそうにこちらに駆け寄ってきた。
「あれっ?部活はどうしたの?」
「今ちょうど休憩時間です」
「ああそっか、もうそんな時間だね」
時計を見ると既に3時近くだ。早めに昼食を済ませT大に着いたのが12時前だから、もう三時間も経ったのか。
「それよりも先輩、これから部活に顔出していきません?」
「え、これから?」
「みんな先輩に会いたがってるんですよ」
「そうですそうです」
「これからかあ・・・」
そう言うと川原はこっちを見てくる。多分俺を気にしてるんだと思う。彼女はいつも部活のことを話しているから、行きたい気持ちはあるのだろう。
「行ってきたら?俺はどうせ何も用事とかないからこのまま帰るよ」
「そっか・・・うん、じゃあ少し行ってくるよ、ありがとう、またね」
「うん、また」
川原と後輩たちは弓道場の方へ歩いて行った。
「そういえば先輩、今日は何しに学校来たんですか?」
「えっとねー・・・」
浅葱も校門に向かって歩き出す。
校庭では陸上部が練習をしていた。校舎からは先程は休憩時間だったのだろうか、いつのまにか吹奏楽部の演奏が聞こえる。学校はいつも通りだ。
「大学か・・・」
特にこれがやりたいと言って受けた大学ではない、でも自分で選んだ大学だから期待もしてるし楽しみな気持ちもある、ただ高校のように上手くやっていけるかは、受かった今だからこそ心配だ。
「・・・さっむ」
町は相変わらず寒い、だがすぐに暖かくなる季節が来る。
とりあえずは、早く家に帰ろう。
先の展開が気になってくれると嬉しい