原初の魔王の過去
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「もう訳が分からないわ」
俺や翔太、そして途中から帰ってきたルリ達を見ながら、軽く溜息をつく女性。
この場には俺と翔太、ルリとナツメ、メイシスと日記の持ち主だという転移者の女性の6人が集まっている。話の途中で帰ってきたルリ達に状況を伝え、この女性には軽くだがルリ達の紹介をした。はじめルリを見た時、この女性はルリが魔族であることに気が付き、危機感を覚えたのか俺たちを攻撃しようとしたが、それを食い止め俺の彼女である事を伝えると、「人間と魔族の恋人なんて、どこのラブコメよ」と小声で言っていた。
「そういえば、私自己紹介してなかったわね。私は相沢小春。どれくらい前にこの世界に来たか覚えてないけど。かなり前の転移者よ」
そういいながら、漢字で自分の名前を書き俺と翔太に見せてくれる。横からのぞいたナツメは「かわいい名前ですね」と言い、ルリはその文字が読めないようで首をかしげていた。
「それで、コハル妾に何の用だ?」
「私は、原初の魔王、貴女と刺し違えてでも殺そうと思ってたわ。でもそんなことする必要はないみたいね」
今でも警戒心はあるように見えるが、コハル自身が言うようにもう殺す気はないのだろう。さっきまでの殺気は感じ取れなかった。
「それにしても、まさか戦争を起こした張本人がこんな見た目幼女とはね。なんだか納得いかないわ」
「そんなこと言ったら、人間の身で尚もこの時代まで生きているお主のほうが、妾は理解できんがな」
俺からすれば、というかメイシスと小春さん以外、2人の関係性とかは訳の分からないことが多すぎて首をかしげているのだが。
「戦争、戦争かぁ」
どこかしんみりした口調で、戦争という単語を繰り返すメイシス。おそらくメイシスが考えているのは、この世界で起き歴史書などで伝わる最も古く大きな戦争。人間と魔族の戦争のことだろう。
「いい機会だし、話すとするかあの戦争の始まりを」
そう言って、一度目をつぶりメイシスは静かに語りだした。
昔々、とある魔族領に1人の見た目が幼い女の魔族がいた。その魔族の名はメイシス。
メイシスには両親と言える存在はいなかった。物心ついた時には1人で、昔の、力が全てだった魔族領で生き残るために、力を付けるしかなかった。さらに女であるだけで下に見られた時代でもあった。
長い時間、力を付けて、襲ってくる魔物も魔族も返り討ちにしている生活を続けていると、その地域では化け物としてメイシスは認知された。
ある時、偶然魔族領に迷い込んだ人間がいた。複数の魔族に襲われ、今にも殺されそうになっているその子供を、メイシスは気まぐれで助けた。
恐怖と痛みで気を失っているその子供を助け、自分の隠れ家に連れて行き、また気まぐれでその傷を治したメイシス。
目を覚ました子供はメイシスを見た途端、おもむろに逃げ出そうとする。だがそれを止め自分には敵意がないと伝えると、その子供は全身を震わせながらもメイシスに感謝し、頭を下げた。
メイシスはその子供に「家に帰してやる」と言い、普段は近寄らない古代森林を通り人間の領地までその子供を連れて行った。
それからしばらくして、その子供はまたメイシスの前に現れた。今度は両手に食べ物を抱え怪我など一切していない。どうやらこの前のお礼ということで会いに来てくれたらしい。それからその子供は何度かメイシスの前に姿を現すようになった。
その子供は男の子で、名前はライゼンと言うらしい。なんでも古代森林を挟み最も魔族領に近い、エンド村というところに住んでるとライゼンは言っていた。
力こそ正義の魔族領で生きるメイシスにとってライゼンとの時間はとても至福なものだった。いつしかメイシスはライゼンに惹かれていくのだった。
そしてライゼンも、メイシスの事を意識するようになっていった。
だがこの時代からすでに、魔族と人間の関係は良いものではなかった。そんな中、もしライゼンとメイシスが永遠の契りを結ぶようなことになれば、メイシスは良いがライゼンの身は安全とは言えない。そして仮にメイシスが人間の国で生きていこうとすれば、単体の力では人間など取るに足らないだろうが、やはりライゼンが迫害される可能性があり、そのことをメイシスも、成長したライゼンもわかっていた。
こっそり会う関係が何年も続いたころ。ライゼンはメイシスと、ある約束をした。
「俺は人間の国の王になる、だからメイシスはこの国の王、魔王になってくれ、そうして魔族と人間、良好な関係を結ぼう。はじめは上手くいかない事もあるかもしれない、でも必ず俺は君を迎えに行く。だからその時は永遠の契りを、結んでくれないか?」
「わかった、私は魔族領を統治し、魔王になって、貴方を待っている」
その約束以降、ライゼンがメイシスの前に姿を現すことはなくなった。
メイシスにとって魔族をまとめ上げることは難しいことではなかった。だがとある事実がメイシスが魔王になるためには邪魔だった。それはメイシスが女である事。どれだけ力があってもその時代の魔族は女というだけで、その者に従うことはなかった。だからメイシスは性別を隠すため大きな黒鉄の鎧を作り、声も変えた。
そして、たった2年という短い時間で、まとまりのない魔族をまとめ、魔族の住む国イルミナを作り、メシアという名称を付けた場所に魔王とその側近が住む大きな城、今の魔王城を建てた。
話で解決することもあった、それでも多くの魔族は力で従えた。だがそれは無理やりの服従ではない。戦った魔族のほとんどは、黒鉄の鎧を着たメイシスの力に心奪われ、自ら服従すると誓った。
魔族の国を作ってからしばらくして、メイシスは自分の部下に人間の国に偵察に行くように命じた。そしてライゼンも無事に王になった事知り、メイシス自らの足で人間の国に出向いた。
だがそれが悲劇の始まりでもあった。ライゼンは変わっていた。メイシスを捕らえようとする兵士は威圧で身動きをとれなくさせ、ライゼンの前に来た時、久しぶりにその鎧を脱ぎ本来の姿を見せる。それを見てもライゼンは顔色を変えることなく、メイシスに言った。
「昔の約束なら、忘れてくれ。人間と魔族は分かり合えない。そして悲しいが俺は魔族を滅ぼさなくてはならない、所詮魔族は人の劣化種だ。力が強いだけで知性もない獰猛なだけの存在だ。だがらもう、俺の前に現れないでくれ」
ライゼンがメイシスに向けたのは、愛情でも感謝でも優しさでもない、純粋な敵意だった。そしてライゼンの隣には奇麗なドレスを身にまとった。女性が座っているのをメイシスは見逃さなかった。
魔族領に帰るときメイシスは人に襲われることはなかった。それは恐れくライゼンの最後の良心だったのだろう。
重い足取り、1人での帰り道。メイシスがライゼンに怒りの感情を抱くことはなかった。ただ、悲しさと虚しさだけがメイシスの感情を支配した。
魔族にそしてメイシスに対して宣戦布告をした後、ライゼンは兵を使い魔族領に進軍してきた。だが纏まりを得た魔族に力の弱い人間はことごとく返り討ちにされていく。それでもメイシスが人間の国を侵略する事はなかった。あくまでも防衛しかしない、魔王に魔族たちは不安と怒りを覚えていった。
戦争が始まって時が経ち、初めて人間の軍は魔族達の防衛を破り魔王城までとたどり着いた。それが勇者の職業を持つ転移者を名乗る者と、勇者以外の転移者達の部隊だった。
だが圧倒的な力を持つメイシスの前には、転移者だろうが勇者だろうが関係はなかった。転移者達の部隊を壊滅させたが、メイシスは殺す事はしなかった。
数日後、メイシスは新しい魔王を決めるために、とある催しを開いた。そしてメイシスはその催しの優勝者に魔王を任せることにした。
そしてその晩、今まで使っていた魔王城の自分の寝室に、メイシスの一番の信頼できる側近を呼び出した。
唯一、メイシスが女性であることも知っており、それでもメイシスに従う珍しい魔族。その魔族にメイシスは言った。
「妾は疲れた。後の魔王の事お主に任せていいか?」
「わかりました」
「ありがとう、お主には世話になったな。イルム」
「いえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。寂しくなりますね」
「そう言うな。封印の件任せたぞ、黒鉄の鎧の、頭、両腕、両足、すべてが揃うとき、妾の魂を眠らせる胴体が現れ、妾は復活する。もしその時に、お主が生きておればまた、妾に仕えてくれ」
「いつになるかわかりませんが、もし生きてればその時はまた」
新たな魔王が生まれると同時に、メイシスは封印という名の永い眠りについた。
「これがあの戦争の始まる前の話だ、ってどうしてみんな泣いてるの?!」
メイシスを除き全員が涙を流している。それにメイシスは困惑してるようだが俺たちは心の中で同じことを思った。
(こんな話聞かされたら、泣くに決まっている)
それからしばらく涙を流し続けたが、俺たちは人間と魔族の戦争の、本当の始まりを知ることが出来たのだった。
メイシス「永遠の契りとは、今で言う結婚と同じ意味だ」