改心
異種族同盟と帝国の激しい戦闘が行われている中、ある場所では漢と漢の戦いが行われていた。
「おらおら!魔族ってのはこんなものかぁ!」
「流石は邪神の使い。だが私を倒す事はできない」
魔族の中にありルリを守るための組織{ガーディアン}、そのトップのアギラードと、邪神の使いで名はケンヤ。この2人が一騎打ちを始めてからすでに数10分が経過していた。
この2人は決して派手な戦闘はしていない。アギラードは〈身体強化〉、〈分身〉、〈魂の移動〉、ケンヤは〈身体強化〉だけしか魔法は使っておらず互いに己の拳で戦っている。
ステータスだけで見るならケンヤの方が遥かに高いが、それでもアギラードが拮抗しているのは経験の差と手数の多さが理由だった。
「なぁ魔族のおっさん、一つ聞いていいか?」
「どうした邪神の使い、戦いは終わってないぞ?」
「あぁ~さっきから思ってたんだが、その邪神の使いって呼び方やめてくれねーか。俺にはケンヤって名前があるんだ」
「それは失礼、でケンヤ質問は?」
お互いに距離を取り、ケンヤは少し気まずそうに頭を掻いた。
言葉を選んでるのか少し考え言葉を発する。
「なんでわざわざ、俺に合わせて戦ってくれるわけ?」
「それはどうゆう意味だ?」
「だっておっさん、俺が〈身体強化〉しか使えないのわかってるのにあえて、遠距離魔法を使わねーだろ。これは命の奪い合い。なんでわざわざ俺に合わせてんのかなって思うわけ?」
その言葉を聞いてアギラードは少し驚いた表情を見せる。決して顔に出してるつもりはなかったが確かにアギラードには分かっていた。この男が距離をとって戦える放出系魔法が使えないことに。自らが慎重に距離をとって戦いをすればもしかしたら、すでにこの戦いは決着が着いていたかもしれない。
だがアギラードにもそれなりの思いがある。改めてケンヤを見直しフッと笑って見せた。
「確かにお前に合わせてやる義理はない。だがお前みたいに純粋に戦いを楽しんでるやつを見ると、昔の自分を思い出す。そして魂が燃え上がるんだ。歳を重ねればその気持ちも消え、いかに効率よく戦うか考えるばかり、だからケンヤお前と戦えて私は嬉しいよ。有利とか効率とかを考えない純粋な戦いができて」
「へっ、おっさんも俺も似た者同士ってわけか」
改めてケンヤは拳を握りなおす、日本のボクシングのようなスタイルで左腕を前に出し、しっかり脇を締める、そして足を使いリズムを取り始める。だがアギラードは構えることをしなかった。
いつまでも準備をしないアギラードにしびれを切らしケンヤは一度足を止める。
「どうしたおっさん!まだ戦いは終わってねーぞ」
「いや、もう終わりだ。確かにお前との戦いは楽しかったがこれ以上は続けられない」
そう言うとアギラードは、その場で片膝をつき頭を下げる。いきなり行動にケンヤは戸惑いを覚えるがすぐにアギラードの行動の意味を知った。
何かが空から高速で飛来して来る。近くなればなるほどケンヤの体からは冷や汗が止まらなかった。
その間もアギラードは微動だにしない。そしてそれはアギラードの横に着地した。
見た目は高身長の細身で整った顔立ち、とてもじゃないが前線に出て戦うような人物には見えない。それでもケンヤの直感がこの男は危険だと叫んでいる。内心で逃げ出したいと思うがこの場の空気が逃げることも声を発することも許さなかった。
「お久しぶりです、プルーム様」
「久しぶりだねアギラード、そんな畏まらなくてもいいのに」
プルームと呼ばれる男は見た目通り声色は優しく、部下であるアギラードに対して威張ったりする様子もない。ケンヤも意を決しようやく声を発した。
「お前は誰だ?なぜそのおっさんがお前みたいなひょろい奴に頭を下げる」
「名前を尋ねる時ははまず自分から名乗るのが礼儀じゃないかな?」
決して声色が変わったわけじゃない、同じように優しい声色で話しかけられているはずなのに、ケンヤの一切止まることがないかった。
「お、俺はケンヤだ」
「よくできました。僕はプルーム・サタナス。現魔王アイラ・サタナスの夫さ」
決して声に出さないが、「なるほど」とケンヤは納得する。そう言われればこの男の正体も疑問に思うことなく理解できた。
プルームはそんなケンヤを少し観察し、ケンヤと同じような構えを取る、だがケンヤから見れば脇の締めが甘かったり、拳が下にありすぎて顔を守れない場所にあったりと、その構えが見様見真似なのがまるわかりだった。
「来なよ、君に合わせて拳でだけで戦ってあげる、もちろん魔法なんか使わないから」
何処までも余裕のプルームに対し、ケンヤは恐怖心と好奇心が混ざったような感情が芽生えた。魔法を使わないという言葉が本当か分からないが今は信じるしかなかった。
覚悟を決めその場でリズムを取り始める、少しずつ体を揺らしプルームとの距離を一瞬で詰める。至近距離で繰り出す最高の左ジャブがケンヤは当たると思っていた。顔面を狙ったその拳が仮に当たらなくてもブロックの為に片腕は使わせられる。そこからの連携を幾つも体に染み込ませていた。
だがケンヤの左腕にはジャブが当たるような感触はなく、腕が伸びきってしまう。その事に驚いたケンヤは一瞬思考停止をして腕を戻す事すら忘れていた。
ケンヤの左ジャブを上半身だけ右にずらし避けたプルームは、がら空きのケンヤの顔に右ストレートを打ち込む、大きく振りかぶりこめかみや顎は狙わず、顔面ど真ん中。殺さない程度に手加減はしつつ、しばらくは起き上がれないほどの威力で放った拳は驚くほどきれいに直撃した。
ケンヤは振りかぶられた拳が見えていた。脳は咄嗟に防御を訴えていたが左腕は戻らず体を反らす事すらできなかった。とてもゆっくりに見えた拳は実際にはコンマ数秒で放たれており、それを喰らって数メートル後ろに吹き飛ばされ大の字で空を見上げていた。
この時ケンヤは、何もかもがどうでもよくなった。戦争も邪神も帝国も今だけは何にも縛られず殴られて痛みを感じ動けないほどの一撃を受けたのに、最後でこんな男に殺されるなら本望だと思ってしまった。
ゆっくりと歩いてくるプルームの足音を聞きながら空を見上げる。ケンヤにとって小細工なしで全身全霊をかけてここまで圧倒された事により、とても晴れやかな気持ちだった。
足音は止まり、プルームがケンヤの事を覗き込むようにして見る。
「俺の完敗だ、殺せ」
「うーん、ここで殺すのは簡単だけど、君みたいな人材を殺すのはもったいない。よかったら改心して、僕の下に来る気はないかい?」
ケンヤからしてみれば、まさかの勧誘だった。邪神の使いのケンヤはこれまでいくつもの非道な行為をしてきている。それなのにこの男は...ケンヤは少し考え右腕を伸ばす。意図を察したプルームはその腕を引っ張りケンヤを起こしてやった。
「あんたが、いや。プルーム様がそれでもいいってんなら。このケンヤ部下にならせてもらう」
「ふふ、いい目だ。じゃあこれからよろしくね」
こうして、邪神の使いの1人が、また消えていくのだった。
プルーム「ついに僕が参戦でしたよ」
アイラ「よかったわね、これで魔王夫婦の日常とかが描かれて私たちメインのお話が来るのかも」
作者「考えておきます」