表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第四章『夏の夜の(ry』
98/430

A-3



「少年」は、

 自分が賭けに負けたらしいことを、その瞬間に受け入れた。



 </break..>




 絢爛たる灯が舞い、札束が舞い、それをさらに突風が攪拌する。

 飛空艇メインホールを底から巻き上げるほどの「人の感情」に、

 少しずつ、少しずつ、……影が差す。



『ぐぅ……ッ!? く、そォ!』

「くだらねえ! くだらねえェ! くだんねえんだよォ!!」



 木っ端の作る砂塵が破裂する。

 それは、膨れ上がった風船が一点決壊するような光景だ。そして、『英雄』がまた彼方の壁に叩きつけられた……。

『ぎッ!? ……がふっ』

 既に、飛空艇に出来た亀裂は片手の指の数では足りない。『英雄』の技巧がどれだけの剛腕をかいくぐって見せても、ただ一度の「接触」程度の一撃で以って鬼は英雄を圧倒し続ける。

 悪夢じみた彼らの体格差が、

 ……種族として隔絶されすぎた性能差が、

 英雄の持つ技術全てを一笑に付す。『ヒト』にとってあまりにも絶望的な光景が、ただすら延々と続いていく。


「どうしたよ? ちょこまか動くしか能の無えクセに、それも鈍ってきてんじゃねえのか?」

『……、……』


『彼』が壁から抜け出そうと足掻くのを、鬼は嗤いながら睥睨する。一歩、二歩と、鬼は英雄に向かい、

 ――そして奔る。


「ぅらアッ!!」

『――――ッ!???』


 剛腕が、――英雄を射抜いた。

 破滅的な轟音が、飛空艇の最後尾までを震撼させる。「ただの音」が、周囲の烈風をはっきりと「打ち消す」。

 それだけの「衝突」に。


『――――。』

 また、……英雄が崩れ落ちた。


『あ、……ぅ』

「馬鹿が雑魚ガキ! まるでなってねえんだよなァ!!」

 未だ甲冑の腹部に拳を埋めたままで、鬼は『彼』をそう嗤う。

 その、ヒトの英雄が人形のように貼り付けにされた光景は、あまりにも「ヒト」にとって絶望的であった。

『は、な……せっ』

「全然弱ぇ! なんだそれ!? それで全力かコラ!!? そんなんじゃ一個も動かねえよ雑魚風情がよォ!」

『放せって、……言ってんだ!』

 英雄がもがいて、遂に鬼の拳を逃れる。しかし鬼は、それすらを睥睨するままだ。取るに足らぬ小虫が蠢くのを見るように、鬼は『彼』が這いつくばるのを失笑し見下ろしている。

「おぉ? なんだよ、逃げんのか雑魚」

『……、……』

 聴衆は、思う。

 ――もうやめろと、切に願う。

 彼らにとって英雄が地に伏す光景は、絶望である以上に凌辱であった。彼ら聴衆にとって、英雄の後姿はヒトの極致だ。それが地を這う光景など、「ヒト」への冒涜でなくて何だ。

「……、……やめ、やめろっ」

「なんだァ? そこのよォ羽虫その2がなんか言ったなあ! 聞いてやるから声張れよサルがよォ!」

「うぅ……っ!」

『黙ってろ! 手前の相手は俺だ魔族風情が!』

 英雄の虚勢に鬼が三度嗤った。

「……なんだ? まだやれるんだったらよ? 立った方がいいんじゃねえのかなあマナーとしてよォ」

『……わかってるさ、手前も構えやがれ。ほら、第三ラウンドだ』

 英雄が今、血を吐いた。

 ドス黒く粘度の強い『血』だ。それが『彼』の甲冑を伝い、赤い絨毯を濡らす。

 それでも、甲冑の奥の赤い灯は消えない。それを見た鬼が、ゆらりと両の剛腕を持ち上げた。

「ハハっ、いいじゃねえの」

『……、……』

 言いながら鬼が、英雄を誘う。一つ、二つと足を運び、

 ……『彼』がそれに応じて、一歩二歩と鬼を追う。

 赤い照明。突風吹きすさぶ高空の密室。メインホールの、その最中央。

 そこにまた、――両雄が並び立った。


『……、……』

「……、……」


 この一合も、当然のように、

 ――先に動いたのは鬼の方だ。


「――――ッ!!」


 突貫。

 大質量が『彼』を覆い潰す。聴衆が思い描いたのは致命的な最期だ。しかし『彼』は、決して掴めない風のように鬼の突進を潜り抜ける。

「ハッハハ!」

『……、』

 ここまではしかし、()()()()()()()()()()()()()。『彼』はその持ちうる全ての技術で以って殆ど確実に鬼の一撃をいなし、或いは一撃を返し、しかし鬼はそれら全てをただ一撃で覆す。

「じゃあ次なァ!」

 剛腕一閃。

 裏拳が大気を叩き、空気の破裂する大音量が響く。これもまた、ただすらに膂力のみで成る一撃であり、『彼』は身一つ分体軸をずらすだけでこれを避ける。

「流石ァ! 次だァ!」

 拳を放る勢いを乗せた中段前蹴り。これも『彼』は避ける。次に鬼は振り上げた片足で以って震脚を行い、姿勢を取り直して刹那四度の突きを放つ。これもやはり、『彼』は避けて……、

 しかし、

()() ()() ()()()()

『――――ッぎ!??』

 終わりのない致命の連撃。

 暴風が旋風を巻くが如きそれが、……また、『彼』の身体を強かに打つ。

「ダハハ! 何回目だよテメエ、何度でも立ち上がるのだけだ取り柄ってか!?」

『うる、せえ、……ってんだ』

『彼』が立ち、そして幾度目かの「打ち合い」がまた始まる。

 鬼も、聴衆も、そして或いは『彼』も、きっとその一合の果てを理解していた。鬼がまた、その膂力のみで以って『彼』を打ち、そして英雄がまた地に伏せる。その繰り返しだ。

 それが、――幾度、

 幾度と続く。

 そして……、



『    』

「うん? なんだァ? ……いい加減終わりかよテメエ?」



 ――膝から脱力するように、『彼』が倒れた。

 聴衆はしかし、祈るようにして『彼』のもう一度立つ光景を待つ。

 そしてそんな奇跡は、

 ……しかし、もう起きない。


『    』

「……、……」


 なんだよ、と鬼が呟いた。


「おい。待てよ、もう終わりか?」

『    』

「ヤリ足りねえんだよ。テメエが立てねえなら俺は別のサンドバックを見繕うぞ? それでも立てねえのか?」


『    』

「…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 鬼のその言葉にさえ『彼』は答えない。

 反応を見て、鬼はただ、弄ぶのに飽きた玩具にするようにして、『彼』を適当に蹴り飛ばす。転がっていく『彼』のその、まるで本当に「ただの死体が転がっていった」ような姿に、聴衆は今度こそ言葉を失う。

 その光景にあったのは、

 ――克明な、「人類の魔族に対する敗北」であった。


「    」

「ようテメエら、次はどいつだ? 誰も出てこねぇんなら船が墜ちるぞ? ……おら、誰が出てくんだよ?」


 返答はない。

 強い風のみが甲高い音を立てている。

 ……誰も彼もが、今この瞬間に言語を喪失していた。如何な貴族の誇りがあろうと、成功者としての実績があろうと、或いはヒトとしての「礎たる何か」があろうと、純粋な畏怖がそれら全てを塗りつぶす。そして今、この船の全ての人間が黙して、ただすら視線を地に付していた。





 ――ただ一人、「その少年を残して」。





「テメエか、次は」

「……、……」

 少年は、「ヒトの言葉」を喪失したその空間にて、しかし、

 ――まずは、「そうだよ」と答えた。

「……、……」

「僕が相手だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()、と。



 ――幾度目かの音が、()()()()





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ