Q-4
雨の音がする。
しかしそれを、俺たちは確認することが出来ない。
俺は「彼女」の背中を見ていて、そして「彼女」は、昏い部屋のどこか虚空を眺めている。
――突きつけた短剣が、
白い影を部屋に落とす。
「何に違和感を覚えたか、一つずつ説明してやろうか?」
「……、……」
――まずは空港だ。
そう俺は言う。
「俺が、敢えてお前に道を任せたのに気付いていたか?」
「……、」
「そこでお前は、俺を急かしたんだよな。その辺を延々見て回ろうとする俺を止めてまで。……まあ、そのくらいは許容範囲だ。自堕落な主人を諫める奴隷の真摯な姿勢って考えた方が妥当だろ? でもさ、そのあとだよ」
「……なにが、ダメだったと?」
「俺がどれだけ面白おかしくふざけても、あくまでお前はこの飛空艇に乗るって体で話を進めただろ? ……いや、この船ですっかりモンスター扱いになっちまった俺が言うのも何なんだけどな? チ〇ポ奴隷に身をやつしてまで船に乗ろうって気概には恐れ入ったよ」
「……。」
「どうした? 何か言えよ」
俺が、そう言うと、
彼女はこちらに振り向く。
その目には、……「今までにはなかった何か」があった。
「では、一つ聞かせてください」
「……いいよ」
「あなたの主張は、とても弱い」
とても弱い。とは、
つまり、「攻め手に欠ける」ということだ。その通りだろう。俺は別に、これまでに、彼女から致命的な「違和感の証拠」を得たわけではない。俺がこれまでにやったのはあくまで「彼女にとって飛空艇に乗りづらい展開」を作ってきただけである。加えて言えばそれにしたって「強くはない」。彼女にとってみれば「乗船という展開に持っていくことに多少のストレスがある」程度であったはずだ。
彼女はあくまで、「無理やりこの展開に持ってくるようなヘマはしていない」。
ただしそんなもの、「証拠確証の有無」など――俺個人の確信には関係がない。
「あなたは私の何かを疑った。それは良い。その結果様々な無茶をしたということですね? しかし、それでは説明がつかない。――あなたがやったのは、そもそも私を疑っていなければできないことだったはずだ」
「彼女」がこの飛空艇への乗船にこだわっている。そこまでを彼女は認めたらしい。
そのうえで、彼女は俺に問う。
どこが発端で、私は疑われたのだ、と。
――だから、言っている。
「端っからだって言ってんだよ」
「……、……」
「手前が、初めて俺と会ったその時点だ」
理屈をつけようと思えば、出来ないことはない。
例えばあの場でダック氏が、彼女のような「一般受けはしない身体の奴隷」を俺に充てたこと。それも違和感がある。さらに言えば俺が「奴隷にいい印象を持っていないこと」を無視してまで彼が俺に奴隷を贈ったことにも違和感を覚えるべきだ。なにせ相手はビップをもてなすのが業務の一環である手合いである。俺の嫌悪感に対して空気が読めない訳がない。なんなら俺が奴隷嫌いであることも予測して、プレゼントは幾つかのプランを見積もっておくのが「当然」でさえあるはずだ。そう言った部分を踏まえて、
――しかしそれらを全て抜きにしても、
彼女はあまりにも「俺の同類」であった。
目を見れば分かる。
相手が、自分に対してどのようなスタンスでいるのかなど、直感一つで以って確信と定義して問題がない。彼女は、
――ゆえに間違いなく、俺の同類であった。
「おい、手前」
「……、……」
「名を名乗って、目的を洗いざらい吐け。……分かるだろ同類ならさ。俺は相手がちゃちな女の子でも、遠慮なく魚の開きにするぞ?」
「……。」
暗い密室に、
――一つ、呟き声が浮き上がる。
「あなたは、」
俺はそれを、静かに聞く。
その言葉の先を待つ。
「……あなたは、」
「……、……」
「人の秩序に仇為す思考をしているな」
彼女の視線が、まっすぐに俺の目を射止める。俺は目を逸らさずに受け止める。
暗闇には、未だドアの隙間越しの灯が差しているばかり。暗がりの最中にて、俺たちは互いの表情の全ては掴めないまま。
彼女が、
――両手を挙げた。
「目的を言いましょう」
「……、」
「私の目的は、バスコ共和国の紛争の回避です。翻って、この事件の首謀者の目的はバスコ共和国を戦場にすることだ。鹿住ハル、あなたは、」
「……。」
「――『北の魔王』という存在を、どの程度まで知っていますか?」
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「彼女」は言う。
「まずは、確認として。……バスコ共和国は現在、三つの勢力が拮抗した状況にあります」
――『北の魔王』、『サクラダカイ』、そして『ストラトス領』。
「しかしながらその内、唯一『北の魔王』だけは事情が違う。彼の勢力は、三点拮抗の力点の一つである以前に、人類の敵です」
魔王、魔族とは、元来からして人類の敵である。
ゆえに、
「『北の魔王』が最も危険視するものが、他二つの勢力の結託です。バスコ共和国の描く図式が『人類対魔族』にすり替わった場合、単純計算で『北の魔王』は、自軍の二倍の戦力に押し潰されることになる」
――ゆえに、
「『北の魔王』の幹部が先んじて動き出した。それを、『私の仲間』が察知しました。――動いたのは二名。一人は『苛烈のベリオ』、そしてもう一人が、『理性のフォッサ』です」
「……、……」
「率直に言いましょう。この事件の首謀者は『北の魔王』の側近二名によるものであり、その目的は犯行者の詐称、――つまり、『サクラダカイ』と『ストラトス領』の致命的な決裂です。私は、その阻止のためにここに来た」
あくまで、
「……、……」
彼女は両手を挙げていた。
降伏の「ポーズ」を取りながら、しかし彼女は強く俺の相貌をのぞき込む。
……同類である。彼女は俺の同類だ。それは間違いない。
だというのに、どこまでも、彼女の語るその「人類に寄与する正義」は、「真」であった。
「(……人類、ね)」
俺は、――思う。
仮に俺が転生の先に魔族の身体を得ていたら、その場合、俺は魔族に益をもたらすのが「妥当」であろうか、と。
一度死を経た俺にとって、種族だなんだという観念はあまりにも縁遠い。理性ある生物全てに対して、俺はいつの間にやら垣根をなくしていたらしい。それに俺は、今更ながらに気付く。
「……、……」
彼女の素性について、俺は、ここのやり取りだけで既に心当たりを得ていた。
しかし、それでも、俺の心は不動であった。どちらに与することも、俺にとっては現実味がない。俺は、恐らく、自分が人であるということにさえも確信が持てていなかったのだろう。
ゆえに、俺は、
「……。」
どうしようもなく、突きつけた短剣を下すことしかできなかった。
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「っていうことがあったんだよね」
『なんだよそれ先に言ってよ!』
通話相手ことフィードの悲痛な叫びももっともである。なにせ「乗り物ジャック」とされる犯行全ての最初期における最もネックなことこそが「犯人の正体及び人数」であり、それをどうやら端から握っていたらしい「彼女」への憤懣たるや察するに余りある。しかしながら彼女こと(暫定)ロリは、スクロール越しに通路に響き渡る悲鳴に対してもどこ吹く風、ゆえに俺も、話を先に進めるのを優先する。
「とにかく、敵はその『苛烈のベリオ』と『理性のフォッサ』ってことで進めよう。お前、こいつらについてなんか知ってるか?」
スクロールの向こうから沈黙が返る。それが何やら「文脈を整理する」ようなニュアンスであったため、俺は彼の言葉を待つことにする。
『とりあえず、どっち有名だよ。「苛烈」の方は白兵で名前を聞くし、「理性」は地対空で超一流だ。……逸話を鵜呑みにすれば、「理性」の方はただの弓でこの飛空艇を撃ち落とせる手合いだぞ』
「……なにそれ」
『そのまんまの話を聞いたことがある。「北の魔王」に攻め込んだ空中艦隊をそいつ一人で全滅させたらしい。理屈は分かんないけど……』
「……まあいいや。うん、とりあえずそれも視野に入れつつ進めていこう」
『いや待て! それが本当なら僕たちもう詰んでるからな!?』
「そうなの?」
『そうなのってか……。とりあえずこれは僕の所管だけど、基本的にこの船に「苛烈」に勝てる奴はいない。アンタも合わせてな。それから、「理性」が出張ってるならそれもマズい。……基本的には大抵の飛行船が「外部からの接触に対する防護結界」を張ってるもんだけど、それだってさっきの逸話に出るような「飛行艦隊」よか下の性能のはずだ。軍事と民事じゃ想定する「外部接触」の桁が違うってのは分かるだろ?』
「……、……」
『……まあしかし、これで分かった。アンタが「この飛空艇を落とす方法を敢えて疑問視した」のは、こういうことだったって話だな』
――「理性のフォッサ」で出張ってきたってんなら、逆に言えば。と彼。
『「フォッサ」がこの飛空艇を撃ち落とすってのが犯人サイドのプランだ。つまり、逆に言えば、この飛空艇に爆弾が仕掛けられてるってのは、少なくとも犯人にとっての第一プランじゃない』
ならば、――つまり、
『理由がある』
「……、」
『敢えて外部からの攻撃でこの飛空艇を落とすことにした理由が。……ただ』
――その「理由」は、僕には分からない。
と、彼は言う。
「……そうか」
しかし、彼の疑問は捨て置くとする。ヒントさえ出尽くして分かり切ったはずの答えに彼が辿り着けないのなら、それは畢竟、彼がどうしようもなく俺のような『側』とは「別種」であるというだけであるからして。
さてと、今はそれよりも、
「そっちに艦長補佐はいるのか?」
『うん? ああ』
「じゃあ聞いてくれ、仮想敵が機内で爆弾だなんだを使わなかった理由に思い至るものがあるかって」
『なに?』
しかし、スクロール越しでは明確な返答が返る。
『カズミさま、私です。……当機体のセキュリティでは「登録されていない術式」への無効化を行う結界魔術が織り込まれています。スキル、魔術、スクロール、魔道具、或いはそれ以外。どれにしても登録外の詠唱記述形式を含むものは発動を阻害されます。しかしながら、「無効化結界の無効化」までが出来る存在に対しては、はっきり言ってしまえば無力かと』
「……なるほど」
そう返す。
『カズミさま、失礼ながら、先ほどの質問の意図と言うのは……?』
「うん? あー、まあ。なんだろうな」
曖昧に、
抽象的に、
俺はそう答えて。
「とりあえず、次の『提案』だ」
『――――。』
「――全員メインホールに集めろ。これは、ジャック犯からの命令だ」
</break..>
「彼」は、その展開に眉根をひそめる。
「……、……」
今は、尋問の最中であったはずだ。それもまだ初期も初期、乗客の内の三分の一も済んではいない。そのはずだ。
だというのに、
――ぞろぞろと、メインホールに人が流入してくる。
「……、」
乗客も、スタッフも、誰も彼もが一様に視線を下げて、沈痛そうに「入場」をする。
これはなんだ、と「彼」は思う。
加速度的に人が増える。
だというのに、沈黙は更に深まっていく。暖く明るい照明に不可視の影が差す。
「彼」の心当たりなどないままに、
……事態が、不可逆へ向かって進行していく。
『みなさま』
「……、……」
拡声器に歪んだ声だ。それがメインホールの低い天井にこだまする。
「彼」がそれを聞き、それ以外の乗客もそのように。
「静寂」とは別の、もっと能動的な「沈黙」がメインホールに沈殿していく。
『……皆様』
もう一度、拡声器がそう呟く。
『ここに集まってくださったのは、他でもありません』
――この飛空艇は、ジャックされました。と。
拡声器は、そう告げる。
『これはジャック犯、そしてゴブリンスレイヤー暗殺事件の首謀者でもある人物からの要請です』
「――――。」
『これよりその人物がメインホールに入場します。どうか、皆様、彼らを刺激などされませんようにお願いいたします……』
「(絶句)」
――そこへ、
「だっははははテメエらァ! 両手を頭の後ろに組んで地面に伏せやがれェ!!」
「道を開けなさーい! 道を開けなさーい!」
確か、カズミハルとか言ったか。
この飛空艇で幾度となく(ダメな)存在感を発揮してきたその男が、伴侶の幼女と共にイキり勇んでドアを蹴破った……っ!
※この後、短いですがもう一話分の更新を予定しております。是非よろしくお願いいたします。




