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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第四章『夏の夜の(ry』
78/430

Prologue_(1)



 バスコ共和国ストラトス領。

 そこはまず、何においても肥沃な山稜と、そこから流れ落ちる栄養を多分に「飲んだ」河川がネームバリューに上がる土地だ。

 人口は共和国内領でも中位の比率だが、以前は領地資本からしてドベもドベ。それが今では国内でも数少ない「経済成長率の増加があった領地」であって、そしてその内でも頭一つ分飛びぬけた「成長率十四パーセント」を保持する有力領である。また翻っては、この領主レオリオ・ストラトス氏による貢献と領地改革が、氏の大統領最有力候補としての地位の根拠ともなっている。

 そんな氏の掲げる政策は、ずばり「隔離された資本主義」だ。肥沃な自然を破壊することのないよう「企業競争における侵略行為」は領法整備により徹底して排他され、彼の領地の圧倒的な経済成長は氏曰く「領地の運営規模に妥当な水準まで自然回復しているだけ」とのこと。

 そして現在までには、その言葉通り、周辺の「運営提携を約定する各隣領」を合わせて算出した場合のありとあらゆる項目の自給率は、その殆どが百パーセントを下回ることがない。これは氏と、氏の抱える「錬金学」及び「エネルギー魔法論」のブレインらによる様々な既成技術理論の改善及び撤廃によるものである……。


「(なんつー理想的できすぎな都市運営だ。……どことなく、英雄クスノキの街を思い出しますね)」


 さて、

 そんな素敵な街ストラトス領の航空港に、私ことエイリィン・トーラスライトは足を踏み出す。山間のイメージのある地域だが、見回す限り空に窮屈さは感じず、風の瑞々しさは海のある街のそれにも劣らない。

「(美しい空……)」

 と、

「(さんさんのお日様……)」

 と、来れば……、


「(ごはん! おいしいごはん!)」


 これが俗にいう三段論法。あまりの理論的整合性に相手は反論さえできないという。ということはつまり、――今私は何にも論破されることなく正当性を以って食事をしていいということだ!

 さあ、

 さあ征こう……!


「ごはんにっ――」

「ようこそいらっしゃいました、公国騎士・エイリィン・トーラスライト殿。わたくしは共和国学士パブロ・リザベルと申します。どうぞこちらに」

「……、……」


 コンテナの前で出待ちをしていた青年、パブロ氏がそう、私に告げた。

 私は……、



「――――ぐす」



 ――乾いたはずの涙が、

 また、こぼれそうになって、天を仰いだ。


「(しゃーない。しゃーないよ、お仕事だもん。お仕事だもんねーだ……)」


 と、そこへ……。


「……あーどうも、トーラスライト様と、そちらはリザベルさんでいいんですかい?」

「ああ、ええ? お好きなように」


 私の後方から男が一人、ひょっこりとこちらに顔を出す。

 その男の物言いには、私ではなくパブロ氏が言葉を返した。

 ……ぱっと見では、初老一歩手前といった印象の「オジサン」である。その小型飛空艇用の衣装を見る限り、私を運んだコンテナ周りの、運転手か技師かその他スタッフかと言った辺りだろう。

 彼が、……なにやら?


「(あの子、トーラスライトさんね。おなかペコペコでどうしようもないみたいなんだよ。にーさんにその辺、頼めたり?)」

「(……なるほど、それは気も効かず失礼を)」

「…………?(聞こえない)」


 と、謎の密談が終わったと見えて――、


「ではトーラスライト殿、こちらに。――少しばかり歩きますが、まずは会食のご準備とさせていただこうかと存じます」

「っ!(堪え切れなかった笑顔)」



 </break..>




 さて、

 航空港をまっすぐに突っ切った私は、そのまま接続する騎士堂施設を抜けて街へ出た。

 日差しが強く、見れば見るほど街の雰囲気は夏のそれだ。この国の、公国よりも一足早く夏を迎えていたらしい様子が、行きかう人々の、暑さを楽しむような活気によく表れている。

 私も先ほど、コンクリートの照り返しに負けて上着を脱いだところであった。しかしこれはいっそ、シャツもやめてちゃんと夏の服装になるのも考えるべきかもしれない。


「(うおぉ、道路に陽炎まで立ってる。……こんなに暑くなる国だったんだなぁ)」


 ひとまずはシャツの袖を捲るのみにしておいて、

 私はその、陽炎の立つ街へと踏み出した――。


「……初めて訪れましたが、新緑と石畳がよく映えますね。活発で、良い街です」

「ありがとうございます。この辺りは旅客向けに、ウチと似た気風の他国の観光首都に倣って作ってあるんです。少し行けば、わが領の伝統的な造りの街もご案内できますよ」

「それは、……えっと、この辺りが主要な人口密集地のようにお見受けしますが、よく地主が都市開発に協力しましたね? 他領地名義の土地などはどうやって回収したんです?」

「ええ、特に当領は弱小でしたからね。その手の侵略は多かった。そちらの疑問も分ります」

「あ、いえ。そんなつもりでは……」

「お気になさらず。そもそもここは、主要地ではないという名目なんですよ」

「え? ……あ、なるほどー」

「郊外に作った観光向けの街、それが発展しただけ。というのが我が領主の言い分です。……まあ、そもそもこの敷地からして彼女レオリアが用意したと知ってる連中ばかりですから、あってないような言い訳ですね」

「? ……ええと、そういえば。こちらはもう夏が始まっているのですか?」

「ええ、公国はまだなのですか?」

「ですね。そろそろって感じですけれど」


 ……というか公国自体、夏がそこまで暑くなるような土地ではないのだ。この街の「からり」とした暑さは、壇上に立ってスポットライトで炙られるような、酩酊感にも似た不思議な心地良さがある。或いは温かい部屋で指先が「じっとりと」していくような、そんな脱力感の伴う感覚だ。


「暑さに慣れないようでしたら遠慮などなさらずに。こちらに停泊するにあたりましては、公国基準の服とこちら基準の服、どちらのご用意もございます」

「それは大変なお気遣いを頂いて……」

 はてと、しかし、

「えっと、この国基準ですか?」

「ええ。半袖半ズボン的な」

「半ズボン……?」

「ああ、失敬。トーラスライト殿は女性ですから、スカートのご用意だと思いますよ」

 ――確認しておりませんので、悪しからずですが。と彼、

 他方、言われた私は彼、パブロ・リザベルを改めて見る。

 まずは、学士を名乗るとおりに理知的な佇まいが印象に立つ。細身の長身で、私よりも多少年上だろうか。しかし確かに、程よく残るあどけなさには、何となく半ズボンが似合いそうな雰囲気があった。

「……パブロさんって実は、そろそろ誕生日が近かったりします?」

「え? あ、はい。……すごいですね、どうして分かったんです?」

「あー、いえ。まあ、……なんとなくです」

 これは、私の経験則だが、……大抵の人間は生まれ月の季節が好きな季節に上がる。それでいえばパブロ氏は何となく、夏が好きそうな印象であった。

「すみません。プライベートなことを聞いてしまいましたか?」

「いいえ。なんなら具体的な日取りも教えて差し上げましょうか?」

 言って、彼が爽やかに笑う。これは、「日付を教えるからプレゼントよろしく」みたいな彼なりのジョークだろう。……私も一つ、笑って受け流しておくことにして、


「さてと、――では、この店です」

「…………おぉ」


 それは、あか抜けた印象の強いカフェであった。

 石と土造りの壁と、過剰一歩手前レベルの新緑のアレンジが私を出迎える。しかしながら、窓の奥に見えるのは概ねが木造りの内装だ。ひさしが程よく暑さを遮っていて、解放された各部の窓から通る風が、そのまま店内を抜けて行くのがわかる。

「(入口周りの石造りは、それこそ『他国の模倣』の要素でしょうね。山間部文化の木造建築と、『夏がしっかり暑い地域の知恵』が、輸入した建築様式と上手に融和している……)」

 ……という見分は、仕事柄方々へ飛び回る私のクセの一つであった。

「おすすめはサンドウィッチです。公国首都からお越しでしたらジビエは食べ飽きているかもしれませんが……」

 言って、彼は入り口付近に置かれた黒板を指す。そこにはポップな筆跡で、なにやら「ランチメニュー」なるモノを記してあった。どれをとっても、今の私にしてみれば視覚攻撃だけでお腹の鳴りそうなラインナップだ。

「いいえっ、お肉であればいつでも」

「それならよかった。ジビエと言えば、そちら公国首都では聞くに名高いブランド展開ですけれど、こちらでは半牧畜と言っていい程度の供給数を確保できているんです。もしよければ、味の方のご確認を」

「なるほどなるほどっ?」

 これは仕方がない。そう言われてはこれも、あくまで公務の一環である。


「(ふっふん!)」


 ということで私は、公国騎士としての誇り、気高き義務感に背中を押されつつ、パブロの開けた扉を胸を張って潜り抜けた。




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