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詳しく聞いたところどうやらあの男ことカズミ・ハルは、この世界に深く根付いた犯罪シンジケート、通称『裏ギルド』への関与が疑われていたらしい。
……裏ギルドと言えば、「あの国が抱える国家炎上レベルの問題の一つ」でもあり、簡単に言ってしまえば「広く犯罪行為の需要と供給を仲介するハブ」を指すものだ。なお、この『裏ギルド』というのは固有名詞ではなく概念の名前のようなもので、彼の国におけるその最有力集団は、組織名を「サクラダカイ」という。
そもそもバスコ共和国は、王国を名乗っていた頃からこっち、まるで神に嫌われているかのような「不可避による腫瘍」を幾つも抱えていた。特にそのうち『三つ』は、どれか一つでさえ国が傾く類の「ド級の悪性腫瘍」である。
まず、一つの目腫瘍として、――あの国は現在「魔王」と呼ばれる魔人族の特殊個体によって領地の一部を占領されている。
通称「北の魔王」。これは『次に挙げる問題』によって現在、戦争開始のギリギリ手前で共和国との戦線拮抗を続けている。
そしてその問題というのが二つ目の腫瘍でもある「邪教神殿」の存在だ。シンプルに言えば『爆竜信仰集団「熾天の杜」と同じ手合いが、彼の国のド真ん中に拠点を置いていた』というハナシ。
これについて、その信者連中自体は現在までに掃討されている。……のだが、それでも未だ神殿と「それが祭る存在」はバスコ共和国領土のちょうどヘソの部分に、今も鎮座しているらしい。
と、この二点に加え先ほど名前の出た「サクラダカイ」。以上三つが、特に彼の国の動脈に近い悪性の腫瘍である。致死量の三倍の毒を貯めこんだ彼の国にて、当時の国家元首が運営の匙を投げて以来、現大統領ジェフ・ウィルウォード氏の下で行われる解決案の模索は未だ難航の最中にある。
「……、」
という大筋の事情を思い出しながら、
私ことエイリィン・トーラスライトは今、
――例の航空輸送貨物に揺られて、幽鬼の目を禁じ得ないでいた……。
「(嗚呼、嗚呼。私が何をしたって言うんだ。ちくしょう。暗いよう。寂しいよう。ひもじいよぅ……)」
無論ながらこれは、一路共和国への道中である。
デスクでカフスから仕事を受け取った私は、そのまま食事さえ満足に出来ずにコンテナへ搬入され、そして今に至っていた。
……思えば、あのクソッタレのカズミハルにいじめられながらであったとしても、道中の暇つぶしにトランプが出来たのは幸いだった。だって見てほしい、今私にできるのは体育座りとあとなんだ、指をワキワキさせることくらいである。なんだそれは、こんなのが最低限文化的な生活だと言えるのかノット断じて否である。
「(寝よう。寝るんだ。私にはそれしかない。せめてこの密室の暗闇を抱きしめて、私は眠るんだ……)」
こてん、と体育座りのまま横に倒れる。
そのまま瞑目する。
…………………………………………、おなかがすいて眠れない。
「……あーもーっ! もおっ!!(泣)」
『ど、どうしましたトーラスライトさまっ?』
ジジっ、とノイズを紛れさせて、唐突な声が密室に響いた。
コンテナを吊る小型飛行艇の運転手からの応答である。それが、向こうに適当に置かれた箱型スピーカーから焦燥をあらわにする。
「……、……」
『トーラスライトさま!? どうなさいましたか、どうかご返答を!』
「……あなた」
『あ、トーラスライトさま! 返事がないから心配しましたよ、どうなさったのかと……』
「面白い話をしなさい」
『……え?』
ノイズ越しにくぐもる、困惑の声。
言葉が分からないのか、と私は苛立ち、そして同じ言葉を続ける。
「いいですか? 私はあなたの上司階級です。それを踏まえてもう一度言います。――面白い話を、しなさい」
『え、えー?』
彼の困惑は、やがて焦燥に変わる。私的にもノイズの向こうに「公国騎士という名誉ある身分」のブランドとカリスマが音を立てて崩れる幻聴を聞いたが止まるつもりもない。んなもん崩れろ、崩れちまえ。ストップ安を突っ切ってその先へ行け。原初へ帰って意味消失しろ。私をこんなにも不幸にするものなんて、無くなった方が世界のためだ。
『あ、あの、トーラスライトさま? さすがにちょっとあの、いまここでパッとは思いつかないと言いましょうか……』
「(っち)……なんですか、良いですよ分かりました。じゃあもうアレだ、しりとりでいい。しりとりしますよしりとり」
『あー、そっか、シンプルに暇なんですね? ……というか、素直にお休みになられたらいかがでしょう、到着時間は朝方になりますし?』
「……ええ分かりました。分かりましたよ。この際ですからはっきりと申し上げましょう、公国騎士のプライドなんてかなぐり捨ててね。……――おなかが減って眠れないんです。しりとりをしましょう、お願いします」
『……、……』
「しりとりですから、『り』からです」
『……、』
「……、」
『……』
「……」
『……――リール。オーバー』
「! な、なんですか早速『る攻め』ですか卑怯ですね!(喜々)……でもね、その手には乗りませんよ、『ルール』です!」
『ルーズボール、オーバー』
「わっ、やりますねっ! えっとえっと」
……という感じで、
…………数時間後、
『えー、じゃあ。長丁場。「ば」です。オーバー』
「……………………ば、ばぁ? ば、ばぁ……バスターソード(うつらうつら)」
『……ど? どー、どー? あ、どぶろく。オーバー』
「どぶ、ろくぅ。……くぅ、くぅ」
『…………寝ました?』
「あ、……くまです、くまくま」
『ま? まー、……あー、じゃあマリオネット。オーバー』
「とぉぅ、……。とぉぅ……」
『……、……』
「とぉ、……くぅ」
『トーク(はなす)? いや、動詞と形容詞は無しなんでしょ?』
「……、……」
『トーラスライトさん?』
「…………くぅ、くぅ」
『…………あー。……おやすみなさい。オーバー』
</break..>
『――おはようございます、トーラスライトさま』
「…………うぇ? あっ。 あーいえ寝てません、えっとあれだ、マリオネットですから『と』でしょ? と、とー」
『到着です』
「え? いやダメですよ、動詞カテゴリーですそれ、って言うか私の手番ですから」
『いえ。ですから、到着ですよ』
「…………………ぇあっ! ようやく!」
ことり、と。
私の足場からごく小さな音が広く響く。ささやかな振動が起きて、私の身体は急激に浮遊感を喪失した。
『ハッチを開きます。お疲れさまでした』
その声で、
――夏の空気が奔流して、光が私の瞼を焼いた。
「――――っ!」
……バスコ共和国内地、ストラトス領航空港。
広い敷地には、彼方まで広がる地面舗装のグレーと、それを彩るささやかな緑と、何よりもまず、めいっぱいの空があった。
風が、コンテナ内部を洗って、
服の吸った寝汗を乾かして、
そして、身体を空気が透いて抜ける。頭の粗熱がさらりと消える――。
「っっっっっっっわーーーーーーーーーー!!(歓喜)」
地獄の終わりに私は、
今ばかりは公国騎士の身分を捨てて、裸一貫のような気持ちで声を上げた――。




