Epilogue_02
※今回で楽園の王第三章『英雄誕生前夜』は完結いたします。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
Epilogue_02
私、エイリィン・トーラスライトは、
「…………はあ」
王サマ直々に頂いた宿部屋にまで律義に届いた書面とにらめっこをしながら、思わずそんな溜息を吐いていた。
時刻は、朝と昼の中間といった頃だろうか。
英雄の凱旋と呼ぶには早すぎる準備で以って、私と私の監視対象である鹿住ハル、そして友人リベット・アルソンは早急に王との謁見を許され、それも先ほど、滞りなく済んだ。
……ただし、この「手続きの速度」は、察するにこの街が避難勧告ですっからかんだったための特別措置だろう。恐らくは後日改めて、英雄を迎えるにふさわしい「面倒事」の準備が私の元に舞い込むに違いあるまい。
「(……まあ、今くらい、はしゃいだっていいでしょうケドね)」
私は目頭に疲れを覚えてデスクを立つ。
一口も頂かないうちに湯気が立たなくなったコーヒーカップを手に取って、伸びをする感覚で部屋の中を彷徨う。
――広い部屋だ。
トイレとベッドルームはそれぞれ二つあって、それどころか宿屋だというのにキッチンまで準備してある。上品に焚かれたコロンは華やかで、「どこか」をノックすれば即座に執事が飛んでくるというおもてなしっぷりだ。正直なところ、居心地がちょっと悪いまである。
「(タップダンスでもしてやろうか。執事ってのが何人飛んでくるか見ものですね)」
……というのはもちろん冗談だし、飛んでくる執事はいても一人だろうし、そもそもそんなことをして飛んでくるのは執事ではなく階下住人の壁パンに違いあるまい。
なんて風に、
私の思考が妙な方に行くのは、きっと寝不足がたたっているためであろう。王サマも気が利くなら、広い部屋じゃなくて十分な休暇を用意してほしいモノである。
閑話休題。
コーヒーを手慰みにしながら、私は窓から外を見下ろす。
そこに見えるのは上品な設えの大通りだ。しかしながら爆竜一件の避難勧告で以って、ブリザーブドフラワーじみたゴーストタウンの様相である。
それを眺めて、私はしかし思考に埋没していく。
思うのは、
――ついに晴れた鹿住ハルへの嫌疑についてだ。
「……、……」
受け取った資料は、その概ねが爆竜一件についての事後処理であった。仕事が早いものだと呆れて溜息も出ない私はしかし、……資料の束の最中に、一つ面白いものを見つけた。
――曰く、『爆竜襲撃首謀犯への尋問の経過報告』。
首謀者としてリベットに連れてこられた男、レブ・ブルガリオの、現段階の供述を纏めたものである。それについて、まず初めには、彼に対する「読心尋問」の結果が記されていた。
どうやらその内容によれば、この一件はレブ・ブルガリオによる単独の事件であり、彼の目的は「腐ったこの世界への反逆」だとか。ひとまずそれについて私は、「それを信じる馬鹿がどこにいる」とのし付けて送り返しておいたのだが、
しかし、さてと、
「……。」
……最後の記述が気になる。
そこにあったのは、『英雄の国』壊滅についての言及だ。レブ・ブルガリオに「読心」を行った限りでは、あの「国」は彼が妙な魔物を誘導し、その暴威で以って蹴散らしたということらしい。
詳細に言うなら、妙な魔物、――黒い繭に虫の足が四つ突いたような、生きた鉄の塊を使った、とのこと。その「魔物」は外部干渉を受け付けず、その生態は狂暴を極めたものであって、レブ・ブルガリオはしかし、あの狂信者の群れを「生き餌」として魔物を誘導、『英雄の国』と交戦させたらしい。
この一文は、
――全く以って、ハルの供述と一致していた。
「(……これは、吉報というべきでしょうか)」
少なくともハルにとっては吉報だろう。そもそもハルは「英雄全滅の犯人が自分でないことを証明するため」に冒険者という身分に落ち着いた。そういった意味で言えば、これは一つの彼の目標の達成である。監視員である私としても、彼に伝えないという手はない情報だ。
ゆえに、
「(これは、決してサボるのではない……っ!)」
ということでドアの方へ向かう。
それにあたって、手元のカップをひとまずは空にしてからデスクに置き、そして……、
「……、……」
――私は、「ソレ」に気付く。
「(手紙?)」
そう、手紙だ。
それがドアの隅間に挟んである。
私は、
「……、……」
妙な予感を覚えて、少し急いでドアを開けた。
ハルも、それにリベットも、私と同じ階の部屋を用意されていたはずだ。それなのに、
「……、」
この階層には、人の気配が一つもなかった。
「…………ハル?」
返答はない。
目前の、
……上品な赤い花の活けられた花瓶が、静かに私を見ているばかりであった。
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「よう」
と、俺が言うと、
「なんだ、君か」
と、
リベットが応えた。
「……、……」
「……、……」
そこは、王サマとの謁見の直後に俺たちがあてがわれた宿舎から、少しだけ離れた場所だ。
乗合所、という感じの施設だろうか。空っぽのロータリーが、公国首都の避難命令解除を聞いた手合いで少しずつ喧噪を得ていく。
そんな場所で、
俺たちは今、野ざらしの、
――人気のない待合の一か所で、日陰を享受していた。
「……。君、どうしてここが?」
「分かったのかって? ……マジで偶然だよ。面倒な催事が始まる前に逃げるつもりだっただけだ」
――そう? と、俺の言葉に彼女は返した。
元来の「この場所」なら、喧噪でかき消されただろう呟き声が、しかし今ばかりは虚空に浮いてそのまま残るようであった。
「……どっかにでも、急いで行くのか?」
「君は、嘘をついたんでしょう?」
「――――。」
俺は、押し黙る。
ここですっとぼけるのはあまりにも悪手だろう。
彼女の出方を図り損ねて、俺はただ沈黙し彼女の言葉を待った。
「君はあの時、二つ嘘をついた。そうでしょう?」
「……、……」
あの時、という言い回しは抽象的であって、だけれど、俺が言葉を弄して付け入るスキがあるようには、不思議と全く思えなかった。
ゆえに俺は、彼女の言う「あの時」、つまり俺に心当たりのある二つの嘘を思い出しながら、言葉を待つ。
「……、」
「――――。一つ、あの狂信者たちはゴーレムなんかじゃない。どれもみんな、ヒトだった。君はそれを知っていた」
「……。」
「これは推測じゃないよ。私のスキルには、そういうのを見抜くものがあるんだ。あいつらは本当に、ちゃんと生きてる人間だったんだよね?」
「……そうだな」
と、返す。
彼女の言うのは、俺があの時、――レクスの馬車を見送りながら狂信者どもを平原でいなして、そしてエイルとリベットに、「作戦だ」と話して聞かせた、あの嘘のことだろう。
俺は、「狂信者と爆竜は、黒幕の作ったゴーレムである」と彼女らに言った。そしてそこに嘘を二つ混ぜた。
……否。正確には、
「二つ目は、嘘ってわけじゃない。違う?」
「……。」
そこまでお見通しか、と。
俺は胸中で両手を上げた。
そんなクサい所作も気にならないほど閑散とした空間に、風が一つ、不意に通る。
少し寒くなって、それから直ぐに温かさを感じて、それで俺は、今更ながらに今日の日和に気付くことができた。
――晴天だ。どこまでも晴れやかで、
だからこそ、ひさしの下には、濃い影が降りている。
「二つ目は」
「……、」
「嘘じゃなくて、本当のことを言わなかっただけ。君は、黒幕の正体を知っていたよね?」
「…………、ああ」
「特級冒険者『フルォム・フォン・ファミリア』、それが黒幕の正体だ」
「……、ああ」
率直に、俺は肯定をする。
「どうして分かった?」
「そういうスキルが、あるんだってば」
彼女は、涼しげにそう返した。
ゆえに、俺は、
「じゃあ、質問を変えていいか?」
と、口を吐く。
「うん、いいよ?」
「……、お前、怒ってるか?」
「それは、……そんなことは、絶対にない」
そんな俺の改めての問いに、彼女はそう、からりと返して、
――視線の彼方に、
こちらへ向かってくる馬車を俺は見付けた。
「あれだけの人殺しをしたって思わせたくなかったし、この世界の最高峰の英雄がテロリストだって伝えるのも悪いって思った。君がしたのはどれも、私たちへの気遣いでしょう? 怒る必要はないし、君が気後れするような必要もないことだよ」
「……、……」
「だけどね、別にいいんだ、悪い奴が誰でも。私には関係ない。本当だよ。だって私には、やることがあるからね」
そして、
その馬車が、俺とリベットの間に停まる。
馬車が人を吐き出し、静かだった待合所が少しの喧騒に苛まれる。
小さな人の群れが、俺とリベットを避けて向こうへ消えた。
彼女は、
――最後に、
「必ず君と、また会うよ。気持ちのいいお酒の席でね。
だからそれまでは、――また今度」
そう言って、馬車に乗った。
「……、……」
俺は、
そこで、ふと思う。
――俺は、何をしているのだ、と。
「……。」
リベットは、「やることがある」と言っていた。それは、俺にしたってそうだ。
あの日、俺が初めてこの世界に来て、そうして知り合った「彼ら」が蹂躙された時より、
「 」
俺は、
あまりにも安寧を過ごしていた。
――そんなもの、この鹿住ハルには許されないことだ。
「…、」
俺は、鹿住ハルだ。
今までに俺は、俺を舐め腐ったボケは全てブチ殺して、そうして遂には俺の世界を終わらせて、惑星一個を縦にカチ割ってここに来たはずだ。そんな俺が、あのクソの鉄の塊だけは放置していいはずがない。それではまるで、俺が直に殺した七十億の人間がただのゴミのようじゃないか。
「(いや違う。違うのか、違った)」
そう、違う。間違えてはいけない。七十億どもはゴミだった。あの七十億は死んでも問題ないしむしろ死ぬべきクソ下らない連中だった。惑星一個に我が物顔で苔むしたクソ生ゴミを燃やし尽くしてやっただけだ。俺の行いは正しいし連中はゴミだった。そこを間違っちゃいけない。
だから、そうではない。そうではなくて、……そう、七十億もの人間を殺した俺が「あの鉄の塊」だけは見逃すなどという理由がないのだ。それが適切な表現だ。ゆえに俺は、敢えてアレを見逃さないのだ。そう、その通りだ。
俺は、
「……、……」
――すべきことを、今ようやく思い出して、
喧噪を取り戻しつつある街の群衆の最中に紛れ込んだ。
〈三章 英雄誕生前夜 完〉
※次章、幕間回『One_Day』は明日、エイプリルフールの、朝七時ちょうどの更新を予定しております。
こちらの内容は直接物語に関係するものとなっておりますので、ご興味があればよろしくお願いします。




