6-2
6-2
高空の風が、
「……、……」
俺の頬を切り裂いた気がした。
――不要な感覚だ、と。
そう思った瞬間に、寒さが、空気の鋭さが、空気の希薄さが五感から消失する。それも恐らくは『散歩〈EX〉』の効果なのだろう。俺にとって摂取したい感覚は俺の身体に浸透して、受け入れがたいモノだけが擦り抜けていく。俺は、その結果、
――朝靄が消えていくその速度感、それだけを身体に受け入れる。
高空、地上より千二○○メートル。
俺はその最中、爆竜の飛ぶ背中にて、地平を彩る桜色の日差し、その台頭を目に写す。
答え合わせを、しようではないか。
そもそもの問題。爆竜との邂逅の時点で違和感ばかりであった。
どうしてまず初めに、俺は『熾天の杜』ではなく爆竜との邂逅を果たしたのだ? 神に心酔し、その身と心をささげる狂信者だと名乗るなら、神の行く先にいる俺のような「異教者」は排斥してこそではないのか? と、
そう。
『熾天の杜』が爆竜に追随していた。それが致命的な弱点の暴露であった。
――爆竜。
大陸とも見まがうその巨体。それで以って空を飛ぶ。元来、それは不可能のことだ。
鳥が飛ぶときを思い描いてみればいい。鳥は羽ばたき、そして空気を「叩く」。そうして得た反発を推力に変えて空を飛ぶ。ならばそもそも、空気を叩いて得られる推力というのはどの程度であろうか。
答えを言おう。
普遍的不可変の法則で以って、この宇宙において、四十キロを超える体重を持つものは「羽ばたいて飛ぶことは叶わない」。
自己の力のみで「上昇機動」を行えない。ならば何ができるか、それは、――滑空だ。
俺の世界の航空機は、前方方向への推力を用意して上方に「滑空」する。ヘリコプターであれば秒速幾らの高速回転で以って、階段を上るように上方へ滑空する。爆竜の行う「飛行」も間違いなくその類だと断言できる。
なにせ――、
「……よう?」
まあ確かに。ここは異世界であるからして、物理法則自体に異なりがある可能性は決して否定できない。
俺の世界の宇宙には「限り」があって、その先には「別の宇宙」があって、宇宙と宇宙の境界線は壁ではなく、物理法則による線引きで成るという。
1+1が2になるのが俺の宇宙なら、別の宇宙での1+1は3になる。だけれど、
「――ダセぇ撃墜だな?この野郎」
こいつは今、墜ちている。
ゆえにここは、俺の世界だ。
過重量存在が空を飛翔することは叶わず、そんな鈍らはただ、落ちる結末を先延ばしにしか出来ない。その世界である。
俺、鹿住ハルは。
「さっすが、あいつら」
エイルとリベットの作戦成功を、その「揺れ」に確信する。
そう。
あの狂信者どもが追随をしていた。それが致命的な違和感であった。この世界における新参者である俺に「竜種」の脅威など理解はできないが、しかしそれでも、この超重量を自身で賄うほどの推力を確保できるというのは冗談に聞こえた。
ゆえに考えた。
第三者による補助で以って、こいつは浮かんでいるのではないか、と。
「(もしくは『外部機関による魔力的な補助』が候補だったけど、たぶんこれじゃ、ありえないんだろうしな)」
俺の国のコミックスで言えば、例えばマジカル飛行石かなんかで反重力の確保とかしたりして島一つを浮かせるフィクションは存在していた。
しかしながらこの場合はあり得ない。爆竜の身体は、その面積に対してあまりにも「薄い」。
薄っぺらだと思ったがこれは予想外だ。本当にこいつの身体は、まるでのし棒で薄く伸ばしたようであった。それは、それこそ何の「膂力」も感じないほどに。――それこそ、滑空に特化した身体であると、そのデザインされたシルエットが物語るように。
さて、
では、この直感が正しいとしよう。
ならば爆竜が上昇機動を確保する推力は何が賄っていたのか。それが、追随する『熾天の杜』だったと俺は考えた。
前方で爆竜を守るのではなく後方について回るこいつらは、そうして後方から、爆竜の上昇力を補っていたのかもしれない。その仮説は全く以っての机上の空論であるが、こうして、正答であったという確信を得ればどうだ。こんなにも俺は今、黒幕の思惑の鼻面その真正面に綺麗に踊り出ることができた。
……所感を纏めよう。
爆竜と『熾天の杜』は黒幕の傀儡であった。
爆竜にはどうやら、自分で上昇を行う機構がない。傀儡の同胞たる『熾天の杜』が、それを賄っていた。
ならば、どうだ。
――こいつは今、緩やかに滑空することしか出来ない真の傀儡であった。
「――――。」
俺は爆竜の薄っぺらの身体を歩いて伝い、その鼻面に立つ。
彼方には、地平間際まで続く平原と、地平にある公国首都らしき大規模コミュニティが見えた。これが、俺の恐れていた事態である。このままいけば、爆竜は、公国首都まで問題なく落下を先延ばしにするだろう。
俺は、
「……わー、こえぇ」
と軽口を叩きつつも、……大した躊躇もなく爆竜の鼻面を飛び降りた。
まずそも、この巨体には上昇を行う術がなく、出来ることは滑空のみ。これは、先ほどまでで確認したことである。ゆえに、その先へ行こう。
――問題。
空気抵抗のみで以ってギリギリの姿勢制御をおこなう風前の灯火。それが彼、爆竜の現段階である。
ここに、
一つ爆弾を落とせば、さて、どうなるだろうか。
</break..>
爆炎が上がったのを、彼方で見る。
空高く、それは向こうにいる爆竜の進行方向上で起きた。
それを見た彼、――冒険者、レクス・ロー・コスモグラフは、
「ベア、今の時間は?」
そう、傍らの少女に問い、
……七時半です、との返答を得た。
「そうか」
彼は独り言ちる。返答を求めた呟きであるのかを図りかねて、傍らのベアトリクスはひとまずの沈黙を返し、
「いいね」
やはり意図の図り切れないその独り言に彼女は結局、言葉を選ぶのを諦めた。
「なるほど、あいつ、ハルもニクい演出をするもんだな」
「……、」
「英雄の時間。いや、超英雄の時間ってのが妥当だっけか。全く、ジャパニーズは抽象的な慣用句が好きだよな。……まさかこれが侘び寂びってやつなのか?」
「……、……」
「まあいいや。とりあえず、起動、じゃなくて……」
――変身。と。
彼は呟いた。
旋風が巻き上がる。
レクスの甲冑が白く輝く。
腰巻のマントが風に舞い上がり、ただ一瞬、朝焼けの平原が白に塗りつぶされて、
そして、光が収束して、
「……うっし、行ってくるぜ」
――身体のシルエットが際立つ白いスーツ。
関節部には薄い装甲があり、スマートな手甲と足甲が四肢を覆う。
その面には、特徴的なフルフェイス。
そんな姿のヒーローが、忽然と朝の平原に現れた。
「――――。」
傍らの少女は言葉を失う。何度見たって、その姿は彼女の心を高揚させる。
今ここで、――趨勢は決した。
敵が如何な悪徳であろうと関係ない。彼がこの姿になったなら、それで以って戦場は終結に向かう。
「レクス!」
「違うさ、ベア」
ヒーローが、そう言って、
徒手空拳の構えを取った。
「俺は、――」
言葉は続かない。
緊急落下的に大地に降り立ち、その巨体の慣性で以って地面を穿ちながら、破滅的な轟音を今まさに立ち上げながらこちらに詰め寄る爆竜を見て、
彼は、言うのをやめて呼吸を整える。
……胸中で、
「(――ライダー……)」
とどめの「口上」を、静かに唱えながら、
※第三章『英雄誕生前夜』は明日をもって完結します。
明日は二話分の更新を予定しております。一話はいつものころ、次の一話は、朝七時ちょうどの更新です。どうか、いましばらくのおつきあいをよろしくお願いいたします。




