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にじり、と狂信者どもが半歩踏み込む。
あの「男」、テンプレート・ワンの表情は、深い外套のせいで窺い知れない。ただ、未だにあの男は、わずかに露出した口元を見るだけでも克明なほどに「哂って」いる。
私、エイリィン・トーラスライトは、
「――――。」
無声にて「武器生成術式」を起動した!
「ッ! !!」
狂信者どもを逆槍が貫く。ただし、ほんの一瞬の術式成立間際の殺気を読まれたらしい。狂信者どもの殆どが致命傷を避けていて、
「 」
そして、――串刺しになった狂信者どもを男が癒す。
「(……悪趣味な)」
自分で蒔いた災禍ではあるが、……しかし、それにしたってこの光景は救いがない。
ぞりゅ、ぞりゅ、と。串刺しのまま傷を癒された信者どもは、苦悶の表情を浮かべ嗚咽をしながら「槍を昇って」いる。いや、アレは或いは、治癒した肉が身体から槍を排除するために蠕動しているらしい。意識を失った様子の狂信者などは、四肢をだらりと垂れながらも糸で巻かれたように槍を身体から「吐き出そうと」していた。
そして、じゅぷり、と。唇が果物の種を吐き出すのにも似た挙動で、狂信者が槍を身体から吐き出して墜ちた。
「……。」
ただ武器生成の術式を使うのでは悪手らしい。いかな人形であろうとも、かような光景を見続けるのには怖気が奔る――。
「起動。――武器生成!」
私の延長線上に二つ、武器を束ねた花弁が咲く。私と狂信者どもの間に一つ、そして狂信者どものすぐ後ろに一つだ。どちらも直撃してはいないが、不穏を感じた連中が一気にこちらとの距離を詰める。私はその殺意に、……近い方の「花束」へ、片手をかざすのみで応える。
「トーン・バロン・スワロゥ! ――白牙ッ!」
その「言葉」が意味を成す。
巨人の拳のように分厚い稲妻が「花束」に墜落し、粘度さえ錯覚するほど濃厚な電撃の爆発に変わる。
狂信者どもには悲鳴を上げる暇さえなかったが、それでは終わらない。広がった一瞬だけは無秩序に飛び散るかに見えた白雷が、しかし拡散の軌道を歪め、各々独立した指向性を得て「もう一つの花束」へと殺到する!
「――ッ! ――ッ!!??」
辺り一帯に、折り重なるほどシンバルを落としたような耳障りな激音がこだました。それに塗りつぶされた狂信者どもの悲鳴は形さえ成さない。圧倒的な熱量に周囲の木々が自然発火を始め、しかし、
「 」
あの「男」だけは、
あくまで哂って、こちらを見ていた。
「……、……」
――「武器生成」。と、私は言う。それで以って遠くから、超重量の木々が倒れる音がする。ただし、これは戦況にはかかわりのない一手であり、山火事を厭うた私が木々を切り倒し延焼を阻止したものだ。
なにせ、心配事をしながら戦える相手ではない。
後顧の憂いは、
今ここで、全て断って、
……さてと、
「 」
あの男にはやはり、傷の一つさえ見て取れない。当然だろう。奴の持つ魔法耐性〈Ⅳ〉とは、あの「はじまりの平原」の英雄、ウォルガン・アキンソン部隊にも準じるほどのものである。非力な私には、彼らにさえ迫るような破格の性能を突破することは叶わない。
ただ、
……それで言えば、
「……、」
――「突破できない」などと言ってしまうことの方が、あの人たちに怒られてしまいそうだけれど。
「……、はは」
彼らは、そう。
無力な私を、信じてくれて、
それで私は、私自身を信じ始められたのだ。そうして私が「私」を信じたら、私の見ている世界が変わった。世界が変わったら、その世界に生きている「私」がもっと素晴らしい人間に見えた。世界が好きになって、人が好きになって、そんな「人」の末席である自分のことが好きになって、
そうして「私」は、
――ここまで来た。
「神器粗製、――クライム・アンド・ペナルティ」
これが、
私がマトモに作れる数少ない、粗製の神器であった。
罪の名を冠した白槍と、罰の名を冠した夜色の剣。細身で、美しく、精緻なその二振りは、神話通りの設えと、そして神話通りの強度、宿命までを持つ。
――彼の悪神は、
その昔、人に罪を教えた。それを嘆いた善なる神は、夜を込めた剣を人に与え給うて、それによる罰を人々に課した。
罪は美しい純白の色をしていて、罰は、人々に安寧を与える夜の色をしていた。罪は脆く、罰は難い。罪は再現され、そしてまた罰が繰り返される。いと慈悲深き神は、こう言った。
――この世界が終わるまで、諸君らの欲と贖罪に付き合おう、と。
「では、行きましょうか」
人のある限り、白槍は回帰し夜の剣は折れ得ない。それは二柱の、永遠の再現だ。
ゆえに、永遠にこの二つは折れず弛まず錆び付かない。善なる神、――夜の母神が人々に半日の闇夜を与えて以来、白槍と夜の剣は決して折れずに今もどこかで眠っている。
「――考えたましたが、ヒト(けもの)を殺す方法など分かりません。ゆえにただ全力で行きます。どうぞ一つ、英雄、胸を貸しなさい」
私が言うと、男が哂い、
それが、――開始の合図となった。
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罪を投擲する。男はそれを、過剰とも思えるような移動で避けた。
「(本当に『思考』が皆無ってわけでもないのか、それとも本能が近づくことを恐れているのか分からないな)」
ただ、結果的に言えば私の見立ては失敗であった。小さく逸れて避けてくれたら、こちらとしてはその時点で「二つ」ほど勝ち筋が生まれたのだが、
「(ぼやいてるヒマは在りませんか……ッ)」
大きく避け、未だ虚空にある男の身体、その白套の輪郭がふらりと揺れる。
ならば次に来るのは、先ほど見たゼロ加速度の突進だ。私は罪の回収を諦めて、罰を構え「先の先」の下地を作る。
制空圏を脳裏に描き、ゼロ秒で五感を一つに融和させる。空気の味が、風の感触が、その他全ての知覚機能が男の殺到を正確に「思い描く」。世界と一体になり、私の五感は五の五乗分だけ人のそれを超える。
「――――ッ!」
刹那の衝突を私は、無限に引き延ばされた悠久の感覚の中で見る。『制空権〈Ⅳ〉』。このスキルにより私は、完璧な状態での「先の先」に限りウォルガン隊の勇士にさえ勝る経験性予知を可能とする!
「 」
ただ一撃。
それは、格上の接近を、はっきりと射抜いた。
明確な「先手」を食らった男は飛びのき、しかしその「哂い」だけは一向に崩さない。永遠を生きるほどに強固なだけの剣では、やはり痛痒にはなり得ない。男は先ほどと同様に、巻き戻し再生じみた光景で以って切り傷を修復し……、
「 」
何事もなかったかのように、再び私へと疾走する。
が、
「(なっ、来ないッ!?)」
否、正確には制空圏一歩手前までは来ているのだ。残像さえ残すほどの急停止で以って男は私の間際へ縋って、しかし決定的な一歩を踏み込まないまま牽制じみた剣筋をおびただしいほどに打ってくる。
「(制空圏の半径を読まれた!? こいつ、理性がないのはフリだけか!)」
或いはそれも未確認のスキルによるブーストかもしれないが、分析は捨て置く、
強くて硬くて速いものでしかなかった男が、今まさに「強かさ」を以って私を狙う!
「!? ッぅく!??」
白套に隠れる男の腕は予想よりもずっと長い。それがあくまでミドルレンジを演じるものだから、私には男の身体と制空圏とを重ねる最後の一歩がどうしても踏み込めない。それに、私に加速できるのは「世界への予知覚」だけだ。真理最適の剣筋を打ち込めるはずの私は今、ただの手数に押し込まれジリジリと後ずさってさえいた。
「(クソッ! 制空圏のおかげで見えてはいるけど、圧倒的にこちらのスピードが足りていない! こんなの、一手でも捌きそこなえば肉片さえ残せず血煙にされるんじゃないのか!?)」
元来なら、
私の制空圏とこの罰は最高の相性だったはずだ。私は制空圏で以って敵の攻撃を確実に弾けるし、弾いたならこの罰は、決して折れることなくそれを流す。これで以って私の絶対防御は成立しているはずだった。しかし、
――しかし、このような状況など想定していてたまるものか!
七つ弾けば八つ来る。八つ弾けば九つが来て、その繰り返しだ。
いつか、決壊する。私のこの絶対防御はいずれ確実に破綻する。その前に……ッ、
「武器生成解除ッ!!」
叫び、迸る剣戟の向こう、「武器の花束」に私は「言葉」を送る。――即座に、蠢動さえなく「花束」が爆発し、周囲一帯に切っ先の欠片がバラ撒かれた!
「 ッ!」
ただ哂うのみだった男の表情が驚愕に曇る。それも仕方があるまい。彼にとってこの奇襲は簡単に避けられる程度の足掻きの一手であって、しかしこれを、今この瞬間まで釘づけにされていた私には避けられないっ!。
「ぐッ!? ぉぉおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!!!!?????」
激痛にせめて、私は腕で顔を守る。たった一瞬の暴威が、私の殆ど全身をズタズタに切り裂いていて、しかし、
「――回帰しろッ、罪!」
ばしん! と音を立てて罪が立ち戻る。私はそれを、かざした手のひらで受けて、しかし裂傷と感電に踏ん張りが効かず、そのまま数歩たたらを踏んで、
「 」
「――……ッ! 気合、っだぁあるあああッ!!!」
今だけ、痛みに意味はない。
痛みが身体の危険信号であるとすれば、今それに意味はない。
私は今、命を賭して、この罪を投げる必要がある!
「――――ッ!!!!」
――槍が、確かに空気を割る。
どっぱああぁん、というワザとらしいほどの破裂音。
それが残響を残し、目の錯覚を起こすほどの異常速度で以って男に迫り、
……男の額の前で、
槍は勝手に霧散した。
「 、 。」
男は、何やら不可思議そうな顔をしている。
アレは何か、自分が、ナニかの加護で偶然にも助かっただなどと思っているのだろうか。
……そんなわけはあるまい。
なにせもう、
――事は済んでいるのだから、
「 」
思考の空白を表情にありありと浮かべていた男が、しかしふと苦悶の表情を上げる。そうして男はようやく気付いたらしい。周囲に浮かぶ、極微粒子の何かの粒に――、
「……、……ふう」
否、アレは正確に言えば罪の粒子だ。罪は脆い。人に当たれば途端に割れて、無辜の誰かに浸透していく。
「さて、――死因を知りたいですか?」
「 」
「あなたの体内に、呼吸を通じて、コレの粒子が這入り込んだんですよ。元来はもっとエゲつない槍なんですけど、今回はただ単に、あなたの肺をズタズタにしているはずですね」
「ッ! ッぉ!!」
「時間を消去して再生ですか? 無駄ですよ、この槍は最初っからこの世界にあって、最後までこの世界にあるモノなんですから」
ゆえに、時間の操作に意味はない。「摂取」の時間だけを消し飛ばしたところで、永遠に存在するものを消去することはできない。貴様程度の「権限」でそのようなことが出来るはずがない。
「……、……」
「 ッ!! ????」
「…………、……。」
「 ぁ! ぅぅぁッ!!!」
「……。」
男は、もがく。
私は、それをただ見ている。
もしも男が、誇りを見せてくれたなら、
「――――。」
私は、彼にとどめを刺すつもりであった。このまま死ぬのであれば、彼はただの野生の獣だ。払うべき誠意も、背負うべき名などもない。
そして……、
「…、」
「 」
男は、結局、そのまま死んだ。
「――――。」
……終わってみると、
なんだか妙に、短い戦いであったように思える。
「……、」
周囲の木々はまだ積極的に燃えるままだし、木々が手折れて空が見えても、未だ、朝は訪れていない。
もう少し待てば、男はきっと、朝日を浴びて逝くことが出来ただろう。
「……。」
溜め息を吐くのが厭われて、私はそのままそれを飲み込む。
そうすると、途端に森は、静寂の印象が強くなる。
……私は、
男の袂に歩み寄り、膝をついて、
外套を外す。
「 」
男は、絶命していて、
そしてまだ、――哂っていた。




