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馬車がもう一度、大きく揺れた。
先ほどのそれよりも更に致命的な大きさだ。
それはちょうど、鈍器か何かで直接揺らされたような?
「――っておいこれ、張り付かれてるんじゃねえのか!?」
俺は思わずレクスに噛みつく。
なにせこいつの言ったことを思い出してほしい。こいつさっき「敵の気配察知しましたケド」みたいなドヤ顔で「――慣れてるからな」とか言ってたと思うんだけども……っ!
「待ってもらえますか! そもそも気付かなかったあなたに言われたくないってレクスは思っています!」
「お前のその行為はレクス君の代理で恥を上塗りしてるんじゃあねえのか!?」
「やめろアンタ! それにベアもだハルさんの言うとおりだよ! そもそもそんな場合じゃねえだろ!」
冷静を欠きつつあった俺たちは、レクスの一喝で落ち着きを取り戻す。
「なあハルさんよ、俺が言うのもなんだが、俺が接近に気付けなかったって時点で相当ヤバい相手だと思う。用心棒だって言うんなら、今回もまた力を貸してくれるんだよな?」
「ああ、それはもちろん。俺だって足を失くすわけにはいかないしな」
「オーケーだ。ようライス!」
「なんだ!」
運転手が大声で返事をする。ライスというのが彼の名前だったらしい。
ぱっと見では恰幅と景気の良さそうな行商人と言う印象だったが、外敵に接触されてなお馬を制御している辺り実は荒事もイケる口なのかもしれない。
「敵の姿は確認できるか!?」
「遠くにな! さっきの揺れは投石か何かだろうよ、向こうにこの馬車と並走してる人影が見える!」
「あーほら! やっぱり接近なんかされていませんね! レクス間違ってなかったですね! 謝ってくださいよ!」
「なな、なんだよバカ! そういう場合じゃねえってレクス言ってたじゃん! じゃあやっぱりコイツ間違ってなかったとかそう言うのの場合じゃねえんだよ! なあおいレクス! レクスこれからどうするんだレクスぅ!?」
「……(哀れな奴を見る目)。…………ああ、とりあえずは迎撃だ。ライス、距離は!」
「分かんねえよ俺は商人だぞ! まあ多分、俺の船一個分くらいだ!」
「すぐそこじゃねえか!」
「俺の船はそんなにちゃちくねえよォ!」
――とりあえずは、五十メートルくらいか。とレクスは改めて呟く。基本的に命の危険などは無い俺は、そんな切迫したやり取りの最中に、……この世界の造船技術について少し思う。
帆船、なのだろうか。ファンタジー準拠ならそうなのだろうが、海にも魔物がいるとすれば中世ルックの船では強度が足りないようにも思える。……或いはこう、マジカル強化で船体を補強とか?
「おいハルさんよ! 露骨に気を抜いているんじゃねえ!」
おっと、そんなボケ顔披露してたつもりはないのだが……。
「えー? だってアレだろ? 未だ接近してこないんだろ? 様子見なのか何かを待ってるのかは分かんねえけどな、五十メートルも離れられたらこっちも手出しできないよ」
……というか、五十メートル先に接近しているそいつらも、速度で拮抗するくらいなら馬車の群れなのか? と、俺が外を窺ってみると。
「……、……」
まさかの人であった。先ほど俺がスクロールで蹴散らした連中と、遠目のシルエットは同一の白ローブである。そいつらが更におびただしい数となって、その足で馬車と並走してる。
「あれは、なんだ? 速度強化の魔法的な?」
なにせ俺だって、さっきこの馬車に乗りあう際には結構な苦労があった。
後方から蹄鉄の音が聞こえて、そちらに、俺の走る軌道を寄せて、それでいっせーのっせで飛び乗る。アレは割に、肝の冷える挑戦であった。
……のだが、
「いや、どうやらアレは生来の足の早さらしい。見た目は人だし、フードの中身も人だったけど、ありゃ魔人の劣等種か何かだな」
「ふうん?」
ーー魔人。
俺の感覚で言えばこう、角や尻尾が生えてるような亜人のイメージがある。ただでさえ月の無い闇夜に、ああも象牙色のフードですっぽりと包まれてしまうと身体の輪郭さえ判然としないが、レクスが言うならそうなのだろう。
……まあそもそも、この世界の魔人が俺のイメージ通りとも限らないが。
「その劣種ってのは、厄介か?」
「まあ、そうだろう。魔人に名を連ねた手合いだとしたら、幾ら劣等種でも難敵だよ。実際にさっき、ただの投石であれだけ揺れただろ?」
「……、……」
――ふむ、
「なあ、レクスよ」
「あん? なんだ?」
「アイツらはどうして投石してきたんだろうな?」
「――――。」
そこに、
ベアトリクスが遅れて反応を返す。
「そうか。……襲撃するつもりなら、こちらに気付かせるような真似をするべきじゃない、ですね?」
「ああ、だからって連中の意図までが分かるわけじゃないがな。こっちに接近を気付かせて、正々堂々よーいどんで打ち合いたいってわけでもないだろ?」
聞いて、レクスは、
「まあ、……そうだな。よーいどんはないわな」
「……、……」
なおも悩みあぐねたような態度を取る。
俺は彼のそのポーズの意図が掴めず、様子を窺うが、
「なあ、ハルさんよ?」
「うん?」
「じゃんけんで負けた方が囮になるってのはどうよ?」
「……、……」
またも意図を掴めずに、俺は沈黙を返す。
というか、どうして囮と言う発想になる? 向こうはあの手数だ、分かれて対応してくるに決まっているだろうに。
「……。」
……ベアトリクスの方もやはり、「レクス!? 何を言っているのですっ?」と声を上げるが、
はてさて、――或いは。
「お前のさっき言った疑問で、俺も気付いたことがある。お前、コンピュータ・プログラムのある時代から来たか?」
「……ああ、一応そうだけどな。なんだお前、アイツらが、専守防衛のプログラムでもインプットされてるとか言い出すのか?」
「――察しがいいな?」
そう、レクスは言う。
「俺もさっき、似たような状況だったのかもしれないと思ったんだ。ただ一度の、痛痒にもならない牽制だけ撃ってきてから、あとは連中は追ってくるだけだった。追撃もないんで不気味だったけど、こっちが矢を射ったら声を上げて威嚇してきた。威嚇はしてくるのに、その前に打ってきたような牽制はしてこない。命を捨てるにしても、もう少しコスパのいいやり方はあると思わないか?」
「――コスパ、ねえ」
つまりは、こういうことだろう。
命とは個人のものだ。ゆえに人には個人個人での人格が用意されている。大味に言えば、自我とは自己保存のためにあるという言い方さえできよう。人の性能が仮に一定だとしても、それでも「環境」は個人ごとに違うために、画一的な「本能」だけでは自己保存行為に限界がある。
それで言うなら、プログラムと言う言葉はまさしく本能だ。画一的な対症措置。状況Aに対しては行為1を行い、状況Bに対しては行為2を行う。これが二次元化、三次元化していけば、恐らくは簡単なプログラムが「AI」と呼ばれるものに変わり、或いは人格処理と同等の複雑さを得る。
ここまでを踏まえて考えれば、――連中はまさに自己保存に不良を起こしている。
ならば連中にあるのは、人格でもAIでもなく、もっと原初に近い「プログラム」に違いない。
「仮にだが、こういう話はどうだ」
レクスは言う。
「アイツらには専守防衛のシステムが組み込まれている。はっきりとした敵対性を持つ相手としか戦えない、みたいなやつだ。しかしそれとは別に、連中の操り手がいる。操り手は白ローブどもを使って戦いたいから、例えば操り手自身で先制攻撃を仕掛けるんだ。それで、俺たちが反撃すれば、白ローブどもが反撃の大義名分を得る。――どうだ?」
それを聞いて、俺は、
「突飛だな」
そう答えた。
「……。」
「まあ、アイツらに自我がないってのはアリだろうな。ただし、その後の推測には根拠が欲しい。お前のそれは、どうにも黒幕が熾烈な敵対者であることを確信している風に聞こえるぞ」
この言葉について、俺は全く心にもないことを言っていた。
まず思い出すべきは、エイルとの「通話」である。あそこで彼女らは何者かによる襲撃を受けたらしいことを言い、そこで明確な攻撃の予兆を感じ取って「通話」が途切れた。その直後に見たのが例の白ローブだ。エイルらが邂逅した襲撃者は、まず間違いなく連中の一派であることに疑いようもない。
そこから考えれば、レクスの言い分には真っ当な筋が通る。なにせあの白ローブは明確な敵対性集団だ。相手方には害意があるという前提で以って考えるならば、「しかし白ローブは自我ではなくプログラムで動いていそうだ」。「専守防衛的な行為が散見された」。「ならばつまり、黒幕によるそのシステムの『悪用』があるのではないか」、と行きつくのもあり得る。
さて、しかしだ。
彼はまだ、追ってくる連中から具体的な攻撃を受けていないのではないのか?
――そもそも、
「連中はなんだ? そもそも俺たちは、どうして追われているんだ?」
後回しになっていたことを、俺は聞く。
大体、俺からすればあの白ローブどもなど夜襲の盗賊か何かとしか思えていなかったのだ。それがいけない。あまりにも思慮が足りていなかった。エイルへの襲撃と、この馬車への襲撃者とを繋げて考える発想がまるでなく、俺は今ここに至るまで、あのスクロール爆破で以って全ての火の粉は払えたと考えていた。
しかしながら、
――どうやら、脅威と呼ぶべきものは未だそこにあって、そしてそれは、もっと具体的な災禍であるように思える。
「連中は……、」
レクスは一度、言葉を切って、
「『熾天の杜』という、爆竜パシヴェトを中心に据えた狂信者集団だ」
「――、何?」
少し難しい、と俺は思う。
竜種と言う存在を神聖視する一派がいる、とは特級冒険者についての話で聞いたことだったか。ならばつまり神のフォロワーもいるべきであり、それが言い換えて、信者と言う存在であることまでは分かる。
しかし、なんだ?
爆竜の信者たちが現状、自我を失った状態でいる? それが、一体どんな文脈で以って真相へとつながるんだ?
「鹿住ハル。俺は、お前に虎の子の情報をここで渡そうと思う」
「……、」
適切な返答さえ選べないほどの複雑な思考状態。俺はしかし、彼のその言葉が、自分の絡み切った思考を見事にほどくものであると、不思議と確信を覚えた。
「最初の質問に、今更だけどちゃんと答えよう。アンタは、この小競り合いには意味があるって言葉の意図を聞いたよな?」
「……聞いたとも」
「俺はこの、――異邦者暴露の流れの黒幕の一人を、追っているんだ」
――用語解説。
魔人種(或いは魔人族)
備考:亜人と呼ばれる種族の一つ。外見的特徴としてはヤギのような角やトカゲに似た尻尾が例に上がるが、種全体に共通する画一的な特徴とは言えず、個体によって角と尻尾の有無、及びその形状にははっきりとした違いがある。
長命で、強い内魔力を持つが、個体数が非常に少ない。また種族の持つ自我には、共通して強い個人主義と階層主義、排他性があり、確認されている限りで、一定数が集まった魔人種コミュニティーにはその他の亜人種が存在しない。(コミュニティー内に奴隷制度が強く根付いている場合のみ、この限りではない。※要検証『北の魔王』の例について)
この世界における魔人種の立ち位置としては、唯一、他の全ての亜人種と一線を画し、世界の支配種である人間に対して積極的に敵対する「絶対敵」とされる。ただし、この認識についてはヒト種支配層による多大なバイアスが存在し、ヒト種支配領域に偶発的に産まれた(或いは流れ着いた)魔人種は、非常に強い差別に晒されている。
なお、魔人族内から稀に発生する、「桁違いの内魔力」を持つ個体を分類するモノとして、「魔王」という定義がある。逆に「魔人族と定義できないほど性能に欠陥を持つ個体」は、魔人族亜種とされ、ヒト種分類学上では亜人族ではなく魔物とされる。




