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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第一章『旅のはじまり』
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1-3

03


「おお、そいつが今回の?」

「バルク、今回はお前がお守りだってな」

「女じゃなくて残念だなバルク!」

 その他にも幾重もの声が響いている。

どれをとっても遠慮なしの、怒声一歩手前と言った声量だ。

「いや、悪いな。こいつらにも悪気はねえのよ?」

「世話になってる身柄だし、俺もこういうの結構好きだよ」

 そうか? とバルクは片眉を上げた。


 ……あれから俺は、バルクにこの拠点を案内されることとなった。

 とはいえ決して広い敷地ではない。恐らくは、これから少しの期間ではあるが共に過ごすための挨拶回りに誘われたというところだろう。

 しかし、

 どの顔を見ても俺とは違う骨格をしている。背丈も、誰にしたって俺よりも高い。

 異邦の身で周りの人間が皆俺を見下ろす背格好というのは、流石に少し肩身が狭い。

「とりあえず、ハルです。たった二日だけどよろしく」

「ちなみにな、こんなナリだがさっき確認したら二十二歳だってよ」

 それでちょっと辺りがざわつく。

「? なんだ?」

「いや、どう見ても一回り下にしか見えねえ……」

「マジでチキュウ出身はベビーフェイスばっかりだな」

「か、かわいい……」

 ……最後の怖えよ。誰だ今の、俺そいつの顔だけは覚えて帰んないとマジでヤバいんじゃねえの?

「まあ、えっと。よろしく?」

「そんでハルよ、お前はどんなスキルを持って帰ってきたんだよ?」

「え?」

 その男の一言で周囲の視線がこちらに一層注がれる。

 しかしながら、ステータスは特段驚くべきものでもなかったらしいし、スキルについては三つのウチ二つが内容不明のままである。

 はてさて、どう答えたものか。

「いや、悪いなハル。ウチってのは娯楽も少なくて、お前みたいなのがどんなスキル持ってるのかくらいしか暇つぶしがねえのよ」

「ああ、なるほど」

 なにせ周囲はどちらを見ても野原一辺倒である。俺も観念して、彼らに先ほど確認したものをそのまま開示することにした。

「――――、っていう感じなんだけど、どうかな、どれか一つでも思い当たるものがあったりしないかな?」

「散歩?」

「……、……」

 答える言葉を、俺は持たなかった。

「なあお前、その散歩ってのはよお……?」

「なんだこら? 問題でもあるのか? お前らがよぼよぼのじいさんになってる頃に俺は一日一万歩歩いて健康的だってスキルだろ多分よォ?」

「お、おぅ」

 体格のいい男が、俺の眼光一つで後ずさる。察するに、それほどまでに俺の眼の奥には昏い光が灯っていたのだろう。誇らしくとも何ともない。


 閑話休題。

 さてと、


「……まあ、そのスキルも踏まえてだ、お前らよ?」

 そう、会話を釣り継いだのはバルクである。

 彼の一声に、周囲の視線が注がれた。

「いつも通り、今回もぱっと見じゃわからないユニークスキル持ちがご登場だ。こいつ、ハルにしたって困ってるんだよ。何か、内容を推測できそうなヤツは無いか?」

「ああ、じゃあ一個良いか?」

 それで手を上げた男に、バルクは壇上を譲った。

「スキルの方は難しいけどよ、後ろに着いた〈EX〉ってのは見たことがある」

「本当に? どんな話だった?」

「ああ、多分だけどな。EXってのは、ありゃⅠだのⅧだの数字とは別の意味で付けてあるもんだ。スキルの出力とは関係ないんだろうよ」

「なるほど」

 その返答に、俺は身を乗り出し聞く。

「えっとじゃあ、出力じゃないなら何に関係した記号なのかな?」

「さあな、それは知らん」

「……、……。」

 結局はそのように、男は答える。

 しかし、

「ああ、それじゃあ俺からも一つ良いか?」

 続けて、更に別の男も前に出た。

「この『結界(酒)〈EX〉』ってのな、酒だのってのはよくわからないが、『結界』ってスキルは聞いたことがある」

「それは、どういった?」

「結界が出せるんだよ。魔法よろしく」

「魔法……」

 俺は思わず、オウム返しに口をつく。

「あんた、ステータスじゃ並レベルだったんだろ? なら少なくとも、並程度の魔法は使えるってことだ。ほら、結界出して見せろよ」

「んな無茶な……」

 閉眼する俺に、周囲の遠慮ない笑い声が応える。

 しかしはてさて、

魔法という概念には俺にしたって興味があった。

「なあ、バルク。魔法ってのはどうやって出せばいい?」

「出す? ああ、そういえばチキュウ出身ってのは、完全に魔法とは縁がねえって話か」

 俺が問うと、バルクはそのように答えて、


 ――見てろよ、という短い言葉と共に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――――。」

「こうやんだよ、分かったか?」

「……わかんねえ。いや一個もわかんねえ! すごいなソレ! なんで? どうやってっ!?」

 思わず遠慮抜きの高揚を発揮した俺には、少しこそばゆそうにしてバルクが応じた。

「ああ、いや、……どうって言ってもな? こう、魔力をよお?」

「魔力?」

「魔力っつったら、あれよ、その辺に漂ってるやつだよ」

 俺の言葉にはまた別の男が応える。

「目を凝らせば、見えるだろ?」

「いや、分かんないけど……」

「やってみろよ、見えると思うぜ?」

 それで、何やら周囲の人々もこちらを窺う体勢に入る。

「え、えっとー……?」

 果たして目を凝らすというのは、例えば見づらい文字に焦点を絞るような感覚で正しいのだろうか。

それにしたって、「読むべき対象もじ」がないのではやり辛いことこの上ないが……、

 はてさて……、


「おお、見える……?」

「だろ?」


 それは、霞がかった靄のような「何か」であった。

 目を凝らし狭まった視界が、しかし普段の視界とはレイヤーが一つ違うような、いかにも名状しがたい感覚。

 その光景では、いっそ当たり前のように、妙に距離感の掴みづらい何かが周囲一帯に濃淡を描いていた。

 虚空は淡く、人や物の周囲では少し濃く。

 また、バルクの方を見れば、片手に灯す炎の周囲で、その霞が渦を巻き火に吸い込まれているようにも見える。

「表現しづらいんだけどな、こう、『集まれ』と思ったらよ、こいつらが集まってくるんだよ」

「……集まれー?」

 まあ、ひとまずは、やってみようではないか。

 俺はバルクと同じように片手のひらを持ち上げて、そこになんとなくで意識を集中してみた。

 すると、

 ……その手のひらに何か、圧力のようなものを感じた。

 明るいのに熱はない、それは言い換えれば、風を手のひらで抑えたような感覚だろうか。

「そう、それだ。それが魔法だ、今はまだ、火だの水だのに変えることはできないだろうが」

「……、……」

 目を凝らすのをやめてみると、例の「靄」が消失した視界で、しかし俺の手のひらが淡く輝いているのが分かった。正確にはそう、手のひらの上に浮遊する明かりがあるような光景だ。

 それは輪郭もなく、抽象的な円形をしていて、

 そして、俺が意識を凝らすのをやめると、手のひらの灯りは即座に霧散した。

「とにかく、スキルってんなら要領は同じはずだ。それで、えっと、ハルだったか?」

「ああ、ええ、はい。遠慮なくハルと呼んでくださればうれしいです」

「育ちがいいねぇ。全く、誰も遠慮なんぞしねえよ」

 そう答えて、男の一人がこちらに肩を組んできた。

 何よりもまず、その感触に重量感を感じる。ずしりと筋肉の詰まった身体らしい。俺からすれば、それは全く縁のない感触であった。

「よおハル。とにかくそれで、そのなんたらって結界は形になるはずだ。やってみろ」

「はあ、ええと。……こうかな?」

 先ほど同様に、俺は、至極抽象的な意識の集中で以って片手に魔力を集めた。脳裏では何度も「結界出ろー」と反芻しながらである。

 が、しかし、

「……でない?」

「みたいだな。……まあ、アレだろ、いつか出るさ」

 他人事だと思って全く適当な調子である。

「それよりもアレだ、お前、他にも分からないスキルがあるんだろ?」

「ああ、黄金律ってやつですか?」

「それよかまずは散歩〈EX〉だろ? まあたぶん、そのへん歩いてりゃ分かってくんじゃね?(笑)」

「……。(うるせえなあという顔)」

「とにかくよ、それ試してみようぜ? ……ああ、それとな」

 肩を組んできた男が、そう言って俺の瞳を覗き込んだ。

「敬語はいいよ。こっちは誰もそんなもん使うつもりねえと思うしな、なあバルク?」

「ああ、そりゃそうだ」

 明朗な返答に男が笑い、そして言う。

「二日ばっかしの仲かも知んねえけどよ、転生者ってのは大抵大成すんだよ。そんなわけで、俺の名前、覚えといてくれよな?」

 俺は、少し困ってそれにはにかみ顔を返しておいた。


 それで、そいつが名乗り始めて、それからは自己紹介合戦の開始である。

 なんだかどうにも、どいつにしたって調子が良くて、……だから俺も気を良くしてしまって、

「……。」

 少しばかりはしゃいでしまいそうだなあ、と。

 俺はふと自分をそう俯瞰した。


</break..>



 時刻は遡る、それは、平原が夜更けを終える直前のこと。

「ソレ」は、朝露に濡れた四肢を、非生物的な挙動で以って胎動させた。


</break..>



「メシだァーーーーーッ!」

「「「ぅおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」

 ということで食事である。


 あれからしばらく、日差しはすっかりと落ちて、遠くからは虫の鳴る声などが届いてくる。

 聞き馴染みのある鈴のような声だ。それに耳を傾けていると、ここが異世界(暫定評価)であることを忘れそうになる。

 さてと、そして他方の拠点内部では、

「わーーーーーい」

「わーーーーーい」

「「「foooooooooooo!!」」」

 といった感じの晩酌が始まっていた。


 昼間から体育会系っぽいなあとはずっと思っていたのだが、いやしかし、俺は彼らの本領を今しがたようやく掴んだということらしい。

 大学生のサークルなど物の数ではない、今ここで行われているのは、いっぱしの戦士たちが嬉々として命を賭す狂者のサバドであった。

「飲んでいるかー異邦人ー?」

「ええ、……まあ」

 言って肩を組んできたのはまさかのウォルガン氏だった。

 拠点隊長がまさかの大へべれけである。伏兵がどこかに潜んでいたらまさしく今こそ強襲の時に違いあるまい。

「しかしまさか貴様、二十二だとは思わなかったぞ? どうだ、周りも同世代だろう、楽しんでいるか?」

「ぼちぼちですぼちぼち。というか、こういう拠点の担当が軒並み酔っ払いで大丈夫なんですか……?」

「なにぃ? 大丈夫に決まってるだろうお前ねぇ、プロを舐めるなよぅ?」

 などと言いながら次のグラスを空にするウォルガン。絶対に大丈夫ではないと思う俺。

 ちなみに、出てきた食事は簡単な肉と根菜の男料理と、それからビールに似た味わいのアルコールであった。

 どちらも大味でありながら、疲れた時にはガツンと効きそうな濃い味である。久しぶりに体育会系に囲まれての四面楚歌を味わった俺としては、料理も酒も正直進んで仕方ない。

 っていうかさ、いや、あれでしょ? プロが大丈夫だって言ってたしね? 俺みたいな素人はもっと酔っても大丈夫なんじゃないかな?(わくわく)

「おーいハルくんよぉ酒足りてないんじゃねえのぉ?」

「……なんだとテメエ聞こえてこねえから乾杯で雌雄決めるぞコラぁ!」

「うおおハルのやつっ、あのナリのくせにノリがいいじゃねえか!」

「ハルに賭ける! おい誰か! バルクに賭けろ!」

「いいぞぉ、どっちも死ねぇ!(暴言)」

「「かんぱぁい!!」」

 俺は半ば殴りつけるような挙動でバルクのグラスを叩く。それに応じた彼は、更に強い膂力で俺のグラスを受け止めた。

 割れないのが奇跡的な殴打の衝突である。高らかな高音は、拠点の外の静かな平原のその果てまで届いたに違いない。


 そして、


「ああうめぇ! まだうめえ! 俺はいまだに全然うめえぞバルクぅ! なのにお前は千鳥足だなァ!?」

「ばっかハルお前、馬鹿言ってんじゃないよ! これは最近流行ってるサウザントバードステップってェダンスだよバーカ!」

「よく言った貴様俺は既に次のグラスを用意しているぞ見ろよこのエールの輝かしい黄金を!」

「ハッハハダセえな! 俺はもうあれだよ? ボトルで行っちゃうもんね! 見てろよテメエらこれがバルク・ムーンの死に様だよォ!」

「負っけないぞう!(嬉々)」

 薄れゆく意識の中に、みんなの喝采が鳴り響いている。


 俺は、異邦の世界で、

 こんなにも温かな歓迎を受けて、そしてふと思う。


 ――そう。

 どうして女の子がいないのか、と。

「(嘔吐)」


 明滅する景色の最中、最後に見えた光景は、

 むくつけき男たちの、隠し立てなどないネイキッドおちん〇んであった。


 ――アイテム。


 ステータス確認のスクロール。(ギルド用)


 使用者の持つ最低限度開示でのステータス詳細を出力する。(ギルド用)‐冒険者ギルドにて身分保証に必要となる。


 付属効果:なし

 使用条件:魔力負荷による術式起動


 備考:冒険者ギルドによって卸されているスクロール。公式のものはこれ一つで、これ以外によるステータス申請は受理されない。羊皮紙製の高価なもので、基本的には流通されていない。また、新人冒険者の登録申請における登録料の内半分はこのスクロールの値段であり、そこで得たスクロールの売り上げは、製造元であるギルド本部に計上される。


 ハル「アコギな商売やってんな、遠回しに上前突っぱねてんのかこれ……」

 ウォルガン「それだけ冒険者ギルドの力が強いということだよ。それに、身分保障にパスポートも付いたと思えば、そこまで法外な値段でもない」

 ハル「ぶっちゃけこれ、公国よりもずっと景気良さげなんだけど、こんなんで『俺騎士になる!』って異邦者とかいんの?」

 ウォルガン「……ウチには福利厚生とかあるし? 全然差別化できてるし」



※次回投稿は大体一時間後オーバーくらいです。

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