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その馬車の乗員は三名であった。
華奢だが、眼鏡の奥に意志の強そうな瞳を携えた少女と、頭のてっぺんからつま先まで露出皆無な甲冑騎士と、そして馬車の運転手。
彼らは一様に、緊張に五感を研ぎ澄ませていた。
「――――。」
少女、騎士ベアトリクス・ワートスは馬車の外を見る。
狂信者集団『熾天の杜』に追われる緊急事態、緊張状態において、――彼女はしかし、どこまでも条件反射で以って声の主に視線を合わせた。
その時ばかりは、弓をつがえ狙う後方集団への視線を切ってしまう。
即座に彼女はその、未熟な反射行動を悔いて、しかし、
「空いてますよね? 乗りますよ? 乗りますからねー乗りましたー」
やはりどうしても、緊張状態を維持することが出来ない。
馬車のうなじにかかるドス黒い殺気が、「この男」の一挙手一投足で以って即座に霧散する。
「お、お客さん!?」
乗員の誰よりも早く返事をしたのは、この馬車の運転手だった。ベアトリクスはもちろん、彼女のツレにしても大した反応は示せない。
「よう運転手さん? 俺はバルク・アルソンな。なんだか困ってるように見えてさ、よかったら用心棒役が代金ってことで、タクシーやってくんない?」
「タ、タクシー?」
「おっと追い付いて来そうだよ? どうする?」
その男、バルク・アルソンの言葉で運転手の手綱がブレる。その緊張が、馬を伝って馬車の車体を鋭く揺らした。
「わ、わかった! 頼むよ旦那、アイツらを追っ払ってくれ!」
「よし来た!」
男、バルク・オルソンが言うと、
何か、スクロールを投げたのだろうか。――即座に爆発が響き、馬車に追いすがる狂信者どもを爆風が一掃した。
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「――いや何、俺が見つけてよかったじゃねえかなあ? アンタらはどうにも、後ろの連中を振りきれないでいたんだろ?」
「……、……」
ベアトリクスはその言葉に、まずは無言で返す。
「なんだ? 喋れないのか?」
「……いえ」
「喋れるのか。ならほら、俺にお礼はどうした?」
「…………感謝をする謂れはありません。私は公国騎士です、あのような手合い、物の数ではない」
その言葉に、バルク・アルソンは適当な調子で返し、運転手の方は溜め息で返した。
なにせそう、『熾天の杜』に追われ始めて以来ベアトリクスは、躊躇ばかりで具体的な対応策などは取れずにいたのだ。公国騎士が荷物兼護衛だと聞いて「楽な仕事」だとアタリを付けていた運転手からすれば、この展開はまさに溜息モノに違いない。
「……、……」
「まあ、いいさ」
沈黙するベアトリクスに対して、バルク・アルソンはそのように言う。
「それよりもほら、俺は前払いで仕事を済ませたぜ? 運転手さんよ、仕事はしてくれるのか?」
「そりゃあもちろん……、と言いたいところなんだがね。事後交渉で申し訳ないが、先にそっちのお客さんを連れて行くぞ?」
バルク・アルソンが、
そこで少し、考えたようなそぶりを取る。
「ちなみに、お嬢さんはどちらに?」
ベアトリクスに彼は言う。
お嬢さん、と言う言葉に強いイントネーションを起こしたのは、運転手から返答が来るのを遮る意図があったのだろう。
……しかしながらベアトリクスは、そのような冷静な分析よりもまず先に「お嬢さん」などと呼ばれた侮辱に腹が立ち、ぞんざいに返答をした。
「……ミクス平野です」
「そりゃあもしかして、例の討伐クエストか?」
「ええ」
あくまで冷静に、ベアトリクスは反応を返した。対するバルク・アルソンは、どうにも聞いているのか分からない調子である。
「まあ、ならちょうどいいよ。なあ運転手さん、俺もその辺で降ろしてくれていいから」
「え? いいんですかい?」
「おう。俺も実はそのクエストの話を聞いた一攫千金狙いでね、ちょうどいいんだよ」
その言葉に、運転手が柔和に返した。
相手が公国騎士か身分不肖かなど関係がない。今この空間においては、『熾天の杜』を退けられたバルク・アルソンにこそ信用がある。と、そういう態度であった。
「よう、お嬢さん? よろしくな」
「……、……」
片手を差し出す、「その男」を見る。
長くも短くもない黒髪に、毒気の足りない顔が隠れている。公国の平均的な身長よりは少し下で、冒険者の体格とは思えないほどに細身だ。いっそ幼いとさえ表現してもいいだろう。馬車の運転手が、振り返っただけではなくちゃんと彼を見分すれば、改めて頼りにしていいのか不安を催しそうな見た目である。
しかしながら、――表情にだけは不穏がない。
どこまでも飄々として、彼は彼女に片手を差し出して、
そして、
「……よう、Rex_ro_Cosmographだ」
――彼女のツレこと異邦者レクスが、彼女の代わりに差し出された手を取った。
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さて、と。
俺こと鹿住ハルは無事、馬車の主に恩を売って「足」を得た。それにあたって知ってる名と性を継ぎ接ぎにして偽名を作ったのは、俺の「身の上」がバレるのを忌避したためであるが、それは置いておいて、
「……、……」
同乗者は三名、公国騎士を名乗るメガネで気の強そうな女と、行商人として景気の良さそうな恰幅の運転手と、――そしてRex_ro_Cosmographなる、顔までを鎧で隠しきった甲冑騎士だ。
「……。」
Rex_ro_Cosmographと言ったのか。
レクス・ロー・コスモグラフではなく?
……これはきっと、言語理解のスキルにおける類語表現による齟齬だとか、そう言ったものではない。もっと致命的なエラーだ。
例えばそう、エイルが言っていた「ステータス項目の異邦者の名前個所は異邦者自身の母国語で表記される」みたいな、そう言った事象ではなかろうか?
「なあ、改めて聞くぞ?」
「――――。」
Rex、或いはレクスが言う。
「俺がレクス、こっちはベアトリス・ワートスだ。それで、君の名前は?」
「…………なるほど」
これはつまり、
俺が外堀から、「このメガネ女子は公国騎士というその辺にはいないような身分であって、どうやら俺と同じように爆竜討伐に向かう道すがらである」と一つ一つ情報を聞き出して彼女らの素性を探っていた他方で、このレクスなる男は、率直に俺の身の上を、「怪しいから」というだけで察して見せた、ということであった。
それはつまり、言い換えれば、ひとまずの読み合いは俺の負けということだろう。
「………………………………。」
……いやまあ、確かに? 俺ってば胡散臭いにもほどがあっただろうし? そう言った意味では、相手に腹芸で全力を出させてしまったのは俺の第一印象が原因だったに違いない。なので俺のミスからくる敗因だし読み合いで負けたとか悔しいとか別に感じてないね。マジでね。
「……ったく。うるせえなあ降参だよ、訂正する。バルク・アルソンじゃなくて、鹿住ハルだ。さっきの詐称は謝らせてくれ」
「そうか。――ハラキリってだけあってやっぱり潔いな、日本のヤツは」
「……(したり顔で何言ってんのこいつ?)」
ともかく、なにやら納得するレクス氏。
ただ一人事態を掴めずにいるそこのメガネ女子は、妙に視線を俺とレクスの間でさまよわせる。
「ああ、こっちはベアトリクス・ワートス。俺の監視係だ」
「レ、レクス? どうして教えてしまうんですか?」
「ベア、落ち着いて聞いてくれ、彼は異邦者だよ」
「――。」
あっけにとられて彼女、……ことベアトリクス(ことベア)がこちらを見るので、俺は改めて首肯を送っておく。
「悪かったな。俺の身分ってのは、隠した方が都合がいいんだろ?」
「え、あの、本当に異邦者?」
「ああ」
「なら、監視員はっ? 監視員はどうしたんですかっ!」
ベアトリクス・ワートスは強い語調で俺に詰問する。
……さっきの態度や、あの妙な「白ほっかむり」を追い払えずにいたことなどを見ても分かることだが、彼女は妙に未熟な印象である。
正義感のようなものが暴走して、「自分の中に具体的に根付いてもいない抽象的な価値観」を信奉して行動原理としている。チープに表現すれば委員長タイプだが、言い回しのオブラートを剥ぎ取れば先ほどの狂信者とも大差ない。
先天的な善悪基準と後天的な善悪基準の折り合いを未だに付けられていないのだろう。全く――、
こういう手合いは、ぴーぴー煩いと相場が決まっている……。
「――なあアンタ」
「いや、すまないね。ベアトリクス、今は俺に任せてくれ」
その言葉は、妙に質量をもっていた。
レクスの言葉が響き、そして馬車内に沈黙が降りる。
ベアトリクスと強く呼ばれた彼女は、恩師に叱責でもされたかのように、はっとして、そして首を垂れた。
「悪いけど、とりあえずそっちの求めてる情報から話そうか」
「……。」
馬車に降りた沈黙を、彼自らが裂いて消した。
「俺たちは、そっちの目的と同じ用事でミクスに行くんだ。同行する上での戦力は多い方がいいからな、歓迎する」
「……、……」
「この小競り合いには裏がある。その上で俺たちは、どうしようもないからそれに乗る予定だ。……そっちは別に、好きなタイミングで降りてくれていいぞ」
だから、それまではよろしく。と、
レクス・ロー・コスモグラフは、そう言って改めて握手を求めた。
――冒険者活動粗評。
一級冒険者:レクス・ロー・コスモグラフ
個人戦力評価・『S+』
主な功績
・ワートス商会商船への襲撃「A級ネームド『大樹』及びS級ネームド『黄龍』」の同時撃退。
・裏ギルド、『グレン』の討伐
・宗教団体、『青い実』の掃討及び信仰対象「H級ネームド『十一月の亡霊』の討伐」
・『領域:瘴気の果て』の発見。
・『領域:古代港地下空洞』の発見
・『領域:エピタフ』の発見協力
備考:公国を身元保証人(※詳細は上位秘匿情報により別紙参照)とする冒険者。公国騎士ベアトリクス・ワートスと活動を共にし、主に警護、探索、戦場派遣のクエストを受注している。
ギルド内冒険者及びクエスト依頼主による評価は概ね良好。これは、彼の実力もさることながら、人に隙を見せやすい人格が良好に作用していることが理由として挙げられる。
また彼については、上記功績から特級冒険者への昇格を特に見込まれる一人でもある。功績の内でも『領域』三つの発見は破格であり、同じく特級に近しいとされる冒険者『グリフォン・ソール』にはないものである。




