1-2
1-2
リベット・アルソンが行ったのは、自身のスキルによる対象の命運の看破であった。
世界に存在するものは、人でも、植物でも、物質や空間でさえにも命運がある。彼女のそのスキルは対象の「現在」を看破するものである。その観測で以って認識できるのが、風の匂い、森の晴れる方角、世界の在り方、モノの在り方、――そして、人の在りようだ。
それが、雄弁に語っていた。
彼ら狂信者は、「ここで死ぬ他にない」と。
「 」
それは、生命への冒涜である。
個人への凌辱であり、自我への侵略であり、人というものにとっての禁忌だ。
リベットは確信する。これが、人によって設定された「天命」である、と。
精神操作魔法による自由への侵害とは桁が違う。精神操作が損なうのが個人の自由であれば、これが損なうのは個人の生涯の始まりから終わりまでだ。
彼女、リベット・アルソンにとって言えば、
それこそが、この世界で可能なことのうちで最も許しがたい暴力であった。
</break..>
「エイル!」
リベットが叫ぶ。
何か冒涜的なものでも見たかのような表情をしていたエイルは、それで意識を取り戻した。
「リ、リベット……っ!」
「聞いてエイル! この襲撃には必ず黒幕がいる! 人の命どころか魂さえ弄ぶようなクソ下らない黒幕が! きっとそれが、『熾天の杜』を操る最低のクソ野郎だ! 私たちは、誰よりも先ずそいつから殺さなくちゃいけない!」
「……、……」
リベットの強い言葉に、エイルが言葉を失う。リベットはそれを気にも留めない。次の言葉を紡ぐ。
「離脱よ! それ以外には認めたくない! エイル、お願い! 撤退をさせて!」
「 」
エイルは、
「分かりました」
そう、答える。
「――エイルっ!」
「お礼は後です。なにせまだ、お礼を言ってもらうような立場ではありません」
「……そ、それは?」
「私はあなたのお願いを聞いたんですからね。ですから、この後はあなたが私を守ってくださいね」
激戦の最中に、それでもエイルは、敢えてリベットに振り返る。
その目は、
――まるで、今からする悪戯に気後れしながらも、高揚を隠せない少女のソレであった。
「崖を切り落とします」
「……はい?」
「――神器粗製・巨人剣。私は気絶します、あとはよろしく」
世界が、割れた。
否。正確に言えば、彼女らが今立っている崖が山ごと両断されたのだ。
</break..>
リベットの「目」がそれを見る。
外魔力と呼ばれる世界の位相の歪みに浮かぶ霞、その異常を彼女が捉える。
「……。」
目視するのは、今まさに自分が土石流に巻き込まれる後景だ。
空が、木々が、自分たちの立っていた大地が遠くなる。
土煙が雪崩を起こして視界を潰す。
その向こうに立つ巨人の剣を、……彼女は見る。
――武器生成とは、
外魔力を物質化させる技術の応用である。言い換えれば、外魔力を消費して武器を作り出すと言ってもいいだろう。ゆえにリベットには、この現象の「トリック」がすぐに理解できた。
神器が山を割ったのではなく、
「……………………。」
山を使って、神器を作ったのだ。
その結果に起きたのが、自然由来の雪崩現象の原因よろしく景気のいい地面の滑落である。
「堅い氷の上に柔らかな新雪が積もって起きるそれ」など比べ物にもならない。薄い地層一つ分を見事にすっぱ抜かれた山肌は、文字通り根こそぎ崖下へと殺到する――。
「ってぇどわあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!???」
なお、崖際先端にいたリベットなどは、ちょうど波乗りの要領で土石流を浮かび上がり、その場にて腰を抜かしている形となる。
周囲は泥色一辺倒だというのに、彼女らの周りだけは例えるなら泥に浮かんだ船のように、崖先端としてのシルエットが草木の色ごとそのまま残っている。恐らくはこの「災害」に当たって、この崖際だけがぽきりと折れて土石流に浮かぶような格好になっているのだろう。
「おわあ、わばあ……(戦慄)」
すぐそこの花が突風にあおられなんとなく牧歌的に見えるのは、目前に迫る圧倒的なカタストロフィから目を背けたかったからかもしれない、とリベットはふと思う。
そして、
思う。
……エイルこいつッ、あとはよろしくってどういう了見だ!?
「どぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅおッ!?!?」
気合一喝。腰が抜けたままでもエイルの近くへ這って行く。それから何とか立ち上がり、リベットはエイルを肩に担ぐ。
「(うおお重い! 騎士さまってのは鎧を脱いでも重いなあ!)」
今ばかりは悪態の一つだって許されよう。なにせ土石流サーフィンの真っ最中である。誰よりも頑張っている彼女には、誰よりもわがままを言う権利があるはずだ。
「(いやまて、集中しないと……ッ!)」
少しずつ、足元の土石流が薄くなっていくにしたがって滑落速度が落ち着きを見せ始めた。
それでも下手な馬に乗るよりもずっとシャレにならない速度ではあったが、これならば飛び降りるのにも現実味が湧く。
このままここに乗り続ければ、いずれ、この雪崩が粉砕し損ねた木にでもぶつかってお陀仏だ。それよりも先にどこかの木に捕まるでもして緊急回避をしなくてはならない。
……速度と、
自分の身体能力の折り合いを、脳内にて計算する。その内にもこの「安全地帯」は、少しずつ欠けて崩れて小さくなっていく。足場が無くなるのが早いか、飛び降りる契機が訪れるのが早いか……。
そこに、
――なんとなくちょうど良さそうな気がしないでもない太めの枝を見つけた!
「うわあ今しかなぁああぅわあああああああああああッ!」
前方斜めに見えたその太い木向かってリベットは助走をつける。脆くなった安全地帯は、一歩踏み込むだけでもぐずりと沈み込む。今しかない。土石流の速度も木の枝の耐久度もぱっと見ギリギリアウトくらい頼りない感じなのに焦って走り出してしまったけれどだからこそもう今しかない!
「っとおぉぉおおおおおおおオオオオオオオオオぅッ!」
跳躍する寸前、ひときわ大きく足元が崩れた。拘泥している暇はない、今ジャンプしなければ二人まとめて合い挽きハンバーグだっ(最低のジョーク)という感情をこめて檄を飛ばし、リベットは一世一代の跳躍を行って……。
「――どべっ!?」
スライムボールを壁に投げた時のような妙な音を上げて、見事に木の幹に飛びついた!
「お、ぐぅううぉお……?」
おでことほっぺとあばらとおなかとお股に奔る激痛に悶々と耐えつつ、リベットはしかしエイルだけは離してやるものかと木の幹にしがみつく。
土石流の音が収まるまでの長い時間、使ったことのない筋肉をフル動員して妙な体勢で以ってエイルを担ぎ続けられたのは、ひとえに「エイルには一発腹に入れてやらねえと収まらねェ!」という激憤の持てるパワーであった。
そして、
音が小さく、少なくなって、やがて消える。
「(もう、いいよね……?)」
ずりゅりずりゅりと木の幹をずり下がるリベット。
ちなみにそれは、一気に落ちて怪我をするのを厭うての行為だったのだが、
「ぅあっ(諦観)」
結局は指先が音を上げて、リベットはエイルともども掘り出したての土の上にぽふりと落ちた。
「……、……」
……大地は、
山を切り崩した出来立てほやほやのものだからだろう、少し湿っていて、どこまでも柔らかい。
奇妙な体勢で倒れ込んでいたリベットは、立ちあがり、
服の砂埃を払い、
――そして、空を見る。
「……。」
土煙が晴れる次第に、その向こうの夜空が見える。
土の匂いが、冷たく湿っている。
つばを飲み込むと、じゃりじゃりと苦い後味が広がって、リベットは傍らの友人を見た。
――エイリィン・トーラスライト。
彼女は今、あの大魔法を形作るために大量の内魔力を外魔力の誘導に消費したと見えて、未だにすやすやと寝息を立てている。
「 」
髪が、……はらりとおでこを撫でて落ちる。
睫毛がふるりと、不意に揺れる。
リベットは、まずその上気した頬に優しく手を触れてから……、
「起きろ……ッ(腹パン)」
「ゥおッ!?(汚)」




