epilogue_(02)
epilogue_(02)
死んだ「国」に、静謐を割る電子音が鳴る。
いっそ、そこらの灰でも巻き上げてきそうな遠慮なしの音だ。そしてそれは、「俺の世界の電話の呼び鈴に酷似したもの」に聞こえた。
「……、……」
夜の街に響く。
俺は、その音の出所に耳を澄まし、そちらへ行く。
少しずつ、少しずつ近づいていけているのが分かる。電話の呼び鈴は、いつまでもなり続けている。
――それを、見つけたのは、
未だぎりぎりで家屋の体裁を保てているような、とある一角だ。
印象で言えば街の交番のような感覚だろうか。こじんまりとしたその家屋の一面を煤が葺いていて、
その最中にあったのは、……イメージそのままの見た目の『据え置きの電話機』であった。
「……もしもし?」
で、良いのだろうか。俺がおっかなびっくりで受話器を取ると、
『繋がった! あ、ハルですか!?』
予想外に聞き慣れた声が返る。
「――、エイルか? そっちは」
『そうです! ハル! 「英雄の国」はどうなっていますか!?』
少し、返答に悩む。
しかし、向こうの声は何か焦ったようなニュアンスがある。
俺は、結局は見てきたままに伝えることにした。
「壊滅だよ。さっき、楠木ミツキの死亡も確認した」
俺が言うと、
『……、そうですか』
彼女は、そう答えた。
しかしすぐに、
『わかりました。「国」には後日、埋葬の為に騎士を派遣します。あなたには、別の案件で伝えるべきことがある。よく聞いてください』
そう、彼女が応える。
味気のない対応だとは思わない。むしろ、彼女の切り替えの早さにこそ俺は感心をした。
なにせ、彼女の焦燥や絶望は、「電話口」でさえあまりにも露骨だった。彼女は察するに、どこかからこの国の惨状を見て、更には「俺の起こした爆発」で以って俺がここにいることも理解して連絡をよこしたのだろう。恐らくは、この国の知っている連絡先を手当たり次第に当たって。
……閑話休題。
彼女の心中を察するのは今ではない。今は、彼女の言葉を聞き逃さないようにするのが先決だ。
彼女は、
『空を、見てください!』
――まず初めに、そう言った。
「 」
夜の空を、俺は見る。
そこに飛翔していたものが、彼女の伝えたかったものに違いない。
――空を覆う、巨大な壁。
それが、向こうから着て、この「国」の頭上を通って、彼方へと向かう。
竜と、
或いは、亀を足して二で割れば、ああなるだろうか。
近付くほどに、耳鳴りが聞こえる。それが、超重量に空気が圧殺される音だと俺は気付く。身体の節に立つ苔が見えた。夜の闇気を纏いながらも、ソレの飛行は星々よりもなお俺の目を引く。内包する熱が、上空の威容を見るだけでも手に取るようにわかる。
重力さえ放出しそうなほどの圧倒的存在感。
その姿が、今、俺の頭上を通過した。
『爆竜の到達を確認しました! そちらからも見えるはずです! ハル、出立してください!』
「――――。」
竜の影が、尾を引いて消えた。
空に浮かぶように、緩慢に、淀みなく、一定の速度でソレが小さくなっていった。
――爆竜、パシヴェト。
『ハル! どうか、どうかソレを、倒してください!』
エイルの悲鳴が、俺には、
例えば、地球を割れだとか、
そう言った類の、「不可能」に聞こえた。
〈二章 英雄の国 完〉
――モンスター
『爆竜』パシヴェト
脅威度:S
基本属性:火、竜、爆発、(閲覧不能)。
種族基本変遷:(閲覧不能)。
備考:分類定義上において国家連合により「竜種の一角」とされる個体。単一ながら強力な爆発魔法を操ること、また個体の人間に対する積極的な攻撃性から、非常に危険視された存在である。
生息地不明。目撃数の少なさから定住拠点が存在している事は予想されている一方、竜種信仰集団の一つであり爆竜を信仰対象に据える「熾天の杜」の目撃情報が各地に分布することから、「空に住む種であり定住地点が存在しない可能性」も考慮されている。(竜種信仰集団は、基本的に信仰対象の拠点から離れないものであるため)
生態は不明。非常に巨大ながら滑空を行い、その移動速度はおよそ時速十五キロメートルと非常に緩慢である。また、理論上は浮力の確保に「大樹の種」の内包魔力を三分程度で使い切るほどの魔力を消費しているはずだが、爆竜がそれだけの魔力をどのように捻出しているのかも不明である。
なお、この個体については現在、メル・ストーリア公国首都への接近が確認されている。
それに伴って信仰集団「熾天の杜」の追随も予想され、公国では、首都近郊の各ギルド支部及び五名の国内異邦者に対し、それぞれ大規模クエストと直接依頼を挙げているが、公国の打ちだした到達予測時刻は現在までに大幅な修正が求められている。
――某日未明までに、招致異邦者の内で公国首都圏内に到達している異邦者は二名。
『爆竜』の公国首都襲撃予測まで、あと八時間。
※次回、第三章『英雄誕生前夜』
投稿は一月三十一日の午前一時くらいを予定しております。今しばらくお待たせすることになりますが、どうぞよろしくお願いいたします。




