03.
※すこーしだけおまたせしちゃったかなという自覚はあります。
次もこのくらい待つだろうなぁと思っていただいて結構です。ごめんなマジ。
ボストマンは、降伏を宣言した。
つまり彼は、こちらが自白を促していると解釈したのだ。
鬱陶しいと、避けようとしていたことを。
「……、……」
少し悩む。
さっきまでの怒りは、今も生々しく滴るほどに手元にある。だけど、大抵のモノってのは飽和すればふと我に返るモノだ。僕の自我は、脳の底に溜まる激憤を見下ろせるところへと浮かび上がる。
まず、僕はここまでに多くの欺瞞を弄んできた。
奇妙なのが、それを多くの勇士たちが受け入れたことである。すなわち、僕の嘘を見抜けなかったことだ。
だからこそ考える余地がある。
僕のあれらは、欺瞞などではなかったのではないか、と。
……本当の動機を語った相手は二人いる。
師匠と、あとはカズミさんという冒険者だ。では、それ以外のヒトには何を騙ったか。
一番の怪作だった言い訳はあの元騎士の女性に向けたモノだ。僕はたしか、清く正しい平和のためだと言ったんだったか? それ以外のケースでは、騙ったどころか語らなかった。僕が言ったのは殺したい人物の名前だけである。
記憶に残っているのが、アレだ。
僕は確か、仇との対話を望むだとか嘯いていたんだよな。
「……、……」
何を聞きたいか。何を伝えたいか。
実のところ、そういうことではない。
相手は美しきこの街を作った父である。それがどうしてかような凶行に及んだのか。
彼女は死の女神だとこの男は言っているが、それはきっと言葉を脚色している。或いは結論から言おうか。
――こいつの正体を晒したい。
達観して観念した「無敵のヒト」との問答に、価値はない。
「……死に価値? 何が言いたい?」
「これ以上語ることはないと言った」
「……、」
言った、からなんだよ?
僕は鼻孔から深く怒りを吐き出す。燃え上がる脳に一抹の冷気を。
「猟奇趣味のロリコンがズリネタをこさえたってだけの事件に大層な言葉を使うもんだね。死の女神さまがテーマのエロ妄想の話をされても世界観を共有されてないからよく分からないよ」
「……」
「でも、せっかくなら当てようか」
不要な悪あがきの可能性の方が多いと思う。
僕の対話の語彙なんてたかが知れている。政治の一線を張っていた男に、僕なんかの未熟な語彙がどれだけ通じるものか。
爆弾は、一つだけ。
それを上手に使えて初めて、僕らはスタートラインに立てる。この機を喪うことだけは、自分にどれだけ自信がなくたって、絶対にありえない。
「例えば、犯行グループがカルト宗教にハマってたって設定だ? 生贄の女の子をスプラッターに犯してそれに性的興奮を覚えたんだ」
「黙れ、貴様」
「どうして。そもそもお前が説明してくれないから、僕は推測をする羽目になってるんだろうが」
「……彼女を愚弄するなよ、小汚い餓鬼が」
「…………。いや、愚弄もなにも」
まず、ボストマンにはコンプレックスがあると考えてる。
滴り落ちるほどのプライドを持ちながら無口で、例えば領の名産品への入れ込みようなんかは自己愛の歪さの発露だろう。自己を愛せないから自信には根拠がいるし、自己承認の依存先は自分自身ではなく成果である。そして、これは幼少に自己否定の機会が多くあった個人に見られる傾向だ。これまで犯人候補として挙げた1000余名にも似たような境遇且つ精神性の人物は少なくなかった。
その上で、例の倒錯した性愛。
自己の歪さを彼は早い段階で理解していた。そして理解されえぬものだとも了解していたのだ。これが自己否定の根幹である。
……言葉をチープにしてしまうなら、彼は口に出すのも憚られるほどに下品な特殊性癖を持っていたという話だ。共有できぬ性癖は彼の中で肥大化し、コンプレックスへと名を変えた。
そして、態度からも分かることがある。
彼はその性癖を否定されることを、プライドへの攻撃だと感じている。なるほど、その在り方は確かに宗教に近い。
なら、それは僕に対する愚弄である。
不愉快な異端は、煉獄の業火で焼き尽くされるべきなのだ。
「しかしお前、よくも神の名を騙ったな?」
「は?」
不可解そうで不愉快そうなボストマンの表情。
今こそ熱を。思考に熱を。主張は、これより食い違う。
「誰が何の名を騙ったと? 理解できないならしなくていいと言っただろう?」
「いいや、承服し難いな。彼女が神? オナニーにお洒落な設定を用意しているお前が気色悪い。小さな子供を神聖視して抜く極まった性欲が気色悪い。自己肯定の理由に宗教を騙るなよペド野郎」
「……早く俺を逮捕すればいい。俺は観念している。この街は後続に明け渡す。それで終いだ」
「つけ上がったヤツを見たら分からせてやりたくなるだろ? それだよ、僕がやっているのは」
「……、」
その言葉を区切りに、ボストマンは僕から意識を切り離す。
対話が不能であると態度で示すためだろう。確かに今の僕は、上流階級に草葉の陰から前頭葉で文句を言う手合いと変わるまい。場合によっては、このままボストマンは席を立つ。
僕は、爆弾の使い道に一つ思い当たった。
――だってお前は、本当にあのスナッフフィルムに性的興奮を覚えたりしてないもんな?
「あの部屋のイカ臭さには本当に参ったよ」
「……、」
ああ、この男は本当に彼女の死に芸術を感じて鑑賞していた。
蕩けるようなオーケストラを聞くように、至高の絵画を眺めていたら幾日だって経っていたように。酒の手を変え肴の品を変えながら何度も。それはまさに神聖視だ。考え得る限り最も贅沢な黙祷である。でも、
でも、彼女はお前の神じゃない。
それを理解していないままじゃ、コイツにどんなオチが付いたって許せはしない。
「お前さ」
さあ、
――爆弾に火を点けよう。どうか、何もかもが燃え上がりますように。
「観念したらカッコいいと思ってるみたいだから教えておくけど、この部屋の外には誰もいないぞ?」
「――――。」
ボストマンの顔が目に見えて白くなる。
蒼白とはまた違う。思考がすっぽ抜けの空っぽになった時の表情であった。
「僕はただ単身でお前を殺しに来た。僕の後ろについてくれた人たちは、みんな結果を受け入れると約束してくれた」
だって、そうしないとお前は無敵のままだから。
「ただの自慰を祈祷と呼んでるお前に腹が立っていた。だからお前の勘違いを先に糾したかった」
だって、こう言わないとお前は無敵のままだから。
「彼女は、ヒトだ。
お前風情が何と言おうとだ」
違う。彼女は本当は救いの女神さまだ。
だけど僕個人の宗教に意味はない。だって、そうじゃないとお前は、
「成程?」
「…。」
この男の、無敵が剝がれた音がした。
すなわち、――ビキビキと。
それは幻聴が聞こえそうなほどの怒りである。
「……、」
ああ。そうとも。
この空間に、感情を持たず這入ってくるなど片腹痛い。
さぁ、神聖とは何かをようやく語らおう。
/break..
ボストマンは、それが挑発であると理解していただろう。
ゆえに彼は宗教批判を甘んじて受け入れた。彼が如何に謗られようと、彼の女神は神聖である。月に吠える畜生風情を殺すほど、彼の月は狭量ではない。
正しく言うなら、目前の餓鬼は彼の神を否定しているわけではなかった。
どれだけ下品な言葉を並べようと、餓鬼がしているのはボストマン個人への批判である。だから気高く在れた。彼はまさしく、女神に飛ぶ泥をその身で遮る信徒の一人であった。
だから観念できたのだ。
この言葉を、最初は飲み込めた。
「勘違いを糾しておこう」
目を伏して言う。
圧倒的なる憤怒を、瞼の裏に感じながら。
「――あの子は女神だ」
「……、」
彼は真に観念をした。
自分が社会的に詰んでいることを受け入れるだけではない。
この小汚い餓鬼の宗教問答を買う観念だ。
女神に跳ねる泥を代わりに受けるのは光栄だが、それを飛ばしていたのが小鬼未満の野晒しの犬風情だったことが、今はあまりにも気に食わない。
「彼女の死にざまを見ても分からぬのだろうが、それは貴様に教養がないだけのこと。貴様は死の先を希求したことがないか? あるだろう、人なら誰しも。嗚呼、認めようか。これは俺のコンプレックスだ。餓鬼の頃の情緒をいつまで気に病んでいるんだと失笑していたよ。しかしだ、死への情緒をすら理解出来ぬ貴様風情にあの子のことを否定させはしない」
「あの子を、あの子と呼ぶなよ? 頭が割れそうなほど腹が立ってくる。お前はあの子のなんなんだよ? ただ雑巾みたいにして殺しただけだろ? あの子が感謝しているとでも?」
「してないだろうな、感謝など。あの子は俺を憎む権利がある。俺も、あの子の個人性を尊重するつもりはない。あの子の背には死があった。ゆえに彼女を女神と定義した。彼女にはそういう宿命があった」
「それを性欲の押し付けだって言ってんだよイカレ野郎。お前のズリネタにされる宿命の女の子なんてこの世界に一人もいねぇよ馬鹿が」
「そこだ。俺が糾しておくべきは。彼女は性愛の対象ではない。不愉快な言葉で彼女を貶めるのをやめろ。彼女を想うと心が痛む」
「……そもそもお前はあの子を想うな。なんだ今の独りよがりな台詞は。不愉快過ぎて背筋が凍った。お前に何の権利があってあの子の理解者として立ち振る舞ってる? ただ殺しただけだろうが、お前は……ッ!!」
「だから理解は不要だと言ったのだ。いいか? 死とは誰しもが隣人にある無窮だ。宵闇は放逐し文明は明かりを入手したな? なのにどうして死には手をこまねく? 夜を超えねば辿りつけぬ先に新たな大陸を見つけ得るように、死の先にもまた開拓を待つ平野があるだろう。その無限の芸術を理解出来ぬものがあの子を語るな。この世界がまだ、どれだけ明るかろうと半分しか開拓されていない事実が理解出来ぬというのなら」
「っていう設定の手淫をしてたって話はよく分かったって言ってんだろ」
「……いいか、想像しろ。お前にも理解が出来るかもしれん。死の先にヒトは行けるか? 行けないよな? ゆえに俺たちは空想をすることしかできない。深海や宙の果てなど片腹痛い、距離とは別の単位に隔てられた最果ての一つだ。しかしそれらは確実に存在をしている。それを証明したのがあの少女だ。彼女の死に際をみて、嗚呼お前、……どうしてそれが理解出来ない!?」
「誰にも分かってもらえないって自覚はしてるんだろお前は。だから思春期のコンプレックスで恥ずかしくて言えなかったんだって言ってたじゃないかお前は。お前、お前さ――」
そこで餓鬼が、失笑するように貌を作った。
それこそがボストマンの最も嫌悪する貌である。だからこそ彼は、世界に露出した死を誰かに共有することが出来なかった。
「やっぱり、そういうオナニーだって自覚があるんじゃないのか?」
「――――。」
……理解されぬ芸術。
それこそをヒトは自慰と呼ぶ。彼が神聖と呼び、今もなお初めて見たあの時のように感涙できる「暴かれし死」を、それでも一般的価値観はそのように呼ぶ。
ゆえに彼もまた、彼自身が育ててきた昼の一面の囁きを聞く。
死に到達できぬヒトの末席たる自分に、絶頂は確かにあるまい。
――ならばその行為は、自慰ではないだろうが愛撫である、と。
『……、……』
勝算もなくここに来たと思うか、なあ?
俺たちのオルハが、このロリペドカルト野郎に馬脚を晒させるためだけにここに来たと? そんなわけがない。片腹痛い。
一人じゃないとこいつはどうせ何も語らない。
こいつを否定したってこいつは無敵だ。居直ってこいつの女神サマに恥じない態度を取ろうと努める。仮にこいつが、詰んでいたとすれば。
だから、こいつには退路に気付いてもらう必要があった。オルハの背後には本当に誰もいない。証拠を残して市勢に晒そうってつもりもない。だから、本音で話せよ、と。
犬畜生が図に載ってるぞと。この街の父は、それでも気高いか? 本当に誰も見てないし、誰にもこの時間はバレたりしないのに? と。
勝算があった。
ボストマンは歪な精神に蓋をするように、或いは型に詰め込んで矯正するようにして生きてきた。死への希求なんてお洒落なもんじゃない。コイツは単に自己承認欲求のやりどころに参っていた。
ご立派な学校に入学したらしい。オルハが調べたことだ。そこでは多くの友とたった一人の親友に囲まれていたらしい。これもオルハが調べた。どうやらコイツは、佳く在ろうと常に努めて、その内在した汚物を吐き出すことを本気で耐えてきたらしい。この辺はオルハの推測だが、間違いないだろう。自分の思春期みたいな性癖を嫌悪する潔癖さを持っていたこの男は、生まれてからこっち一度だってその欲求に応えてはこなかった。いずれ過ぎ去る熱病だと自分に言い聞かせて、……つまりはその心の中のゲテモノを常に隣人として、自分に目隠しをして。
充分異常者だろ、そんなヤツ。
でもオルハはそれじゃ満足しなかった。彼女を殺した男は特別であってはならない。なぜか分かるか?
特別だと、その加害者は自分に言い訳が出来るだろう? 自分は変わってるんだから仕方ない。哀れな被害者には申し訳ない、と。そんなの許せるわけないよな? 自分の罪はちゃんと数えて欲しいよな? 自分は地獄に落ちるんだって自覚している奴以外を地獄に叩き落としてどうする? クソッタレはちゃんと、不運や性癖や環境じゃなくて自分自身を呪って死ね、と。
――お前の選択を、呪ってくたばれ、と!!!
「……、誰が」
「あん? なんだペドフィリア」
――さあ、ここからだ。
ここからなんだよ、分かるだろう!!
今日ここでこいつの物語は終わるのさ! ずっと辛かったんだって分かってくれるだろ!? 誰にも認められずに! 可哀そうなやつを食い物にして! 自分も地獄に落ちるんだろうなって思いながらそれでも追いかけた物語がここで!
「……、」
「黙るのか? なら当てようか。お前が飲み込んだ言葉を」
おら、晒せよボストマン。
お前は自覚しろよ。どれだけ素敵な街を作ってどれだけ多くの人間を幸せにしたんだろうが関係ないってオルハは言うぞ? お前は――
「誰がこの街を作ったと思ってる? ちっぽけなガキひとり食い物にしたところで十分採算が取れるほど、俺は多くの人を幸せにした。だろ?」
「――そうだよ。そうだ。分かっているならくたばれ餓鬼が!!!!!」
お前は!!
――敵にしちゃいけねぇ奴を敵にしたぞ馬鹿が!!!!!!!




