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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第二章『ゴールド・エッグ_Ⅱ/You Lose.』
407/430

〈転〉




()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 俺ことエメラルダスは、ナッシュローリ区の領事施設の一角にて深くソファに腰を落としている。

 この施設内で最上級の応接室は、この街の王の執務室を兼ねるらしい。


 深紅の一室。

 深い木目が、赤と誤認させるほどの歴史を溜め込んで部屋に散りばめられている。


 対面には、この街の王。

 その人物、――領主ボストマンは、言葉を飾らず本題に切り込んだ。




「これは、ある仮想世界の破壊を求めるモノです」


「仮想現実?」



 領主は少し言葉を選んで、



「アーツ・インテリジェンスという分野をご存じでしょうか?」


「知ってる」



 AIなんて風に呼ばれるアレだろう。

 前代(これまで)の、事前入力した尺度でしか物事を図れないゴーレムに代わる新技術として、ドローンゴーレムなんてモノが発生したのがここ十数年のコト。

 元は、【空の主】がヒトじゃなかったためにゴーレムはヒトの隣人であった。これが替わり、ヒトの【領域】が空を内包したことでゴーレム分野は一段先に進んだ。

 まずは輸送用ゴーレムが、ヒトと陸路を共に行くよりもずっといい運路を得たことで、その道を進むための技術革新を求められた。つまりは空路の開拓だ。


 ヒトが乗り込んでゴーレムに逐一指示を出すなんて手間はあり得ない。ゴーレムの行く先は、ゴーレムに判断してもらうに越したことはない。……以上が、アーツ・インテリジェンスの黎明である。



「……、」



 この男に出された酒に、口を付ける。

 なめらかなワイングラスの底に透けるワインボルドー。揮発する香りはオレンジの蜜に似ている。


 これが、この街の一品の一つらしい。

 俺がこの街に着いた途端に召集が掛かったので、まだローカル飯の一つも楽しめていないと文句を言ったら出てきたものである。目前のテーブルにはアテとして延べ棒みたいな見た目のカラスミがあるのだが、この匂いと合うとはとても思えない。



「……失礼、そちらには手を付けられませんか?」


「赤とサカナは好みじゃないんでな。生臭いのは多少で良い」


「…………恐縮ながら、そちらは魚卵の類ではありません」


「……、」



 どう見ても魚卵だろと思いつつ指先で持ち上げると、思いのほかサクっとした手応え。

 確かにカラスミではないな。これは、……はちみつを固めた菓子か?



「私の領の名産の一つです。カラスミクッキーという名前ですが、カラスミも小麦も使われていません」


「ふぅん……?」



 曰く、この領の一昔前の名産に「カラスミに似た何か」があったのだとか。

 この辺りの海ではボラが取れないので別の魚由来の魚卵らしいが、見た目も大まかな味も似たようなもので、市場が前時代的だった頃には一緒くたに売られていたこともあるらしい。この菓子は、そういった贋作にまつわるユーモラスな歴史から生み出され、今では件の「カラスミに似た何か」よりも大きな利益をこの街に落としてくれている、とのこと。



「おい。……手前味噌の自慢は結構だ。アーツ・インテリジェンスがなんだって?」


「コレは失敬。このクエストにて討伐すべき仮想現実は、この技術に近い形で発生しました」



 ――考察する世界。と彼。



「物理を伴わず、机上の空論のみで進展する()()()()()です。言い換えれば、一つの『結果的な世界』を俎上にあげて、その世界が成立する場合に必要な『過去に発生すべきコト』を、()()()()()()()()()()()()逆説的に世界を実証する仮想現実。ここまではどうでしょう?」



 俺は、とりあえず気軽な例え話に置き換えて腑に落としておくことにした。

 つまり、1+1=2として、2=1+nなら、このnには何を入れるのが妥当であるか。


 2という可能性異世界を導き出すためのnの計算装置か観測望遠鏡。

 それが、このクエストには関わっていると。



「結構」


「承知しました。では、この仮想現実を内包する魔道具を仮にゴールドエッグ機構とします。この内側の世界が、事実世界を侵食する可能性があるのです」


「……【領域化】したのか? 机上の空論風情が?」



 いや、それよりも手前に一つ問題がある。

 このゴールドエッグ機構と仮称される何かしらは、「2」という()()()()()()()()()()()()()の入力を経て「n」の実数値を計算ないし観測するモノだろう? なら、その機械の持ち主は『【領域】に敗北し得る世界』を答えとして入力したのか?

【領域】を知っててそれを求める計算をするなんて、在り得ない馬鹿だろう……?



「質問にお答えします」


「ぜひそうしてくれ」


「まず、ゴールドエッグ機構に内在する仮想現実は、机上の空論風情ではありません。机上の空論のみで進展する実際の歴史であると説明したのは私ですが、誤解がある。この言葉で私がお伝えしたかったのは、事実を伴わない数値変化のみで実際の現象が起きたコトになる、という部分であり、この機構が歴史を歩む速度への言及です」


「……なら、貴様には主語が足りていないな」


「失礼いたしました」



 つまり、その機構内部で木造家屋を立てる場合、木が育つのを待つ必要がない。

 木が育つまでの時間を出力し、それも踏まえて家が出来たまでの時間を計算する。仮に、それを幾つも束ねて一つの国を作るとする。


 すると、その計算結果では『ある国』が『どれだけかの時間』をかけて完成したという結果が演算される。そしてそれは、現実を侵食するだけの存在強度を持つ事実でもある。



「【承認】か」


「おっしゃる通りです」



 存在強度とは、こと魔術において頻出する概念の一つである。

 全ての魔術は【承認】を経て存在を得るが、この存在には強度がある。


 例えば、カラスは黒いと信じているグループとカラスは白いと信じているグループがあるとしよう。両グループは実際にカラスを見たことはなく、ある日彼らは同時にカラスを目撃する。この日、存在強度には『差異』が発生する。実際のカラスは黒かったのだから、片方の現実は夢想に帰る。


 ただ、この男が言うのは、この世界における物理法則の遡行についてだ。これも、仮説的にこの世界においては「良くあることだ」と予想されているらしい。


 つまり、カラスの黒白について。圧倒的大多数がカラスは白いを思い込んでいたなら、()()()()()()()()()()()。例え話がひねくれていたという前提で言えば、この矛盾は「大多数がカラスのことを見たこともないまま白いと確信していたのだから、ある黒い鳥をカラスとは定義出来ず、カラスではない全く別の白い鳥にカラスという名が付いた」という形で解消できる。これが、法則への遡行と世界によるその解決である。


 つまるところ、ある【承認】が基定の存在強度をある程度凌駕した時点で世界は書き替わる。明日の世界の空が今日と同様に青い保証は、実のところこの世界において存在していない。



「ゴールドエッグ機構には【承認への投票権】が実際に存在します。これは、机上の空論の速度で生成された一つの文明に、その時点で内在する生命の数だけ確保されます」


「では、ゴールドエッグはまさしく殻か」


「その殻が、()()()()割れようとしている。これに対処するのが、ゴールドエッグクエストの全容です」



 ボストマンは『内側から』という部分に多少のアクセントを置いた。

 ……この時点で俺の興味が消滅したというのは、敢えて言及するまでもないことである。











 ――なにせ、俺は『黄金』である。

 稲妻の卵を破り、その生誕を祝福した側の人間が、何かの産声を否定する蓋然性などあり得ないだろう?


「……、……」











 今、俺の目の前にはボロ切れじみた女のガキがいる。

 ただし、その目だけは眩い。トーラスライトはいつもこれだ。


 世界は、いつもこの目に絆され続けてきたのだ。

 いつも、【心臓(ハート)に火をつけて】



「おい」


「……剣を、取る気になりましたか?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 コイツは、今自分がどれだけ不毛な事をしでかそうとしているのか理解していない。

 いや、理解していないのは俺も同様だ。俺にしたって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だから、俺には資格がなかった。そして大抵の生命にもだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを人間はいつ使う? それを、心の底から温存を考慮しない人間にだけ、或いは一人の人間が、本気でそう思えた瞬間にだけ、ヒトはだれしも勇者になれるのだとすれば。



「……、」



 ――()()()()()()()()()()
















「盛り上がっているトコロ申し訳ないが、邪魔するぞ」
















 その声に俺は振り返った。

 がら空きになったうなじに剣が迫る様子はない。俺の背後のトーラスライトは、


 ……どうやら、俺以上に唖然としているか、それに類する感情に襲われているらしい。
















/break..
















 鈍色の黄昏と、(あお)い水面。

 決着を超えて死闘へ至る間際の戦場に、一人の闖入者。


 私、エイリィン・トーラスライトはその姿を知っている。



「……………………。」



 懐かしき、今は敵。

 しかしながら、奇妙に勝てぬとも確信している相手である。敵対は悪手で、味方にすれば自他とも巻き込みコケにする黒幕気取り。



 鹿住ハル。

 ――彼の名を呼ぼうとして、舌の根が震えていることに気付く。


 ゆえに私はその場に口出しが出来ず、彼は当たり前のようにこの場の主導権を手に取った。




「自覚しているんだな? 邪魔だと。なら消えろ」


「消して見せろ雑魚」




『黄金』が落雷を呼んだ。

 それはハルの全身を貫き、それだけだ。痛痒はない。




「……、……」




 更に、ハルの背後。

 ()()()()と、フードを被ったヒトの群れが孔から這い出して来る。


 這い出して、這い出して止まらず、ものの数十秒で曇天の地平の一区画を埋め尽くすほどのヒトが、この戦場への参入を果たした。




「……、」


「ってことで改めて、俺達は『智典教』だ。一同総勢1000余名。この場は仕切らせてもらうが構わないな?」


「良いわけあるかポッと出風情が。貴様はこれまでの戦いを見ていなかったのか? そこのトーラスライトがまだ戦意を喪失していないだろ。下がれよ」


「見てたよ一部始終。アンタは戦意を喪失してたじゃないか、寛大に。気が変わったか?」


「なら、変わったよ。貴様の品のない態度が気に食わない。下がらないならブチ殺すぞ」




()()()()()?」


「……、……」




 私は、この機に思う。

 ――()()()()()()()()、と。






「(……、……)」






 思えば、このゴールドエッグクエストにおける彼の立ち位置は完全に不透明だった。

 まず目的が不明である。彼は本当に、このクエストの達成を目指して動いているのか? 彼にとってのこのクエストは、あくまで要素の一つでしかないのではないか? でなくては、ゴールドエッグクエストはもっとずっと()()()()()()()()()()になっていなければおかしい。実際にアイツがしたことなんて、智典教の人頭を使って能動的にクエストの開始タイミングを、――つまりクエスト参加者募集の切り上げタイミングを操作したくらいだ。後は、私にヘイトを集めた疑惑もあるけれど。


 いや、そもそものハナシがある。

 そもそも、()()()()()()? ゴールドクエストとはなんだ? 私たちは何をやらされている?


 というか、――()()()()()()()()()()()()()()()???




「まず、俺がここに来たのはそっち二人への降伏勧告だ。どうだ?」


「逆に聞こう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」




 私の混乱を他所に二人は会話を進めている。しかし、捨て置くには巨大すぎる疑問が私を捉えて離さない。

 ここに来るのに使ったのは転移の術式だ。これ自体が大いなる魔力消費を伴う大魔術であり、騎士堂きっての天才である少女によるリソースの効率化を以てしても使用間には数日のタイムラグを必要とする。これを、1000人規模で行った? 馬鹿な。どうして私はそれに違和感を覚えなかった? いや、違和感は何か覚えたか? 覚えていないけれど、何か……、


 ()()()()()()? ()()? ()()()()()()()()()()()()()()()




「それは、言葉通りの意味と捉えても?」 


「結構だ。――認めよう。俺は貴様に勝つ手を今は持たない。しかし何れかならばどうだ? 稲妻を『黄金』であると見出した俺に、お前風情が分からないとは俺は思わない」


「なるほど。なら答えよう。



 ――俺は、()()()()()()()()()()()()()



「……、」




 そこで、会話は停止した。それと共に私の混乱も急停止する。

 なんだ、今の違和感は? アイツがどんなブラフを何のつもりで吐くかなんて私には想像も出来ないけど、でもおかしい気がする。


 それこそまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?




「だから、会話が終わる前に逃げるのは止してくれ。この場じゃないと使えない交渉材料がある。逃げたのを追いかけてここに戻ってくるのが面倒なんだ。……さて、いいか?」


「交渉材料というのは、俺の降伏のか?」


「アンタと、そっちの裏切り者もだ。……試しに聞くから答えなくてもいいんだが、交渉材料、何だと思う?」




 そこで彼は、ようやく私に目を向けた。

 ……やっぱり、なんだか違和感がある。



「……、」



『黄金』は今、恐らくは交渉材料について素直に考察を巡らせている。それは私も同様だ。こういった部分で主導権を握らせておくのは、敵がハルじゃないにしたって悪手である。


 全ての言葉のやり取りにおいて、その相手が敵対者なら先を読む必要がある。相手は自分に十分な説明をしなくて当然であるためだ。一方、考察の時間を用意してくれるような三流が相手ならその時間は十分に活用すべきだ。交渉材料、――私たちの目的に干渉する何かから、彼が握っている一つを見出すのは、そう難しいことじゃない。



「(ゴールドエッグのクエスト報酬に比肩する何か。或いは最大勢力という現時点での立ち位置をリソースにした何らか。手を組まなければ敵対するとか、手を組めば報酬を割譲するとか。……或いはこのクエストの、私が見出せていない何らかの正体についての言及)」



 可能性はこの三つだ。

 この部分の理解は『黄金』も同様だったらしい。彼はそのうち一つに言及する。



「この舞台の正体についてなら知ってる。その上で、それは交渉材料にはならない」


「へぇ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「……、……」



『黄金』の沈黙に、()()()()()()()()()()



「んなことしないさ。アンタはたぶんその一点において、俺と同じロマンを見てる。安心してくれ」


「……オーケーだ下郎。()()()()()()()()()()



 そう言って『黄金』が両手を上げた。

『黄金』は、恐らくこの問い一つで以ってハルに興味を覚えたのだろう。その所作が奇妙に和らいでいるように見える。


 彼は、世界の最高峰でありながらいまだに好奇心を原動力に生きている。

 そういう意味で言えば、この交渉はいかにもハルらしい。人心への理解の一点において。


 ただ、なんとなく、私にはアレがお遊び程度のフレーバーであるようにも思えた。

 相手からの好感を稼いでみせたのはハルからすればユーモアの一片程度で、


 ――正直に言おう。多分彼は、もっと致命的な何かを握ってここに立っている。私たちが彼をどう思おうと捲り返せないような、交渉なんて形だけの最後通牒を。




「答え合わせは」


「……、」




「――()()()()。結果だけ見せよう。これが交渉材料だ」





 言って、彼はパチンと指を弾いて見せた。

 すると、彼の背後の1000余名のヒトの群れが









 ――()()()









「………………………………………。」


「これが、交渉材料だ。降伏勧告の、……つまりは降伏をお前らにオススメする材料だ。


 ――お前ら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()0()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」



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