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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第二章『英雄の国』
40/430

1-3

03


「――なんだ、風の音は聞こえるみたいだな。それに、星が動いているのも見える」


 ……そりゃあそうだ。()()()()()()()()()()のは「観測」じゃない。と彼は続けて、

()()()()()()()()()()()、って言うのが一番妥当な表現みたいだ」

「    」

「レンジの限界はどうだろう? ふむ、なるほど。()()()()()()()()()()()()()()()

「    」

「俺は動けるけど、じゃあ俺が触ったものはどうなる? ……おっと、モノを投げたら、それは止まるのか。なんだかこれ、吸血鬼か同人シューティングゲームのメイドみたいな能力だな。投げたものが『どこまで行ってから止まるのか』は、もしかして神様の匙加減なんじゃないか?」

「    」

「なら、触ったままで君を斬ったらどうなると思う?」

「    」


()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「    」


 ――疑問はもっともだろう。指定範囲の運動エネルギーをゼロにするとすれば、範囲内の俺は心不全か呼吸不全で死んでいるべきだ。

 しかしながら、俺は生きている。

 人を殺せる能力ではないようだ、と。

 気付いても声には出せない。

 ――()()()()()()()()()()()()


「えっと、()()()


 その一言で、俺はどうしようもなく倒れ込んだ。

 感覚としてはしかし、心地良さすらある。「静」から「動」への急激な変化は、伸びをするときのような不可思議な感覚を催し、

 ただ、奇妙に、平衡感覚が狂ったままだ。

 ボクサーがノックアウトしたときのような解放感を感じていた俺は、直後に強烈な眩暈に襲われた。

「……新参の君に一つヒントだ。異邦者って言うのは、基本的には自分のスキルを隠すもんなんだよ。特に三つめはね」

「な、にが……?」

「君にも聞こえたと思うんだ。さっきの『世界の声』が。俺の祝福ってスキルが、今さっき大成したんだ」

 ――スターゲイザー、

 ()()()()()()

「周りが煩いんじゃ星を見るには都合が悪い。遠くで風や、友人の話す声が聞こえるくらいがちょうどいいんだ」

「……なにを、言っている?」

「願いをかなえるスキルだろ? こうやって俺は、願いを叶えるんだ」

 ――風が停滞する。

 音も、兆しも、何もなく、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「それじゃあ、試すとしよう」

 彼が一歩、俺に近付く。

 その足跡に舞う灰が、ふわりと立って、そこで静止する。

 二歩、三歩、

 彼は近付き、短剣を振って、

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 俺の目に、切っ先を「当てる」。

 箸を扱うように、鉛筆を扱うように、

 当たり前の挙動で以って、俺の瞳を、彼は刺す。

 が、

「……なんだ、これ以上は動かないのか」

「    」

「俺としては、問題なくそのまま刺さるか、君が動けるようになるかの二択だったんだけどな。この停滞もまた、概念の管轄らしい」

 独り言のように呟いて、踵を返す。

 三歩、二歩と来た道を戻り、

「それじゃあ、やり直そう」

 ――短剣を投げる。

 それはしかし、……俺の鼻の先で「停止」して、

()()()

 ()()()()

「ッ!」

 そこら一帯に広がるのは、ビデオの一時停止を解いたような不自然な光景だ。

 ゼロになっていた運動エネルギーが、加速など全く経ずに()()()()()()()()()で動き出す。

 ……投擲された短剣が、俺の目と鼻の先にて、

 停止から再生へと、完全なゼロ秒で切り替わる――ッ!

「――――ッ!?」


 </break..>



 彼、楠木ミツキは、

「……、……」

 この局面に鹿住ハルの選んだ、その一手を、()()()()()と、率直に感じた。

 まず、

 先ほどの、――解除指示の直後に、三度目の爆発が起きた。

 ただしその規模は、今までのものとは桁違いである。全く何の予備動作もなくこれだけの爆発を起こすのには拍手の一つしてやってもいいが、しかし、爆発以外の芸はないモノか……。


「……。」


 ――爆風は今、楠木の目前で「停止」している。鹿住ハルの鼻面に停止させた短剣が、弾き飛ばされたその瞬間のままの姿で虚空に固定されていた。

 それでも火の熱で頬が灼けるようなのだから、このスキルで止められるのは本当に運動エネルギーだけなのだろう。

「(……というか、運動エネルギーがなくてどうやって熱エネルギーが発生するんだ?)」

 疑問は尽きないが、そもそも空気が止まった世界で自分や鹿住ハルが生きていた時から理屈は通らないのだ。「概念系スキルは()()()()()()だ」と、彼は一人納得する。

 さてと、

「……()()()()()

 止まった爆発を眺めながら、彼はそう一人ごちる。

 つまらない手だが、堅実だ。爆風に巻き上げられた灰が彼の視界を濃密に隠す。熱エネルギーが据え置きな以上、停止させているとはいえ爆炎の中に這入って彼を探してみる訳にもいかない。鹿住ハルの居場所が、影さえも確認できない。

 この状況で言えば、楠木に出来るのは「爆風の及ぶ圏外まで退避してから停止スキルを解除し、そのまま爆風が晴れるのを待つ」ことだけである。或いはいっそ、「鹿住ハルの気が狂うまでこのままにしておく」ということも可能ではあったが、それは楠木自身の目的と完全に競合する。

 とにかく、自分にはスキルの解除以外にすることがない。

 ゆえに、そうする。確実な安全圏までの移動を、滞りなく完了して、

「解除」

 と、そこへ、

「――――。」

 いや全く、本当に、()()()()


 </break..>



 俺はまず、目前に迫る短剣を見て、

 それから自爆スクロールに思念を飛ばした。なにせ、止まっているのは運動だけだ。理屈は通らないが俺には楠木の声が聞こえ、さらに言えば思考をすることも可能であった。ゆえに、『爆弾処理班』による思考起爆は問題なく通る。まずはそこで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかしながら、当然その場では爆発は起こらない。スクロールの起動は、解除指示の直後から始まる。だからこそ俺は、短剣の到達よりも早く自爆を行うことが出来た。

「……、……」

 自爆スクロールについては、制作者アルネ自身からその性質を聞いていた。何でも、「スクロールのリソース全てを爆発威力に割いた代物」なのだとか。

 そもそもこのスクロールは、正確に言えば自爆魔法ではなく「遠隔起動が出来ないから実質自爆するしかないもの」であるらしい。そういった意味で言えばこのスクロールは、出来過ぎているほどに俺のスキルとの相性がいい。

 遠隔起動が出来る俺にとってすれば、――これは単なる「最高品質の全範囲攻撃手段」であるゆえに。

 さて、

「……。」

 俺が行ったことは簡単だ。

 先ほどつつがなく「再生」された爆風に紛れ身柄を隠しながら、幾つかの自爆スクロールを()()()()()()()()()()()()

 すると何が起きるか。

 楠木からすれば、目前の「再生」した爆風と、彼の「背後」を基点に四方八方で立ち上がる「新しい爆発」に囲まれるような状況になる。

 これは、恐らくある程度なら彼の意にはなかった一手を打てたはずだ。ゆえに彼は、まず初めに、――安直に、そして確実に、この「全範囲爆撃」を()()()()運動停止能力で以って無力化する。しかる後に再び爆撃圏外へと移動して、能力を解除。これが妥当なところだろう。

 しかし、さてと、

 これは「賭け」だ。先ほどの「起動と解除が必ず一つ置きであったこと」による推察、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()とすればどうなるか。

 先ほどの例を再び挙げるが、楠木は今、俺の起こした「背後での爆発」を運動停止能力で以って無力化しているはずだ。そして、しかる後に爆発圏外へ移動して能力を解除。これが先ほど俺が考えた「妥当な予測」であるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さてと、答え合わせをしよう。

 まず初めに、

 ――俺の賭けは成功したようだ。


「――――ッ!」


 爆発石で以って、「再生」した自爆の衝撃を殺す。強烈なGこそかかるが、それが苦になる身体ではない。俺は全力の速度で以って爆風の起こした煙を脱出する。

()()?」

「なっ!?」

 そこで見たのは、驚愕から痛恨のソレに変わる楠木の顔だ。背景の爆炎に照らされたそれがどこまでも苦渋に滲む。俺はなおも走る。煙を引いて特攻する。楠木は俺を「止める」ことをしない。それならば本当に、この能力は一度に一つの指定個所しか止められないということだ。俺には楠木の心の内がよく読める。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。と、彼はそう考えているに違いない。

 何故なのか教えてやりたいところである。

 全ては貴様の、()()()()()()()()()と。

「……なんだよお前、この状況こそ俺を『止める』べきなんじゃねえのか!?」

「――。君を舐めていたな。たしかに、さっきだって俺が先に君に転ばされたんだっけか」

 彼には、俺を止めることはできない。停止の能力が一度に一範囲である以上、彼が「その背後で起きている爆発の圏外まで行かない限り」は。だからこそ俺は彼に向って奔る。楠木を、あの場所に釘付けにしたままで倒す。これが俺の唯一の勝ち筋だ。

「――――。」

 彼が、その手に短剣を召喚する。不可解な現象だが、これについてはもう捨て置く。あの召喚のギミックそれ自体が俺を殺すことなどは確実にない。ゆえに俺は、思考のリソース全てを奴の行動予測にあてる。

 ならばそう、

 奴は必ず、「こうする」はずだ。

「……ッ!」

 三度目の短剣の投擲。それを俺が躱すと、()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()。楠木は、俺が短剣を躱すのを確認した瞬間に自分の手にそれを再召喚し、そして投擲。それを恐ろしい回転速度で以って行っているのだ。

「ッ!?」

 躱し切れず肩を裂かれる。痛みを置き去りに俺は奔る。どうせ治るなら、致命傷以外は全て受け入れてやったっていい。なにせ、楠木との距離を詰めるたびに短刀の投擲が間隔を失くすのだ。俺の数歩が奴の投擲三回分に、四回分に、五回分になる。踊るように奴は短剣を投げて、取って、そして投げる。そして、()()()()()()()


「――()()()。」


 踊るような挙動で以って、

 ――楠木は、「ほんの少しだけ背後の爆風と距離を取って」いた。

 ほんの少しでこそあってしかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、

 ……再び、

 一時停止を解いたような光景が生まれる。

 まるで音飛びの直後のような不可解な爆音が発生する。彼は次に、この空間全域の運動を止めるのだろう。ゆえに俺は、


「――いや、そうすると思ってたんだよ」


 ()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、即座にそれらを起動する――!。


 </break..>



「    」

 音が、凪いだ。

 俺の足が空を掻いたまま止まった。

 ただ一人、その空間で「自由」を謳歌する彼、楠木は、


「――――。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 唯一晴れた夜空を、眺めていた。




※第二章『英雄の国』、次回完結。

 投稿予定日は1月24日、二話連続の投稿となります。今しばらくのお付き合いを、どうぞよろしくお願いいたします。

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