EX_fool's March.(2/5)
ナッシュローリ区、郊外。
智典教教会外にて。
広大な平地を有するエルシアトル帝国において、人口密度の分布は殆どヒトの恣意のみによって発生する。
一例として、山林を多く持つ国土ならヒトの居住地域は地理によって先天的に限定されるだろう。肥沃な大河が一つ通っていれば、ヒトはそれに沿うようにして居住地域を拡張する。
一方で、先天的限定性のない地理の場合、……安住するには不便な傾斜があったり、川に沿わねば水やタンパク質や物資運搬手段を確保出来なかったり、というハンデがない場合、ヒトが住む場所はヒトら自身が選ぶことが出来る。
そして、ヒトは社会性の動物である。ゆえにヒトらは一所に集う。この生態系を自然に限定されずに発揮した場合、人口の分布はこの国のように「1か100か」となる。
ナッシュローリ西方にも多少の集落は存在するが、それらが存在するのもまたヒトの都合、――文化的背景によるものか、特殊資源の採取のためのサテライト的意味合いが主だ。
基本は、一極集中である。更に言えばナッシュローリを擁するエルシアトル帝国の帝王は史上屈指の名君だった。既に潤沢なこの世界の食料資源を、帝王は「ヒトの領域の内外を分け、外は外として運用する」ことで完璧と言える水準まで増幅した。
そして、それは【ヒトの領域内】においてもニュアンスを反映させている。
中心に接近するほどに経済は過密となり、ほんの数キロ外縁へ行くだけでも、街並みのレベルは30年単位で変容する。ただし、寂れるわけではない。
中心地と呼ばれる箇所はこの国に普遍的な土地法律によって個人の所有を禁止されている。結果、ナッシュローリ区の最中心部には最大手級企業群による『最先端の経済都市』が形成され、その外周には『個人が所有する自営業者(主には最中央部から外縁へ帰宅するニーズに向けた飲食店)』が散見されるようになり、そのさらに外周にあるのが『高中所得者層向けの大規模ベッドタウン』である。
更には、既存のベッドタウンには「常に朝晩の移動コストがかかる」というデメリットが知られているが、この大陸は『最新の陸地』だ。上記デメリットのような「街造りを行った後に発見された都市構築上の問題点」がおおよそ洗い出された近代が都市造りのスタートラインであったために、過去に確認された問題点と将来に予想される問題点の全てを前提的に解決した都市構造をしている。
例えば、公共交通機関がほぼ無料で利用できる代わりに移動機械の所有税と燃料税がやたらと高いから、多くの人間が公共交通機関を利用し、結果的に街の導線道路が空いて個人所有の移動機による目詰まりを起こさない、といったモノや、公共交通機関のダイヤグラムが最適化され、かつ一つの地域に「毎朝動かなければいけない人間」と「仕事をするために通勤をしなくていい人間」を、後者にかける税率を自然に逓減操作するなどの政治的行動によって、公共交通機関使用者数をドーナツ状に広がるバッドタウン全体に均等に割り振って朝晩の移動に掛かる精神的苦痛を消滅させるコトなど。
ナッシュローリでもこういった理性的な都市構造は為されていて、街の住人らがカネを中心に向かって投げ落とす図式が成立している。……だから、街の外縁は中心よりもゆったりとした速度感で進んでいく。30年前の街並みの中を最新の魔道具で念話をしながら人々が散策するようなギャップが発生するわけだ。
そして、更にその外側。
そこは、都市構造計画の中で想定された「一般的な経済活動者群の居住区」から弾かれた存在。つまりは、一般的な経済活動者群ではない者どもの巣窟である。
ただし、この言葉に「社会の裏側に常に存在する必要悪」は内包されない。いわゆる反社会的勢力は反社会的に行動できるだけの行動力があり、他の企業と性質を同様にする資本主義的性質を持つ。そういった存在は資本主義的活動に従事するために、――つまりは利益を得るために、利益が存在している区内縁に生息する。
そして、この区の外縁に生息する者どもは、この領域からも逸脱する。
資本主義的に自らの立ち位置を確保するだけの行動力も行政に期待される労働者としての影響力もなく、ただ生きているヒト種。それらが住まうのがこの区域だ。
貨幣制度を捨てたほうがむしろよく回りそうな、原初的で混沌とした階級制度に支配された社会。基本は暴力が最も価値のある貴金属であり、その計算式に暗殺とリンチが当たり前に内包されているために『派閥』が発生せず、また、かような地獄にでも派閥を成立させられるような有能者は最初の一手でこの場所から脱出するゆえに、決して救世主の生まれ得ない行き止まり。それが、貧困区画である。
……そして、そこからも外れた、ヒトの領域埒外。
それが、彼らの立つ郊外である。
混沌極めた栄華の都市や、それが擁する腐敗した箇所の雰囲気は、ここには届かない。
ただ、なだらかなる平原に立つ一戸の家屋。アシンメトリーに図形を組み合わせたような、奇妙かつシンプルな建造物は、智典教の教会である。ここにあるのは、その家屋と、空と草と風のみ。
そこに、彼らはいた。
――二名。
彼らが先に立ち、一方の背後には多くの配下がいる。その他方の青年の背後には、誰もいない。
だが、彼らは対等にお互いを見ていた。
「……、……」
「……、……」
先陣二者の一方。
ナッシュローリ区を管轄する騎士長、テンダー・バーストンが、まずは口を開いた。
「一級冒険者カズミハル」
「……、……」
「……ってのは、アンタかい?」
対する青年は、言葉を返す。
「ええ。ご足労頂き感謝です」
「オーケー。捕らえろ」
テンダーの二言目を切っ掛けに、状況は大いに変わる。
彼の背後にいた人員、――非武装の騎士らが術式を顕し、攻撃を行った。
投擲、射出、雷撃、炎熱、魔術による面制圧が青年、カズミハルと呼ばれた男を襲い――、
「……話に、来たんですが?」
その全てを回避した。
濁流のような密度の魔術弾幕を掻い潜り、最低限の直撃軌道の魔術を野暮ったいルックスの短刀で斬り飛ばし、全てを背後にいなしてのちに、抗議するように言った。それを、騎士らは無視した。
第二陣。魔術の弾幕をそのまま先陣とした突撃である。隊列特攻のニュアンスは薄く、騎士らはそれぞれが各個の戦士としてカズミハルへと殺到している。
ひとまず、連携のつもりはないと見える。ただしこれが練度の低さゆえの動きなのか、それとも練度が高すぎるためにこうしているのかは現時点で判断が出来ない。
「……。」
……テンダー・バーストンがカズミハルの誘いを受けて、この場に来たというのなら、
つまりは『この領の騎士長』が『特級冒険者というこの世界の一大派閥に喧嘩を売った連中の一人』の誘いを受けてきたというのなら、事前準備の桁は知れる。実際、テンダーは殲滅すら容易な戦力による捕縛の準備をしてここに来たつもりだった。
それでも、彼らの突撃に連携の要素がひとまず無い理由が、青年には不明だった。
練度が低いのか、高すぎるのか。……少なくとも、あのまま何のブレイクスルーもなく自分の制空権に到達するつもりなら、自分はその最中央でタップダンスを踊れるって程度に見える、と。
「――。」
そして、実際にそうなった。
この空間は、既に青年の支配下である。突きがどれだけ鋭かろうが、その矢がどれだけ精緻であろうが、どれだけ巨大な剣で物理的に空間を制圧しようが、数人程度の連携で同時に凶器を振り回そうが問題にはならない。
問題は、……騎士らが青年に剣を振るうよりも前の部分にある。
彼は、騎士らと敵対をするつもりはなかった。彼は2分程度騎士らの攻勢に付き合ってやり、その後40秒で手の届く範囲にいる騎士を全て制圧した。
彼の足元には、気絶か痛みによる悶絶かで無力化された騎士がいて、彼の手の届かない範囲にいたことで無力化を逃れた騎士らは彼の様子を警戒して見ている。その奥で、――テンダーが、静かにハルを見下ろしている。
「……聞いてねぇな。強ぇのかいアンタ」
「この程度じゃなんとも。こっちは、アンタら全員のしてから全員正座させて交渉に入っても良いだけど?」
「それには及ばない。俺を倒せたら話聞くぜってのでどうだ、テロリスト?」
「……、……」
そう呼ばれたことで、青年は理解をアップデートする。
この世界における『エイル派』、――エイリィン・トーラスライトの名は、メル国の戦場を経て好意的に受け取られている。しかしながら、実のところ彼女の『バスコ国の紛争への関与』については清算は行われていない。それでも彼女が認められたのは、メル国の異邦者大戦とバスコ国の紛争が世間にとっては地続きの事件であったこと。これが理由の半分を占めている。
バスコという、いずれ爆発する可能性が全世界に知られた国土。それが遂に破裂して、そこに特級冒険者が平定を目的に介入した。それに敵対したらしいのがレオリア・ストラトスとエイリィン・トーラスライトであり、この二名はそのまま異邦者大戦の主要人物でもあった。
エイリィンが派閥を名乗り、その神輿をレオリアが担いだ。そして、『エイル派』は特級の異邦者レクス・ロー・コスモグラフを打倒した。結果、エイリィンの騎士としての知名度とレオリアの圧倒的な認知度によって、敗北した特級は「何か悪いことをしていた権力者」の印象を大衆に与えることとなった。
正しいのは勝者であり敗者は敗北に足る後ろ暗い何かがあったのだ、と。ヒト類のこれまでの歴史におけるすべての戦争の例に漏れず、此度も敗者は汚名を得た。……ゆえに、失念しがちだが、
「……。」
「構えてんのか、それは? ――行くぜ」
エイリィンとレオリアはともに、冒険者身分へ亡命しただけの犯罪者である。
民意と大意によって罪を赦され、或いは罰を与えられるのが冒険者ではあるが、そもそもこの世界にも法律はあるし、それを基準に秩序維持を行う組織も存在する。
この世界における実質的な警察組織である騎士堂の、長の一人。それがテンダー・バーストンだ。
それを踏まえれば、確かに交渉の余地はない。テンダー・バーストンとカズミハルは不倶戴天である。だけど、
……それにしてもこれは、真面目が過ぎるだろ? と青年はやや困惑する。
騎士堂が実質的に敵対を放棄したエイリィンという存在に極めて近しい位置にいる『カズミハル』の価値を、ヒトの上に立ち人的資源を操作する権限を持った人間が理解出来ないのはマズいだろう? と。
「『ドードーテイル』!!!!」
術式の詠唱。ソレと共に、カズミハルの周囲を巻いていた騎士らが退いた。
一騎打ちの意思表示だ。青年は、周囲の警戒が希薄化しない程度に『ダンジョン』のリソースをテンダーに向ける。
術式の起動。どろりと何かが、テンダーの片手から地面と空を繋ぐ垂直線状に垂れて、凝固する。
槍。或いは円形棒か。両端の装飾は、刃というよりは鋭角の鈍器に近い。
青年は、その術式に軽口を挟む。
「別の魔術を使うって聞いてたが? 彼女にはフラれたのか?」
「……なら、テメェは勉強しろ。俺が何も言わねぇでおいてやるのは、まだテメェと交渉する可能性も視野に入れてやってるからだぜ」
「…………そうですか」
青年は、その言葉に理解する。
カズミハルでは気付けなかったことかもしれない。青年、――改めワタシがそれに気づいたのは、ワタシがそれを知るために生きているからだ。
……勉強しろとは片腹痛い。勉強してないわけがないだろ?
『ベッカ・アダルト』は恋の魔術だ。燃え上がるような恋を、太陽みたいな異性とするのだ。術式使用者は『魔術』のために自信を研鑽する。彼女に素敵だと思ってもらうために知識を蓄え、身体をブラッシュアップして、魔力操作のセンスを磨いて最適詠唱を練習する。誰よりも可憐な彼女に振り向いてもらうためだ。そして、その努力が実を結んだ時が『ベッカ・アダルト』の成立だ。彼女は遂に彼の愛に答えて、二人は恋を始めるのだ。終わらない青春のように、或いはハッピーエンドの向こう側に続く日常みたいに。
だから、気付けたことだ。
最高のカレシたろうとする男が、大切なハニーの力を借りるシチュエーションに気を使わないわけがない。
――ワタシに、暴力として使ったりは絶対しない。
それ、すごい良い!!
「…………分かった。じゃあいい。俺に勝ったら話を聞いてくれ」
「オーケーそれなら俺が勝ったらお縄だぜ!!」
検知。あの棒状の武器(――仮称:ドードーテイルと命名)が微かに形状を変えた。視覚情報として脳に取り入れるのでは気付き得ない微細な変容だ。それをワタシは、今日までに魔力反応であると結論している。ただ、これが生物的な蓋然性のある形状変化とは多少定義が違う可能性はある。これはクオリアの問題だ。
さて、魔力反応だ。実のところあの魔術はストレージに存在している。
『ドードーテイル』とは、あの棒を伸ばしたり細くしたり重くしたり熱くしたりする魔術だ。使用者を客観的に評価しただけなので術式の全体は演算するほかに無いが、大意は分かる。あの魔術は、一つの棒という魔術媒体のステータスを増減、ないし要素の足し引きを行う魔術だ。真逆の例がエイル様の『神器生成』だ。アレは「ある性質を持つ武器」を作り出す魔術だが、『ドードーテイル』は一つの武器に性質を付与し、解除し、また別のモノをアップロードするという質である。
魔術の強度で言えば、素人判断だが『神器生成』の方にどう考えても軍配だ。データリソースのやりくりのために逐一性質をアンストするような手間は無意味でしかない。魔力リソースが潤沢であるなら、そんな真似はせずに素直に容量不足の媒体は捨てて、別のモノを使うだろう。それが、物質を仮想生成する魔術群における『神器生成』という術式だ。
ただ、一つのハードウェアに固執する価値も分からなくはない。電子機器に例えれば、容量が不足したら買い替えを視野に入れるスマホと、カスタマイズすることで個人の使用感に即したマイナーアップデートを行える高機能コンピュータの違いだ。『ドードーテイル』は、あの顕現した一振りに価値を込め、積み上げていく魔術である。あの棒状のナニカは、彼の半生をそのままカタチにしたような、彼にとっての真の意味での『武装』である、……はずだ。
「いっくぜェ!!!!」
形状変化:レンジの拡大。薙ぎ払う挙動に合わせてシルエットが延長する。それに伴って先端速度は加速度的に増して、ぱぁんと空気を割る音。ただ、これを回避できないってのは難しい。
普通に避けて、……向こうも、それを予期していたみたいだった。今度は伸びるんじゃなくて消えた。伸びていた分が一瞬でゼロになって、テンダーはもう一度武器を薙ぐ。再度のレンジ拡大。それに伴う先端速度の増大。テンダーは、アレが奥の手だって顔をしている。
……まぁ、分からないでもない。あの棒が「伸びた」ってことは、普通は「消える」んじゃなくて、段階を踏んで伸びたみたいに「段階を踏んで短くなっていく」べきだ。そうやって攻撃のリズム感にミスディレクションを用意して、初手で奇襲する。そういうアプローチだってのは理解できる。だけど、ダンジョンの中でワタシに分からないことなんてあるわけないんだ。
結局、テンダーはこの場所を攻略できたわけじゃない。周りの騎士よりも自分は強いって自負だけで一騎打ちの場を作っただけだ。或いは、……ハニーが見てるんだから、無用な被害を出さないために一人で相手を買って出たのかもしれない。
やっぱり、恋ってすごい。恋はヒトから打算と利益の天秤計算を省略させる。普通なら、打算をするときは行動による損失と得られる利益の計算をするのに、テンダーに計算を挟むような空白は無かった。こういう真似ができるのがカッコいい男だろハニーって命題だけで全ての選択を決定できる。情緒不足のヒトが見てたら恋で盲目になっただけに見えるかもしれないけど、そんなんじゃない。例えば、打算ある善行のことを偽善と呼んじゃう救われない生命もこの世界はいるけど、その偽善って言葉がこの世界から消えちゃえばテンダーのあの行為は紛れもなく最強にカッコイイ行動なんだから。
……あぁほんと、キュンキュンしちゃいますよこんなの。
ワタシがほんのちょっと加虐趣味だって自覚はあるんですが、でもこの人のことは傷つけたくないですもん。なんか寝取っちゃったみたいな気になっちゃいそうなんですよね。もしワタシが彼を泣かしたら。
「――――。」
……この思考は、彼からすれば一瞬未満のスキマだったでしょう。そもそも彼は、先ほどの奥の手薙ぎ払い攻撃をまだ振ってる途中で、避けられたことに気付いてはいない段階です。棒状の武器の位置も、まだ触ろうと思えばちょっと手を伸ばせば触れるくらいのところにあります。
で、思うワケです。傷つけたくないこのヒトのことをどうやって無力化したらいいだろうか、と。
思うというか考えるというか演算するというか、悩んでるわけじゃなくて、サクッと答えは出てるんです。ワタシがこの、まだここにある棒を掴んだり踏んづけたりして涼しいカオして「これがどうした?」なんて言ってやれば流石に実力差が分かるでしょう。で、それで終わりにしちゃおうと思ったわけですね。
ってことで、
――さて、青年はその薙ぎ払いを問題なく目視している。青年は、難なくそれを避け、足で捉え、スタンプするように地面に踏みつけた。
その手応えにテンダーは瞠目する。そして、青年も、――というかワタシが、瞠目をする。
というのも……、
『(ぽっきり)』
折れた!!!!
こ、ここまでするつもりはなかった!! 折れちゃった!!!!
/break..
「で、テンダーが『覚えてろよー!』つって逃げてったのか?」
『よく台詞まで分かったな。ちょっと茫然としちまって追いかけられなかった』
「…………、」
さて、場所はサンドイッチ店にて。
俺こと鹿住ハルが、事の顛末を聞き届けたところのコト。
「まぁ、いいよ。俺が引き継ぐ。そっちは好きなようにしてろバカが」
『マンガ喫茶に寄ってから帰るんで遅くなる。ちなみに、頑張り屋さんの主人公が高値の花なヒロインに振り向いてもらうために頑張るカンジのラブコメに心当たりはないか?』
「ねぇよじゃあなバーカ」
ってことで通話終了。あとこの世界ってマンガ喫茶あるんだな。マンガは(たぶん)ないんで言語翻訳スキルの綾だとは思うんだが。
……でもイラスト描ける異世界転生者絶対いるしな、たぶんマンガもあるんだろうな。
「あの、ハルくん……?」
「すまん。通話を聞かせる意味がなんもなかった。時間の無駄だった。話戻そうか」
「いや、……今の通話相手って」
「俺は守秘義務を行使するから好きなだけ文句を言え。一旦全部考え直しだ」
「はぁ……?」
と、完全に納得してないって顔で言うリベット。
分かるよ? こういうことするから信用してもらえないんだよね? でもこれはしゃーねぇだろ雑魚制圧して正座させて次のアポ取り付けるだけの簡単なお仕事だったんだぜこれ。
「まぁ、じゃあ一つだけいい?」
「お、文句か? 言っとくが論破しにいくぞ」
「ウソでしょ言い返されるの……? じゃなくて、さっき言ってたマンガだけど、『恋口食堂にようこそ』ってヤツオススメしてあげて、あのハルくんみたいな声と喋り方してるヒトに」
「濃口? 醤油か?」
「そういうイジり方をするヤツをわたしは許さないことにしてる。確かに作者は濃い味にかけてるって言ってたけど君はもう喋れないようにしてあげるね?」
「オイ待て公式設定なら暴走すんなよクソファン……」
ちなみにややマジの顔だった。知らない一面を見ちゃったね。一生隠しといてほしかったね。
「『恋口食堂にようこそ』、通称恋ローはね?」
「……、」
……これ多分、「作品の説明求めてないぞ?」とか「誤読される前提の愛称ってファンとして思うところないの?」とか茶々入れたらコイツまたダウナーめのキレ方でキレるんだぜ? 理不尽だよな。
「労働者向けで濃い味マシマシ系な大衆食堂を実家に持つ学生の主人公が、学校じゃ高嶺の花なヒロインの女の子に自分の料理を食べてもらいたくて奮闘する学園ラブコメディよ。完結済み全11巻で、連載自体はコンパクトにまとまってたけどたぶん作者のプロット通りだろうね。作品全体を起承転結に見立てることが出来て、最終章文化祭編の章タイトルがエモすぎる伏線回しゅ――」
「ネタバレするタイプのオタクかテメェ!! 俺読むかもしれないだろやめろ!!」
「あ! ごめん読む可能性ある!? いいよそしたら全巻あるからウチ来てよ! 横で解説してあげるからね全ページの全コマ説明できるんだよわたし!」
「……いや、まぁ俺のタイミングで読むわそしたら」
「うんうん。ノベライズ版と特典配布の冊子とかも興味あるやつあったら全部貸せるから言ってね? 折り目ちょっとでもつけたら殺すからそこだけ注意ね?」
……こういうヤツのせいで「閉じたコンテンツ」ってのが生まれるんだよな。明日は我が身だ気を付けていこう。
で、話を戻そう。
考えてみたら、ここまで全部横道なんだよな。つっても初手で話変えたの俺なんで俺に文句言う権利はないんだが。
「で、オルハの件だ。ドラゴンが横にいたツナミって子に話を聞いたんだろ? どうだった」
「あ、うん。理論証拠みたいなやつだけどほぼ合ってるね。オルハくんはたぶんオブリヴィヨンの血筋だよ。ツナミちゃんのお兄さんだね」
「……そうか」
で、どうする? と俺は聞く。
天涯孤独の身で復讐の道を選んだ彼は、仮に自分が天涯孤独ではないと知ったらどうなるか。
正直に言えば、俺が今やってる暗躍にはアイツにも役割を振ってる。アイツにしかできない役で、役職の変えも効かないやつだ。これが捌けたら、ストーリーから考え直さないといけないってやつ。
……ただ、それはなんの苦でもない。脚本の書き換えなんて文字に起こすわけでもないなら五分で出来る。
だから俺は神妙に聞いている。俺は最初、「こいつは絶対場を引っ搔き回してくれる」と考えてアイツをハナシに組み込んだ。
つまりは俺が、確信を以って『こいつはちゃんとケリをつける』と感じたって意味だ。
そういう覚悟に、前提条件を崩すって方法で茶々を入れることそのものが、ちょっとアレだよな。なんつうかさ。
「……。」
なんて風に日和っていた俺だったが、
――リベットの返答は、日和る余地もなく、気持ちいいくらいにシンプルだった。
「言わなくていいよ、ノイズになる」
「……、……」
「オルハくんの復讐と、オルハくんにまだ家族がいたハナシには何の関連もない。お互いに何も干渉してない。……家族が生きてたならオルハくんは喜ぶだろうけど、ソレと彼の女神だって女の子が殺されたのには何の関係もないでしょ? 伝えても考えることを増やすだけだし、伝えたから家族のために復讐を日和るってことはないよ。彼の選択を変えはせずにただちょっと躁鬱になるだけだから、伝えなくていいよ」
「……そうか」
ふと思う。
俺は、復讐を終えてこの場所にいる。
俺を舐めたヤツを文字通り全員殺して俺はここにいる。勘違いしないでほしいのは、向こうも俺を殺そうとしてたって部分だ。お互いに同じ桁の殺意を構えてたんだから、これは殺戮じゃなくて喧嘩だ。俺が勝ったってだけのことだ。で、そういう喧嘩をして俺はここにいる。
で、リベットだ。
俺は、彼女の物語をほとんど知らない。だけど彼女は、たぶん復讐を完遂したってわけじゃないんだと思う。実際元々の彼女の物語のラスボスだったはずなポーラとは仲良くなってるってのもあるし、……それに彼女は、たぶん人生で何か心を全部変えるみたいな後悔をしてるんじゃないかとも思う。何となく厭世家気質っちゃ気質だからな。
俺は、全部終わってスッキリしてるんだ。酒を入れないと寝れないなんてこともなくなって、今じゃマジでアレは喧嘩だったと思ってるし。全員俺に死ねって思ってて実際行動にも起こしてたんだから、俺も同じことして文句言われる筋合いないしな。
……だけど、リベットは違う。リベットの復讐は未遂に終わってるから、終わってない。復讐途中のヤツの考え方がちゃんと理解できる。俺みたいに『想定』できるんじゃなくて、一人称視点で『没入』できるわけだ。
――なら、そっちのが正解なんだろうな。
俺みたいなのが先人だって顔でとやかく言ったとして、終わった側の意見なんて終わってないやつからしたらマジで何の意味もないからな。全部終わった後の爽快感もその後にやんわりとくる後悔も、全部ソイツだけのモンだ。
「……わかった。んじゃ俺からは以上。そっちからはなんかあるか?」
「ん。じゃ一つ」
と、リベットが言う。
空になった皿を整えて、紙ナプキンだのスプーンのガラだのをひとまとめにながら、……つまりは、出立の準備をしながらだ。
「エイルのコト」
「ああ」
「今回の悪だくみでも、彼女のことを手役に数えてるんでしょ?」
「まぁな。良い役を振ったよ。アイツはたぶん自分が主役だなんて思ってないだろうなww」
「……じゃあ」
「……、……」
「ここで退場したら、どうなる? ……止めるなら、説得の機会をここであげるわ」
「……なるほど?」
その質問は、予想していた。
だから、俺は用意していた答えをシンプルに返す。
「出来るならしたら?ww」
「は?www」
俺が込めた挑発と同じ量の感情を込めて、リベットはそう返した。
彼女が言いたいことは理解している。その上で、
――焚きつけたらたぶん、もっと面白くなるんだよな。
俺的にはエイルが早期リタイアしても問題はないので、見れるバトルは出来るだけ派手な方が面白い。




