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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第二章『ゴールド・エッグ_Ⅱ/You Lose.』
377/430

とある元犯罪組織の元顔役の場合_前



 ――空に緋が混じる間際。

 白昼。色の濃い影。傾ぐ直前の日差しは一日で一番眩く、水面の反射が僕の目を灼く。


 その真ん中にいるのが、サクラダユイなる人物だ。背も歳も僕より下に見える女の子。

 僕は、……そんな小さな女の子が揮発される殺気に、気圧される以外のことが出来ずにいた。




「――――。」




 ふらり、彼女が動く。目が爛々とこちらを見ている。左手を握って、握り絞めて、わざとらしいほどに振りかぶって、――嗤っていて、






()()()! ()()()()()()()!!!」


「――――()()()()()()!!!!」






 その拳を第三者が受け止めた。いや、正確に言えば、僕を殴るはずだった拳をサクラダさんが別のことに使ったのだ。

 彼女の背から、彼女を何かが襲った。それは無色の巨獣の突進のようでもあり、透明な爆発のようでも、致命的なレベルの突風のようでもあった。それを彼女は殴りつけた。裏拳気味の一撃だった。それが、背後の大気を割った。


 ――ばこぉん……!! という音だった。それは、例えるなら山肌を転がり落ちる大岩が地面と衝突して盛大に破裂したみたいな音で、ヒトの片腕が出せる音では絶対にない。


 そして、光の飛沫。空気が割れたみたいな光景だったけど、アレはたぶん魔力が割れたのだ。気泡なく透き通った氷のブロックが、粉砕された時には白く断面を濁らせるようなモノだろう。サクラダさんの背後を襲ったあの魔力は、それだけ高純度に()()()()()()()()()()()()()()()だったということだ。


 それを、殴って割った。理屈は不明だ。魔力、……魔素というのは、僕の足元に溜まってるこの例外を除けば普通は触れないはずだ。そして、その()()()()()を起こした人物はさも当然という風に背後を見ていた。そこには、彼女へ高密度魔力を放った人物がいた。


 無論、師匠だ。師匠は息を切らせて、片掌をこちらに向けた格好でいる。……あれは、心肺機能の限界というよりは焦りの方が原因の息切れなように見える。で、師匠があれだけ焦っている理由が、僕にも多少推察できる。


 先ほどサクラダさんは、無質量のモノを殴りつけて「ばこぉん」なんて音を出してたのだ。アレは案外本気で空気が割れる音、――物体が音速を越えた時に発生するソニックムーブの類だった可能性もある。


 アレが、当初の予定通り魔力塊ではなく僕を殴りつけていたなら、たぶん僕は今頃出来立てのハンバーグだ。……いや、さすがにあのフルパワーでヒトの事殴ったりはしないとは思うけど。


 さて、サクラダさんは今、師匠と相対している。その表情が僕からは見えないので、雰囲気は「奇妙である」以上には分からなかった。


 サクラダさんが、掌をぱらぱらと動かす。と、魔力の粉末とでも言うべき何かが払われて、虚空にキラキラと融ける。……じゃああれ、殴ったんじゃなくて掴んだのか? あの威力で? 僕だったらあれで首根っこ掴まれるだけで脳みそカクテルになっちゃうけど?


 と、

 そこで動きがあった。




「なンだい、やり方ァ任してくンなよな。大丈夫だヨ駄目にァしねェって」


「そうじゃなくて……!」




 ――今日の修行は、もう終わりだから! と師匠が大声で言う。


 いや、……正直ホントに助かる。

 軽く寝て体調全快みたいなフリこそしたけど、さすがにボスラッシュまでは普通に無理だ。
















 ……………………

 ………………

 …………
















「一晩寝ねェで変態のお守りして、そン後その変態に修行ォつけてもらったと。……ンだよ言ってヨ、弱いモノイジメになっちゃうじゃねェかwww」


 なんてことを気軽に言う彼女、サクラダさんは、抱えるようにして書籍の山を運んでいる。

 ……その量がエグくて、彼女の身長を優に超すほどに積み立てられた本が、時折天井を擦って煤を落とす。なんつう怪力だ。


 さて、場所は僕の目指していた棟の内部。いよいよ日は傾ぎ、空がはっきりとオレンジ色を帯びている。

 先ほどのやり取りの後、僕たちはすぐにここに来た。元々の僕の目的は座学を()()()ってところだったけど、協議の末「もうすぐ日が落ちそうなら、残り時間はもっと有効に使おう」ってことになってこんな作業をしている、という流れだ。


 暗くて本が読めないなら、明るい所に本を持って行けばいいじゃない。ということである。そんなわけでまずは必要になりそうな本(基礎的な魔術本が主だ)を三人手分けして集めてきて、残るはその運搬作業、……と言っても、そっちはサクラダさんが居れば往復の必要すらなさそうだ。



「ユイって……」



 師匠が言う。ちなみに僕と師匠も、手に何も持ってないのはサクラダさんに申し訳ないので、必要ないのは分かってるんだけど多少手に荷物がある。



「なんで、そんなに力が強いの……?」


「アタシかい? ンだねェ……」



 少し悩んで、サクラダさんは()()()()()と答えた。



「やろうと思ったら、なンか知らンが出来るわけヨ。つっても、例えばこのビルに縄結わえて引っ張ろうってのァ無理だがネ。単純にヒトよりモテるんだネ」


「魔力を使ってるって風でもないもんねぇ……」



 師匠曰く、身体強化の魔術(や魔術未満の魔力操作)は効果の単純さに対して魔術成立の難易度が結構高いらしい。

 そもそも魔術というのは、魔素を様々な方法で別の何かに変える、ないし要素を足す行為である。これを前提に、魔力を「火」や「水」や「風」に変えるのと「力」に変えるのでは当然その手順が全く別になるとして、だったらどっちの方がやり方のほうが()()()()()()()()()

 このイメージと実際の魔術の習得難易度はある程度同一らしい。これを魔術的な用語として『自己承認強度』と言うんだとか。



「魔力で火を熾せとか、空を飛べって言うのはなんだか想像しやすいでしょ? 魔力を可燃性にすればいいし、魔力を噴射すればいいんだって。だけど、魔力で力を強くってのはヒトによってイメージがばらつく。つまり()()()()()()()()()()()()から、イメージする本人も『本気で出来るか怪しい』と思ってしまう。この場合は『自己承認強度に対して魔術能力が不足している』なんて言うね。体系術式という魔術形式の存在理由も、この『承認強度』が強く関わってる」



 おおかた本を見繕い切って、僕らは部屋を出る。

 ここは地上二階だが、ガラスの抜けた窓から見える日差しの目線は、僕らの目線のすぐ上にまで迫っているように見えた。こうなると、ここからは暗くなるのが一気に早くなる。


 ……廊下を進む。床を構成する剥き出しの建材が、硬質な足音を鳴らす。



「体系術式がどうして()()とされるのかっていうのは、それらが()()()()()()()()()()()()()を基点に発展していくから。火を熾す方法が()()されたなら、似たような方法で熱を抽出したり、明かりを抽出したり、酸素の燃焼による推力を抽出したりってことも再現できるよねってことで体系化していくワケ。……一応の補足だけど、ホントの『火を熾す魔術』は体系術式じゃなくて基本属性魔術っていう別カテゴリーに属してる。ここは少しややこしいんだけどね」



 ……ざっくりと()()()()()()()()で火を熾したり水を造ったりする魔術群のことを体系術式と言うんだ、と師匠。



「右手を動させるって分かってる私たちは右手を動かせるよね? じゃあ仮に、私たちに羽があったらどう? 飛べそうだって思わない? で、実際に飛べもする。……この()()()()()()って部分が承認って言って、これの難易度が承認強度。つまり、羽がない私たちが()()()()()()()()()()()()()()()の難易度。体系術式は、体系化したことでこれをクリアする」



 一つ目が出来たから、二つ目もきっと出来ると信じられる。飛べぬモノが飛べると信じるのは過酷だが、飛べる鳥がもっと早く飛べるかもしれないと信じるのは容易だ。更には、その一つ目のハードルも下がる。体系化され人々に習得されている魔術に対して、ヒトは強いハードルを覚えない。他人が出来ることなら自分にも出来ると思うはずだ。



「魔術式を学ぶなら、この辺の知識はあった方がいい。これももしかたら自己承認強度を下げる助けになるかもしれないからね」


「……っと。待ったリベットちゃン」



 と、そこでサクラダさんが言葉を挟む。

 一人だけ運ぶ荷物の桁が違う彼女の貌は判然としない。数歩後ろにいる僕からは、彼女自身よりもゆっさゆっさと揺れる本の塔の方が本体みたいに見える。


 もう少し、そこの角を曲がればすぐに下り階段がある。

 そこの階段はこの施設のエントランスに直通していて、一気に視界も開けるはずだ。……間取りのイメージとしては貴族の館のダンスホールをグッと無機質にした感じだろうか。この棟は来館者を視野に入れた造りをしていて、エントランスも会食が開けそうな程度には広い。


 トーラスライト領がそんな棟を「持ち込み資料の蔵書場所」として選んだのは、この感じだとシンプルにここがオシャレでカッコいいからなんじゃないかと思う。特別セーフエリアとの行き来が楽なわけでもないし。



「体系術式を学ぶってのァ、オルハクンのコトかィ?」


「?? そうだけど……」


「……決まってンだろタイムリミットがヨ。イチからオベンキョ-して間に合うモンかネ?」


「それは、……でも、体系術よりも効率的に学べる魔術なんてないよ。魔道具を買って使うくらいしかないはずだわ」


「それも良ィ案だが」



 そこで、サクラダさんが振り返る。と言っても、天を突く荷物の山のせいで顔は見えない。向こうもそうだと思う。……と思ったら、荷物の横からひょこっと顔を出してきた。


 こういう所作をするサクラダさんは、普通の可愛らしい女の子に見える。あれでどうやってさっきみたいなキマった顔を再現できるのか甚だ疑問だ。階段はもうすぐそこにある。彼女がそれを気にしているような様子はない。



()()()()って、知ってr――」



 あれだけの荷物を鼻で笑いながら請け負ったサクラダさん。今なら分かる。アレは、持てるから持つってだけじゃない意図があった。それは非常に牧歌的な「こんなにたくさん持てるんだぞ」という可愛らしいマウントでしかないのは分かるんだが、


 ……結果的に、彼女は前後不覚となる。空振る一歩。「あぇ?」という気の抜けた声。撒き散らされる大量の書籍。虚空に放り出されたサクラダさんは、




「ォォ ォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?????」




 女の子が上げるモンじゃない悲鳴を上げて、階下へ落ちていった。




「……、……」

「……、……」



 僕と師匠は、言葉を失ってその光景を見ていた。僕が「そこ階段あるから危ないですよ」と伝えりゃよかったじゃないかと気付いたのはその時点のことだった。


 ……ってか大丈夫な落ち方じゃなかったっぽいぞ!?



「だ、大丈夫ですかサクラダさん!!」


「……、……。」



 階段のところまで走って、階下の光景を見る。そこには、まずはひとまず無事っぽいサクラダさんの姿。彼女の長い髪が液体魔素の水面を放射状に揺蕩っていて、彼女自身は感情ゼロの目で天井を見ている。そして、その周囲にて水浸しになっているのが、僕らがさっきまで必死こいて集めていた書籍類である。


 ……勘弁してくれ、なんてことを僕は思いもしなかった。前見ろバカとも全然思わない。力を貸してくれてありがとうだけが僕に許された感情である。あの本も乾かせばまだ何とかなる可能性は――



「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!(憤怒)」



 そこで、自我を取り戻したサクラダさんが怒りのままに暴れ始める。待てよ? じゃあまだ自我を取り戻してないじゃないか正気じゃないんだからと僕は思う。サクラダさんが水面を蹴って、飛沫を二階天井まで弾き飛ばす。そこを踏みつけて水浸しの本ごと床を踏み割る。膝を折って首を垂れるような格好で床を殴りまくって、そのたびに建物が芯から揺れる。衝撃波が本をズタズタにする。最後に、――彼女は一つ、地面に対して頭突きをしてひときわ大きく一帯を揺らしてから、



「――桜套七福ゥ!!!!!!!」



 あろうことか魔術の使用だ。彼女の描く腕の軌跡に沿って桜色の光。それが瞬く間に炎上して、足元の液体魔素を()()()()()



「ボケカスクソダボガキィイイ!! どrrrrラぁああああああああああ!!!!! ギャハハハハハハハハハハァ!!!!」



 あたまおかしい。自分で転んだクセによくあんなブチ切れられるな、と僕は思う。「この女本全部燃やしやがった!」という許されざる感情を希釈するためだ。


 ということで、僕はその場では遠い目をするほかに無くなる。止めに入ったら僕も炎上するのは想像に難くない。……で、その代わりにサクラダさんを止めたのは師匠だった。



「ちょ、ちょっとユイ! 本燃えてる本!」


「燃えろ燃えろバァァァァァカ!!! ブァアアアアアアアアアアアアアアカッ!! 死んじまえヨおォい!!! おォいゴラァあああアアアアアアアアア!!!」


「こ、こいつ! 自分で転んだくせに!!!」



 師匠が何かの術式を使ったようだ。さっき見たような無色の魔力がサクラダさんに飛んで行って(見えないんでたぶんだけど)、……で、今回は裏拳に撃ち落とされずにキレイにこめかみにヒットした。




「カッ――!?」



 と、やはりサクラダさんは乙女の悲鳴ではない迫真の声を上げて、そしてその場にうずくまる。

 師匠の魔術は、あの凍えそうな日の夜にはヒトの上背を優に超える化け物を細切れにした。それが直撃だ。手加減は確実にしたのだろうが、それでも僕はあの日の光景に背筋を冷たくする。


 他方、サクラダさんはうずくまったままで身体を震わせている。ぱっと見で出血はなさそうだが、……あれだけ強者の雰囲気を揮発させていた彼女が、今は無様に打ち震えることしかできていない。僕は、思わず彼女の居る階下へと奔り出して、




()()、 ()()()()()()()()()()()()()()()()っ――」



 ゲロを吐いた。胃の底から中身を全部吐き出すようなゲロだ。アレは、……察するに師匠の放った魔術の効果ではない。そうではなくあれは――!




「師匠……! まさか、あの人!?」


「………………魔素酔いで、ハイになってたっぽいね。うわー酔ってるの分かり辛いなあの人……」
















 ……………………

 ………………

 …………
















 ――日は暮れ切って、夜。

 セーフエリアにて。



「……レオリアにも電話で確認したよ。あの後直帰してエロいことしようとしたらゲロ吐いて正気に戻ったんだってさ」



 念話のためにセーフエリアを出ていた師匠が、戻ってきて一番にそのように言う。僕はそれを、食卓のところの椅子に座って聞きながら、



「(用事があったとかじゃなくてムラムラして帰ったのかあの人……)」



 と気付くことはなかった。思いもしないよねそんな失敬な事は。

 ……ってか待てよ? レオリアさんは師匠に電話越しにエロいことをしようとしたって言ったのか?



「し、師匠……?」


「?? なぁに?」



 うわ、どう聞けばいいのか分かんねえ! やめとこ!


 ――と言うコトで、聞くのは止めたので閑話休題。




「……ここの液体魔素の影響を舐めてたね。レオリアが気付いたらいて問題もなさそうだったから何となく飲み込んでたけど、()()()()具合が悪くなるような場所だってちゃんと考えてなかった」




 私ですら、という部分には特別な意味がある。師匠の持つ魔力は特別な属性をしていて、それは他の魔力属性の上位互換ともニア・イコールの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるらしい。

 ……赤の絵具で満たしたプールに一滴の青を落とすようにして、外界から摂取した魔力を()()()()()()()()()自分のモノにするという師匠ですら不調を覚えたということは、師匠が摂取した揮発魔力が師匠の変換キャパシティを凌駕するほど()()という意味である。特別性の師匠ですらそうなってしまうような環境下で、普通の魔力的特性を持つ人間はどうなるのか。


 僕のような普通の中でも下層に住む人間なら、素直に意識を手放して不調が身体から過ぎ去るのを待つ。だけど、レオリアさんやサクラダさんのような人たちの場合は『酩酊』という形で表面化するようだ。


 で、そんなわけで『酩酊』したサクラダさんといえば、




「……辛ァい。辛いヨォ……」




 ベッドにすっぽり収まって、躊躇なく弱音を吐いているところだった。



「……、……」

「……、……」


「ぉェ……。うゥ……。死ぬゥ……」



 なんというか、あの手のアングラ人間って全然弱音吐かないんだと思ってた。舐められたら負けだとか言って。そんなことないんだなぁ。



「師匠、なんかああいうの治せる魔術ってないんですか?」


「……、」



 そこで師匠が、ありそうな顔をする。

 ……ホント魔法ってすごいんだな。レオリアさんのヤツとかも一瞬だったもんな。



「あるなら、使って差し上げるのはどうでしょう……?」


「……まぁ、うん?」



 と、何やら微妙な反応。

 何だろう、こう、コストが実はすごいんだとかそう言うのなんだろうか? だとしたらレオリアさんには改めて頭が上がらない。そんな大変なものを使ってもらったとすると。



「もし難しいようなら、任せてください看病は得意です。そう言ったプレイも何度も――」


「続きが聞きたくないなそのイントロ……。まぁ、そうだねぇ」



 ちょっと出ててくれるかな? と師匠。

 ……師匠の仰ることに異論などあるはずもないが、僕はダメ元で言ってみる。



「できたら、参考にしたいんですが……?」


「さn……!? あ、いや。()()ね……?」


「……どうなさったんですか?」


「いや、あれだよね魔術の勉強の話だよね? いやー、いやぁ……」



 頬杖をついて、僕でもサクラダさんでもない方にじとーっと視線を投げる師匠。

 その間もサクラダさんは情けない言葉をとろとろと口から零している。師匠がその姿を俯瞰するような遠い目で見て、



「すぐだから、上着着て扉の前で待っててね。終わったらノックするから」



 と、妙に静かにそう言った。



「……、……」



 ――ということで外。


 日はすっかりと落ちていて、液体魔素が晴れた夜を映している。

 一帯のうち唯一の灯は、セーフエリアの内側から漏れ出す光源である。背後に一番強い明かりがあるので、星空は判然としない。魔素で足を濡らすのも嫌だったので、僕はその判然としない景色をひとまずは受け入れる。……すぐだって言ってたし、スキマ時間の活用でどこかに行くって言うのもよしておくべきだろうし。


 一応でさっき集めたここの本(大多数はサクラダさんが踏み潰したり燃やしたりゲロをかけたりしてダメにしたけど、僕と師匠が持ってきた分は無事だ)をとってきたんだけど、この明かりじゃ読める気がしない。


 さっそく手持無沙汰となった僕の背後では、……何やら、物音が。



「……、……」



 そういえば、外せとは言われたが()()()()()()()()とは言われてないんだよな。

 あれだけ便利な『酩酊回復魔術』は是非勉強しておきたい。それに、そうでなくともあの師匠の様子はちょっと気になりすぎる。



「……。」



 ――星が揺れるような静寂。冬の乾いた空気。

 セーフエリアから漏れる音を遮る要素は何もないような夜である。


 ……僕は、木製のドアの縁に耳を押し当てて、向こうから鳴る音に耳を澄ませた。




「(ユイ。……聞いてる?)」


「(聞こえるよォ。助けてくれェ……)」



「(いいよ。助けてあげる。……だけど取引をしよう。それを飲めるならすぐにその気持ち悪さを消してあげられるわ)」


「(なんでもしまァす……。なんでもォやるよォ……)」



「(オーケー。……じゃあ、まず一つ。体調が回復したら、オルハくんの力になってあげてね)」


「(富でもヨォ、こひゅー……)」



「(それから、これが大事なんだけど……)」


「(名声でもよォ……、うっぷ)」



「(――私が今からすることに逆らわず、終わったら速やかに記憶から消すこと)」


「(カネでも、……なン? ――ぉオ!? どォオオオオオオオオ!!??)」




「(ぶちゅーちゅぱちゅぱずりゅりゅ)」


「(どわァあああああああああ!!?!???!??????)」




 ……な、何してんだマジで? 音しか分かんないけど、あんなこと僕レオリアさんにされてないよな???




「(ごきゅごきゅずぶぶぺろぺろろ~ん)」


「(ヒィイイイイイイイイイイイ!!!!!)」




 ……助けに入った方が良いのか? 大丈夫だよな? でもヒトってある程度のコトがないと「ヒィ」とは言わないよな。


 まて、よく考えろ僕。……この音を聞く限りだと師匠は攻めだ。で、ユイさんが受けだ。なら、この音は師匠が能動的に出している音ってことになる。見誤るなよオルハ、尊重すべき人物を。気の毒な悲鳴に目を曇らせずに、優先すべきことは何かを常に心に留めるんだ。僕の恩人は師匠、追うべき背中は師匠の背中だ。仮にこの中でサクラダさんが師匠に脳味噌吸われてたとしても僕はそれを止めるべきじゃないんだよ!!



「(――ォっホオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!)」



 いやマジで脳味噌吸ってるなら止めるわ! それ級のやべぇ声だったよな今!!



「し、師匠!!! タダゴトじゃなさそうなんですが大丈夫ですかッ!?」


「――ちゅぽん」


「あふん……///」



 ドアをブチ開けた僕が見た光景は、師匠がサクラダさんの右耳に口をつけて吸引力を発揮しているトコロ……などではなく(当然だけどな!)


 ――まずは、ベッドに横たわるサクラダさん。で、その布団のお腹の部分がちょうど師匠一人分の大きさにこんもりとしていた。……じゃあ内臓吸ってるのか?


 いや、見たところベッドのサクラダさんの顔にヤバそうな雰囲気はない。むしろ、あの顔は、


 いや、

 ……駄目だ。アレは将来を誓い合った男女同士でしか見ちゃいけない顔だ!!




「――――。」




 僕は全てをなかったことにして、露っぽく虚空を見るサクラダさんを刺激しない用に部屋を出る。扉を閉める。何も見ていないことにするのが、まだ不可能ではないように思えたためだ。


 ただし、……当然だけど無理があった。



「あ、開けるなと言ったッ!!!!」



 ズババッ! という足音と共に扉が開け放たれて、顔を真っ赤にした師匠が絶叫する。僕はその勢いに弾き飛ばされて、セーフエリアのトコの小上がりみたいな階段を転げ落ちて液体魔素にダイブする。



「うォわぁ大丈夫!? ご、ごめん!!! 気持ち悪くなっちゃったら吸うよ!」


「(吸う!?)……いや! 大丈夫ですスミマセンただ事じゃない声が聞こえたものですからすみません!!」



 で、遅れて気づく。本当に大丈夫だった。……こんなタイミングで成長に気付きたくなかった!!



「というか! 師匠何してたんです! サクラダさん『オホォ』って言ってましたケド!?」


「いや……、そんなはずはないんだ。キミが想像しているようなことは何も起きてない何もね」


「で、でも……!」



 と、そこで、



「……、」


「あ」



 師匠が何やら室内に視線を振って、数歩退く。

 と、そこに現れたのは、……虚無の表情をしたサクラダさんだった。



「……、……」



 彼女は何やら、今生まれてきましたみたいな顔であたりを見て、師匠と僕のそれぞれに視線を振って、



「――風呂、借りるワ」



 それだけ言って、奥に消えた。

 ……とりあえず、大丈夫そうなのか? アレは。
















……………………

………………

…………
















 ちなみに、師匠がさっきやってたあれは「ヘソから魔力を吸って胎内魔素量を調節する()()()()()」なるモノらしい。……それが、ヒトによっては()()()()()()()()を伴うらしくて、さっきの悲鳴はそういうアレなんだとか。


 でもそれって性的なアレじゃないの? じゃないとお風呂行く必要ないよね? とは僕は思うはずがない。師匠がサクラダさんのヘソをよだれでべとべとにした可能性もあるからだ。


 さて、――シャワーを済ませたサクラダさんは、セーフエリア内に備えられていた男女兼用っぽい服への着替えを済ませた。服はサイズ的にダボダボの一段向こうみたいな感じだったけど、そのゆるっとした着心地に満足そうである。


 で、そんな彼女は髪も乾かさずにテーブルの上座に陣取っている。師匠は、……サクラダさんのお酌に付き合ってあげてて、僕はそこを一歩逸れた席でホットココアを頂いている。師匠が淹れてくれたものだ。


 ついでに、僕も液体魔素に水没はしたんだけど、この魔素って言うのが正確に言うと液体とは似て非なるモノで、……少なくともここにある魔素は()()()()()()()()という性質を持っている。なので、僕は風呂には入っていない。このあと入るけどね。


 と、ここまでが前略。

 今は夕食、――というか晩酌の時間である。




「――なるほどネ? 良い動機してンじゃんオルハクン」


「恐縮です」




 今しがた、僕は復讐の理由を語り終えた。

 食事のアテにするような内容ではないと思うんだけど、サクラダさんは僕の話を目前の食事と変わらない肴のように()()()()聞いていた。


 ……燻製した魚。水分抑え目のパン。たくさんのチーズと具だくさんのスープ。魚とパンはリベットさんが持ち込んだもので、チーズはシシオさん。スープは、サクラダさんが「()()()()が足ンねェ」と言い残して姿を消したのち、数分で用意したものである。こういう魔法もあるんだなぁと感心したのだが、師匠曰くアレは別筋の手品なんだとか。


 で、それに合うような赤葡萄酒。これもサクラダさんが、スープと一緒に持ってきたものである。片手の指と指の間に一本ずつ挟んで運んできて合計四本。師匠と一緒に開けてるんだけど、既に四本無くなりつつある。

 師匠は(僕がお酒飲まないんでたぶんだが)一般的な速度でお酒を飲んでると思うんだけど、サクラダさんがとにかく凄い。さっきまでグロッキーだったのによく飲めるよな。



「で、修行ってのが昼にレオリアサンセーと一戦カマしたってハナシだナ? センセーはなんつってた?」


「……」



 少し悩む。

 サクラダさんの問い、……僕がどれだけ戦えるか、レオリアさんが僕に何を伝えていったかという質問に対して、答えられる情報はあまりにも多い。ただ、今回の場合はシンプルに伝えれば事足りるだろう。



「いくつかの体系魔術を実戦形式で見せてくれました。体系の概要とそれらの戦闘での使い方を」


「『バレット』と『ストレイホロウ』と、『ガスライト街』と『ウェーブシューター』と『エスケープ・フロム・タウン』と『ミシェル・ガンフー』と『星計測』と、……あと色々だね」



 師匠がチーズをもごもごとしながら補足する。……なんだか、さっそく酔ってるっぽい雰囲気である。



「どれも知らネー。センセーは勤勉だネ。……しかし、そンな勤勉なセンセーが体系の魔術を学ぼうってハナシになんも言わなかったンかい?」


「……もっといい手があるなら、もったいぶらないで教えてよ」



 師匠がブスッとして言う。修行の内容にクレームを入れられてムッとしているらしい。……とはいえ良い意見は師匠的にも(心強いことに)いつでもウェルカムで、本気の「ムッと」ってわけじゃなく冗談めかしての態度だ。こうして忌憚ない意見を引き出しやすくしているのだろう。……ホント、心苦しいってくらいにありがたいし頼りになる。いつか何かを返すことが僕に出来るんだろうか。


 ……閑話休題。サクラダさんが答える。



「体系魔術ってンも実はアタシャよく知らンのだけど、学ぶンにもケッコー時間ァかかるって聞くゼ?」


「それは、正直そうだね。だから、今回は最短手順で術式を網羅するってのを考えてる。まずは全体像を把握して、使い勝手がいい術式を良い所取りで」


「……命を賭けるにァ、付け焼刃が過ぎるヨナ?」


「……、……」



 その言葉に、師匠は返答を返さない。

 ……それは、僕も考えていたことだった。()()()()()()()()()()()()()()に挑むに当たって、僕のやり方は王道過ぎるのでないかと。だけど、ほかにやりようがないからこれを選んでいた。


 ……という僕らの暗澹とした反応を、サクラダさんは()()()()()()()



「策ってのァ、あるモンから選ぶンじゃなくて、気に食わなけりゃオーダーメイドすンのヨ」



 ――精霊術式。とまずは言う。



「センセーが提案しなかったンにも理由がありそうなンで、今すぐってのァ無しにしようかィ。ただ、アタシンおすすめァコレだネ」


「あの」



 僕が呟くと、サクラダさんの視線がこちらに向く。

 ……昼間の視線とは比べ物にならない様な視線だった。こっちが持ち上げたグラスに酒瓶の口を向けてくれるような、気軽な目。サクラダさんがどんな人なのかはここまでで(サクラダさんがグロッキーな間に)聞いたけど、それに僕は納得する。


 ヒトの上に立つ人の感情の在り方だ。ヒトを回すヒトの感情の使い方。彼女の、「うん?」という相槌が不思議と心地よくすらある。



「精霊術式って言うのは……?」


「あァ」



 ワインを一口、……いや四口分くらい飲んでから彼女は、



「精霊ってな存在との契約だネ。旨味は、こっちが勉強してなくても精霊サンのスキルをそのまま使わしてもらえるコト。付け焼刃界隈じゃ一番良いってコトになってるヤツ」


「――でも」



 と師匠。……お気に入りのチーズがあったみたいで、相変わらずもしゃもしゃしながらだ。



「それって今じゃ伝説レベルだよ? 現実的に、手に入るかな」


「え? そうなン?」



 ……え、そういうの把握済みで伝家の宝刀っぽく持ち出してきた情報なんじゃないの? と僕。

 その表情に気付いた師匠が注釈を付け加えてくれる。



「まず、ヒトが契約しようと思うほど強力な精霊は母数が不足してる。精霊契約は、精霊にもメリットがある行為だから()()って呼ぶんだけど、その『精霊側のニーズ』は今日までに満たされてるって言われてる」



 ……一例としては、精霊の生命の延長。死にたくない精霊が、人の記録に名を連ねることで情報的な延命措置を得る。このケースでよく引き合いに出されるのが、一つの閉鎖的なヒトコミュニティや血族と契約した精霊なんだとか。

 村を治めるご神体だったり家系のブランドリティを押し上げるスピリチュアルな後ろ盾。そう言った魔術の獲得手順を、魔術の言葉で『精霊契約』と言うらしい。



「はェー。そうなンだ? じゃァ出来なそうかィ?」



 と、非常に素直な感情を吐き出すのはサクラダさんだ。僕は、期待させやがってなんなんだよなんて感情を覚えることがなかった。出来ることをするのみだからである。一方で師匠は、更に僕に都合の悪い注釈を足す。



「精霊契約の中にもハードルの低いものはある。コミュニティや血筋や家柄との契約じゃなくて、例えばスクロール生産企業との契約。これも今は普通にあるよね」



 ……だけど、と師匠。



「これは、一つのスクロールにつき魔術が一つ。普通のスクロールと一緒だね。正確に言うとこういうのは精霊魔術を使用しているわけじゃない。……契約精霊は、今日までに寡占状態になってる。だから伝説。お金や力や運を持ってるってだけで手に入れられるモノじゃないよ」


「そォか。……じゃァ参ったネ」



 サクラダさんがグラス片手に宙を仰ぐ。待ってくれ、ようやく見えた光明を手放すっぽい流れにするのはやめてくれ。



「……ちなみに、精霊契約みたいな気軽な付け焼刃ってのは他にはないんですか?」


「…………そーだネェ」



 そのままの姿勢でサクラダさんが言う。



「薬嗅がすとかヨ、ヒトォ雇うとか紛れ込ますとか、……オルハクンが抱えてるスキャンダルに真っ当な証拠がありゃ、光の当たる場所から引きずり落とすってンも王道なんだけどヨォ」



 ……全部邪道じゃね? とは僕は思わない。



()()()()()()()()()()()()()? ……いっそ、アタシンとこのガキを貸そうか? エノンって()()()()()()()()がいてヨ、アイツは便利だゼ。それか全部勝手に終わらして来てくれるルクィリオってヤツか」


「……、……」


「……だよなァ」



 分かるぜ、と彼女は言う。



「復讐はテメェでしたいよナァ。ぶん殴って、鼻ァ折ってやりてェ。泣き出しやがったら最高だよナ? 小便みてェなツラでワビ入れンのよ。……そう言うンって、ヒトが混じるとイケネェよな」


「……、……」



 と、そこでサクラダさん。

 半端に空いた酒瓶をラッパにして飲み干し、――ダァン! と景気よく酒瓶を置いた。


 そこで、僕は気付いた。

 ……いつからだ。サクラダさんちょっと目が座ってないかアレ……?



「結局ヨ、話し合ってちゃ分かんねェワナ! 試さねェと!」


「そ、それはどういう……?」



 と分からないふりをする僕の他方、師匠がほろ酔い顔でテーブル上のお酒とおつまみをまとめ始める。お盆みたいなのにワンセット揃えて乗せて、半端に酒の残ったグラスを飲んで空にする。――つまり、移動の準備だ。察しが良いなぁ!!


 ……で、察しが良いなぁと師匠を褒めたたえ惧れ敬っただけあって、僕もこの先の展開がなんとなく読めている。

 体調は相変わらず万全じゃないけど、……でも、昼と比べたらだいぶマシだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「ヨォ! 結局本気の殺意でモノォ考えてネェから要るモンが分からンのヨ! いっちょ殺したるからヨ、これがあったら良いのにナってのをテメェ考えてみンだよ!www」




 さっきみたいに、……差し向けたグラスに酒を注ぐみたいにサクラダさんは言う。

 ただし、――殺すという言葉を使った瞬間に、彼女の纏う雰囲気が少し変わった気がした。口だけじゃないぞと()()()()()()()()()()、当たり前のように差し向けられる殺意。



 ……これは、酔った勢いでマジで力加減を間違えられるかもしれない。

 いやガチの殺し合いをしようって僕がそんな甘えたコト言ってられないのは分かってるんだけどさ、でもこのヒト裏拳が音速超えるんだぜ……?



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