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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第二章『ゴールド・エッグ_Ⅱ/You Lose.』
370/430

03.



 剣からのフィードバックを感じる。


 思考の沈着化。

 脳髄に水が満ちたように考察が透明だった。それでも、


 ――それでも、オルハのどこか最奥に燃え盛る焔は陰らない。

 殺すべき敵の名をくべるたび、火は煌々と啼く。



「……、……」



 だから、シシオはその剣をオルハに授けた。


 ――ヴェンデッタ。

 その性質は『一つの思考』の固着化と、それ以外の抽象化。


 その剣は神器である。それを振るうものはヒトではない何かであり、そうありながらも『人』であり続けた。血に狂って然るべき狂気を、耐えるのではなく乗りこなすことで自らの武装とする。否定せず、叫べと煽り、その熱量を適切に運用する。『彼』はヒトではなかったが、その精神は太陽のように『ヒト』であった。幾多の生物を斬り落としてなお。


 オルハは、


 ――シシオが、斬るべき敵に見えたが、それだけだ。

 過日に死闘を経てオルハは、敵を見誤らぬ術を身に着けていた。


 目前の敵に『宿敵』を投影すべきではない。その先に待っているのは敗北だった。敵を()()()()()()()()()()()、勝てぬ敵、崩せぬ壁にも打ち勝てると思っていた。それは、間違いであった。


 誰にも負けぬ英雄の役などは誰かに任せておけばいい。オルハが勝つべき敵は一人で、それ以外の壁は全て、敵へ繋がる経路の構成要素だ。


 勝てぬ敵なら敗走を。何かを学ぶべき剣が振るわれるなら、それの注視を。

 ――以上のロジックを以って、オルハはヴェンデッタによる殺人衝動を受容した上で制御しきった。



「月並みだけど、――()()()()()()()()()()()()()()



 彼は言葉を聞いて、躊躇なく奔った。


 ――開戦の合図はなく、火蓋は今しがたシシオが一言で切り落とした。

 目を見張るほどの抗戦意識(切り替え)()()()()()()。そもそも今のオルハは、佳しと言われれば即座にヒトに刃を立てられる精神が固着している。ヴェンデッタを手にした時点で、オルハは既に『待て』が解かれるのを待望する段階であった。


 さて、目前のシシオは徒手空拳である。ただし、先ほどの『神器創造』なるスキル。アレを思えば徒手空拳で()()()()()()のは当然だろう。剣を造れるなら、理論上剣以外だって作れる。ならば『構え』は何を作るのか不明であるというアドバンテージを捨てる悪手でしかない。


 故にオルハは、長物に向ける警戒をシシオに向けていた。シシオが仮に槍を作るなら、きっと今、この瞬間に制空権が接触する。


 ――否。シシオは動かない。ならば長尺の剣を作るつもりで――、


 否。シシオは動かない。その瞬間、オルハの持つ剣のレンジがシシオの生身に接触した。

 オルハはトップスピードのままで、彼が知る最も早い斬撃をシシオに向けて放ち――、



「地の利は、常に活かす。騎士の教科書の1ページ目に書いてることだ」



 ()()()

 いいや。正確に言えばそれは『液体魔素の飛沫』である。シシオが水面を雑に蹴りあげたことで、()()()()()()()()()()()()()()()()が、オルハの全身を襲う。


 そしてオルハは、……既に剣を打ち出してしまっていたゆえに、その飛沫を全て浴びた。




「――――ッ!??????」




 不快感。不快感。不快感。


 顔に浴びた毒が顎筋を伝う。口内に這入り込んだ毒をそのまま嚥下する。服に浴びた毒がそのまま浸透して肌を侵す。それら全てが即効性の毒となり、脳を引きちぎるような頭痛を彼に齎す。




「    ッ!!!!!」


「次も大振りをするようなら、僕はこういう一手を返す。……不快感に任せて倒れないように。倒れたらキミの今日はおしまいだ。申し訳ないけど、僕は今日の夜には帰らないといけないんだ。最愛の人が待ってるからね」




 ヴェンデッタによる思考の鎮静が、オルハに言葉の意味を理解させる。そして、姿勢を無理やりに制御する。地面を掻いた爪先が飛沫を立てる。地面に剣を突き立てて、オルハはギリギリで水面に手をつく直前で不快感に耐えきる、



「殺すつもりで構わない。()()一太刀入れるって考え方で動いてみると成長が早いはずだよ。騎士なら型を身体に入れるところから始まるけど、冒険者は騎士じゃない。キミたちにはキミたちの戦い方がある」


「――――ッくそぉ!!」



 魔素の不快感が喉を競り上がる。それを力づくで耐えてオルハはさらに剣を振るう。

 ――ただし、それは破れかぶれの一撃ではない。ヴェンデッタの思考補助によりオルハは気絶しそうな不快感から思考を隔離することに成功している。これはブラフだ。シシオに、「不快感で気を動転させたままで次の一撃を狙った」と()()()()。これで開ける活路が()()()()、と。


 ただし、――大前提として、オルハが冷静な事はシシオも理解している。

 この戦場に、「やけっぱち」なんてものがあると信じている人間は、一人もいない。



「……、……」



 その結果シシオは、ただ退いた。

 オルハの剣は空を切り、姿勢を崩し、転びそうになって何とか姿勢を正す。


 そしてシシオを、彼は見た。シシオは、感情を悟らせない表情で、オルハを見ていた。



「……キミの目的は勝つことじゃない。僕の剣を覚えるのも、今日中だと難しいと思う。キミは、僕を()()()()()()()()だと思って色々試してみるんだ。キミは今、その段階にいる」


「……、……」



 オルハは、

 ――彼の言葉を飲み込んで、次の一手を考察し、それを手に今一度シシオに挑んだ。
















/break..
















 ……シシオとオルハの戦闘が始まって少し。

 その趨勢を、――毛布を厳重に装備したリベットが、セーフエリアの扉を背もたれに座って眺めていた。



「(シシオさんつよーい……)」



 この迷宮に感じていた不明瞭な恐怖は、既にある程度和らいでいた。……ただし、完全に消滅はしていない。その証左として彼女は既にその毛布を一生涯の友人とすることに決めている。


 それでも彼女がセーフエリアの外に出たのは、何よりもまず「一人でいるのが怖すぎる」という点。そしてもう一つが、――剣戟の鋭い音。


 冒険者なら、あの音で奮い立つものが無くてはいけない。血が滾るのでも野次馬根性でもそれ以外の何かでも構わないが、少なくともアレで心が動かないのは冒険者ではない。


 ()()()()()()()()()()

 ――最高峰の何かが振るわれた音。剣でも槌でも教鞭でも何でも構わないが、とにかく()()()()()()()()()()()()


 あの戦闘は、まさしく『稽古』だった。

 決して越えられない壁を()()()()()()()()()()()()という挑戦だ。あの戦闘は、挑戦する側にとっても宝石の価値を持つだろうが、傍から見ていても黄金であった。


 オルハの抗戦を見るのが師匠の役割だと理解していても、リベットは観察を止めることが出来ない。シシオの振るう剣技は深淵であり、今見ている氷山の一角の水面下には、露出していない大陸のような本質がある。



「……、……」



 血が滾るのでも野次馬根性でもそれ以外の何かでも構わないのだ、とかく気が逸るなら。

 その上でリベットは、――血が滾る性質(タチ)であった。



「……。」



 ……正直言って、混ざりたい。

 ただ、シシオの意図も理解している。彼はオルハに向き合っているようで、その実リベットに『師匠の仕方』を見せてくれてもいるのだ。


 オルハの修行には「ゴールドエッグクエストの開始日」という期限がある。そして、その期間はヒト一人を強くするには間違いなく短すぎる。素直に言えば、オルハに「強者を倒したいという我儘」を通させているのは()()()()()()()でしかない。復讐というのなら、納屋でも借りて人手を集めて、気絶させた復讐対象を拉致するのでも達成はできる。しかしオルハは自らの力による達成に執着した。これをリベットが許したのは、彼女が自身に停滞を感じていたためである。


 彼女は自覚している。既に彼女は、自分の命を何かに賭けることが出来ない。それが悪いことなのかまでは不明だが、宿命の清算に燃え上がっていた彼女にとって今の日常は退屈で、味気がない。


 オルハという『昔の自分』を客観視すれば、今の自分とはどう違うのかが分かるはずだと彼女は考えた。それから、……加えて、ほんの少しだけの下心。



「……、……」



 自分がすっ飛ばしてしまった『成長』に、彼女は憧れていた。

 戦争末期のような火力競争ではなく、コミュニケーションに近い戦闘行為。



「(……あー、そうか。なるほど)」



 そこで、気付く。

 リベットがオルハにしてあげられることは何で、してあげられないことは何なのか。


 ……成長を飛ばした自分に、成長の仕方の指南などできるはずがないのだ。それがなんとなくわかってるからこそ、彼女は『ここ』という舞台をオルハに用意した。


 ――指南が出来ないから、場所と装備を提供した。

 いつの間にやら、……或いは最初から、彼女は『昔の自分』に投資がしたいと感じてしまっていたのだ。



「……、」



 だったら自分に出来ることで一番イイコトは分かり切ってる。

 そう、彼女は気付く。



「……がんばれー」



 できるコトをしよう。

 復讐の爽快感を知る者にしか出来ぬ、全力の幇助だ。


 普通なら倫理観で咎めるような真似(復讐)だって、――幸運なことに、興を得れば喜々として背中を押すのがリベットという少女の友人たちであった。
















……………………

………………

…………
















 シシオが、その時点でオルハに下した評価は『妥当』であった。


 復讐のために、恵まれぬ環境にいながら身体を鍛え、教育の為されぬまま考察を行う。オルハの身体状況を確認した時点で、シシオはオルハがこれまでに辿ってきた日常をおおよそ理解している。


 ……唯一推察出来なかったのは、彼が住処の下に煉獄を飼っていること。オルハがその煉獄を聖域と見ていて、無意味に足を踏み込むくらいなら凍死を選ぶこと。しかしながら、そのくらいピーキーな精神構造であることの方は把握出来ている。


 復讐による視野の狭窄が自我そのものに影響を及ぼしているようであった。それだけ長い間、彼には復讐しかなかったのだろう。復讐をベースに精神構造を作り上げ、頭の使い方をルーティン化してきた。その果て、彼の精神には二面性が発生するに至った。


 すなわち、下層社会を生き抜くための弱者性と、復讐を為すためのエゴ。彼の中でこの二つははっきりと切り離されていて、かつ同時に運用されている。彼はきっと、飯を恵まれるための媚びた笑顔を貼りつけたままで人を殺すことが可能な人間だ。……いや、弱者と言うのは少し違いそうだ、とシシオは、



「――――。」


「ッ!!!!」



 目前に迫る刃を手の甲でいなし、オルハの身体を掌で押しのけ、暖簾を除ける程度の力みで彼の姿勢制御を根こそぎ奪い取りながら分析する。



「(――精神の分離。何か、社会性に寄与する方の精神面に、ストレス回避的な要素がちゃんとありそうだ)」



 復讐のための精神面にはそんなものはないだろう。その在り方は殆どカルト信者のそれだ。ストレスなどそもあり得ぬ。生きている時間の一秒一秒を全て復讐のために費やしていて、それが彼にとっての快感になっているといった程度には。


 しかし他方、社会性を維持するための精神(ペルソナ)について。

 彼はどうやら媚びへつらうだけではない何かがある。そうでなくては、彼は「靴を舐めれば残飯を食えると学んだ獣」に堕ちていたはずだ。


 キーになるのは、やはり精神の分離だ。復讐のための獣となるはずだった彼を人間に繋ぎとめた何かが、どこかにある。分離され隔離され極小化するはずだった彼の社会性(理性)を維持した、何かの理由が。


 これを理解した時、シシオは彼の『剣』を全て識る。それは、シシオの持つ剣術の神髄の一つである。

 ――『剣髄』。相対者を知り、言葉に変える。その言葉は相対者の握る剣の銘である。その理解は刃を使わぬ必殺であり、この技の成立は勝利の確定だ。


 そのために、あと一つ。

 彼の脳の半分を占めていたはずの要素を思う。きっとそれは、今はもう失われた何かだ。失われているから今の彼はそれを発揮できず、その日よりも空虚である彼の剣は、その分だけ空回りをしている。



「(……)」



 その虚ろを埋めていたものはなんだ。

 彼の剣の、『重み』となっていたものは?





「(……――、()()()()()?)」





 懐かしいジャンルを一つ思う。彼も読んだことのある()()()()だ。

 その物語には、欠落しえぬ舞台装置が一つある。人格を必要とされず、生涯を否定され、魂は無意味で、存在が消滅したその時点を以って世界が動き出すモノ。喪に服される以外の価値を認められぬモノ。そのくせ、それが無くては物語は始まらぬモノ。


 オルハが今持つ精神構造は、その成立に対話が必要不可欠であるはずなのだ。人を獣に落とすのは隣人の欠如であるが、彼は言葉を判り、ジョークを判り、礼節を判っているように見えた。なら、彼は日常で何かと自分を比較して、自らを改めたのだ。少なくとも彼には、――隣人のような敵がいた。真似は出来ぬ、その逆を行きたいと思うような、復讐の対象とは別の『宿敵』が。


 ――とある舞台装置が、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 物語は始まらぬまま、その身体の内側には、()()()()()()()()ことにならないか?





「……。」





 ――さて、

 この時点でシシオは、オルハの正体の全てを看破した。


 それは、リベットが『神域座視』を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を以ってして見通せなかった、真実の先にある未確定の【可能性世界】への到達である。……ただし、シシオからすればそんなものには価値がない。


 ――『剣髄』を為す。今、彼は為した。

 空白の1ピースを埋めるべき言葉が、埋まるべき箇所を埋めた。これを以ってオルハの生涯が、シシオの脳内にて「現在に追いつくまでの描写された」。『剣髄』の本質はイマジネーションであり経験則だ。大筋が掴めれば残る些末な穴埋めは帰納にて自動的に完了される。


 よく知る友人がこの後に何を言うかを気軽に予想するようにして、シシオはオルハのこの先全ての剣の振り方をこの時点で理解/掌握した。さて、これを以ってオルハの勝利は(そもそも限りなくゼロに近かったとはいえ)完全に消滅した。



「――。


 ……無論、彼が技術の神髄の一片を使用したのはオーバーキルのためではない。既に盤石だったシシオの勝利が【確定事項】となったのはあくまで副次的な要素である。彼が求めたのは、オルハの剣の理解までの部分。


 何が出来て何ができぬのか。オルハさえ理解しえぬ自らの限界と可能行為の範囲をシシオは全て理解した。そして、――問いを投げる。



「こういうのはどうかな?」


「くぁ……ッ!?」



 剣を留めて、掌で押す。

 それを幾度も、数え切れぬほどの方法によって行う。『剣髄』によって言語化されたオルハの剣筋を、一つ一つ掌で()()する。



「先に言っておく。オルハくん」


「……ッ!!」 






「一週間後に、また来ようと思ってる。よかったら、そのつもりで今日はやってみるといいかもね」


「く、ぬッ……!!?」






 彼がこの戦闘で発した言葉は、それが最後だった。

 真昼に始まったその打ち合いは、結局、陽が傾いで空が朱くなるまで続いた。



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