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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第二章『英雄の国』
37/430

〈/..intercept〉

prologue_00


 ――風が一つ、瓦礫を揺らす。

「    」

 未だ燻る火の粉を揺らす。

 灰を揺らして、空に撒く。


 森の、とある空白地帯にて。

 彼方の地平まで広がる文明の名残の最中を、俺は歩いていた。

「……」

 この傷跡は、どうにも生傷じみて見える。ついたばかりの傷だ。火の手こそなりを潜めているが、それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 燃え残りの散らばる空間は、どこまでも広い。

 或いは、街を一つ丸ごと飲み込んで然るほどだろう。

 それだけの空間が本当に空白になったものだから、今夜の風は立ち入るのを遠慮しているらしい。風鳴りを遮るものなどないはずなのに、風の音が一向に聞こえてこない。


 ――静かに、

 星が揺れていた。


 </break..>



 焦土の最中を歩く。

 ここは、本当に広大であったらしい。どれだけ歩いても、向こうに森が見当たらない。永遠と夜の地平が見えるばかりである。

 とはいえ俺は、別に森の兆しを探してここを歩いているわけではない。

 この正体不明の廃墟を探らないという手は、今の俺には皆無である。

 ……だけれど、いつまで行っても、

 俺の靴に風に乗った灰がかかるばかりの道中であった。

 ――進行方向を遮る炭塊を蹴押すと、それは、パラパラと風に溶けていく。

 空気の流動一つで以って、街の名残が消えていく。

 やみくもに歩くのでは際限がないと気付いた俺は、燃えずに残った家屋の不燃物を、試しに一つ、頼りにして歩くことにした。

「……、……」

 石材。鉄筋のようなもの。武具のようなシルエット。

 俺は、それらを辿って歩く。すると徐々に、灰の山の密度が上がった。

 燃え残りの山積が、風に押されて雪崩を起こしている。目前にあった塊を蹴ると、それは崩れずに向こうに転がっていった。見ればそれは、子供用の玩具のようであった。

 俺は、それらを押しのけ踏み砕きながら、なおも灰の多い方へと歩いていく。

 すると、その先には、

「……、……」

 火の手の浴びていないふうの瓦礫が散見されるようになる。

 ぼろぼろに崩れてなんの体裁も保ててはいないが、その辺に倒れた石材造りの「板」は、間違いなく建物の構成物だろう。他にも、石畳の路にクレーターのできた様子や、半ば以上潰壊した噴水なども目に入ってくる。少しずつ、この街の「生前」の様子が分かる風景になってきていた。

 そこで、さてと、

 ――俺は、


「彼女」を見つけた。


「……。」

 灰や瓦礫に足を取られながらも、俺はそちらに急ぐ。そこにいたのは、倒れた石壁に、まるで叩きつけられたまま張り付いたようになっている、見知らぬ女性のシルエットだった。

 或いは、一見だけしたなら、ただそこに伏して休んでいるだけのようにも見えるだろうか。しかしながら、こうやって近付いていけば行くほどに、その破滅的な血の跡が見えてくる。

「……、」

 後頭部が割れているのだろう、そこから、致命的に「中身」が散乱している。背中も破裂したようになっていて、粘ついた血が未だにこぽこぽと零れ落ちている。

 グロテスクであって、そこには不思議な芸術性がある。

 その、倒れ切らない家屋の壁に背中を預ける彼女の姿は、いっそ貼り付けの聖女のようでさえあった。

 その異様に、……俺が敢えて駆け寄ったのは、

「 ぅ  ……ぁ 」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――俺は、

「……、……」

 一瞬だけ言葉に迷い、しかし即座に言うべきことを言った。

()()()()()()()()()()?」

「……、?」

 彼女は、しかし、

「み  つ、    き?」

「……。」

「ぶ  、……じ ?」

 そう言った。

 みつき、――ミツキというのは人名だろうか?

 いや、人名で間違いないだろう。彼女はその彼の、無事を憂いているということらしい。

 で、あるならば、

()()()()()()

「…、…、」

「目を閉じて。もう寝た方がいい」

「あぃ、 ……が、  と」

 俺は、彼女の首に短刀を当てて、

 ……そして、体重をかけて首を落とした。


 </break..>



 あの「彼女」を見つけてから、俺の往く先には頻繁に亡骸が見つかるようになった。

 四肢がぐちゃぐちゃになった死体。そもそも四肢の数が合わない死体。頭部のない死体。千切れ飛んだ誰かの足。

 人のものもあり、人ならざる異様のものもある。顔のある死体は、どれも()()()()()()()()()()()()()そのままで横たわっていた。

 俺は、それを見つける度、その瞼をそっと下ろしてやる。

 この行為それ自体は偽善で間違いない。なにせこれは、俺が彼らの表情を見たくないがために行っていることだ。一つでも「手向け」てやらない亡骸を残せば、その表情が俺の脳裏にこびりついたままになるから、俺は彼らの死に顔を整えるのだ。

 人も、人でないものも、

 死に顔の瞼を下ろしてやれば、それだけで愛おしいほど穏やかな表情に変わった。

「……、……」

 そうしているうちに、俺は、



 俺と似たようなことをしている人物に出会うのだった。


「――ああ、初めまして?」

「……。そうだよ。初めましてだ」



 彼の妙に能天気な挨拶に、俺はそう返す。

「――――。」

 俺の返事は一度いなして、

 彼はそのまま、抱きしめるようにして手繰り寄せていた亡骸を、そっと地面に伏せさせた。

 その亡骸も、人の姿はしていなかった。

 俺のイメージで言えばゴブリンだろうか? 矮小で、身長は俺の胸の位置にも至らないように見える。

 そしてその死に顔は、やはり抱きしめたくなるほどに幸福そうであった。

「クスノキだ。そっちは?」

「……、鹿住ハルだよ」

「へえ? そりゃ、もしかしたら君。――同郷だったりする?」

「……、……」

 沈黙を返しておく。

 この一手で以って俺と、察するにあのクスノキも、互いの事情を理解したのではなかろうか。

 彼は、

「……こんな場所ではじめましてもなんだろ? 良かったら、ついてこないか?」

 そう、俺に言った。


 </break..>



「狭くて申し訳ないけれど」

 そう言って、彼は俺をその小屋に通す。

 場所で言えば、例の焦土とは多少離れた立地だろうか。案内の道中では、一度森を潜ってここまで来ていた。

 さてと、

「……いや、いい場所だよ」

 通されたのは、こぢんまりとした小屋であった。

 外観で言えば殆ど荷物置き場とも変わらない。しかしながら内装は丁寧であって、ログハウス風の温かな設えだ。

 ガスライトの暖色が天井を灼き、窓の外の風景を一段暗くしている。

 家具の配置には、バーのような雰囲気があるだろうか。酒棚があって、バーカウンターがあって、それと円卓がいくつか。

 それから、棚に並ぶ酒瓶の装丁は、どことなく俺に見覚えのあるようなシルエットをしていた。

「ああ、それ?」

「……、……」

 俺の視線の方向に気付いたのか、彼がそう言って、視線で酒棚を指した。

「どれもラベルばっかりそっくりなパチモンだよ。味を似せてみようと思ったんだけどね。うまくいかなかった」

「……ああ」

「むしろ、オリジナル品の方が出来はいいんだよね。よかったらこれ、どう?」

 言って彼はカウンターの向こうにいって、棚から瓶を一つ取る。

 そして、そのままそれをカウンターに置いた。

「……。」

 ガスライトの暖色が、その黄金色をいっそう輝かせて見せる。

 見た目で言えば、ウイスキーかブランデーのような輝きだ。

「強いやつなんだけど、飲めるかな?」

 と言って、

 しかし、俺の返事は待たずに彼は、

「ああ、いや。()()()素性も知らないんじゃ酒も交わせないか」

「……先に言っておくが、俺は何も知らない。飛行船に乗ってたのを撃ち落とされたんだ」

「……。」

 そうか。と彼は一人ごちる。

「いやね、とんだ偶然だと思って、そっちには緊張を強いているかもしれないね」

 ……信じられなくても当然だってふうに。

 と彼は続けて、

「だけど、この『国』はそれなりに航空輸送に頼ってるから、君の言い分には理がある。それどころか、君が乗ってきた貨物輸送は、たぶんこっちが注文したのと同じダイアグラムだね。それで辻褄が合う」

「……。」

 だから、敵とは思ってないよ。

 そう彼は言った。



「――ようこそ、『英雄の国』へ。

歓迎は、そこの酒棚にあるものでさせてもらうよ。俺はクスノキ・ミツキ。この国の長で、君と同じ異邦者だ」





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