07.
中略、カメラを買うのは諦めた。
だってよお、聞いてくれよ。店員の奴らすげえ説明してくるんだよ。分かんねえって言ってんのに聞いてもいない性能の違いを事細かにだ。……いや、もし仮に俺がカメラが欲しくてたまらなかったんだったらたぶんすげえ助かったんだけどな。でも今回は、俺にとってのカメラはあくまで手段だ。目的じゃない。
「……、……」
ということで、思いのほか身を乗り出して話を聞き始める楠を置いて、俺は先に店を後にしていた。
そう。考えてみたらカメラなんてのは俺にとっては手段でしかない。当然、別の何かで代用できるならそれでもいいわけで、
……で、考えてみたら『一人』いたのだ。もしかしたらカメラみたいな真似ができるかもしれないやつが。
「ハル。当機は陰ながらずっと念を送っておりました。当機に任せてくれたら超ハイハイレゾ2億kの画素数で、画像どころか映像も提供できるぞと。聞こえなかったのですか?」
「聞こえなかったですね……」
「そうですか。残念です。でもうれしくも思います。こうしてハルは、結局は当機に頼ってくださったのですから」
パーソナリティ。彼女は、全身SF性能のアンドロイド(?)である。
ということで相棒変更。俺は彼女を連れて、とある目的の場所へと向かうのであった。
/break..
「結局、アタシはオマエをなんて呼んだらいい」
「ご主人様?」
「……、……」
アガードの丘、内部にて。
先ほどの戦闘はつつがなく終了して、私は、彼女ことツナミちゃんの傍らにて屈強な男性冒険者の群に五歩先んじる形で洞窟を進んでいる。
洞窟内部は、暗いけれど先が見通せないほどではない。
一個師団が素通りできそうな広大な一本道には、ところどころ天窓のような穴があって、それが日差しを取り入れている。だからだろう、地下空間っぽい湿気や、空気が堆積したような匂いは無い。
「……ちなみにツナミちゃん、この空間どう思う?」
「ツナミちゃんって、もう確定の呼び方なのか?」
「みんなにはどう呼ばれてるの?」
「棟梁」
「……じゃあツナミちゃんでいくね。そっちの方が似合うし」
「……、好きにすればいい」
ツナミちゃんは、あの『蒼いフランベルジュ』や後ろの屈強なフォロワーさえいなければ、どこかの国のお姫様に見えるくらい可憐な女の子だ。手足は細いし肌は白くて、瞬くたびに光が散りそうな綺麗なまつ毛は、神様が職人気質を発揮して作ったみたい。ただ、全体的な小動物っぽさのせいか、姫は姫でもおてんば姫っぽい感じ。
……ちなみに、その辺のなんとなくノーブルな雰囲気の理由には、私はすでに心当たりが付いている。
先ほどは『神域座視』の情報が錯綜していたせいで、とりあえず目についた「奥さんがいる〇〇さんが好きらしい」という情報であの場を収めたけど。
「じゃあ、さっそくだけど」
「なんだ」
「情報共有をしよう。ツナミちゃんたちも、水色タンポポが目的だったってことで良いのよね?」
「……、……」
私は、すでにあの『蒼いフランベルジュ』の情報を底の底まで脳にインストール済みである。
だからこそ、あとは彼女の目的を聞いて、それを自分なりに解釈するだけだ。
「……アンタは、さっきの趣味の悪い能力でアタシらの事情だって分かるんじゃないのか?」
「そんな万能なモノじゃないよー。あなたの苗字も分からないわ。教えてくれる?」
「……いやだ」
「そう?」
「……、……」
本当に分からないのか? といった表情で彼女は私を見ている。
無論、確認済みだ。彼女のフルネームはツナミ・オブリヴィヨンである。
「じゃあ、苗字は良いから最初の質問に答えてほしいな。ツナミちゃんたちの目的は、水色タンポポで良い?」
「……、」
胡乱なモノに警戒する類いの感情を隠さずに、彼女は沈黙で以って是と応える。
彼女視点からすれば、私は確かに乙女の秘密を何の脈絡もなく暴けるミュータントに見えるのだろう。しかし、可憐な女の子にこんな目で見られるのはちょっと堪えるなぁ。このじとーっとした目、可愛いんだけど別のヒトに向けて欲しいところだ。
「で、私には疑問があるんだけど」
「……なに」
「私も、このダンジョンの下調べはしたんだけどね。数時間の調査でこんな丘のド真ん中に洞窟があるなんて情報は確認できなかった。あなたたちは知ってたのよね?」
「……」
知ってたと素直に彼女は答えない。恐らくは、情報量の差から私が『何か』を推理する可能性を嫌がっているためだろう。
一般的な冒険者では調べ切れなかった情報を最初から掴んでいたというアドバンテージを持っていた理由。
ただし……、
「アタシは、ここの西方の冒険者グループを束ねてる。この街に来たばかりのヤツと情報力に差があるのは当然だ」
「一応聞くけど、私はこの街に拠点を置く情報屋からここのハナシを買ったのよ。それでも?」
「じゃあ、それでもなんだろ?」
適当に答えて、あとは黙秘を決め込む。
察するに彼女も、先の質問に不自然な間をおいてしまったことを自覚していたのだろう。不自然に間を置いた時点で、その不自然さが考察の材料になる。だから彼女は、真正面から私の問いを煙に巻く意思表示をした。
さすが、こんなちっちゃくても大人の冒険者をまとめるリーダーだ。ある程度の服芸は身に着けているらしい。
……こういう子だと知っていたら、「好きな人を知ってる」なんて弱めの手札一つで関係を作ったりしなかったんだけど。この子、普通に対等に協力した方がたぶん心強いっぽいぞ。
「(……どうしよう。この子が好きな人をいきなりべた褒めしたらチョロっと好感度稼げないかな)」
「オイ」
「?」
どうしたのツナミちゃん、と聞こうとして、……これ仲良くなりたいならツナミさんって呼んだ方がいいのか? と思い直して、でもいきなり呼び方変えたら完全に怪しいよね、で返答に迷って、……そして出てきたのが無声のクエスチョンマークである。
そして、そんな私の苦悩には気付かず、今度は彼女の方が私に質問を投げる。
「なんで、わざわざ水色タンポポなんだ」
「……あー」
幾つかから選べる納品物の中では完全な外れ枠である。場所が分かってて、主要都市からのアクセスも比較的容易なランクB相当アイテム。にもかかわらず、このダンジョンへの来訪者は私たちのみ。
案外、今回のクエスト選考はレベルが高いかもしれない。このダンジョンと『花守り』のことを下調べした上で、最近距離のダンジョンにもかかわらず「時間の無駄」と断じて様子を見に来さえしないのだから。
「私は、……『花守り』を攻略できると踏んだからかな?」
「……なら、ここで帰ってくれないか? それか、先を譲ってもいい」
突き放しような口調で言う彼女に、私も内心では同調する。
見た目だけの花が差し引きでランクBになるほどの危険性が『花守り』にはあるのだ。そのへんの冒険者が「勝てそうだ」なんて口走っていたら、私だってそいつとは関わりたくない。
だから、私はここで言葉を選び直す。
「攻略できると踏んだから、だよ。勝てるって言ってるわけじゃない」
「……どういう意味だ」
「こういう戦場に限って効いてくるスキルを持ってるの。先を譲ってくれるって言うなら、そのまま先手は頂いちゃおうかな?」
「……具体的には」
言わないよ、と私は答える。
……ちなみに『こういう戦場に限って効くスキル』というのは完全な嘘である。私は攻略できると踏んでここに来たのではなく、ただ単に勝てると踏んだから、近くて手軽で魔物と競争相手の少ないここを選んだだけだ。
『花守り』
二足二腕の爬虫類型エネミーで、その神髄は単純戦闘能力と根源不明の回復力。そして、その脅威度はSに当たる。
番外的な扱いのH級を除いて実質的な最高ランクの危険性と見込まれる存在だが、……少なくとも、『邪神ポーラの半分の膂力』に接近するようなモノではあるまい。そうであったなら、その脅威度は現界したポーラと同様のHになるべきなのだから。
「それより、同じ質問をそっちにも投げさせてほしい。勝算があるから来たんでしょ?」
「……、」
こんな正体不明の洞窟まで知っていた情報通だ。『花守り』との接触に可能性があると見たのにも根拠の一つくらいはあるのだろう。という体の質問だが、実質は違う。
私は、彼女の所作を見る。反応の一つ一つを観察し、その動作の意味を、そのように無意識に動いてしまった理由を探る。
「オマエ」
「……?」
「こんな洞窟について来て、この奥に例のアイテムがあるって確信してる風に喋ってるよな?」
「……、……」
……マズった。
確かに私は、この洞窟の奥に水色タンポポがあることを神域座視によって確認している。そして、それを守る『花守り』と、『このダンジョンの正体に当たる存在』も目視済みだ。しかしながら、この洞窟を知らない人間(最初の時点の私のような)なら、まずは疑うべきなのだ。こんな地下空間にタンポポなんて生えてるはずがない、と。
「それは、……あなたたちが、何の迷いもなくこの奥に行くからついていてるんだけど?」
「……、そーなのかよ」
理屈の通る建前を用意できたが、問題は答えるまでの空白だ。
……というか、私はどうしてこんなにこの子に対して服芸を振る舞っているんだっけ?
「(名乗っちゃだめだから、だよね……。ハル君には愚痴ったケド、やっぱり偽名は使った方がいいってわかってる、この状況じゃあね。ただ、そうなると私の本気のスキルをどこまで使っても周りに正体がバレないか分からないから……)」
あれ?
じゃあこんなのはどうだ? この子には自己紹介をして、だけどそれを周りには内緒にしてもらうっていうのは? 何ならこれでお互いがお互いの秘密を共有してることになって改めて対等なんじゃないか??
「(待った。早まるな私。……私は可愛いものが好きだーでこの子のことを気に入ってるけど、この子からすれば私は乙女の恋心を弄ぶ読心ミュータントだ。そう簡単に関係性が築けるとは思うべきじゃない)」
やはり、この微妙な距離感は継続するしかない。当然本名は名乗れず、しかもこの先で場合によっては、知ってる人なら知っている『ポーラの真理由来の魔術』を大盤振る舞いするかもしれない私には偽名さえ名乗れない。
で、問題は、……この距離感で、果たして共闘が可能かどうか。
この奥には『花守り』の他に、なんなら『もっと本命』としてもいいような魔物が一匹いるらしい。そして、それをツナミちゃんたちは知っているはずだ。……部外者の私が追い返されないのは私がツナミちゃんの秘密を握っているからに他ならないが、それでも現地の戦闘ではお互いがお互いの足手まといになりかねない。
今も、恐らくツナミちゃんは胸中で私の扱いに相当な思考を費やしているはずである。他方で私は、
「……、……」
……実のところ、目的は達成しているのだ。この向こうに水色タンポポがあるか分からないからこそ私は彼女らと合流したけれど、それが判明した今、こんな風にゆっくり歩くメリットはない。
そう、メリットはない。だけど困ったことに、理由がある。
『花守り』じゃない方の本命。恐らくは、水色タンポポがBランクとされる真の理由だろう存在。それに彼女らは恐らく挑むつもりであり、そして恐らくは、彼女らはその存在に勝てはしない。
で、私は彼女らを見捨てるのが忍びなく、そしてそれ以上に、たとえば私が本当に先手を頂いて、彼女らからリベンジの機会を奪うのも忍びない。
――『アガードの丘のおろかな貴族』
あの話の裏側に存在する本当の物語を類推しうるだけの光景が、この向こうの広大な行き止まりには広がっていた。
数百年前の、無意味なる竜殺しに狂った貴族。だけどその逸話は現在ではプロパガンダの一種だと見られてもいて、その証拠に領政移行は滞りなく、また狂気の領主はその地位を追われてなおも存命だった。
なら、そこには領主自身による主導権交代への協力があったはずなのだ。そうでなくては権力の交代には必ず血が伴う。
だからきっと、物語には語られてこそいないけれど、その狂った領主は反省をして、領民に誠心誠意謝って、そして地位を自ら明け渡した。
……いや、そもそも、領主はどうしてその場から動きもしないドラゴンの討伐にそこまでの心血を注いだ? ただの綺麗なだけの花を守る竜、なんてものに執着した理由はなんだ? 目的は、案外その綺麗なだけの花の方にあったとか?
「……、」
こんなのはどうだろう。例えばその領主、――アガード・オブリヴィヨンには大切な人がいた。
その大切な人が、或る日、水色に咲くタンポポが見たいと言った。だから領主は、大切な人のために水色のタンポポを求めた。だけど竜の存在は苛烈で、領主は幾年も竜を攻略できずにいた。
当然、この推論で言えば「大切な人」は領主をいさめるべきだった。「大切な人」が真に美しいなら、民のために領主を止めて然るだろう。だが、それが出来なかったと仮定すればどうだ? 例えば「大切な人」は病に倒れていて、そのうわ言に水色タンポポのことを呟いたのだ。だから領主は必死になって竜との決闘を積み重ねた。その果てに、領主の地位を追われてもなお、たった一人で竜と戦った。全てはそう、大切な人に水色のタンポポを見せてやるためだ。いや、案外その「大切な人」は領主の狂気の日々の内に遠くへ旅立ったという可能性もある。だからこそ領主は、その日を機に領の運営を別の誰かに明け渡した。……空想は、こんな風に無限に繰り広げられる。だけれど、
だけれど、事実はきっと、もっと凄絶だ。
「ねえ」
「なんだ」
「……――悩んだけど、言う。私の名前はリベット・アルソン。この名を知っているなら、私の話の続きを聞いて」
「…………、自分が、バスコの英雄だって言いたいのか?」
その証拠に、
英雄アガード・オブリヴィヨンは今もこの奥で死闘を繰り広げている。




