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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第一章『ゴールド・エッグ_Ⅰ/you(haven't)lost(yet)』
339/430

03.



 前略。

 誰でもいいから聞いてくれ。


 あの女! 「足が遅い!」とか言って俺のこと置いていきやがった!!!



「……、……(げんなり)」



 ちなみに前略って言うのは、俺こと鹿住ハルが彼女ことリベットと共に『冒険者通り』を散策していた頃の部分である。十分に用意を集め終わったのが今から20分ほど前のこと。そのままの勢いで街はずれまでを定期便の公衆馬車で移動した後、彼女はまず、その場でクラウチングスタートの姿勢を取った。


 その時のやり取りがこれである。



「え、え(困惑)」


「馬の5倍のスピードで行くよ! ついて来て!」


「え、え(無理)」


「よーいドン!!!」



 俺が彼女に見捨てられたのは、この15秒後のことである。


 ……待ってくれよ聞いてない。アイツ当たり前みたいな顔で走り出して止まらなかったけど冒険者ってアレが当たり前なの? じゃあ俺もう冒険者やめるけど?


 っていうか、まずここどこだよ……。



「……、……」



 背後には、都会の郊外みたいなうっすらとした街並み。俺の目前に広がるのは、ここからしばらく街はありませんよーと雄大に告げる大平原。


 俺は……、



「す、すみませーん!!!」



 今まさに踵を返さんとする定期便の馬車に何とか追いついて、「こいつ空の様子でも見に来たのか?」みたいな目で見られるのを身を固くして耐えながら、来た道をそのまま戻るのであった。











/break..











「えっ、ハルー?」


 返る声はない。

 その少女が振り向く背後には、今しがた彼女がふざけた速度で駆け抜けてきた野原がポツンとあるだけだった。


 彼が(・・)、木陰でちょうど休憩を取っていたのは幸か不運か。

 少年、――改め冒険者オルハは、昨晩ぶりの命の恩人の横顔を、気付かれることもなく、


 ……偶然への驚きと共に、眺めていた。











/break..











『アガードの丘の水色タンポポ』

 このアイテムがランクBに指定された経緯は非常に複雑であるらしいことを、オルハは今朝しがた知った。


 まず、アガードの丘について。

 これは人名に由来する通称らしい。正式な土地としての名前は他にあって、この名はギルドによって設定された「ダンジョンとしての銘」である。


 アガード・オブリヴィヨン。数百年前の貴族の名だ。彼はその生涯と私財を賭して、このダンジョンの攻略に挑んだ。その伝説は地方民俗的にマイナーな昔話のように語り継がれている。


 曰く、――おろかなオブリヴィヨン。貴き竜に焦れ死ぬ。

 初めはただの地方警邏の一環であったはずのこの丘の攻略が、やがて一領地の財政を圧迫し、民衆の不興を稼ぎ、果たしてアガード・オブリヴィヨンの治領は、疑問を疑念とし義憤にまで変えた領民たちによって打倒される。この民話は、その際のプロパガンダの様なものだと現在では解釈されている。


 それほどまでに一人の人間を魅了したダンジョン、『アガードの丘』。

 しかしながらその実態はダンジョンと呼ぶには程遠い。そこにあるのは広陵とした丘と、そこにのみ芽吹く稀少な花種と、それを守るようにして数百年前から生域する一匹のドラゴン型エネミーである。そのドラゴンは数百年前に、たった一匹で以って一つの領の私財を干上がらせたのだ。


 そのドラゴン、――ネームドエネミーの名が『花守り』。

 空色の鱗で覆われた肢体に雲のように蒸気化した魔力を纏う二足短腕の地龍である。



「(伝説のドラゴンが守る、綺麗なだけで何の価値もない花……)」



 オルハの思考は、そこで止まる。

 このダンジョンについて十分な資料を読み込む時間がなく、それ以上の考察をするだけの前情報が不足していたためだ。


 最低限、『花守り』のエネミー情報は確認してある。ただしそれも、会敵しないためのモノ、会敵した場合に最適の効率で逃げるためのモノに終始する。


 曰く、彼のドラゴンの本質は無尽蔵にも思えるような耐久力にある。無敵の防御装甲ではなく、無尽蔵の耐久だ。彼のドラゴンはどれだけ傷つけようと代謝によって即座に傷を治癒し、それはどれほどの期間、食物などの供給を立ったとしても陰りを見せることがない。……では、一撃必殺の超火力ならばどうか? 当然の疑問だろうが、それに対する直接的な回答は確認できていない。というか、ドラゴンの攻略に終始したというアガード氏の持ち帰った会敵記録以外の情報は殆どないと言っていい。


 なにせ、そのドラゴンは丘を降りることも無ければ、仮に侵入者と接触したとしてもその人物が丘に背を向けた時点で抗戦意欲を消失するのである。或いはこの辺りがアガード氏が領民からの支持を失った理由としてあるのかもしれない。……勝てぬ敵どころか害意なき生命に対する執拗な攻撃。これを見せつけられたら、自らの血税が費やされている立場でなくとも辟易として当たり前だ。


 ……実際、文献を参照するに治政の移行自体はつつがなく行われたものらしい。財政が圧迫されつつも致命傷には程遠かった領運営の体裁は、アガード氏が存命の内に、資料を読む限りでは()()()国家元首さえも納得ずくらしい背景で行われた政権交代の後、即座に回復し、その後はナッシュローリ治領に吸収される形で、ある意味では今も続いている。ただし、アガード氏が存命であったという記録は明示されているわけではなく、オルハが「領政移転後も『花守り』との交戦記録が残っている」ことから推察したことに過ぎないが。


 さて、以上のことがオルハの手元にあるこのダンジョンの情報である。これを仕入れたのは今朝しがたのことであり、時間不足と、「彼のこれまでの人生における『情報収集』が非常に偏向的であったこと」に由来する技術的な食い違いを理由に、彼自身を以てしてもこの情報量は不足していると判断せざるを得なかった。


 故に彼は、機を待った。情報も当然ながら、彼には経験と武装が不足している。

 だから彼にできるのは、こうして「情報と経験と武装を十分に持った競争相手」がダンジョンの道を切り開いて、その後ろをコソコソとついていくことだけであった。



「(僕でさえ辿りつけたような、情報ハードルの低いランクBアイテムだから、もっとたくさんの競争相手が来るとおもってたけど……)」



 早朝から張り付いて、来たのは一人だけ。

 番人(・・)の危険性と差し引きで「ランクB相当」という文言を、大いに軽んじていたのだとオルハはこの瞬間に気付く。


 無価値で、稀少ではあっても綺麗なだけの花が輪廻する蛇と同価値とまで言われる所以。

 ならばこの花は、()()()()()()()()()()()()であってなお、実力の担保となり得るだけの危険性があるのだ、と。



「……、……」



 あの女性の横顔を、彼は思い出す。

 ……助けてほしいと言えば、彼女は助けてくれるのかもしれない。しかしながら、当然のこととして助けてはくれないのかもしれないのだ。


 彼と彼女は競合同士だ。その上で協力を仰ぐとすれば、そこには利害の一致が必要である。しかしながら、相手に提供できるものなのどオルハには何もない。あるとすれば「無力な小市民の救いの声を拾い上げた」という満足感だけだろう。或いはいっそ、優しい相手だからこそ彼の無謀を諫めるかもしれない。それこそ、今朝のギルド受付の女性のように。



「……、」



 久しく覚えの無かった「やさしさ」というものを、彼はこの短い時間で二度も享受した。身の凍えるような寒さを癒してもらい、その翌朝にはただの誠意を理由に身を案じてもらった。


 普段なら、それだけであと三年は何もなくてもいいような幸運だった。だけど、今日だけはダメだ。今日だけは、その優しさに満足することは出来ない。


 なにせ、無力な彼に収集できた『ランクBアイテム』の情報はこれだけなのだ。

 これを逃せば、いつまたこんな機会が来るかなど彼には想像もつかない。











 ……………………

 ………………

 …………











「え、……えー?」


 ハルという連れのことは、ひとまず忘れることにしたらしい。

『アガードの丘』を進む冒険者少女は、目前の光景に率直な困惑を漏らす。


 聞いていたのは『アガードの丘』のダンジョンとしての体裁であった。曰く、ただひたすらに何もなく、広陵とした丘一つ。そのてっぺんにあるのが『花守り』の巣であり、その背後には水色のタンポポが群生している。竜は厄介だが、1級冒険者がクランごとで本気で挑めば、いったんの無力化には可能性がある。……ただし、誰もしたことがないから、その保証があるわけではない、と。


 圧倒的なのはその耐久で、一撃必殺に対する耐性は不明。しかしながら、おおよその攻撃性能は把握済みである。彼女の持つ「奥の手」であれば、力尽くで文字通りに()()()()()()()()の無力化も視野に入る、と。


 これが、彼女の事前調査と経験則による現場予想であり、――それら全ては、ここに意味を為さなくなった。



()あな(・・)ー……?」



 そう。穴である。

 丘の中腹からぽっかりと空く穴。これをダンジョンの特徴として記載し忘れていたとすれば、その著者は恐らく酒を飲みながら報告書を書いている。

 地下に繋がるであろうそれは入り口からして広大で、外の陽光が降りる向こう十数メートルを照らしてなお奥は見通せない。また、地続きに道が続いているわけではなく、地下へは数メートルの落差がある。

 時折、そよ風よりもささやかな空気の胎動が、彼女の頬を叩く。その怜悧さは、まさしく地底から届く湿った空気の温度をしている。


 ……さて、と彼女は思案を広げた。

 友人を置き去りにしてまで節約した時間を、ここばかりは豪勢に費やす。



「(前提が変わった。これは間違いないんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()。……水色タンポポって十中八九『花守り』の魔物的な性質による既存花種の変異体だと思うんだけど、だとすれば、この穴っていう状況の変化を理由に『花守り』がいなくなってたら詰みよね? とりあえず丘のてっぺんにはいってみるけど、どうしよう。……『花守り』がいなくなってたり、そもそも死んじゃってたら水色タンポポの在処から、なんならまだこの世界に存在しているかからして疑わしくなってくる)」



 とかく、まずは丘の上へ。この方針は間違いない。

 その上で、――冒険者の鉄則、()()()()()()()()()。こんなものは冒険者でなくても用意に想像できるリスクヘッジである。知らぬ場所には行かないし、知らない魔物とは戦わない。……ならば問題は、アテが外れていたとすればどうするか。



「……、……」



 そこで彼女は、風に乗った音を聞いた。

 背後からの音だ。間違いなく人為的なものである。足音と、それからいくつかの会話。基本的には一群にまとまっているが、斥候の類だろうか? 妙な場所に孤立してもう一人確認できる。……いや、『アレ』は恐らく後続の一群(・・)を追跡してきた漁夫の類だろう。



「……、」



 そこまでを把握した時点で、少女は方針を確定し穴に身を投じた。



「(まずは身を隠す。後続が、私の知らない情報を持っている可能性も全然ある)」



 背後の、まだ見ぬ一群がこの穴を見て同様に驚愕するなら、予定通り丘のてっぺんを(その集団を先頭の囮として)目指す。しかしながらもし集団が躊躇なくこの穴に飛び込むようなら、彼らはそもそもこの穴が目的だったことになる。ならばこの先には、まず間違いなく何らかの「ランクB相当のアイテム」があるはずだ。



「(もしも、……万が一、億が一にも、連中が『この時期にこの辺りを回ってるケド、ゴールドエッグには全然無関係な集団』だったら、そうね。その時は今日はもうお休みの日だったってことにしようかな。ツイてないってことだし)」



 しかし、彼らが予想通り『ゴールドエッグ』の関係者だったとしたら……。



「(出し抜いて奪う。……のは、事前に申請した指定納品物の変更が効くか確認してからね。もしくはリグレット名義は捨ててリベット名義で参加し直すか。だけどそれも、カタログの名目がランダムだから賭けとしては薄い。だったら――)」



 先に奪って、そのアイテムを人質にして情報か、もしくは実物を強請る(・・・)――!



「(いいじゃない……! ハナシは変わってきたけど、無害なドラゴンをいじめるなんかよりずっと素敵な展開!)」



 さてと、彼女は暗闇にて哂う。

 その、泥闇の向こうにて爛々と輝く瞳には気付かぬままに、



 ――カモは、穴へと飛び込んできたのだった!




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