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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第一章『ゴールド・エッグ_Ⅰ/you(haven't)lost(yet)』
332/430

(interval)

※一区切りまでの更新です。

 作者的には、今回の更新分までで当章のプロローグかもしれません。







「……、……」



 宵闇を放逐するのは、華やかな黄金色の明灯。

 それらが街路に沿うようにして、一つ一つが夜の太陽のように、街路に光を撒き散らしている。


 声が上がり、それらが重なり合って、冬の夜空に喧騒が響いている。

 アルコールっぽい声の重奏が、雪の雲をさえ叩く様な、



「……、……」



 ……そんな気配が、かすかに聞こえた。

 路地をいくつか挟んだ、小汚い裏路地にて。


 天涯孤独の少年は、天使が落ちてきたような賑やかさを、遠くに見ていた。






/break..






 この世界にとっての魔法とは、生活における大前提である。

 が、この世界に住む者にとっての魔法とは、必ずしも身近なものではない。


 一例として、住居の空調。

 ヒトが住むのに適切な温度を整える魔術器具は、この世界において既に確立されている。しかしながらその『魔術』を使うのはヒトではなく器具自身であり、ヒトが用いるのは正確に言えば『魔力』である。


 ヒトは、その器具のスイッチをオンにする際にほんの少しの魔力を提供するだけで、空調の恩恵にありつくことが出来る。この際に、当然ながら器具の使用者はその器具の中身のことなど想像もしないし、どんな魔術式が用いられているのかも、知っておく必要からしてない。


 なんなら最初の魔力の提供さえ、一般普及の魔力ユニットを使用すればスルー可能である。この世界にとって魔法は生活の基盤そのものだが、翻ってこの世界に()()()()()にとっての魔法は、あくまで技術の一つでしかない。


 日常レベルの掛け算さえできれば問題ない社会で『哲学に踏み込んだレベルの数学』を用いる人間がいるように。或いは、絡まったイヤホンのコードを解ける程度の手先の器用さは必要な社会で『外科手術に必要な水準の手先の器用さ』が専門分野として隔離されて、あくまで存在しているように、それらは技術水準の位階で以って区分されている。


 ……が、これを『科学』に比況するのは少し乱暴だ。

 なにせこの世界の生活基盤は魔術、ヒトの生態に接触した()()()()だ。


 例えばこの世界において、『魔術具』を持たず『魔術』をも行使しえぬ者が真冬に湯を得る術は、本当に少ない。




「――――。」




 少年オルハは、自らの粗末な住居に戻っていた。


 彼の住まう、家材を梱包する段ボール程度の広さの居住スペースは、ナッシュローリ区の中でも比較的過疎化した一区画にある。


 裏路地と裏路地を組みあわせて用意した迷路のような、都会における一種の聖域、……などと言えば聞こえはいいだろうが、あくまでこの辺りに定住する人間がいないというだけで、この道を生活の導線にする人間は普通に存在している。


 逆に言えば、生活の導線にしかならない様な、人が住む場所では決してない区画。


 ――大型の廃棄物群が雑に放置された、路地裏の『誰も掃除しに来ないし誰も気にも留めない箇所』に、彼の住居はある。




「――。」




 ただし、彼がいるのは、その一畳にも満たない『室内』ではなく冬の寒空の真下だ。

 そこで彼は、桶一杯に貯めた冷水を()()()()()()()()()()()()に潜らせて、肌を削ぐような勢いで身体を洗っていた。




「――。」



 彼には、お湯を作り、それを維持する魔術についての素養がなかった。だから彼は、冷水でタオルを洗い、そしてまた身体に当てるたびに、針で腹をえぐられる直前の様な悲壮さで歯を食いしばる。


 寒さがマシにならないのは、身体を自ら温めるのに十分な栄養が彼自身の身体に貯蔵されていないためである。……そうして、自ら剣山で身体を撫でるような拷問に耐えてしばらく、垢が十分に落ちたのを確認した彼は、居住スペースの中へと、身体をガクガクと震わせながら這入った。




「――。」




 居住スペースの中には、彼が身体を丸めてようやく収まる程度の寝床と、その半分程度の大きさの、保冷材で出来た箱の様なものがある。

 彼はその箱の中身、――埃まみれのジャーキーの欠片やボコボコになった缶詰などを取り出し、床にそのまま広げて、代わりに彼自身の身体をそこに収めた。



「――。」



 彼にとっては、この時期の行水は命に係わる行為である。箱の底に敷いてあった薄い布で全身を包み、箱のふたを閉めて、なけなしのチョコレートを口いっぱいに頬張って、身体を抱きしめるようにして目を閉じる。


 そうしていてしばらく、ようやく彼は、指先が崩れて落ちそうなほどの寒さから逃げ切った。



「……、」


 ……すると、代わりに彼に訪れるのが猛烈な眠気だ。



 彼は自我を朦朧とさせつつも、意思一つで以って身体を奮い立たせて、箱の蓋を開き、外気の冷たさに意識を覚醒させた。



「……。」



 さて、ここまでで二時間。

 ただし、このうちの9割は身体の震えを止めて、凍死の致死圏内を逃れるために費やした時間である。


 これを以って準備を整えた彼は、居住スペースを出て、月を浴びながら、服を着替えた。






……………………

………………

…………






「……、……」


 ゴールドエッグを讃える祭りの街道にて。


 馬車を同時に10台は走らせられるような、この街の最も主要な大通り。

 周知の不足で「いきなり現れた」ような祭りではあったが、それでもここには、街中の人間を集めても届かない様な膨大な人間が集まっているように見えた。


 少年オルハは、この国の平均身長のおよそ2/3程度の上背である。それゆえ彼は景色に対しては文字通り埋没する。

 気を抜けば踏み潰される、というほどのモノではないが、進路を取るのには相当な苦労がある。ただし、そのおかげで大抵の人間は、彼の姿を見て眉をしかめるようなこともせず、気付かずに行き違ってくれる。


 彼の持つ唯一のまともな服、――この時期に着るにはあまりにも薄手な服装に他人がほとんど気付かないのは、彼からすれば好都合なことでしかなかった。



「――。」



 彼が、

 ふと、上を見上げて、視界の中央に眩い明かりを捉えた時、



「。」



 頭痛(・・)



 彼は声を漏らしそうになるが、耐える。

 当然のことだ、彼はこの鈍痛に、生涯を以って耐え抜いてきたのだから。


 だから今日も、いつもと同じようにやり過ごせばいいのだ。











「(うるさい。うるさい。うるさい。


 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい)」



『……、』











 ほら、これで元通り。


 すこし声が漏れていたようで、周囲の人間は彼と距離を開けていたようだったが、それも移動してしまえば問題ない。


 眩しいのが脳に悪いのなら、今日は目を伏せて歩くことにしよう。

 彼はそうして、目当ての場所までをとつとつと進んでいく。



 目指すは、ゴールドエッグ正式発表の、その会場である。



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