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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
終章『楽園の王に告ぐ』
312/430

story 1.



 ――メル王城にて。



「……、……」

 アダムは朝の散策の最後に、王座の麓へとたどり着いていた。



 ……先ほどの、冒険者の誉れを賞賛する広間が「光」に満ち溢れていたとすれば、ここはその逆だ。

 すなわち、自然由来の光がほとんど存在しない空間。これは、間者による密偵や狙撃の可能性を完全に削ぐための建築である。


 アダムの、とある親愛なる人物は「屋内なんてのは邪道」と胸を張って断言する人格である。そんな彼女に、この部屋を納得してもらうのは実に骨が折れた。


 妥協ではなく、納得を。

 アダムは、彼女にこの城を好きになってもらうために、頭一つ飛びぬけた手間をこの部屋に掛けていた。


 まずは、照明。

 煌びやかなシャンデリアの黄金色は、昼夜問わずこの広間を『夜』の色に照らしている。


 影があるわけではない。その灯の色を、黄金とダイアモンドを溶かし綯交ぜにした液体がごとき絢爛さにしつらえたのだ。バーの金管、舞踏会の調度品、パイプオルガンの構成部品がごとき色に。


 それを以ってこの広間の色は『夜』となる。壁面には碧翠をかすかににじませた白亜色を。絨毯は灼白での統一を。そしてこの広間については、ためらいなく全ての光を王座の袂へ。


 そして、アダムの意匠だけが一抹の蒼を彩る。

 ……王としての衣装は白と赤と金剛を基調としたものだが、有事においては当然、服装も変わるだろう。


 王座背面。

 赤い垂幕によって背景を隠した先、そこには、彼の装備を揃えた一室がある。


 いわゆる、それは『舞台裏』だ。普段であれば、煌びやかな王の間において不要でしかない雑多なる光景。ただし今日については、この城には彼しかないない。


 故に彼は、垂幕を開け放ち、広い王間を眺めながら、装備を一つ一つ手に取ること決めた。




「……。」




 さて、


 彼は、『小包み』を手に、『白濁色の剣』を腰に掛けて王座を横断する。

 普段なら、惧れて恭しくこの国の貴族たちが通る道を、彼は散歩の調子そのままに横切って、王座直前の階段を上る。


 数は15段。これは、この国における『憲律』の数である。故に貴族どもはこれを踏み越えることが出来ず、そしてアダムのみはその15段を超えた『上』にいる。

 かような由来を持つゆえに、元来ならアダムさえ直接『踏む』ことはない段差である。これが普段であれば左右の迂回路を通るのだが、しかし今日は荷物が多い。


 故にアダムは、何の躊躇もなくこの国の戒律の象徴を踏みつけ、壇上へ上がる。

 高さでいえば、ヒトの上背一つ分程度。見える景色も変わる。『(あかり)』の総量は間違いなく王座直下が最も多いだろうが、だからって周囲がほの暗いわけはない。


 この広間に集まるのは、全員がこの国の歴史に名を刻んだ名門である。冒険者諸兄がいかに栄光をその手に掴もうと、根無し草であるうちはここに招待されることはない。


 ここには、『騎士』が集まる。

 この国に帰属し、この国の民を守り、そのためならそれ以外を捨てられると心の底から考えている本物の騎士貴族。この世界に未だ横たわる未知未開なる冒険譚に興味を示さず、或いは興味があったとしても、民のためにそれを()()()()()()()()()()()()の集積。


 彼らに、光が当たらなくていいはずがない。故にこの広間は、隅々までがダイアモンドの輝きで照らし出されているのだ。



「……、……」



 小包と王座に置き、彼は、剣を王座の側面に立てかける。

 そして、王座後方。調度品に隠れるようにして垂れていた黄金色の紐を引くと、背面を隠していた赤い垂幕が左右に引いた。その奥にあるのが、彼の武装を収めた舞台裏である。


 広さは10畳ほど。そこにあるのは鎧一式を着込んだマネキンが『二つ』と、スクロールを引き戸に収めた棚が一つ。そして、立てかけるようにして乱雑に置かれた量産品の武器類。

 加えて、右手前のテーブルには武装の手入れ用の品が綺麗に並べられていて、左手壁の全面は姿見となっている。


 そこに、彼は踏み入って、

 慣れた様子で、片方のマネキンに掛けてあった鎧のパーツを外し、装着していく。


 ……この世界の武装とは全て、当然ながら、この世界由来(・・・・・・)の機能的洗練が施されている。


 例としては甲冑や鎧の類。

 鹿住ハルの前世における和装甲冑は、『武士』が多芸に秀でた存在であったことや戦地が多く山林で会ったことに由来し形を洗練した。多芸に秀でた敵性は、遠くからは弓を放ち、そして接近に際しては武器を振るう。そして当然、こちらもまた『多芸に秀でた存在(武士)』である。遠くの弓をせき止めるために甲冑の造りは重層を成し、接近戦での機動力、或いは騎馬や山林での戦闘に都合がいいように軽量化を施した。一方で西洋甲冑(フルプレート)は、平地での戦いが主であることと、それに伴っての騎兵主体の戦闘が命題としてある。


 平地での弓撃は狙撃ではなく掃射である。故に狙いが曖昧となる矢の殺到は、フルプレートの曲線によっていなされる。また、騎兵同士の戦闘における馬上槍の応酬もまた同様のメカニズムで致命傷には成り辛い。


 ……ただし、この例でいえばフルプレートは『曲面の板金』に対して致命傷となるメイスや、ブロードソードの柄で殴りつける行為などが台頭したことで下火となる。また、練度の差が実力に反映されづらい遠距離兵装、『火器』の登場を経た先では、そもそも防具というもの自体が戦場から姿を消す。時代が進み、一つの兵装が奪える命が多くなるごとに、――戦術級、戦略級の兵器が現れるごとに、人の命を守る衣服は意味をなさなくなる。さて、


 それでも、――つまりは、『戦略級の兵器(まほう)』が当たり前に存在するこの世界でも意味を成す防具とは何か。


 改めて、この世界の兵装には、この世界なりの進化がある。



「……、」



 まず、アダムはローブを適当に脱ぐ。

 そうして現れた、彼の肢体を覆う衣装は、それ自体が一流の具足下装(ギャンベゾン)である。彼は、王としての装飾を一つ一つ外し、傍らの棚に置いて、まずは脚甲、鋼鉄でできたズボンの様な見た目の鎧を履く。


 つま先に、硬質な感触。ただし抵抗感はなく、鋼鉄を着ている(・・・・・・・)とは思えないほどスムーズに、それは彼の足を包み込んだ。

 彼はそのまま、腿の内側の留め具を締める。それによって魔術的音声が問う『承認』に対して、彼は思考にて了解を返した。


 ――兵装の、この世界なりの洗練。

 何の変哲もないフルプレートを着込んだ存在が相手だとして、現代戦闘をシミュレーションすれば火炎放射器を使えば良い。それだけで、火炎の範囲にいる者は総じて密閉調理(・・・・)されることになる。


 防具が廃れるとすれば、そこには二つの理由がある。一つは「現行の防具では回避し得ない脅威(兵器)が発生したケース」、そしてもう一つが「ただ単に防具が邪魔になったケース」である。

 例えば、フルプレートを着込んだ相手に火炎放射器を使った場合には、その両方に掛かることになるだろう。相手からすればそれは、「鎧自体が熱をため込んでしまうために回避し得ない攻撃」である上に、「鎧を着込んでいるために機動力が下がり、敵対者の攻撃範囲から逃れられない」という状況に陥る。


 そして、時代の進行によってヒトが火器、――広範囲殲滅兵器を獲得した場合、全ての状況は上記と同様になる。鎧程度では防げない(・・・・)し、()()()()()()()()()()()()絨毯爆撃。

 言ってしまえば防具とは、近現代戦闘に至るまでの繋ぎ(・・)である。敢えて言うなら、モノというモノは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 では、さてと、

 それでもこのスカイライナーという世界に西洋甲冑(フルプレート)が現存する理由とは何か。


 答えは、――それが、防具ではなく武具であるという点に集約されている。



 ……胴体パーツを、自分の身体に嵌めるようにして彼は装着する。

 そして、脇部分の留め具を締めた際に再度、承認を求める魔力音声。彼はそれに承認を返す。



 ガントレットを例えに出すとして、

 それが仮に1kgあるとして、それで相手を殴ったとすれば、相手からすれば威力は1kgのハンマーで殴られたのと変わらない。


 甲冑は押しなべて、戦術以下の兵装から身を守る防具であると同時に、一挙手一投足を凶器と化す武器である。一例としてレクス。彼は世界の許容量の三倍の膂力をもってしてようやく当たり前に動作するほど重い鎧を武装として用いて、体術の威力に上乗せをしていた。


 その上で、この世界のヒトの身体能力は外部手段によって如何様にでも上乗せ可能だ。魔法なき世界における西洋甲冑については、「それを着て宙返りをすること」が口伝に残る偉業であった一方で、魔法在りし世界における同様の例は、ほんの少しの努力で叶う行為でしかない。故に、魔法が存在する世界において、防具に付随する「重量による行動制限」は場合によって無視し得る。


 ただし、

 ――羽のように軽い1kgのハンマーを振り回すだけ(・・)などということは、当然あり得ない。


 この世界の本質は、当然ながら、魔術にある。



 ……サーコートの着用を、彼は行う。

 と言っても、服飾のように体を覆うものではない。彼が羽織ったは、正確に言えばローブやマントの類であった。



 サーコート。――指揮者識別用の鎧装飾もまた、魔法なき世界では廃れた存在である。

 元来は、少し見てくれの悪い(・・・・・・・・・)チェーンメイルを飾るための意図と、敵味方の区別がつきやすいようにという意図で使用されていたものだが、布製(コート)であるために場合によっては、敵の一撃に運悪く引っかかる(・・・・・・・・)などの弱点が次第に露呈して存在を消していった。そして、そのような戦闘級(・・・)兵装に対する弱点であれば、()()()()()()()()()()()()()()()においてはデメリットを無視できることになる。


 ただし、その上で、デメリットが消滅した程度の理由で、戦争に装備は増えない。

 これもまた、装備する理由がある装備の一つ。


 ――彼のコートは、天獅子と呼ばれる魔物の皮をなめして作ったものである。



『承認申請。回数消費性のスキルの使用。

 「炉心融回路〈EX〉」について……。許可しますか?』


「(――許可)」



 ――『炉心融回路〈EX〉』

 天獅子とは、煉獄がごとき魔力を内包したライオン型エネミーの呼称である。


 その存在は、地に在りながら胎内に天中の無窮を内包している。それは、魔物でありながら、無限じみた魔力で以ってありとあらゆる空想を具現化させる存在だ。

 そしてそれは、死してなお、365回に限って一日の間のみ、生前の魔術炉心を再現することが出来る。


 さて、この世界における装備。それらはすべて、攻撃的な意味(・・・・・・)を内在させる。

 歴史の視点で言うなら、この世界は、常在戦闘の在り方で以って『防御魔術』を洗練させてきた。


 ヒトによる悪辣なる攻撃意思、魔物(しぜん)による365日の侵略行為。常に攻撃という概念にさらされていたからこそ世界の文明は、半永続自動性ゼロ詠唱魔術、――つまりは魔力による常時展開防御の術、『魔力抵抗』を先んじて確立した。さらに言えば、この完成を理由に世界からは、防具という概念が薄れた。


 この世界における物理的な防御とは、魔術的防御によって相殺しきれないかすり傷(・・・・)に対する布石である。無意識化における攻撃を防ぐためにあるのがヘッドガードであり、過密戦闘下において魔術的防御を行える思考リソースを節約するためにあるのがバックラーだ。故に甲冑という兵装は、この世界においては二つの意味を持つ。


 つまりは武器か、圧倒的なる防具か。

 仮に完全に攻撃行動をシャットアウトできるなら、それによって浮上した思考及び魔力のリソースを全て攻撃に転じることは強い意味を持つ。しかし、そのような防具は稀だ。故にこの世界における甲冑は、そのほとんどが攻撃的な意思によって採用されている。



 ――承認。

 それを得て、アダムのローブが一瞬だけ、ふわりと浮き上がる。


 それは一陣の風を浴びたような光景であって、しかし、

 彼の『兵装』が、脈動を帯びる。



 彼を包む甲冑は、それら全てが余すところなく「何らかの歴史を持つネームドエネミー」の素材であり、且つその表層には余すことなく術式が刻まれている。或いは、緻密なる重層構造となった鎧一つ一つの、()()()()()()()()()()()に、魔術式は刻み込まれている。


 ――『刻印魔術:ヘカトンケイル』


 元来は焼判などによって物体や生体に魔方陣を刻み込む【呪い】の類の魔術であったそれは、板金一つを広いキャンバスと見立てることによって大いなる効果を得た。



「…………。――さて」



 最後に彼は、フルフェイスを頭に嵌め込む。

 元来ならギャンベゾンのフードを緩衝材にするのがフルプレートの兜であるが、彼はそれを厭うた。


 何せ、フードというのは少し首を屈むだけで摩擦を起こす。それが彼の意識に障り、場合によっては集中を阻害する。故に、このフルフェイスの表層には緩衝の術式が余すことなく刻まれている。


 そして、内層。

 そこに刻まれた術式は、ほかのプレートパーツと比べても頭幾つ飛びぬけるほどに緻密なものである。

 すなわち、五感の出力と、そして言語出力化されたサポート。



『装着を確認。個体識別。――グリーン。……おかえりなさい、アダム・メルストーリア』


「……」



 微かな首肯を、兜は『理解』する



『重畳。バイタルに問題は見られません。ただし、戦闘行動の20分前以内にコップ半分の水を飲むことをお勧めします』



「行程を削除。……魔術の使用指示だ。ジャンヌダルク制御の稼働を開始しろ」


『了解しました、アダム』



 この鎧の内層に刻まれているのは『魔術的思考行為の補助機能』である。

 魔術とは、内魔力ないし外魔力に意志を以って働きかけることで自然現象を歪曲する行為のことであるが、その歪曲の本質は『加算』にある。


 すべては、『加算』によって非現実を為す。「人の思考」までのすべてを合わせてすでに計算しつくされたラプラスの現実を、【ヒトの思考】によって変異させ、そして結果として現出する。この世界の魔術はすべて、()()()()()()()()()()によって成立したものと言っても語弊はない。


 そして、その技術原野を前提として作られた『魔術的無(A)機質思考(I)』。

 それは機械の身の上でありながら、ヒトのロマンを、――つまりは【魔法】を理解する存在である。



『詠唱代行機能は正常に作動しています。バイタルエフェクトのバー表示は適切に反映されています。未来予測演算の視覚的出力は、カスタム設定によってカットされた状態です。……指示がなければ、指示されたシークエンスを開始します。使用魔術の設定を行ってください』


「『王城機構_No.1』」



『……了解。対象は』


それだ(・・・)



 と、アダムは『まだ鎧を着ている方のマネキン』を指した。



「設定は任せる。入力済みの今作戦を参照し、適切に全てを済ませろ」


『了解。――完了。詠唱は適切に開始されました。ボリューム(・・・・・)の増減で詠唱成立までの所要時間の変更が可能です』



 問われたアダムは、しばし耳を澄まして、



「要らない」



 耳に微かに触れるオルガンの音色を聞いて、そのように答える。



『了解。現行の設定での詠唱成立は5分12秒です』


「成立の報告は不要だ。済ませておけ」


『了解。命令をシークエンスに反映しました』



 ……それは本当に微細な音で、どこか彼方から聞こえてくるようにも聞こえる『音』である。

 故に『音』は、鎧のこすれる金属音にすら埋没して、次第にアダムの脳裏から消失して、やがては全く消える。



 ――さて、



「……、……。」



 鎧を着た彼は、名を変える。

 王のローブと王冠を着たアダムは一国の主であるが、その彼は今はいない。


 たとえばそれは、とある英雄(ヒーロー)に憧れた青年の、その憧憬の発露。

 白銀の鎧には、縄文状の隆起による文様がある。そして、各部パーツの縁を彩るのは、空の色よりなお蒼い色彩だ。


 白と蒼。

 或いは、白雲と青い晴れ間。


 その甲冑は白青色でありながら、どこか蒼天の白陽の、雲の反射によって増した『日熱』を思わせる。


 ――当代『空の主』。

 先代の空の主を友人(・・)とし、そして掴み取ったその称号を、『鎧の形』に出力したようなシルエット。


 それに身を包み込んだ彼は武器を収めた舞台裏を出て、傍ら、どこかから垂れた黄金色の紐を引いて、舞台裏を隠す。


 そうして見えるのが、改めて、広く空虚な王間である。



「……、……」



 王座に座らせた小包を取り、空いた方の手で虚空を薙ぐ。と、その行為で成立した術式:異空間ポケットが小包を飲み込んだ。また、王座に立てかけていた剣を彼は手に取り、腰に差す。


 そして段差を、一つずつ踏む。

 この国の憲律を示す15の階段は、硬質なソールで踏みしめるごとに、踵を起点に透き通った音を立てる。


 その『音』は、階下に至ると途切れた。

 彼の足音を吸い切る絨毯は、王間の出口までまっすぐに続いている。そこを彼は、静かに行く、


 かちかち、という金属の音だけが響く。広大な空間において、音は耳鳴りのように希薄に反響する。

 向かう扉は、開いたままだ。故に彼は当然、そこを素通りする。


 と、次に開けた光景は、光の下りる『廊下』である。


 回廊ではなく、廊下。

 ヒトが行きかうには苦はないだろうが、貴族が歩くにはいささか狭いスペース。ただし、それだけあって降る陽は十分に行き届いている。彼は甲冑を着たまま、陽を浴びながらその道を進む。


 ……距離にすれば、すぐとは言い難い。

 ほとんど、この城の敷地面積の1/8を横断するような時間で以って、彼は『道』の際。ミルクチョコレートの様な色をした両開きの木製ドアの前に至る。


 それを押しのけると、

 ――広がっているのが、この城のエントランスである。


 先の光下りる道は、この王城に『本当に切実なる理由』を以って訪れる者どものために開かれたものである。故に道は徹底的な直通で在り、用意した装飾も最低限程度。


 そもそもがこの国に血族ごと居つくことを決めた者たちのみが通る道に、装飾や湾曲の必要は皆無だ。それに、そういう貴族たちが携える用事というのは、その大抵がこの国の国防、ないし国益にかかわる。不必要な足労や手間などは、排しておかねばそれこそ利益や不利益にかかわる。



「……、……」



 この城のエントランスは、入り口(・・・)を起点に扇の形を作っている。入口の対壁、扇でいう『弧』の部分には、それぞれ、華美なる装飾で以って幾つかの通路を持つ。


 さてと、その一角。

 ……職員が部署ごと常駐する窓口の奥にあるのが、今まさに彼が立つ扉である。

 普段なら人の活気がやまぬはずの窓口兼事務所を通り過ぎて、彼はそのまま、活気なく人気の消失したエントランスの最中央に立つ。


 この王城の入り口には、ドラゴンの上背ほどもある両開きのドアが備え付けられており、それは客を受け入れる時間の間は常に開かれている。


 そして、……今日に関しては、早朝からの開けっ放しであった。

 こつり、こつりと足音立てて、彼はそこへ行く。



「……、」



 エントランスには、微かに朝霧の匂いが残っている。調度品一つ、絨毯の一面がそれを吸い込み、やや湿っぽく冷たい呼吸をしているようだった。


 一方で、王城入り口を出た『外』。

 開けっ放しの黄金扉の向こうからは、今もまさに旺盛に日が降って、日向の内側にある湿度を躊躇なく蒸発させている。風は秋成に冷たいが、どうやら今日は、晴れの日らしい。


 故に彼は、その光の麓へと歩いていく格好である。

 白陽と蒼雲の色の西洋甲冑を、かしゃりかしゃりと音立てて、

 サーコートを兼ねたローブを風に舞わせながら歩き、彼は今、日陰から日向へと踏み出す。


 扉の向こう。……その一歩目に彼は、目を灼かれるようなまぶしさを覚えた。



 嗚呼。

 ――やはり今日は、天気が佳く冴えている。
















「遅かったな、アダム・メル・ストーリア?」


「……こちらのセリフだ。鹿住ハル」
















 王城入り口前。

 最中央には噴水。それを照らす強い秋の日差し。


 エントランスから、形式だけの階段を下った直下。

 真白く暴き出され、乾いた石畳の上に立つ『冒険者』がふたり。



「……、……



 一人は、アダムに似た甲冑に身を包む男、レクス・ロー・コスモグラフ。

 そして一人が、鹿住ハル。一見では朴訥とした風貌の、この世界の基準でいえば少年と青年の間の様な見た目をした男である。


 そして、その片割れ(・・・)

 おそらくはこの遅刻(アイディア)を用意したで方であろう男の言葉に、アダムは、



「――外で待ってるとか言っていたと記憶しているが、、今が何時だか理解しているか?」


「……()()()()()?」



 溜息を吐く。



「……。まあ、佳い。今日も来ないようならこちらから出迎えに言ってやるつもりだったよ、その手間が省けたと考えておこう」


 それより、と王。


「レクス、貴様はどうしてそちらにいる?」


「……、……」


 レクスはその問いに、やや言葉を選ぶような拍を置いた。


「……裏切ったと見受けるが、構わないか?」


「……いや」





「……では言え。発言を赦す。貴様はどうして、そちらにいる?」


「昨日、有り金全部スってな……」




「…………は?」


「わからないなら俺が説明してやろう、王様」


 そこで、改めて出張ってきたのが鹿住ハルである。

 彼は一歩、踏み出すようにして言う。


「昨日、こいつと賭けをしたんだ。どうせ最強VS無敵なんて着かない勝負をするよりなら、運否天賦に任せた方が健全だろ? それで俺が、――口座の中身から鎧のパーツ全部から冒険者活動実績から何から何まで毟り取ってやった」


 正確に言えば彼の手元には、まだ一つだけ『ベアトリクスの解呪』というコインが残ってはいるが、それは蛇足だろう。


「残念だったなアダム、こいつを裏切り者と呼ぶのは少し違う。こいつは、……素寒貧で昨日の飲み屋のチャージも払えない様な有様だったから、そこのスタッフとして働くことになったんだ――ッ!」


 そこでアダムが、眉間に指をあてて露骨に嫌そうな顔をした。


「じゃあ何か? レクス。貴様がそちらにいるのは、大儀や名分があるというわけではなのか?」


 その問いに答えたのは、ハルではなくレクスであった。


「そうに決まってるだろ……! 何が悲しくてこの世界の一番偉いような連中を裏切るっていうんだよ! 良いから剣を取れアダム・メル・ストーリア! こんなしょうもない戦いは俺がすぐにでも終わらせてやるッ!!」


「……。(溜息)」



 アダムは、ふと思う。

 彼が聞いていた(・・・・・)鹿住ハルという存在と、目前にいるあの男の像が、……結びつかないようで不思議と結びつく。


 悪辣。卑劣。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アダムが思い描いていた鹿住ハルと、あの男との違いは今や一つだけだ。


 すなわち人を、殺すか殺さぬか(・・・・・・・)



「解った」



 王は言う。







「もう、始めようか。……闘うんだろう?」







 ふわり、アダムのローブが風に舞ったように熾きる。

 そして、――術式の発動。接続詠唱はなく、その代わりに今、


 王城全土が悲鳴を上げた!



稼働(・・):王城機構_No.24」



 風が一つ。

 それを以って、全てが変わる。



 比喩ではなく、本当に(・・・・・・・・・・)




 すなわち――、






()()()()()()()……?」






 ハルがそのように、呆気にとられたようにして言う。

 まずは、平原。光を浴びる一面の碧は、風にさらされて音を立てる。


 そして、それ以外には何もない。地平線までを何も隠し立てしない、どこまでも続くような、背の低い草の群れ。その光景をハルは、――すでに一度、見ていたはずだ。



「……はじまりの平原」


「そうとも、異邦者どもが生れ落ちる特異領域の一つ。……ここには何せ、()()()()()()。いくらでも暴れて佳い」



「どういう、意味だ……?」



「意味は図れ。余はその代わり、貴様らを歓迎しよう。



 ――ようこそ、【領域:はじまりの平原】へ。

 では、口上はもういいな?」




 言葉は、それにて。


 アダムは静かに、腰に据えた剣を抜いて、――構えた。





















 楽園の王に告ぐ


  終章_『楽園の王に告ぐ』





















 ――さて、俺こと鹿住ハルである。

 場所は『はじまりの平原』改め、【領域:はじまりの平原】にてのこと。


 相対するは、この国の王にして最高峰の冒険者『空の主』でもある男、アダム・メル・ストーリア。そして傍らに立つのは、昨日しがたこの国に集まった異邦冒険者4000人を一人で相手にして見せた男、レクス・ロー・コスモグラフ。


 この世界の頂上としてもおそらくは不足のない二名。

 そんな二人の最初の剣戟はどれだけデカい音が鳴るのかと戦々恐々としていた俺の耳に届いたのは、


 まさかの、――『銃声』であった。




「――――ッ! す、すまんなレクス」


「ボケッとしてんじゃねえぞ!!」




 レクスが、余人には目にも映らないような速度で俺の顔の位置に手を上げていた。そして、そこからは硝煙じみて、煙が一つ上がっている。


 銃声。それは、俺を狙った一撃である。

 他方アダムは、どこに隠していたのか傍らの小包(銃を取り出したものらしい?)を天に放り、剣をそこに薙ぐ。


 と、小包は一瞬だけ陽炎の様なものに灼かれ、そして消失をした。


 さてと――、



「レクス。今の一撃、どこで受けた?」


「ガントレットだ。傷は無い。身体にも異常はない」


「……、……」



 アダムは、俺の『散歩』のことを多少なりとは知っているはずだ。

 それでも俺を狙い、さらに言えばいの一番(・・・・)に俺を狙った。その上で、レクスのガントレットや腕には異常がない。とすれば、



「多分だが、レクス」


「なんだ?」


「あの銃、或いは弾丸は『魔力無効系』の何かだ。……ちなみに聞くが、お前はその手のスキルって食らったらヤバかったりするか?」


「…………。冷静なやつだな、ちょっと頼もしく見えたぞ今。……とりあえず、威力はこの世界に転がってる火器と変わらない。俺の鎧に傷一つ付けられないんなら、いくら受けても問題はない。身体に直接当たったら話は別だろうけどな」



 なお、そのようなやり取りをしている間のアダムは、実にゆったりと、ローブをなびかせるようにしてこちらに歩いている。あくまで、その手の拳銃を雑な構えで俺に向けたままの姿勢で、ではあるが。


「(……、……)」


 その拳銃だが、ぱっと見ではM1911、通称『コルトガバメント』を、アダムの鎧と同様の白銀色に塗装したものに見える。俺は詳しいわけではないが、コルトガバメントと言えばアメリカを代表する銃の一つであり、通称とは別の愛称(・・)として『ハンドバス―カ』などという風にも呼ばれていたはずだ。


 つまりは、それだけ重くて強い。……そんなものを腕で受けて平気だというのは、やはりスキルの効果がまだ生きているためだろう。


「(ただし、……だからって、『スキル無効化の線に批判的な実例が一つ発生したから、他のスキルが籠った銃である可能性も捨てきれなくなる』なんて考察はひとまずは捨てていい。なにせ、これだけの舞台を整えたのはあいつ自身だ)」


 兵装を揃え、舞台を設えた。

 そんな存在が、「効くかもわからないが一応持ってきた武装」なんてものに初撃を費やしたと見るくらいなら、「効果があることをすでに実証されている武装」を使ったと見る方が遥かに自然だ。


「(楠との一戦は露呈してるはずだ。……さて、あの時にも『魔力無効化』を食らったが、あれはどんなもんだったか)」


 魔力を素通りして、当たり前を当たり前に起こす。というのがストレートな表現だろう。あの銃、弾丸は、魔力による防御力を無視して、自然現象として起こるべき損壊を、対象に与える。


「(或いは、レクスの一例。……シシオの爺さんが使った『魔力無効化』は、槍を消費(・・)して、相手の身体に根付いた一つのスキルを根っこから無効化するものだった)」


 あの銃弾を受けた場合、無敵を素通りして当たり前の銃傷を受けるのか、それとも俺の無敵そのものが剥がれ落ちるのか。どちらにせよ、どうあがいても受けるわけにはいかぬモノだ。


 さて、……この機会だ。

 加えて別の考察もしておこう。


「(――アダムは、どうして歩いて(・・・)来てる?)」


 強者としての演出も可能性としてはゼロではなかろうが、ただしそれなら奴は、悪手中の悪手を選んだことになる。

 なにせ奴は、俺たちに思考と、会話を許している。それも、奴が「とっておきらしい武装」をお披露目した直後に、だ。……俺なら、初見殺しの兵器を開示した直後にそんな真似はしない。故に奴の、実に気ままな距離の詰め方には理由がある。



「(妥当なところとしては、二つ。)」



 レクスの戦力を図り損ねている可能性。それを以ってアダムは、こちらに用意に近づくことが出来ない。

 レクスは現在、不詳の槍によるスキル封印の影響下にある。が、彼からすれば案外、そっちの方が厄介に見えるかもしれない。レクスの底が、奴の事前調査でも露出していなかったとすれば、レクスの『スーパー・ヒーロータイム』は本当の本当に底知れない。


「(俺の事前調査では『英雄』の三乗程度ならエイルと、その他異邦者4000人で勝てる見込みだった。それを、『英雄』発動時点では手も足も出なかったはずのシシオもまとめて倒し切って見せた)」


 実際、レクスの実力は俺からしても計り知れない。……正確に言えば、()()()()()()()()()()()()。何ができるゆえにあんなふざけた真似を成し遂げたのか、という部分について、俺にはスケール違いの仮定くらいしか思いつかない。


 例えば、――自由にして無際限の()()()()()、のような。


「(……ただし、レクスの実力の底知れなさ。これを理由にアダムが接近に消極的になるとは思えない。レクスの実力を確認したのは昨日の昼間だ。覚悟がまるで決まってなくて、この場で急に及び腰になったっていうんなら話は別だが)」


 故に、より可能性があるのは『二つ目』の仮説だ。


「(レクスが、無敵なはずの俺(・・・・・・・・・・)への銃弾を防いだ。しかも、当たり前のように。――だからアダムは、『自分の武器の正体がすでに俺たちにバレている可能性』を考えているんだろうな)」


 本当は、レクスは「とっさに体が動いただけ」なのに。

 ……だよな? もしかするとこいつマジで野生の嗅覚かなんかで『あの銃弾はやばい!』ってなったのかもしれないけど、結局はどっちでも同じだしな。


「……、……」


 さて、

 以上の理由で以ってアダムは今、こちらを警戒している。――()()()()()()()()()()()()


 正確に言えばアダムは、こちら(・・・)ではなくレクスを(・・・・)警戒しているのだから。



「レクス」


「おう?」



「俺には自衛の手段がある。だからお前は、好きに戦っていい」


「魔力無効化のスキルに対する自衛手段だと? ……いいんだな? その虚勢を信用して」



「強がりじゃないさ」



 俺はそこで、自分の右胸の辺り(・・・・・)をポンポンと拳で叩いて、



「俺がお前に、手の内をどこまで曝してると思う?」


「……わかったよ。死ぬなら、先にマスターさんに俺の借金はチャラだって言って死ねよ?」


「縁があったらな」



 そして俺は、レクスの背、

 ――そこをばしりと強く叩いた!



「行ってこい!」


「ああ。……行ってくらァ!!!!!!」



 レクスが奔ると、アダムはその構えを変遷させる。

 剣を持つ腕を、拳銃を構えた手の下に添える。その構えは目前に銃口と切っ先で交差を描くように。

 あの構え方であれば、剣戟はボクシングのジャブの様な、相手との最短距離を最速で打つようなモノになるはずだ。そして、必要があればいつでも、最低限銃撃を行えるだけの姿勢への回復も行える。


 俺はアダムの、兜の奥に視線を幻視する。その殺意はまっすぐに俺に刺さって、レクスへの意識は注意を払う程度にしか割かれてはいない。


 或いは、それで十分だと考えているのだろう。その上で、それは決して驕りではない。アダムは実際に、レクスの戦闘自体はすでに確認しているのだ。

 ……底は知れぬが、見果てぬ底が直接の致命傷になるわけではない。故に最優先は、すぐに無力化できる方。そう、彼は考えている。


 そして、さてと。

 他方の俺たちは、残念ながら『空の主』のことをまるで知らない。


 ……レクスの疾走は、『英雄』の三乗ほどではないが圧倒的な速度である。歩数にすれば5歩。たったそれだけでレクスの制空権が、アダムのそれと接触をする。

 アダムに逡巡はなかった。その身に有り余るようにして宿る歴戦の経験値が、目前にて牙をむく野獣への対処を導き出し、それと同時並行で俺への標準を引き絞っている。


 そして、――撃鉄を叩く。

 その火花は三つ。それぞれがまっすぐに俺の、人体上の弱点を狙っていて、



()()()()。』



 ()()()()()()()()()と共に、銃弾が虚空にて弾け飛んだ。

 さらに、



「――レクス!!」



 俺は向こう、アダムと今まさに拳を、剣を交わさんとするその背に声を、

 或いは、――正確に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「すまんな!! ――起動(きばく)!!」


「え? ど、ォああああああ!!?????」



 弾ける土煙。それと同時にレクスは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に見舞われて、

 半ば全自動でレクスの迎撃を成功させるはずだったアダムが、ゆえに、グーパンの代わりに体当たりを決行することにしたらしいレクスと派手に激突する!


 ……さて、一応で言っておくが俺は別に、レクスともどもアダムをぶっ殺してやろうと思っていたわけではない。そのために起爆のスクロールに送り込んだ魔力も、あくまで推進力の増強程度の威力に引き絞ってある。


 故に、――状況としてはこうなる。



「……え?」


「あ、……」



 つまりは、人外の膂力に合わせて外部推進力も合わさったレクスのタックル。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてことに。




「あ、なんか知らねえけどラッキー! 死ねェ!!!」


「ば、かな――ッ!!」




 さて、俺たちはアダムのことを、まだ何も知らない。

 故にまずは鎧の硬さの検証(・・・・・・・)である。


 ――やっちゃえレクス! ボッコボコだ!

 なんならそのまま倒してくれても構わないからな!



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