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03
高く、広く、そして「空白」の木造りの一室。
天窓から差す日差しは白く、頬に感じる風もまた、純白のそれだ。
沈黙が降りる。時折、木床の軋む音が響く。
部屋の中央。
にらみ合う二人が、――今、
「――ってりゃあ!」
「……、」
攻勢はリベット。その手には長短二つの刀がある。長いものは牽制に、その隙間に短いものをねじ込む乱暴な接近。刺突メインで間合いを潰す、突進型での乱撃だ。
対し防勢はエイル。その手には長剣が一つ。
しかし、
「――っくう?」
リベットの突進が、また一つ空を切る。エイルは彼女の猛攻を、バックステップで間合いを抑えながら軽く「いなして」いる。猛攻の内にリベットが少しでも力めば、エイルは見事にそれを捕まえ、流して、払い飛ばす。
俺は、それを、
「……凄いねえ、エイルさん」
「でしょー? 士官学校の時からあんな鬼みたいだったんだよ」
アルネ氏の隣で、体育座りをしながら見学しているのであった。
</break..>
私ことエイリィン・トーラスライトは、腹中で拍手を打つ。
まず初めに彼女、リベットの実力の内に拍手を打つべきなのは、彼女の武器選びの視線であろう。彼女は、幾つかの武器に視線を落として、そしてあの二刀を選んだ。それはつまり、他の武器も使えるということだ。それも、恐らくはこのレベルの練度で。
「……、」
短槍と、長剣と、それと手斧も確認していただろうか。
どれも、対人戦闘においては効果的な武器である。その上で、それらを全てどかせて、彼女はあの二刀を選んだ。
また、扱いの慣れについても決して付け焼刃ではない。間合いを潰す前進突攻。間合いが潰れれば一手一手の応酬も加速するし、そうすれば思考に避ける時間が目減りする。
これは、対人戦闘にこそ特化した戦い方だ。
……察するに彼女の考えているのは、最速最短の短期決戦なのだろう。
例えば槍での中レンジ戦闘で、私との技術対決を行うのは間違いなく愚策だ。それに、長剣などの「応用力で以って戦争の花形を勝ち取った」武器でも、やはり私とは五分の勝負に持ち込めない。
――「私」という強者の、
彼女はまず、その思考を刈り取るべきだと考えたわけだ。
「(しかし、甘い。これではどちらが先にガス欠を起こしますかね?)」
今もまた、彼女は不用意に力んだ。それを見逃すことはできない。
彼女の実力を半ば以上まで認めながらも、私はしかしもう一度彼女の突進をいなす。
――そろそろ、降参を促そう。
そう、私は思う。
なにせ今度の倒れ方は、今までのそれよりもずっと激しい。
リベットは、突進の勢いそのままで向こうの……、
「――――ッ!?」
向こうの、私が作った武器の山に突っ込んだ。それで脳内にアラームが鳴ったが既に遅い。あのハルとの言い合いが、まさかこんな形で悪い予感を的中させるとは……っ!
――がいぃん! と音が響く。それは、リベットが投げた手斧を、私がすんでのところで叩き落とした音である。
そして、そこに更に、風切り音が二つ。
「(……風切り音っ?)」
ただ物を投げただけでは、こうも風を切る音はしない。左右二つの投擲物は、私に向かって見事な弧の軌道を描いていた。
「なめっ、るなァ!」
一刀一閃。それで以って二つの放物線を弾き落とす。その投擲物は、リベットが先ほどまで使っていた長短二つの刀だ。ならば、――彼女は今、何を使っている!?
「――ちゃーんす?」
「っ!」
それは、私の考えていた以上の近距離から聞こえた。成程確かに、私は、彼女の猛攻で思考を削られていた!
――目前に迫るのは、短槍と長剣の二つ分の切っ先だ。
それを、私は、
「残念でした」
……仕方がなかったので、ちょっとだけ本気で止めることにした。
</break..>
私、リベット・アルソンには宿命がある。
そのために、まずはこの忌々しい準級という身分を脱出せねばならない。
「――――。」
「残念でした」
ここが、私の決着だった。
まず私は、そう。
初めに彼女、エイリィン・トーラスライトによって醜く情けなく地面に何度も転ばされる。確実にそうなるだけの力量差が、ここにはある。だからこそ転ばされることまでを作戦に入れる。
そのうちに、彼女はきっと思考を手放すだろう。考えているフリだけをする。或いは何か、別のことを考え始めるというのもあり得るかもしれない。なにせ彼女には、「この模擬戦の勝利条件がない」のだ。
彼女は私を下に見ている。ゆえに彼女は、私の降参をこの戦闘の終了にしようと考えているはずだ。
そもそも私と彼女では、勝利条件の明確さが段違いだ。
それが、……思考密度の決定的な差になる。
彼女とは違い、私には、――思考を尽くして目指すべき「一合」があった。
「 」
――そして、無様に倒れて、あの武器の山に近付いて、
あらかじめ山から弾いておいた投擲武器で不意を打つ。双剣もここで消費する。そしてそれらを牽制として、出来る限り間合いの長い武器を取り直し、それで以って最速最短の直線でエイリィンに一撃を入れる。そのはずだったのに。
「――降参を、なさいますか?」
私が選んだとどめの武器は、長剣と短槍であった。
長剣で頭を、短槍で腹を狙う。刃抜きをしてあっても、本気で打ち込めば小さなケガでは済まないだろう一手だ。
それを、彼女は、
「……、」
長剣を打ち払い、短槍を踏みつけにして、
――まるで戦乙女のように、美しく私を睥睨した。
「……、……」
息が切れる。
汗が頬を伝う。
私は、みすぼらしい中腰の姿勢で以って、彼女を見上げることしか出来ずにいる。
それが嫌だ。たまらなく嫌だ。
「――いいえ、まだよ。あなたのお墨付きをもらわないと」
「……。そうですか。お好きに」
短槍から彼女が足を離した。
そのまま、二歩三歩と距離を取る。
「――では、どうぞ」
「っ!」
もう、ワザとらしい発破などは上げない。彼女は私を、既に警戒している。
……短槍を放つ。
それが空を切り、床を穿つ。
それでもいい、少しでも体勢が崩れているうちに、長剣で更に彼女を狙う。
警戒されているなら、もう小手先では戦えない。それでもいい。まだ私には、出来ることがある。
……長剣による刺突、それは「到達速度が速いだけの点の攻撃」だ。彼女ほどの手合いが見切るのに苦労はないだろう。重要なのは、彼女の姿勢が未だ崩れたままであるところへ、更に無理な体勢を誘うことにある。
次だ。
そう、この一撃を防げ。そうすれば私の勝ちだ。
「 」
……私の、頭を狙った刺突を、エイリィンは難なく避ける。
それでいい、私は殆ど致命的に体勢を崩した彼女へ、今度は短槍による薙ぎ払いを放つ。私にしてもこれは、体幹を振り回しての無茶な一撃だ。だから、これが止められることは分かっていた。
――さあ。
「ほら、もういいだろ」
……衝撃音が、響くはずだった。
しかしそれは、もっと曖昧な手応えに変わる。カズミ・ハルだ。
私の短槍をその身で受けたカズミ・ハルが、そのまま私をエイリィンから引き離した。
……何してんだこいつは!
「ちょ、ちょっと、何するのよ! もう少しで私勝って――」
「勝って、なんだ? お墨付きがもらえるって? ソレで、マジで思ってんのか?」
私は、
どうしようもなく沈黙で返す。彼は彼で、なにやら「その鉄砲玉面はめちゃくちゃ見覚えあるんだよ」と独り言のようなことを言って、
「なあ」
「な、なによ?」
「試験ってのは、勝ち方まで合わせて採点基準だろ? 何するつもりだったかまでは分かんないけどな、無茶は良しとこーぜ?」
「……、……」
返す言葉がない。
だから、
私は俯いて……、
「――な、なにすんだーッ!」
ちょうどカズミ・ハルの頭があった辺りの位置で、ぱっこーんと綺麗な音が響いた。
「(……ええっ)」
「……エイルさん? なにすんの?」
「あんたそれは、こっちの台詞でしょうが! 滅茶苦茶いいところだったのに! 見ましたかさっきの彼女の表情を! アレはもうね、きっとすごかった! なのに貴様が止めたんだ!」
「……。」
全く以って納得のいってない表情のカズミ・ハルを、彼女、エイリィン・トーラスライトは押しのけて、
「素晴らしかったですよ! まあ一つも貰う気はしませんがね、ぜひ同行していただけますかっ? それから、あなたはどうか、私のことはエイルと呼んでください!」
「……、……」
私は、
「……、なんだそりゃ」
それだけは根性で言い返して、後はどうしようもなく、その場に座り込むことしかできなかった。
――スキル
武器生成《-》
外魔力を術者魔力による干渉で成形するスキルの派生形。武器を作る場合に限り、スキル成立速度及び魔力効率の判定が強化されている。
付属効果:無し
使用条件:思念、或いは口頭による起動
備考:エイルの持つものの練度は《EX》。これは、上記判定の強化に加えて「武器の顕現可能半径の拡大化」、「顕現パターンをある程度操作できる」などの特異性があるため。これについて、エイルはこの特異性を「魔術詠唱的なシステムで以ってのパターン制御」という形で活用している。(例:指定範囲に、鳥かごのように槍を作り出すパターン、「ケイジ・シフト」など)
ハル「なんだ、ケイジ・シフト?」
アルネ「そう、槍で敵を閉じ込めるパターンだね。カッコいいよ、『武器生成!』って叫んで出すの」
ハル「技名設定してんの? そう言う概念この世界にあるんだ……」
アルネ「技名? いやいや詠唱だよ。思念起動だけじゃ制御しきれない複雑な魔力の運用は、言葉で指向性を補強するんだ」
ハル「ほーん、例えば?」
アルネ「例えば? あーっとね……。そうだな、こうやって火を起こすじゃない?(ボっ)」
ハル「すげえ!」
アルネ「これに、例えば『スピル(ちれ)』っていうと(ぱちぱちぱち)」
ハル「火花になった凄い! なんかもっとカッコいいの無いの!?」
アルネ「ふふん(得意げ)……見ててね、『大嵐火腕!』」
ハル「でっかい手になった!」
アルネ「『炎上する蛇!』」
ハル「細長くなった!」
アルネ「『悪魔付与!』」
ハル「ヒト型になった! しかもお話しできる(コンニチワ!!)」
アルネ「そうなの凄いの! それで、指を鳴らすと……(かすっ、かすっかすっ)」
ハル「……アルネさん?」
アルネ「消え、消えるんだけど……(かすっかすっ)」
ハル「ア、アルネさん? 早く消さないと危ない、火だもの」
アルネ「や、やばい、やばばばば(かすかすかすっ)」
ハル「うおおおおおおバケツと蛇口どこだ畜生ッ!」




