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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第八章『パラダイス・ロスト』
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「うィーすっきりィ。久しぶりに酒なんぞ飲んで吐いちまったぜェ、やっぱ洋酒なんてのは(ハラ)によくないネ」


「……」



 と、私こと桜田ユイは目前でどうしてだか正座をしているゴードンに笑いかけているところである。


 なんとなーく記憶があいまいなのは酒精のせいだろうか。そこのゴードンの表情を見るに相当な何かしらのやらかしがあったらしいのは確定なのだが、その内容に心当たりのない私は、不快感を吐瀉した健やかさのままで彼に問う。


「やったらと気分がいい。そこで相談があるんだがゴードンよォ? 何かしでかしたってんなら先に吐いときなヨ。……仕事が立て込んでてよかったじゃねェか。おかげでホラ、ゲンコツいっこでナシつけてやってもいいゼ」


「ね、姐さん……? ……え? お、覚えてねえのか?」


「なんだネ? ……あん? シケねェ面してると思ったらアタシ絡みかい? 心当たりがないってのが恐ろしいが、なにかあったなら早めに言いナ。寝てる間にアタシの乳でも揉みやがったか?」


「んな背中と区別のつかねえ乳なんざ揉むかよ。いや、覚えてねえんなら、いいんだけどよ……?」


「おー言いやがる。知ってるか? それエノン辺りが言ったらチンのチンがもぎ取られるんだぜアタシに。……まあ、バレねえイカサマはさせたほうが負けだわな。じゃァいいヨ。後でタネがわかるまでオシオキは保留で」


「ま、マジか……! ち、ちなみによ姐さん!」


「あん? なんだい」


「お手! ……………………って言ったらどうする?」


「殺すねェ」


「そ、そうだよなぁそりゃそうだ! はっはっは(汗」


「……何が何なンだか」









「さてとだァ」


 と、私は言う。

 場所は変わらず、絢爛豪華な客間にて。目前にいるのは姿勢を崩した胡坐座りのゴードンと、それから少し向こうに、北の魔王のところのマグナ。

 彼女は適当な椅子を引いて、上半身から全ての力を抜いたようにして気だるげにこちらを眺めている。


 当事者意識をまるで感じないんだけれど、あいつはちゃんと私の話を聞く気があるのだろうか……。


「……兎角、役者が揃ったネ。多分(・・)ってことにァなるんだが」

「多分、というのは?」


 マグナの問いに、私は答える。

 ……それから、ちゃんと会話に参加してくれるつもりらしい様子をみて、私は彼女に視線を振った。


「ハルのヤツが絵図ォぼかして説明しやがってんだヨ。アタシァ作戦の全容を知ってるわけじゃあない。アタシにしに任されたのは」


「……、……」


()()()()()()()()。それから、『察っせ』ってばかりに飛空艇の見取り図が二つだネ。……そこで一つ聞きたいのが、マグナちゃン」


「鳥肌ですね。呼び捨てで結構」


「そうかネ? じゃあマグナ。ハナシィ持ってきてんのはアンタだと思ってるんだがどーだい?」


「……すべきことは、聞いてきています。それも、作戦というような内容ではありませんが」


「いいサ。話しナ」


「……では」


「……、……」


「わたしが聞いたのは、もてなすべきお客様の素性です。――四日後に、この船に北の魔王から五名が訪問する手はずになっています。ハル氏が言っていたのは、彼ら、……というかわたしたちが、動きやすいようにしてほしいとのことです」


「……迂遠だネ。北の魔王サンが何をしたいかってのを先に聞けたら、アタシ達も動き方にアテがつけやすいんだけどナ?」



「わたしも当然言ってってみたっすけどね。彼曰く……」


「……、……」


()()()()()()()()()がいるんですって。だから、指示は最低限度に。わたしたちに求められてるのは一人前の冒険者としての柔軟性です。彼は一言、『任せた』とだけわたしに、それからあなた方向けの伝言としても、言ってましたね」


「……すこしふしぎってやつかィ? 胸が高鳴っちまうネ」


「SFのことが言いたいならアレはサイエンスフィクションの略ですね。まあ、時間遡行くらい出来てもおかしくないのがこの世界ですんで、仮定(フィクション)のハナシじゃないってつもりで当たっときましょ」



「……おいゴードン」



「んあ? ……なんだ姐さん話は聞いてたぞ」


「そら重畳。それよりだ」


「おう?」


科学(サイエンス)()()()()()()()()()()()?」


「……サイエンス? そりゃ、知ってるけどどうしたんだ? なんか知らねーけどアレだろ? カタカナ5文字のヤツだ」


「オーケーもう喋んなバカが。……率直に聞くが、マグナよォ?」


「はい」


「――()()()()()()?」


「父が、()()()()()()とだけ答えておきましょうかね。……それより、作戦の話はもうよろしい?」


「……悪いネ、好奇心だヨ。それじゃ続きだ。んで、アタシァ結局どうしたらいい?」


「とりあえずわたしは艦内の把握を行います。マッピングと搭乗員の大まかな時間別導線の把握ですね。」


「……、……」


「ですんでアンタさんは、それ以外の必要になりそうなことを。……とりあえずはウチの大将が動きやすいようにって下ごしらえと、それからまぁ、()()()()調()()()()()()()()()()()()?」


「…………。」




 ――そこで、

 私の中の曖昧だった『疑問』が、明文化する。



「(……、……)」


 私は、スパイがこの艦には載っていないことを既に知っていた。

 それが、この疑問を言葉にして、さらに言えば『答え』までもを抽象的に暴く。


 それは、……まったく、ギリギリの駆け引きに違いない。

 私がもう少し阿呆であったなら、『未来から来たスパイ』なんて象徴的な言葉と()()()()()()()()()()()()()()を結び付けて疑心暗鬼に陥っていただろう。


 ハルは恐らく、私にしかわからぬ言伝をマグナ越しに伝えてきたのだろう。しかも、相当先の未来を予知するような、()()()()()()を。


「……オーケー。大体することァ決まったわナ」


「そうですか。……では、わたしはさっそく潜伏します。合流する場合のサインなどは決めておきましょうか?」


「そんときゃテキトーにアンタがアタシに会いたくなるような花火でも上げるサ。ロマンチックなやつをヨ」


「その日が来ないことを心待ちにしておきます。それでは――」



 と、その言葉が消える前に、彼女はこの部屋から姿を消した。

 いつか彼女と剣を交えた時にも見た、あまりにも見事な神隠し。私は、彼女の消えた辺りを呆けるようにしてしばし見て、



「ゴードン」


「おう? ……ちなみに俺は、何したらいいんだコレ?」


「……それなンだよなァ。手前仕事ねェんだわ」






 ……………………

 ………………

 …………






 グリフォンソール飛空艦隊所属艦『竜辰』。

 その広大な艦内を今まさに席巻するものこそが、この飛行艦を象徴する『悲鳴』であった。


「……、……」


 ――非力な誰かを虐げる強者の嬌声ではなく、それは、誰かの不幸を哂う類のものではなく……、


「し、死ぬゥ!!!!」


 誰も彼もが不幸なるブラックワーク(修羅場)を喘ぐ、人民総意の上司への不平不満である。


「おいこのグレープフルーツをカットしたのは誰だ殺すぞ!!! ウサちゃんじゃなくてカメの形にカッティングしろって言ったよな俺!!!」

「だから聞いたでしょカメの形のカッティングって何なんだよって!!! 見たことないんですけどって聞いたら『いつものヤツだろうが!』って怒鳴ったのはアンタだろ!!!」

「おい話してる暇があったらヒマワリを育てろ明日までに花を咲かせないといけないってことになってんだよ!!」

「昨日植えた種が間に合うわけねえだろ!! カフカ様にバレないように折り紙で作っとくって話になってんだよ生花部門のほうに話し通してっから!!!」

「確認しに行きました! 生花隊寝てましたぁ!!」

「殺せェ!!!!!!」


 それは、言葉通りの東奔西走であった。

 普段こそ調度品のように自我を殺し、一流の執事やメイドのようにすまし顔で立ち居振る舞う彼らが、今ばかりは怒号に躊躇をしない。


 彼らは、グリフォン・ソールという一流以上の冒険者クランに所属する「おもてなし部隊」である。

 華を整え、趣向を凝らす。食事の用意に細を穿って、埃一辺の見逃しさえ大前提としてあり得ない。現実的な準備時間さえあれば神様だってもてなし切って見せると豪語する彼らが、そして、実際にそのような「神話」をさえ経てここにいる彼らがそれでも阿鼻叫喚としているのは、――ひとえに、与えられるべき時間がなかったためであった。


 今より八時間後に、この飛空艦にはグリフォン・ソールの大元締めであるクランマスター、クレイン・グリフォンソールが訪れる。

 その主曰く今回の訪問はあくまでも内々のものであり、「スッときてサクッと帰る程度のもの」とのこと。それを、彼らの上司であるカフカ・ドラグニアは……、


「だから何だっていうんですの?」


 この一言でもって切り捨てた。


「おい! 夏はまだか!! 夏の訪れは!!」

「やっぱ無理だ! 無理だ無理だ無理だ!! どうやったら上空6000メートルの周囲360度全部の3キロメートル以内一帯をしかもこの飛空艦に並走させる形で常時夏の気候にすればいいのかわからない!!! なにが『せっかくの全面スカイビューイングなんだから空の景色は地平の果てまで夏の空模様がいいですわね』だ舌ァ引っこ抜いてやる! 誰か手を貸せ!!」

「朗報だ魔術企画部! 営業部門連中が入道雲の精霊と契約を交わしたぞ! これでとりあえずそれっぽくはなるかもしれない!!」

「おいカフカ様からオーダーの追加が来た! 飛空艦にアゲハ蝶を並走させろとのことだ!!」

「馬鹿がよぉ!!」


 現場主任のホムンクルス男性は思いつく限りの罵詈雑言を吐き出しながらも、脳のリソースを冷静に隔離した上で沈着なる思考を行う。


「(アゲハ蝶の精霊と契約をするか? 待て、誰かその精霊とパイプを持っている奴はいるのかっていうかなんなんだよアゲハ蝶の精霊って!! つーかそもそもアゲハ蝶って最高時速でも飛空艦と並走できるほどの速度は絶対ないよな! 分かった。だったら時空間固定だ。放流したアゲハ蝶を飛空艦周囲に空間的に固定してヒラヒラさせる。いや待った。高度6000メートルの環境に適応してヒラヒラできるアゲハ蝶はもうそれはアゲハ蝶じゃないんじゃあないのか? じゃあどうする適当に切りそろえた折り紙をそれっぽく風属性魔術でまき散らすか? バレたら死ぬだろうがその時はもう俺たちが一斉に反旗を翻す時なのかもしれない。いいや待て自暴自棄になるのはまだ早い! アゲハ蝶をステータス強化スクロールで超強化して航空環境に適応させてヒラヒラさせる! これしかねえけどそんなスクロールあんのかな!!)」


 まず、季節的な問題で野生のアゲハ蝶はそう簡単に見つからない。故に今回はちょうちょの卵保管部門に話を付けて魔術的手段によって八時間以内にアゲハ蝶を孵化させる。それと同時並行でスクロール調達部門に、騎士堂あたりから高空環境適応のスクロールを用意させて、しかる後にスクロール技術部門に頼んで強化スクロールのアゲハ蝶との親和性を拡張させる。それと同時進行で飛空艦周囲に時空間固着術式を用意。固着した周辺に高空環境に適応させたアゲハ蝶をまき散らしてオーダークリア。残り八時間、ギリギリのギリギリではあるが、いけなくはない……!


「いける、いけるぞ……! おいみんな! 今から指示すr――」


「主任!」

「やめろ!! 喋んな!!!」


「追加指示です! たくさんのアゲハ蝶と巨大なカマキリが戦っているところが見たいそうです!」

「やめろっつってんだろ!!!!」






 ……さて、


 かくして飛空艦『竜辰』には、八時間後の時点でグリフォンソール最高峰のロケーションが整えられることとなる。


 景色は夏。高空を舞うアゲハ蝶が、高き日差しの影を落とし、その陰に紛れて『密会』は進むだろう。



 入道雲が闇を齎す頃に、人類の命運は袈裟に分かたれることとなる。

 この世界の最高峰による暗躍と、それに紛れ込んだとある一計。


 その『答え合わせ』がなされるのは、

 ――今より、二週間後のこととなる。



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