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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第八章『パラダイス・ロスト』
289/430

『Phase_2』

 


 ――メル・ストーリア城下町の片隅にて。

 異邦者、コーネルス・バッカードは、昼間の空を仰いでいた。



「……、……」



 彼は、冒険者としての輝かしい経歴を経てネームバリューを磨き上げた傭兵である。

 通称『暗殺者バッカード』。それは、傭兵という職業柄「人の戦場」に駆り出されることが多い彼が「敵将のみを見事に刈り取り敵軍にさえ損壊を与えない」という信条をここまでに徹底してきたための通り名である。


 元来、暗殺者の名が売れるなどというのは、その人物が身元を隠せない無能であるコトの証左でしかない。何分、人を殺す職業である。名前が売れれば売れるほど、その名に込められる悪感情も肥大し、ひいてはその人物の寿命を縮める。暗殺者の天敵は暗殺者である、などという皮肉は、暗殺者自身にとっては切実な事実でしかない。


 しかしながらコーネルスは、あくまでも傭兵であり冒険者である。

 暗殺者が「相手を殺すための唾棄すべき毒」なら、冒険者や傭兵は「相手に脅威を想起させるための兵器」だ。彼の名前を出すだけで、敵軍が無条件降伏するという形での『平和な終戦締結』が為されるケースは決して少なくはない。


 ゆえに、彼が暗殺者と呼ばれることは、翻っては彼が平和の使者であることの証明でもある。

 戦争の暗殺者、……「戦争を殺すモノ」としての彼の経歴は、戦争に怯える無辜の民にとっては実に輝かしいモノであった。


 が、……それでも彼は「暗殺じみた戦争の攻略を行う者」である。

 彼の名が意味を、威力を持つには、彼自身が圧倒的なる暗殺者でなくてはならない。


 ゆえに今日も、彼は依頼を得る。

 誇り高くも血まみれの経歴を積み重ねてきた彼は、……その経歴を英雄視する層からすれば信じがたいような仕草で、



 ……つまりはやたらと小物っぽく、依頼書の内容を嫌そうに眺めていた。



「(……『特級派』冒険者レクス・ロー・コスモグラフの討伐。数週間下調べしたけど結局どうやって勝てばいいのか分かんねえんだけど!!)」



 彼が自覚する自分自身の性格は、一言で言えば「ギャルゲ主人公の友人ポジ」である。

 人は好きだが、人付き合いは好ましくない。外側から見ているぐらいがちょうどいいけれど、でも下世話な話はむしろ積極的に収集する。そして何より彼は、「自分は性格が悪い癖にあまり頭は良くない」と自覚している。


 ……人付き合いが苦手なのは、馬鹿をして傷付くのが苦手だからである。だけれど頭の悪い自分は処世術もうまくこなせず、その結果、この世界では場合によって、人を殺さなくてはならない状況に追い込まれることもある。


 だからせめて、殺すにしても最低限の数を。

 そんな思いが彼に、スキル『フリースタイル〈EX〉』をもたらした。



「(結局、打開策も思いつかずに開戦10分前……。終わった。これは終わった)」



 せめて、攻め方を変えるべきなのは間違いない。喧嘩を売れば間違いなく惨敗する相手に、直線距離で走って行ってぶん殴るなんて真似は絶対に出来ない。



「(『世界派(・・・)』の連中と頑張ってパイプ作っといてよかったよなあ……。今からでも合流しよう。それで、みんなで力を合わせてレクスを倒す。これっきゃねえ!)」



 依頼内容は、『グリフォン・ソールの凱旋と共に宣戦が布告される「異邦者大戦」を停めるために、元締めを討伐すること』である。

 実に抽象的な内容ではあるが、その依頼料は莫大で、更に言えば「元締め」の定義は依頼主との交渉が可能であった。

『異邦者宣言をした「特級冒険者」と敵対せよ』などと言われればカネを幾ら積まれようが受諾などありえないが、調べたところだとこの戦争、実際に取り仕切っているのは一級冒険者のクラン・グリフォンソールとレクス・ロー・コスモグラフ氏であった。

 ……一級冒険者程度なら幾度となく屠ってきている。治安の混乱に乗じて名乗りを上げた手合いなど物の数ではないと依頼を受けたが、それがまさか、どちらも準級とはいえ特級に成り上がって、しかも自分と同じ異邦者だったとは。



「(……、……)」



 禿げあがりそうなほどの煩悶を、しかし顔には出さぬまま、

 彼は群衆が奔る街路を間近に眺めていた。


 この街からは既に、一般人と呼ぶべき層は出払っている。

 彼の脳内にある中世風ファンタジーそのままの街並みを忙しなく行くのは、どれもが『世界派』と呼ばれる、この世界の味方をすることに決めた異邦者のフォロワーである。


 どうやら、実に盛大に凱旋をするグリフォン・ソール艦というのは実はもぬけの殻であり、『特級派』、異邦者の権利拡張を求める層はこの街のどこかに身を潜めているらしい。それに対応すべく街にネットワークを張っているのが彼らという群衆だ。


 ……『その噂』の根拠は流出した空中艦内部の見取り図である。

 空中艦などと言う前世でもSFだった概念に詳しい人間など存在しないが、そんな素人の集まりでも核心を以って言えるほどに、その艦は「人を擁す作りをしていない」。

 内部の八割が動力だの武器だのを格納するのに使用されており、居住スペースはグリフォン・ソールに所属する『晴天八卦』と呼ばれる八人と、それからクランリーダー及びサブリーダー二名を受け入れるのが関の山である。

 ……まあ、『王広間』とかいう酔狂な名前の大広間になら五百人くらい寿司詰めに出来そうだが、「好きに生きなくて何のための異世界転生なの?」を地で行く異邦者がそんなことを受け入れるとは思えない。というかそもそも五百人程度詰め込んでも大した戦力ではないほどに人員の膨れ上がった状況である。やはり、あの空中艦は目立つためのハリボテとみるので間違いない。



「(じゃあ問題は、『見取り図の信憑性』なんだけど、それはもう大衆が認める流れだ。ここまで来たら『事実だって前提』で動かないと作戦が全部回らなくなる)」



 ただし彼自身は、その「大衆意識を信憑性の根拠とする状況」に気色悪さを感じて、『世界派』とは距離を置いている。

 宗教じみた強迫観念で皆が躊躇なく信奉しているのではなく、皆が皆「信じるしかない」として動いている状況が、あまりにもキナ臭い。


 実際、判断力のある連中は半分だけ(・・・・)『世界派』に所属しているような状況であるらしい。その手合いは現在、空中艦を撃ち落とすためのサブプランを用意しているのだとか。


「(……でも、俺が接触するべきなのはそっちの『世界派のマイノリティ』じゃなくて、地上の掃討戦に準備してる『世界派のマジョリティ』だ。なにせそっちに、レクスは出張ってくる)」


 彼がグリフォン・ソールではなく冒険者レクス・ロー・コスモグラフを狙うのは「その人物が地上にいるため」である。

 彼には、そもそも対空手段がない。ゆえに今回の依頼では、「元締めの半分」を討つというところで依頼者からは妥協を勝ち取っている。


 そして挑むべき敵、レクスは、

 ……曰く、『世界派』の冒険者一人一人に一騎討ちを挑むと高らかに宣言したらしい。


「(豪気すぎてあやかりたくもねぇ。なんつう自信なんだ)」


 その打診は、しかし、『世界派(こちら)』から「もっと別の形」で提案されたものである。

 曰く、「こんな狭いところでバトルロワイアルなんかしたら地盤ごと吹き飛ぶ。ゆえにここは決闘形式の総当たり戦にしないか」と。


 そして、それに対し準特級冒険者レクスはこう言った。

「じゃあ俺一人で十分じゃん?」と。


 それは、豪気なる慢心なようで、その実狡猾なる挑発であった。

 彼が実際に『世界派』を一人でズタズタに出来るという前提あってこそだが、……ただ一言でレクスは、彼の思惑通りに「レクスVS『世界派』の総当たり戦」を確約させた。これで本当にレクスが勝ち抜いた場合、『特級派』の戦力は完全に温存された形になる。



「(さて、と……)」



 思考に埋没しているウチに、

 ――時刻は、宣戦布告の時へと至る。


 ゆえに彼は、背をもたれていた壁から離れて、群衆の流れる方へと進む。


 彼ら(・・)は『特級派』の敵ではあるが、それでも「ソレ」を見逃す手はない。


 グリフォン・ソールの擁する空中艦。ただ一機でH級エネミーと決闘をし、そして昼夜の決戦の果てにこれを撃ち落とした。


 そんな、威風堂々たる『もう一人の空の主』の姿を見るべく、彼は日陰を出ては日向を辿る。




「……、……」




 ――進む先は、この街の風景が途切れる高台である。



 石畳の広場。

 この街は丘に葺かれたような上下二層構造で成っており、彼がいるのはその上層。


 目下に広がる街並みは地平に至るまで続いており、それを、この広場からは一視にて見下ろせる。


 彼方にあるのが蒼穹の果てである。霞む視界の限界の先は、判然としないままで空の向こうへと続いている。



 晴天。

 真昼の空は今、突き抜けている。



 嗚呼、その、秋の天高い空には、











「は?」











 ――『群衆』で以って、空中艦隊(・・・・)が姿を現した。







「(ま、て……。――待て待て待て待て待て!!!??)」












 ――それは空中艦ではなく、空中艦隊(・・)であった。

 それが、カモメの群れが海を渡るようにして、V字の隊列でこちらへ向かっている。


 数は11。それは奇しくも、グリフォン・ソールを構成する『晴天八卦』とトップ三名を合わせたのと同じ数で、……ゆえに、彼を含めた地上の群衆は気付く。


 自分たちは、踊らされていた。

 誰が、空中艦が一つだなどと言っていた? 少なくとも、『グリフォン・ソール』は言っていないだろう? と。


 そして、――『声』が、














『――傾聴(・・)



 諸君、これより、「グリフォン・ソール」は勝利宣言をする。私は「晴天八卦」が一席。

「龍辰」、カフカ・ドラグニアであr









 ――()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
















 /break..
















「――ビーンって言ったか、そこの君」


「うん? ああ。初めまして、……じゃないよな、『王広間』で見た顔だよね?」



 と少年(・・)は、後ろから掛けられた声に応えた。

 振り向くとそこには、……なにやら伊達酔狂じみた巨大な剣を背負った青年がいた。



「ああ。異邦者、キリウだ。……って言っても異邦者は自己紹介にならないか、この(ふね)に乗ってる奴は全員そうだもんな。冒険者キリウだ」


「じゃあこっちも改めてビーンだよ。残念ながら定職には着いてない。……あれ? というかなんで僕の名前知ってんの?」


「会話してるのを聞いただけだ。異邦者のクセに社交的なんだな? 有力な奴に片っ端から声かけてなかったか?」


「異世界転生するやつが全員人格ねじ曲がってるみたいに言うのはよせ。さては復讐モノしか読んでないタイプか?」


「……いや失敬。確かに妙な偏見だったわ」



 場所は、グリフォンソール空中艦隊、左方第四艦『犬戌』の居住スペース。

 ……と言っても粗製の出来であり、金属属性スキルによる急ごしらえの一室は、人をもてなすのにはギリギリハードルをクリアした程度のシンプルな作りである。


「で、用は?」


「……いや、不思議な奴だと思って声をかけてしまった。ビーンは、戦う前には準備がいるタイプか?」


「この艦隊に呼ばれた奴は大抵そうだと思うけど、……ラッキーだったね、僕はその大多数じゃない」



 入室を歓迎するようにして、少年ビーンは片手を挙げた。



「不思議って、なんのこと?」


「積極的に横のつながりを作ろうとしてるのは君ぐらいだった。好奇心で聞くだけなんだが、何の意図があったんだ?」


「(……、……)」



 少年はしばし沈黙し、



「なるほど、そっちも僕と同じか」


「?」


「戦う前に準備が要らないから、暇だったんだろ?」


「あー、なるほどな」



 その通りだ、とキリウは笑った。



「俺はこの剣があればいいからな。この艦隊に乗せられてる奴は、どれも工房系のスキル持ちだろ? せっかくの展望スペースももぬけの殻で、時間を持て余してな」



 人懐っこい笑みを男は作る。



「それで、社交的そうな奴に声を掛けたんだ」


「僕はまあ、言うほどでもないけどね。人見知りを押してこの機会を活かしただけだよ。なにせ、異邦者がこんなにも一堂に会する事なんてないだろ?」


「そりゃまあ、そうか。……しかし、機会を活かすってのは?」


「僕は、家族のために『特級派』になったんだ。……と言っても、そう珍しい動機じゃないけどね。大切な人のためにより多くを残そうって人は、どうやらこの艦にも少なくはないみたいだよ。個人的な動機で乗ってる人も少なくなかったけどね」


「へえ? そういうもんか」


「キリウさんはちがうの?」


「キリウで良いよ。呼び捨てで。……俺は、誘われたから乗っただけだ」


「……誘われた? 誰に?」


「『犬戌』の人だよ。クラーク・ボルゾーさん」



 そこに彼は、「……あ、男性名なんだけどキュートな女の子だよ」と続ける。



「ちょっとした縁の知り合いでな。だけど、この集まりのホストだからって忙しくしててな」


「なるほどね」


「メルの城下町までは、あと4時間。のんびりするには長すぎるだろ? 予定がなければ暇つぶしに付き合ってくれよ。この(ふね)の案内も出来るぜ」


「それは良いね。僕も、こんな機会は滅多にないからさ」



 握手を交わす代わりには、柔らかな視線を交わし、

 ビーン少年は、キリウの先導を以って部屋を出た。


 ……『竜辰』の少女が広域アナウンスで城下町中に悲鳴を響かせたのは、この4時間後の事であった。





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