_6
――人類最高峰の騎士。シシオ・トーラスライト。
曰くその称号は、実に複雑な工程で以って授与されるモノらしい。
ただ強いだけなら、そいつは世界最強でも名乗ればいい。最高峰を名乗るなら、その人物は、誰もが見上げる高峰でなくてはならない。血の気の多い連中にのみ羨望される『最強』ではなく、人類の羨望を一身に浴びるような『最高』であるべきだ。
……風情のない表現をすれば、どうやらこの称号は、俺の世界で言うところのノーベル賞受賞者に近いニュアンスであるらしい。
この称号を持つ者は、何らかの形でこの世界の『常識を作る何か、歴史を進めた何か』に寄与していて、大抵のケースにおいては間接的に全人類の人生に関与している人物である。
例えばこの世界には、……冗談じみたことにサンタクロースが存在しているらしいのだが、そいつはこの世界の時空を開闢し、人類に時空体系魔術をもたらした。
或いは別の例として、ウォルガン・アキンソン部隊のバルク・ムーンは『魔術式体系:月』の構築によって人類最高峰の名を頂いている。
……この話のうちでバルクの例は「世界中の大人が総出になったジョーク」みたいなハナシらしいのだがそれは置いておいて、とかくこの称号は、――はっきり言えば強さは関係ない。
強さではなく、影響力や波及力の類い。
これが「人類最高峰の騎士」にノミネートされる条件であるが、
それを前提にして、シシオ・トーラスライトという爺さんは、
――まさしく「人類最高峰の騎士」を名乗るべき逸話を持っていた。
「――『ハッピーエンドのシシオ・トーラスライト』。それがじぃじの偉業を最も適切に表現した通り名です」
「ハッピーエンド?」
トーラスライト邸の、とある執務室にて。
……俺が問うと、エイルがやや誇らしげに応えた。
「この世界遍く全ての敵との戦いを、誰がどう見てもハッピーエンドだと言うほかにない帰結に導いた主人公です。……ちなみにその敵役は、今は私のおばあちゃんです」
「……、……」
エイルの言葉を聞くだけでも、ウイスキーのように濃厚なシーンが数々脳裏を翻る。
……多分、若き日のシシオ氏がその世界の敵とか言う女性に恋をして、それで方々を奔走したなんて物語がこの世界にはあるのだろう。それで、世界中に憎まれたその彼女を、それでも伴侶とし、その上で人類最高峰の名前を得た。
とすれば、この爺さんは過去に、人類の敵を「人類に許させた」ということになる。
そうでなくては、『人類の敵』なんてものを伴侶とする人物が『人類最高峰』なんて風に呼ばれるわけがない。
……それについては、若干ばかり物語の中身が気になるところだが。
「なるほど。お会いできて光栄ですエイルのじいちゃん。俺は鹿住ハル。今日は何の理由があるのか知らされもせずに呼び出されました」
「――。なるほど。じゃあ改めて。……エイルは渡さんぞ小童。おいなんだその腕時計。それエイルにワシの息子がプレゼントしたやつに見えるんだけど勘違いだよなァ……?」
「ははは勘違いですよ。すみません。この世界の腕時計には詳しくないのでエイルさんに相談させてもらいまして、……きっと娘さんもお気に入りの時計なんでしょう。『すごく便利だ』とこれをおすすめしてくれましたよ」
「あ! そうなんだ! いやあごめんね? そしたらこれからも、ビジネスパートナーとしてエイルと仲良くしてあげてくれよな!」
「…………。ええ!(キラキラスマイル)」
/break..
俺の言葉に、爺さんは本当に微かに、怪訝な表情を取った。
「……、……」
しかしすぐにその様子は霧散し、俺に冗談じみた牽制を放ち、
それに俺がウソ100%の返答をすると、彼は、笑顔に棘を一抹混ぜ込んだような言葉と共に、ひとまずは俺を歓迎した。
「しかしエイル。聞かせて欲しいんだが、ここに俺たちが集まった理由はなんだ? その辺は、この場じゃ俺だけが知らないのか?」
「……そういえば、まともな説明はまだでしたね」
彼女が言い、この執務室にて一歩踏み込む。
レオリアとリベットが口を挟まないのは、……どう考えてもこの場でしゃしゃり出る理由が見つからないからの一択である。
しかしながら、それでも彼女らがこの場にいるのには一定の理由があるはずだ。普段なら「暇だった」の一言で一蹴できるだろうが、なにせ今は「暇じゃない」。
その上で考察するなら、彼女らがいる理由としては「彼女らを承認、認知させるため」だ。
では、『何』に『誰』を承認させるか。
後者は考える必要もなくシシオ氏であり、そして前者は――、
「改めて、おじい様。――レガリア=エネルギーの提供を、どうかお願いしたく今日は来ました」
「……、……」
レガリア=エネルギー。
俺は、……まず確実に、その名前を耳に入れたことはないはずだ。
王権の象徴という言葉で、果たしてどこまでその性質を推し量っていいモノか、俺がそのように思案していると、エイルが察したようにこちらに向き直る。
「発見の出自は古く、およそ500年前にさかのぼる携行可能な魔力性質エネルギーです。しかしながらこのエネルギーはこの世界の表層を流通することはない」
「……、……」
リベットの表情を見て、エイルは敢えてそちらに言葉を投げる。
「莫大かつ無染色的なエネルギーの結晶物です。レガリア=エネルギーは、奇跡を発生させるためにこの世界にある、……かの如き物質です」
「奇跡を……?」
「本当に、存在していたのか……」
リベットとレオリアの反応は、実に対照的であった。
「ワタシも黒幕名乗ってますから、アングラ流通の話はそれなりに入ってますけど、……それは、裏社会における『領域』、御伽噺の類いではないんですか?」
「ええ。恐らくレオリアの知っている情報の殆どは真実だと思います」
「……出自不明のエネルギー。裏市場においては骨董芸術品的に流通していて、誰が市場に流したかも不明。本気の本気で正体不明で、そのエネルギーは、魔術式を魔力熱量的にとんでもないレベルで補完することで、当たり前の魔術を、概念スキル級の強度に格上げする?」
「ええ。このエネルギーを用いれば、全ての術式は『確実に成立』します。術式に多少の不備があろうが構わずに、どんな障害や環境や防御術式もモノともせずに。ですからこのエネルギーは、魔術を『叶える』モノとされていますね。使った魔術が必ず成功するのですから、それは願いを叶えるに等しい、なんて意味で」
「では、……値段の噂も?」
「……ええ」
微妙な表情で、エイルはそのように呟いた。
「時価総額8000億ウィル。それが下限です」
「(うわたっかー……)」
内心でドン引きしつつ、試しに架空のそろばんを弾いてみる。
……ウィル単価が大体日本円にして7倍程度だから、×7で5兆6000億円。これはつまり、うまい棒を5600億本買える数字だ。すげえ! 分かりずらい!
「で、でも……」
と、そこでリベット。
「そんなに高いモノ、逆に売る先がないんじゃないの? あ、それとも一個を削ってちょっとずつ売れるとかなのかな……?」
「いいえ、リベット。このレガリア=エネルギーは、一つで一個の願いを叶える装置です。ですから二つに割るようなことは出来ません。……そして、売る先がないということもない。売れるから、値段が付いているんです」
「そ、そんなお金持ちがこの世界には居るのね……」
「ええ。分かりやすくカネとモノを交換するような契約ではないですが、このエネルギーをカネに変える方法は確実に存在しています。……当然、『億万長者にして欲しい』なんて願いを叶える、という方法ではなくてですよ」
「えっと、……そんな、滅茶苦茶なものを、エイルは……?」
「……ええ。おじいちゃんにせびってますね。――あの、じ、じぃじっ!(焦り) 駄目かなっ? 欲しいんだけどなっ……!(上目遣い)」
ということらしい。
俺たちへの説明責任を全うしたエイルは、改めてそのようにジジイに縋りついた。
先ほどの、ATMに向ける目とは違う本気のお願いモード。一応俺も、今回は『本気』でこの集まりを時短しようと思っているため、まずは静観をしながら思考に埋没する。
……エイルが言った通り、この状況は俺たちがレガリア=エネルギーを譲り受けるためのものである。
その上で、障害になるのはどうやらエネルギーの希少性らしい。
ここでジジイが選択肢は二つ。当然のことだが、――イエスかノーかだ。
では、――改めての静観を。
イエスと答えてくれれば万々歳。一方でノーだとしても、それを答えた瞬間のジジイを眺めておくだけで、俺はこの状況に答えを出せるだろう。
いつか、勢いで言ったコトでもあるが、俺は、本気を出して何かが出来なかった事など、一度もないのである。
――さて、ジジイは、
「ふうむ……」
と、悩まし気な表情を取った。
そして、そうしながら『俺に意識を向けていた』。
……あ、俺なの?
「……、……」
表面上は、エイルへの、角の立たない「乗り気ではないスタンスのアピール」に見えることだろう。
しかしながら、どうにも二流である。実際、腹芸の流派は俺に近いであろうレオリアも、爺さんの様子に違和感を感じたらしい。
爺さんは、決して俺の方を見ないように振舞った。
別に、敢えて俺以外の全員と目を合わせたなんてわかりやすいコトではなく、俺の視線を遮るように一瞬だけ動いたのである。
さて、
それを前提に考えよう。あの爺さんはひとまず、レガリア=エネルギーをこちらに引き渡すことには消極的であるようだ。
それについて考えられる理由は、とりあえずで二つ。
希少かつ高価な事と、その効果の絶大さである。
その上で、レガリア=エネルギー自体を惜しんでいる場合、爺さんはあのような態度を取ることはしない。普通にエイルの視線を切るはずだ。この状況においては、「視線を嫌がった相手が俺だった」というだけで答えが出る。
つまりは、シシオ氏は後者の理由で以ってエネルギーの譲渡を嫌がった。そして、そこには俺が引っ掛かっている。この時点で、――俺が取るべき手段は決定する。
ゆえに俺は、その最適最速解を、言う。
「エイル」
「は、はい?」
「――俺がここにいる必要はないな、んじゃ!」
「え、……え、ちょ!」
彼女に本気で追いかけられたら俺なんて0,2秒でお縄である。
ゆえに俺は、この場の誰しもが呆気にとられている今のうちに、実に軽やかに部屋を後にするのであった。
……なお、最後に、至極無感情な視線を敢えてシシオに向けたことも追記しておく。
/break..
さて、
突然だが、俺のスキルのうち最も有用なのは何だろうか?
例えば、『マスター・オブ・ザ・バー・ヴァルハラ』。
このスキルは俺が、「いつでも好きな時に、最高のシチュエーションで酒を飲む」ためのものである。これは、言い変えると、俺はいつでもこの『異世界』への避難が可能であるとでき、またこのスキルによって俺は、「酒を酌み交わしたい亡き友人」との再会を得た。しかしながらこのスキルを、最も有用とは言えまい。何分、取得してから日が浅い。
では、『黄金律』?
このスキルによって俺は金銭に困ったことがない。しかしながら、これも一番には当てはまるまい。
なにせ、これは金銭の獲得を「確約」するスキルである。翻って言えば、金銭の獲得に「挑戦」する権利は誰にだってある。
商売において運は大いに重要なファクターに違いないが、俺はきっとこれを持っていなくても、前世から持ち越しの頭の出来で以ってこの世界で小金は得ていたと思う。実際、俺の資産は現状持て余し気味であるからして。
じゃあ『爆弾処理班』はどうか? 当然否である。俺はまだこの絶妙にダサい称号に納得していない。それから、この世界で得た『加速』や『悪路』も最有用には当たらない。
……というか俺これ多分使ったことないよな。そこまで急がなきゃいけないって状況もあまりなかったし、この世界ってばやたらと道路が舗装されているイメージで悪路にも縁がない。
ならば、『直感』は?
これは、……はっきり言ってスキルだという実感からして俺にはない。考えれば分かることや、俺のモノの考え方の指向性を敢えてスキルなどと表記されても腑に墜ちぬのは当然だろう。
例えば、過日出会った自称悪魔のカスタード・シフォン・ストロベリィチョコレートはクソガキだが、そういった考え方の指向性があるからと言ってアイツが『スキル:クソガキ』なんぞを持っていないだろうことと同じである。……確認してないから実は持ってるのかもしれないけど。
と、以上を踏まえて、ここまでに確認した全てのスキルは一番と呼ぶには役者が足りない。
そもそも、俺の持つ絶大なる転生スキルを得た文言を思い出せば、三つのスキルの主役がどれかなんて簡単に分かるはずだ。俺は、この世界に来るにあたって「旅路」を祝福されたのだ。
――『散歩』スキル。
これに伴う無敵性能、万能性こそが俺の看板である。
そんな俺は、
しかしながら、最近散歩をしていないこと、お気づきであろうか……っ!




