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……ということで貨物輸送を経て。
「……、……」
「……、……」
「……、……」
「……、……反省しろオラレオリアてめえ」
「…………はい」
俺たちは武骨すぎるコンテナ輸送四時間半の旅路を経て、遂にエイルの実家へと到着するのであった。
さて、場所は変わってメル公国北部。
――その名も何とトーラスライト領。エイルの家名をそのまま冠したとある街に、俺たち四人はお邪魔している。
……ちなみに、それ以外の連中は馬車の行き先からして違うらしく途中で別れている。レオリアは先ほど俺と会話するために俺たちの馬車に乗ったなどと嘯いていたが、本来の目的はこちらであったらしい。
あとアイツらはコンテナじゃなくて船に乗った模様。ふざけんなよなんなら俺別にこっち来なくてもよかったと思うんだけど?
というのは、……まあ仕方ないので全部置いておいて、
「帰ってきたーーーーー!!」
能面張り付けた俺たちとは対照的に、開放感に身体を伸ばしてエイルはそう叫ぶ。
――トーラスライト領。
メル公国北方は『厄介な魔素』なるものの吹き溜まりであるらしく、トーラスライト家はエイルのおじいさんの世代にこの領の統治を任されたらしい。
この領を政治的に一言で言えば、ハイリスクハイリターン。
厄介な魔力により精錬された資源は多少の濾過工程を経て後、上質な魔術的資源に変換されて公国のライフラインの一端を担う。
……が、その一方で厄介なのは間違いなく厄介らしく、特にこの地域の魔素に当てられた魔物は他の地域とは生態系の強固さにおいて一線を画すのだとか。
などと言いつつ、ここはそもそも群に個が圧勝する世界である。騎士家として武名を欲しいままにするトーラスライトは、現在、エイルのおじいさんとお父さん率いる戦力部隊に完膚なきまでに防備され、領内の発展と秩序の制御はつつがなく行われている。
その一例として言えば、この領の領民は3:5の割合で騎士関係者とその支援関係者である。そのためこの領は、『街』というよりも一つの『経営組織』としての在り方で成立している。
……ちなみにそれをもっと具体的に言うと、さっき出迎えの人が言ってたんだけどエイルはこの街では『お嬢』と呼ばれている模様である。カタギじゃねえんだぜこの街の人間全員。
というのも置いておいて……、
「ご紹介しますね! ここが我がトーラスライト領が誇る公国騎士堂直属空港! その名もトーラスライト空港です!!」
と、両手をバーッと広げて彼女は俺たちに言う。
「……いやキミ、騎士やめたじゃん。そんな無い胸張ってて良いの?」
「お? なんか失礼な言葉が聞こえたな。でも私機嫌がいいから許しちゃう! そんでもってハル! 全然問題ないんですよ! だってここは公国である前に私のマイホームですので!」
やべぇだろトーラスライト家。治外法権してんじゃん。
……というのは冗談として、この至極フラットな状況はエイルが現状ギルドに所属しているというのがミソである。
曰く、ギルドに所属する人間は既存の国籍や法律とは隔絶した人権を得るらしく、その時点で全ての経歴は清算されるのだとか。
最初聞いた時はそれこそヤベェよって思ったけど、どうやらギルド所属の冒険者は公的に私刑を行う事が許されているらしく、それがなんやかんやの大衆意識で四捨五入すると一般的な倫理観に即した刑罰として働いてくれるから、その自浄作用で罪の清算はなんとなく上手く行くらしい。
……いややっぱヤバイよね。明文化された世紀末でしかないじゃん。
「ご覧ください! あそこに見えるのが我が領が誇る魔の資源山、トーラス山脈! それからあっちの建物はこの空港のエントランスです! あそこの売店にはトーラスライト家にまつわる聖剣であるところのレーヴェ・クオーリ印を模したチュロスとか私のプロマイドとか売ってますよ!」
「ウソでしょエイルのプロマイド売ってんの? よくそんなこと嬉々としてプレゼン出来たね?」
さて、改めて俺は周囲を眺める。
それで目に入るのは広大な敷地と、そこを行き来する航空運搬用のドローンの数々。一般客らしい層が殆ど確認できないのは、この領が組織的である所以だろう。
それから視線の遠くには、確かに蒼く山々が見える。そしてその足元には、実に整然としたこの領の街並みのシルエット。
総じて眺めてみた感じだと、自然が生い茂ると言った風貌ではないが、丁寧に人の手が入った領地であるらしい。
と、そんなエイルの本拠地に俺たちが訪れた理由と言えば……、
「じぃ……、おじい様には連絡を入れてあります! お願いしたモノも二つ返事で了承してくれました! 私が案内して差し上げますのでっ、みなさん是非ともこの領を楽しんで行ってくださいね!」
と、そんな訳であった。
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「(出迎えの人の顔見たか二人とも。……開口一番で「久しぶりですねもう帰っていいですよ!」って言われてたぜエイルに)」
「(まあ自分の街の案内で気が逸るのは分かるけど……、犬が捨てられるときの顔してたねあの人……)」
「(まあでも良いじゃないですか! はしゃいでるエイルちゃんの素敵な笑顔! ぼかぁアレでごはん食べられちゃいますね!)」
「あ! みてみて! 見てくださいアレ! あのお店私すごくお気に入りでっ、私が行ったら付け合わせのフルーツをサービスしてくれるんですよ! 甘いモノのお店なんですけど! あっ、よかったら後でみんなで行きましょうね!」
このトーラスライト領、雰囲気としては『はじまりの街 (って名前なんだよあそこマジで)』に近しい印象である。
家屋が低く、空が広い。おおよそ見回してみても、地上三階よりも高い建物は確認できない。
雰囲気もやや牧歌的で、先に聞いていたような「魔の山の危険生物を堰き止める抗戦砦都市」みたいな印象は全く感じられない。
冬先の、キリリとした空気感があってなお柔らかな空気感。これは、なんとなーく街が、全体的に白いために醸し出されているもののようだ。
「トーラスライト家の家色が白ですので、この街でも白は非常に大切にされた色なんです」
とはエイルの弁である。
「じぃじおじい様が決めたんです。おばあちゃ……、おばあ様の雰囲気に一番合うのは白だって言って」
「じぃじおじい様って誰なんだよ二倍老けちゃったけど。あとエイルっておばあちゃんの事はばぁばって呼んでないの?」
「……先に言っておきます。多分私はおじいさまのとこに着いた時にもクセでじぃじとかって呼ぶでしょうね。でも笑ったら殺します」
「理不尽すぎる……」
「とりあえず、この後の予定は伝えておきましたので、すぐにでもじぃじおじい様に会いましょう。私もリベットの事を紹介したいですし」
「なんで私をこの場で敢えてピックアップするのよ。一番この場じゃ私が要人から遠いと思うんだけど……」
「そんなまたまたぁ。トーラスライト家紋の指輪、用意しておきましたからね」
「エイルあなた本当にそのまま行ったら戻れなくなるんだからねキャラクター性!」
まあアレは、一生会えないと思っていた友人との再会でアクセルの加減が勢い余ってるだけだろう。1、2週間経ったら元に戻る、……と思いたいところ。
「あ、近道を通ってきたのでもう着いちゃいましたね。そこを曲がったら大通りです。その、一番向こうに見えるのが私の屋敷です――」
と、そのように言うエイルに付いて、俺たち三名も通路を左へ。
……と言っても、既に通路は広く、整然としたものである。これ以上のどんな規模になれるものかと、俺がふとそのように思って、――そして、納得をする。
「……おお、こりゃ立派なもんだなぁ」
「そうでしょうそうでしょう!」
例えるなら、それは滑走路であった。
両サイドの建築をまさしく対岸と言うべき、広大なる通り。目算ではあるが、馬車を15は並走できそうな広さで以って、その大通りは俺たちの前に現れた。
「ここがちょうど、街の中央に当たるんですがね。この通りは、騎士を見送り、出迎えるためのものです」
見れば通り際の家屋は全て、何らかの店であるようだ。飲食が多いが、それ以外にも服飾や装備や日用雑貨など、広範囲の業種の店舗が、ショーウィンドウに並ぶ宝石のように煌びやかに整列している。
そして、――それらを底から暖めるような活気。
広大な通りを、平素平日にも限らずそれなりに埋め尽くすような人の群れ。
それを見た俺は、エイルの言葉、……「騎士を見送り、出迎える」という表現に、『凱旋』という言葉を思い出す。
後方にはこの街の出口があった。ならば騎士の一団は、この大通りを整然と隊列を為して、有事においてはその先へと征くのだろう。その威風堂々たる様が、実際に見たわけでもないのに真に迫った映像として、俺の脳裏にイメージされる。
或いはここが、この街が「騎士の街」だとされる所以なのかもしれない。
きっと俺は、今後何かの機会で「トーラスライト領」という言葉を聞いた時には、まずまっさきにこの大通りと、そしてそこを征く騎士らの隊列を思い出すことになるだろう。
それほどまでにこの光景が、俺には、この街というモノを象徴しているように見えた。
「ご足労を、もう少しだけ。あれが、トーラスライトの屋敷です!」
さて、……ここの後方にあったのはこの街の出口であるが、一方、俺たちの行く先にあったのが彼女の指し示す建築物である。
見た目の印象としては、なんというか、武家屋敷的なのを西洋建築の様式で建てたようなイメージだろうか。高さはなく、しかしながら存在感を失することもなく、重厚でありながらどこか透き通ったような静謐を内包している。
「行きましょう!」
「(ホントにガチでお嬢様だったんだエイルって……)」
ちなみに俺以外の二名も同様の表情である。しかしながら当事者の彼女は、そんな俺たちには気付かぬままで足取り軽やかに屋敷へと向かって行くのだった。
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ってことでトーラスライト邸にて。
……先ほど感じた通り、屋敷も全体的に侘び寂びしつつ白っぽいイメージが強い。
冬口のキリリとした空気に舞う水場の噴水や、要所を彩る緑の鮮やかさ。
白を下地としたキャンパスに青と緑で陰影を描くような爽快な色合いの空間は、まるで一つの絵画のように整然としていて、どう見てもこんないいとこでエイルが育ったとは思えない。
というのは置いておいて、
――俺たちは館の使用人に通され、白色の庭を抜ける。
と、その先は思った以上のゴシック仕様であった。
外の清廉さとは一転した、年季物のウイスキーのように色深く、そして重厚な様相。
赤と黒と金色が彩るエントランスをまっすぐに抜け、階上に通されて、
――さてと果たして、そうしてようやく俺たちは、目的地に到着するのであった。
「……失礼します。おじい様」
エイルが、目前の、巌の如き年季を吐き出す扉を二、三叩く。
絨毯は深紅。壁の基調はなめして溶かしたような重厚なる木目調。
窓から差す日差しが、むしろ通路の昏さを際立たせる。
静かで、赫く、そして淫靡。
そんな通路にて一拍待つと、扉越しに曖昧となった、入出を許可する返事がこちらに届いた。
「失礼します――」
改めてエイルが言う。
と、扉の向こう。
――予想していたよりもずっと明るい光景の最奥にて、
エイルと同じくらい銀白色の鮮烈な老人が、執務机の資料から視線を上げて、目線でこちらを歓迎するのが見えた。
「久しぶり、おじい様」
「――。」
……実に今更な話をすることになるが、エイルは清貧の女神のような見てくれの美少女である。
冬の日差しのような銀色の髪と、織りたての絹のように純白の肌。
青い瞳は不純物のない水のようで、起伏のないシルエットも彼女においては、その清らかな風貌を後押しするアクセサリーだ。
これが、……武器一つ持てば途端に刃物切っ先の白銀の色に見えるのだから不思議なものだがそれは一旦置いておいて、とかく彼女は、清純にして清廉な、清貧の女神の如き風貌をしている。
そして、
――そんな彼女の「おじいさん」だと一目見て納得できるような老紳士が、目前の執務椅子に収まっていた。
「え――、」
「お、おじい様……?」
「あ、え、――エイルちゃんか!?」
長い白髪と放置気味の白髭。屈強だが透明感の強い肌と、彼女と同じ、青い瞳。
そんな彼が、……なにやら机の引き出しから取り出した老眼鏡越しにこちらを改めて確認して、
「――うぉおおひっさしぶりだねぃ!!!!」
「――――。」
さっそく半眼とし始めたエイルに向けて、あろうことかルパンダイブを決め込んだ!
……ちなみに、対するエイルは、
「――――神器生成」
「うぉわウソでしょ本気の殺意じゃないかおじいちゃん死んじゃァァァアアア!?」
……という爺さんの冗談っぽい台詞とは似ても似つかないような、――どっごぉおおおおおおお!!! という効果音を立てて、作り上げた終末の剣でおじいちゃんをぶっ飛ばした!
「お、おいエイル!? あのじいさん窓割って外に飛んでったけどここ地上四階じゃねえか!? これがトーラスライト家しきたりの挨拶ってことでホントに飲み込んでいいのかこの状況は!?」
「い、いやこれがトーラスライト家しきたりの挨拶なんてことは絶対にないですけど、……じぃじはアレで、一応人類最高峰の騎士の一人なんで無事なはずです」
なんて言ったエイルは、呆気にとられた俺たちを尻目に我が物顔で部屋を横断し、窓の向こうに身体を乗り出す。
曰く、
「おじーちゃーん! 無事ーっ?」
「――噴水に落ちた! さむぅい!!」
とのこと。
……ってことでこれが俺たちと、エイルのおじいさんことシシオ・トーラスライトとの鮮烈なる初めましてなのであった。
……………………
………………
…………
ジジイのシャワータイムをしばし待ってのち……、
「お待たせ様です。あ、どうも皆さん、エイルのじいさんです」
ホカホカと湯気を上げながら、ジジイが扉をノックし中に戻ってきた。
「「「……、……(俺らを待たせてしっかりひとっ風呂浴びてきたことに絶句する俺たち)」」」
「言葉を失ってる彼らの紹介は私が一括しますねじぃじおじい様。こちら胡散臭い順に、鹿住ハル、レオリア・トーラスライト、リベット・アルソンです」
「おぉ君が鹿住ハルくんか! 噂はかねがね!」
「失礼だと思うんだよな俺それでスッと俺の事当てちゃうの!」
なんて言いつつ握手にはしっかり答える俺。
……チャンスがあったら握り潰してやろうと思ったんだが、しかし返る感触は、荒事仕事らしいゴツゴツとしたものである。ゆえに多分負けるので握力勝負は止しておく。
あと、……確信は持てないがこの爺さん、何やらペンだこ(?)のようなものがある気がする。
そんなにこの領の執務は大変なのだろうか?
……いや絶対そんなことないよな、初対面でわかるチャランポランなんだもん。
「で、そちらがストラトス領のレオリアさん! 聞きましたぞ6thアルバム! グッドライフプロパガンダ最高でしたぞ!」
「あ、ど、ども……」
珍しくやや引き気味のレオリアもまた、その真っ白なのにゴツゴツの手を取る。
……待った。なんだ6thアルバムって? コイツちょくちょくアイドル自称してるけどあれってまさか冗談じゃなかったのか? 冗談じゃないんだが? 中身おっさんだぞコイツ。
「で、そちらがリベットちゃん! 聞いてるよぉエイルから! ウチのエイルを末永くよろしくお願いしますね!」
「何を聞いてるのか知らないですけど! トモダチとして! 末永くよろしくさせてもらいますっ!」
と、更にリベットがばっちいモノを触るようにその握手に応じて……、
「……わ、私やっぱり信じたくない! 人類最高峰の騎士の一人がこんな気の良いおじいちゃんだなんて嘘だ! もっとこう! 眼光一つでハムスターを射殺すような人であるべきだと私は思う!」
「ウソじゃないんですリベット、現実を直視すべきです」
「……うゎぁお年玉あげ過ぎてパパとママに窘められる爺さんの目をしてる! 加齢臭対策で丹念にシャワーを浴びてきたんだろう匂いがする! 絶対に孫娘に嫌われないためならすべての手段を使う人の目をしてるすっごいキラキラしてる!!」
「――あ! じぃじ私がプレゼントしたコロン使ってない! ひどい! お年玉値上げしてよね!」
「あ、あ! うわち、違うんだエイルぅ……! あれ実は全部使っちゃって! お年玉! えっと、じゃあ倍プッシュしたげるからねえ!」
「横から失礼するがやめろエイル! お前が爺ちゃんの事を体のいいATM扱いしてるトコも良い歳したジジイが金で孫の心を買おうとしてるトコもどっちも見たくねえ!!」
と、横から失礼した俺がそのままの勢いで大きめの声で言う。
「んでなんなんだ用事は! さっさとそれ済まして部外者は退場しておじさんとエイルがご家族水入らずするというのはどうでしょうか!」
「いいね採用!」
「やったぜ!!」
――ということで、
察するにほっとけば幾らでも混沌とするだろうこの場は、見事俺が一言で以って鎮静化させる。
……向こうには「イチャイチャなんてしないよ……っ!」と敬語も抜けた実家モードで憤慨するエイルもいたりするがそれは割愛。なにせこれ以上はめんどくさい。この場に置いて一旦冷静に考えればどう考えたっている必要のない俺は、だからこそ能動的に、さっさと話を終わらせてこの場を後にする必要があるのだ。
さて、――外は快晴。
久しぶりに健全な睡眠を取って、実に快活と目覚めた俺からすれば、この『機会』を逃す手は皆無である。
俺は、
「じゃあエイル、聞かせて欲しい。……そもそもここに俺たちを連れてきた理由は何なんだ? それを聞かないと、俺もどういうふうにいればいいのか分からないぞ」
「……そうですね。その通りデス」
――さっさとこの場を終わらせるべく、
ひっさしぶりにちょっと「本気」でも出してみようと思う所存である。




