後_01
※ということでここからはノンストップ更新です。
これ以降は、完結まで一時間おきの更新となります。
メル公国の騎士堂では、非人道的な人員輸送が行われているらしいことをよく聞く。
騎士とは、かの国においては何よりもまず「人材」である。ゆえにこそあの国は、「材」を適切に使うことこそが至上の義務と見ているらしい。
……ここで重要なのが、「人財」とは呼んでいない点である。どうだろう諸君、諸君は家屋の建築材に敬意を払い、休暇を用意したり給与を用意したことはあるだろうか? 俺はない。
といった意味で言えば、最低限の休暇と結構な報酬こそ用意されている公国騎士は建材だの燃料だのと比較すればまだマシなんだろうが、……しかしながら、俺からすればぜってー騎士として勤めたくない国ベスト一位があの国である。
だって国と人民のために命かけてんだぜ? 生きている間の福利厚生はばっちりにしておくべきだよな。こういうふうに。
『――以上が、今回の日程だ。……聞いてるか?』
「うぇーい(ラグジュアリーな椅子に収まって金持ちがビーチで飲んでる傘刺さったカクテルを飲みながら)」
場所は帝国一等騎士輸送空艇、ポアソン・グラトニー号のバルコニーにて。
普段は豪華客艇としても運用されているらしいこの空艇には、どうやらその平素のクルーやサービスが流用されているらしい。俺は、ハイソサエティ感むんむんの美人なメイドさんに空のグラスを下げてもらいながら、旺盛な冬の日光に身体を温めていた。
「……、……」
「い、いやちゃんと聞いてましたよ! ほらこの状況はねっ、死地に向かう騎士の当然の権利なんだからそりゃ享受しますって! あ、メイドさんそのカナッペ包んで俺んちに送っといて。あて先はマイエンジェルで」
『……仮にもネームドプレイヤーへの依頼だ。妥当な接待なんだろうよ。ただ一応言っておくが俺の今日の昼飯は昨日の残りを詰め込んだでろでろに伸びたパスタだ。それを理解した上でこれ以降の態度を考えろ?』
ちなみに念話相手は我がファッ〇ン上司ことニーロであった。
昼飯が不味いのは用意してくれる奥さんがいない独身平民なのが悪いとしか言いようがないので、俺は続きを彼に求める。
「作戦は把握してますよ。資料でも貰ってますし、さっき執務室でも話したじゃないですか。なんでわざわざ?」
『今回は、……まあこんな船の切符を用意するくらい、お上も本気だ。言ってなかったが、今回のオペレーションは俺なんだよ』
「……ま、マジすか」
ブレイン役、という表現は、昨日のキーサ班を思い出せばわかりやすい。
騎士とは(一概に言えるわけでもないのだが)基本的にスリーマンセル。昨日のキーサらのように、実際の仕事係、装備の準備係、オペレーション係の三人で以って成る。
この辺の制度的な詳細は、……しかしまあこの場では重要ではないので置いておくとして、
『いつかのチーム再結成だ、懐かしいだろう?』
「仕事は大丈夫なんですか? いろいろハンコ仕事あるんじゃ?」
『……あるよ。だから今日のハンコは見ないで押す。じゃないと帰りが明け方になるからな』
ネームドプレイヤーを冠した俺と同じくらい騎士堂界隈の要人であるところの彼のこと、俺一人の案件にかかりっぱなしでいいのかと思ったのだが、良いわけではなかった模様。俺は曖昧な笑いで返しておきながら、彼への返事は思いつかなかったので特に言わないでおく。返す言葉がないとも言う。
「でも、オペレーターって言ったって四六時中掛かりつけじゃあないでしょ? っていうかそもそも武器係もいないし、なんなら俺自体、任務にオペレーターなんて暫くついてないですから、一人でも大丈夫ですよ」
『それだけ本気だという話だ。上は本気で、今回の案件は後手に回ると人種が追加されると思っているのかもな』
「……じゃあ、本気だから世間話にも付き合ってくれるってハナシです?」
『……いや。用事はちゃんと、別にあるがな』
なんとなく微妙そうなニュアンスで、念話スクロールが言葉を紡ぐ。
それで俺もなんとなく「用事」なるもののアテが付きつつも、彼の次の言葉を黙して待つ。
と、
『今朝の、ギルド支部襲撃の件』
「……、……」
『何がどうなって、そうなった?』
「電話が長いんだが? おいお兄ちゃん。アタシとの話終わってないよな?♡」
スクロール向こうのニーロの表情は不明だが、察するに苦虫を噛み潰した的な感じに違いない。彼はそんな声で、俺の傍らで待機する魔法少女について触れた。
……説明しておくと、俺は先ほど、時空術式によってこの魔法少女かる☆パッチョの引き起こした事件を、結果の部分だけなかったことにした。ギルド施設の敷地面積分だけを切り取って行うパラレルワールドの能動的選択は、……この辺は時空魔術的な専門性が高いので掻い摘んで説明するが、切り取られた時空Aと手の加えられていない時空Bとで、より面積の多い部分が優先されつつ「整合性が補強される」。
現実が侵食され、どちらかが「改めて無かったことになる」のではなく、どちらも「あったこと」として進んでいくわけである。例えば、俺が削除したギルド襲撃の二時間の建築被害などは俺の直接的な介入によりなかったこととなったが、消えてしまった「二時間のうちに発生していた受注」などは、そんな受注はそもそも起きていないという形に修正される。なにせ、世界的には受注はされていないはずだから。
ややこしいがご容赦いただきたい。世界にとって何が修正されるべきで何ならば修正されなくても構わないのかは、それこそ世界の胸三寸である。
時空魔法とは、ある意味で、この胸三寸たる世界の修正力に恣意的なものを介入させる「個人による、パラレルワールドの部分的採用」とでも見てもらえれば相違ないだろうか。
……というわけで、そんな胸三寸の修正力が、今回はこの魔法少女には適用されなかったというお話。
どうやら彼女、自前で呪いの解除を試みることが出来るだけあって、アドリブで豪華客船の席を買える程度にはボンボンであった模様である。
「ねえお兄ちゃん。誰と話してんのか知らないけど私はアンタら騎士が守るべき人民だぞ優先しろ。というかこの呪いなのか良く分かんねーけどこれをさっさと解け。出ること出るぞ☆」
「うるせえよ今度は豚にすんぞ黙ってろ」
「……、……」
なお、多少のお灸は据えられたようで、彼女と俺の今のパワーバランスはこんな感じである。それでもクレーマー精神がまだ垣間見えるのはむしろあっぱれなのかもしれない。こんな感じなら腹立ったら心置きなく腹パンも出来るしな。
『……なんとなくで、状況が分かってないわけじゃないんだがな。ギルドの修復と、施設内の人間に事情聴取した際には、現実と証言の食い違いも確認できた。使った時空魔法はなんだ?』
「二時間の否定です」
『なるほどな。……釈迦に説法の類いだろうが、敢えて言うぞ。時空魔法の使用は最小限にとどめておけよ。というか、分かってるだろうにどうして使いやがったんだ』
「……、……」
……昨日、このクソクレーマーがイジメてたのが俺の懇意にしている店の特に親切なスタッフ少年だったから、というのは口に出すべきではないだろう。俺は返事の代わりに、別の話題を念話スクロールに提案する。
「というか、コイツ邪魔なんで追い返してくださいよ。騎士堂の権限なら出来るでしょ?」
「な!? ちょっとやめてよ! 私は正規の手順で対価を支払ってこの空艇の席を買ったお客様なんですけど! ないがしろにされていいはずがないんだけど! SNSに晒すわよ!」
「ねえよこの世界にSNS。で、どうなんですか騎士長」
『……残念ながら、そいつの言う通りだ。というか下手にウチに戻ってきてみろ。今度こそお前がいないから好き勝手暴れていくに決まってるそんなクレーマー野郎なんて』
「は?☆ 聞き捨てならないんだが? 保護されるべき一般市民に何て言い草なの?? こっちは税金を払っているんだが????」
「おめえその語尾のクエスチョンマーク腹立つから二度と付けるなナメクジにするぞ」
「……、……」
任務中すげえ邪魔かと思ったけどサンドバックにちょうどいい可能性が今出てきたなこれ。
『とにかく、状況は分かった。こちらは改めて、お前の使った時空魔術の整合性を修正しておく。……到着は、二時間後だったか?』
「ええ、はい」
『資料に送った以上の情報はない。現時点でこちらが応えられそうな質問事項もないよな? ……よし。こっちはちょっと今すぐ掛からないとの案件があるから通話は以上だ。現地での調査はお前で一通りやっておいて報告をまとめておけ。口頭で構わない』
「え。口頭でいいんですか?」
『錆びついてても俺とお前だ。信用はしているし、してるだろ。……じゃあ、こっちの業務時間以内でお前の方からミーティングの時間を入れておけ。せめて30分は余裕を持たせろよ。この時期は今日に限らず忙しいからな』
それに俺が簡単な了解を返すと、彼もまた簡単な返事をして、そして通話が終了した。
残るバカンスは凡そ二時間。……予定外の隣人の鬱陶しさこそあるが、
――それでも、お上の本気度を考えれば、今は素直に楽しんでおいたほうが利口に違いあるまい。
俺は隣で改めて喚き始める魔法少女を「その身体のまま生やすぞ」と脅して黙らせつつ、向こうを通りがかったメイドさんに、カクテルのおかわりをオーダーした。
/break..
俺の遠征先は、エルシアトル北部のとある閑散地である。
……ここで騎士というモノの内部事情を確認するが、騎士は、三人所帯で一つの案件に係ると言うだけあって割かし身軽な職業だ。
一応、一定ライン以下の騎士であれば、言い方は悪いが平兵的に頭数の一つとして雑に使われることも少なくはないが、その線を超えた場合の騎士の在り方は冒険者に類似してくる。
冒険者とは、金と名誉のために害敵や未踏地に挑戦する職業である。それに対して、金と名誉を見込めないインシデントに挑戦するのが騎士という職業だ。
金と名誉は見込めぬ類の、クラウドファンディング的な資金源の存在しない人類の敵。この手の供給は少なくないが、それに対する需要は、なにせ金も名誉も見込めぬために決して多くはない。
ゆえに、それに対応するのが騎士である。『敵』の供給、それを打倒せよというニーズばかりが旺盛な、空っぽの請願を拾うゴミ拾い係。或いはいっそ、表面上の需要がない依頼を片付ける厄ネタのゴミ箱と言ってもいいかもしれない。
そんな俺たちは、人類において要職でこそあるが、身軽でいるべきだからこそ現地での歓待というモノを受けることがない。そんなものを受ける暇があれば依頼をこなすべきであり、感謝は、後から書状で受け取るのみである。というか感謝や歓待が欲しいのならそいつはそもそも冒険者になるべきだろう。騎士になるような奴は、人類をこの世界の霊長類に置いておくことに快感を覚える変態か、或いは、戦地に赴いてそこで戦うことだけが生きがいで、その準備は面倒だから他人にやらせたいという戦闘狂かの二択である。
……一応俺は、そのどちらでもなくシンプルに「この世界に来た際に騎士になるか冒険者になるか」の選択肢を突き付けられて騎士を選んだだけなのだが、それは置いておこう。とかく騎士は、任務においては非常に無味乾燥な状況に常にある。
その一例として、俺はあの豪華客船からそのまま「高空降下スクロール」で以ってここ、――エルシアトル北部の、名前も付いていないだろう未踏領域の森へと着陸した。
「……、……」
時世は年の瀬。緯度経度の関係で、俺を襲うこの寒さは殆ど前世の焼き増しだ。
やや閑散とした木々の群れから差し込む風は鋭角のそれであって、しかし俺は、魔法士としての簡単な魔力制御で寒さを魔術的に和らげる。
身体に到達する前に、寒さと雪を、発散した魔力で融解させる。と言ってもこの融解はモノの例えであって、別に俺自身がポカポカしているわけではない。
……そのため、隣の「魔法士としての簡単な魔力制御」も出来ないらしい魔法少女は、日曜八時とかで見るけど割と結構よく見ると煽情だったりする魔法少女衣装の薄さに、素直にガクブル震えているのであった。
「…………。なんでついてきたの?」
「お兄ちゃんに呪いを解いてもらわねえとなんにも出来ねえからだよ! 事前告知もなしで飛んでる飛空艇から投身自殺とか聞いてないんだけど! ビビりまくって一生分の涙流して涙枯れちゃったかもしれないじゃんかどうしてくれる!? 私飛べてよかったマジで!」
そんな一生分の涙が今まさに鼻水と一緒に凍結しつつある彼女、魔法少女かる☆パッチョ氏は携帯のバイブレーションみたいに震えながら叫ぶ。が、そんな声もこの吹雪にかき消されて判然としない。
「とりあえず、この先20キロに多分依頼情報の出元の集落があるはずだから、そこに行く。聞こえてるか?」
「聞こえてるけど許されるはずがない! 20キロだとふざけんな! 今すぐ私の呪いを解いてもっと近くの人里に連れていけ! こんな仕打ちが納税している市民に対して許されるはずがない!」
「……情報共有したのは命の尊さを俺が理解してるからだ、お前のためじゃない。別にここに置いて言ったって俺の良心は呵責に襲われたりしないからなクレーマー魔法少女」
「ぐぬっ!?☆ ……くっそぉ♡」
悔しいのか乗り気なのかよく分からん語尾で以って、彼女はそのまま黙り込む。
まあとりあえず納得は貰ったらしいので、俺はそのまま自身に魔力保護を行い、猛吹雪の最中を実に快適に進んでいくのであった。
…………………
……………
………
ということで目的の集落に到着。
「こひゅー♡ こひゅー♡」
「(エロ同人みたいになってる……)」
多分ホントに生きるか死ぬかの瀬戸際なんだろうけど全然それが伝わってこない魔法少女を連れながら(一応俺の名誉のために捕捉するが早めにコイツにも魔力保護はしたので今の体たらくはシンプルな運動不足と思われる)、俺は森の空白に確認されたごく小規模の家屋の集まりにて、そのうちで最も大きなものの扉を叩く。
「ごめんくださーい」
「たすけてぇッ!♡ ……たすけてくださぁいっ!!♡」
年齢制限上がるからマジでやめて欲しいなあと思いつつしばし待つと、……果たして、「からん」とベルの音を立てながら、扉が開く。
「どうもお待ちしておりました。騎士道の、…………え。……か、方々ですか?」
「……こいつは違います。気にしないでくださいね」
「しぬぅ♡ ナカに入れてぇ♡ 助けてぇ……っ♡」
マジで置いてくればよかった。
……ということで俺は状況説明を余儀なくされ、果たして歓待してくれた彼、
この集落、「未踏地域監視線北支部2-14」の長である男は、俺たちをひとまず中に入れながら隣人の魔法少女に厚手の毛布を用意した。
「状況は分かりました。……あの、なんですけども」
「はい?」
この監視線の家屋は、先ほど数えた限りだと両手の指の数には満たない程度。と言っても、ここはストレートな『人の集落』というわけでもなく、見えた建築の幾つかは倉庫の類いなのであろう。
という事情で、家の数でこの拠点の人員を推し量ることは不可能である。とりあえず今は、この家屋一つにおいては彼の人気以外は確認できない。
平屋の、一つの暖炉で部屋全ての暖を確保したような作りの大部屋の一角。俺と魔法少女は、彼の用意したココアで両手を温めながら彼の言葉の続きを待つ。
「なんというか、……我々は彼女、……彼? を、どのようにあつかえばいいのでしょうか……?」
「彼であってるけど!? 保護してくれ呪いを解いてくれこのクソ公務員に然るべき罰を与えてくれ!(鼻水で呂律を滅茶苦茶にしながら)」
「無視で大丈夫ですんで」
こちらの反応に彼は、ひとまず曖昧な愛想笑いで返した。
「改めて、お会いできて光栄です。ネームドプレイヤー、『時空観測者』エルヴィン殿」
「いえそんな。それよりよければ、今回のお話を」
俺の、無味乾燥にも聞こえる返事を彼は鷹揚に受け取って、そして続ける。
「……プライドベアの特殊個体の討伐。こちらで対処しきれなかったことは厚顔の至りですが、お力を借ります。交戦記録は資料で提出した通り、正直なところ、強いだけのプライドベアのあくまで一個体と言った印象で、特殊行動は確認しておりません。……追い詰められなかったという前提なので、奥の手はまだあるのかもしれませんが」
「……、……」
プライドベアは、魔物としての魔力の行使がシンプルだからこそ強力な種である。
そもそもが強大な獣としての体格に、さらに魔力のブーストがかかる。木を穿つ腕力は、樹木を叩き折るそれに代わり、歯牙や体毛は生物の範疇を超え、鉱石の如きものとなる。
……また、魔物は、生物機能に魔力を前提としない「動物」と比較して高知能でもある。
彼らは「ヒト種社会において必須の知能」を持ち合わせていないというだけで、種によっては算学さえ理解し、自然科学と魔法学を理解し、生存競争の勝利を得るために時には戦術的な意味での数手先をも読む。
この世界における人間種は、亜人や、魔物種と比べれは大抵の場合非力である。それでも人間が『ヒト種』として霊長に君臨するのは、ひとえに俺たちが「弱いからこそ、蓄積してきた敗北を学び、それに全て対応してきたから」だ。
エルフ種よりも魔術の歴史に浅く、ドワーフ種よりも武器の精錬に疎く、獣人種よりも身体能力に欠けている俺たちは、それゆえに例えば「血の拡散」などによって強者としての成長を行ってきてはいるが、それでもなお、人間種の大多数はこの世界における弱者だし人間種の強みは「数が多いから何度かは負けてもは構わない点」に尽きる。
ゆえに、――俺たちの強さに、個人の自我はまだ含まれていない。
『斥候』が死ぬのが前提の人間種の生存競争戦略において、俺たちは、自我を得てしまったならばこそ外敵に対して臆病であるべきであった。
「今回は、資料にもご用意しましたが、こちらでこれまでに蓄積した縄張りの地図。これを根拠とした探索を私が案内役として同行し行う予定です。エルヴィンさんには個体を発見し次第撃破していただきたい」
「……これは我々、上層依頼を受注した騎士堂総意の疑問として受け取って頂きたいのですが、討伐してしまって本当に構いませんか? 向こうの特異性、確認された全ての近住種とのコミュニケーション行動という特殊行動は、今のうちに精査しておくべき問題のように思うのですが」
「おいココアがなくなった。おかわりをよこすべきじゃないのか」
「黙れ外に放り出すぞ」
「……、……」
微妙そうな表情を一瞬作りながらも、彼は居住まいを正して言葉を続ける。
「それは、我々の懸念でもあります」
「……、……」
「ですが、我々に意見を挙げる術は無い。……この拠点の総意としても、上を信じるという形で結論が出ました。ですので今回は、私たちが勝手に動くつもりはありません」
彼は続けて、……生体が正体不明のモンスターは稀有なわけではないのだと、そのように言う。
「新人種の発生を、許さぬ理由はあるが、許す理由はない。これは騎士堂の相違だと私は考えています。エルヴィンさんもそうなのであれば、世界はきっと、明日も平和に回るはずです」
彼のその言葉はどこか遠慮がちで、……だからこそ俺は、その言葉が彼の本気の真意なのだと、そう感じた。
「年末の、こう忙しい時期に存在が露呈してしまった彼らには申し訳がないが、こちらもこの時期には対応が大味になるものです。彼らは、――そもそもが潜在的な敵対者です。『外敵』が苛烈で慈悲がないことなど、彼ら自然動物には釈迦に説法でしょう」
「……まるで、彼らが文明を作る事が確定しているような物言いだ。なにか、思うところでも?」
「……、……」
俺の、ある意味では業務的なその問いに対して、
彼は、
「……見れば分かります」
そのように答えて、そして話題を次に移した。
/break..
「以上。報告です」
『なるほど。まずは一点。その支部長氏の動向は許可できない。理由は危険すぎるからだ。ネームドプレイヤーが参加する戦場に、身内とはいえ人間を置くことは出来ないと彼に伝えてくれ。……その彼は、得意種にある意味では入れ込んでいるように聞こえるが、お前の交渉で同行は撥ね除けろ』
「……、……」
『もう一点だが、……ブリーフィングは30分前と伝えたよな? 直電してきたよなお前?』
出れたんだし結果オーライでしょ、と俺は返す。
「それよりも、動向を許さないってのはどうでしょう……。相手は徒党を組むという可能性があるって前提では危険なのも認めますが、現地住民の経験則で索敵が出来ないんじゃ俺だって敵を見つけられるかどうか」
『……、……』
念話越しの沈黙には、反論を内包するようなニュアンスがあった。が、それが黙殺されることは間違いないだろう。
俺は、俺の使うこの時空魔法に縛りを課せられている。「パラレルワールドの選択権」などという遠回しな万能を不能とするために、俺自身が停止時空に侵入することは出来ない。
時空魔法は、魔術効果範囲の時間と空間を切り離し、そこに対して外側から恣意的な作用を行うことによって成立するモノだ。例えば常温放置した肉の塊を時空魔術によって隔離することで、肉塊はこの世界の進行し続ける時間とは切り離されて、新鮮なままで存在し続ける。或いはこの隔離時空を逆再生することが出来れば、肉の経年劣化は更になかったことになり、肉が、「素体から切り離される直前」までの回帰を行うことが出来る。しかしながら、それ以前までの回帰、――つまりは肉塊が「生物であったころまで」の回帰は不可能だ。それは、俺が能動的に「素体から肉塊を切除されなかったパラレルワールド」を選択する行為であるために。
ゆえに、俺の時空魔法の本質的な性能は、世界を一部囲ってから、その範囲内を止めるか巻き戻すか早送りするかの三択。言ってしまえば俺の時空魔法は、縛りを経てのち「パラレルワールドへの参加資格を失って」、過去と未来を術式によって再現する事と、何かをなかったことにする事しかできないのである。
というわけでニーロが思うような、「敵を見つけられなかった時空を停止して、巻き戻して改めてやり直しして、見付けられたパラレルワールドを選択する事」は俺には不可能だ。
そしてそれは、その縛りを受けた瞬間に彼も立ち会ったからこそ、彼も知っていることであった。
そして、だからこそ彼の、
……結局の返答も、どこか遠慮した内容になる。
『地図は手元にある。俺がオペレーションすれば問題はない』
「……、……」
『こちらからは以上だ。出立は明日、天候に崩れがあるようなら早めに一方を入れるように』
それだけ言い残し、そして念話は終了した。
――場所は、集落家屋の一つにあった、とある客室。
俺はそこにて、傍らの少女にまずは、今日の業務がこれを以って終了したことを告げた。
「なるほどわかったじゃあ解呪しろ。こんなバナナが凍り付くようなところにいられるか私は一刻も早く帰るぞ☆」
「残念だったな俺にお前の呪いを解く義務はない」
「な、なんですって!? 横暴だろこんなのコンプライアンスとかじゃなくてシンプルな犯罪だ! ……お、おいなんだよ?☆ なんだその眼はっ♡ ――ま、まさかこのキュートふる☆フォームの可憐さに頭がおかしくなってお兄ちゃんっ、わ、私の身体をどうにかするつもりなのかこのぉ!♡♡///」
俺の『悪い顔』を非常に不本意な形で曲解した彼女に腹パンしつつ、俺は、――改めて彼女に向き直って言う。
「さて、ようやく業務時間終了だ。ここからは、趣味の時間だな?」
「う、お、お、ぉ……♡///」
「さてとそれじゃ、――サンタクロース、探すぞ!」




