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※前回はまさかのミス投稿、お騒がせしておりましたら申し訳ありません。
……それをきっかけに一つ、当シリーズは自分がお酒のお共に書いているモノという側面もあり、それゆえに誤字が非常に多くなっております。
前回は予定外の投稿ということで誤字チェックたくさんしてたくさん見つけたんですが、もし何かあれば前回と、前回に限らずの物でも教えてくだされば非常に助かります。
あとそれからついでに高評価とレビューと感想かも待っておりますので!
――『自傷』とは、自らを傷付けるという意味の言葉である。
傷。
それはつまり、身体への損壊だ。これを俺は、この世界に来るにあたって喪失した。
「……、」
俺の身体は、損壊を無効化する。
しかしながら、ならば、そのプロセスはどうなる? 例えば俺の胴体を刃が両断したとしよう。俺はどうやって『損壊を否定』する? ただ瞬時に癒えるのか、それとも刃が、ホログラムを叩いたように身体を素通りするのか。
「……、……」
はっきり言えば、後者である。
俺の『無敵』の性能分析は、俺自身でも既に何度か試している。刃で指の腹を切ったときにそこから血が流れることはなく、腕の肉を抉ろうとすれば、その際には凶器が影を掬ったように手応えを失くすだけ。鈍器で腹を殴れば、腹部は陥没するがダメージはない。
俺の身体は、例えるなら質量を持つ『影』だ。
凶器に対しては『自然な手応えを相手に返すが、そこから損壊という概念だけは欠落する』。イデアの洞窟に映る影のように、瞬きの間のみ像は変われど、何かが失われることはない。
「……、……」
……自傷しようにも、凶器がない。
ゆえに俺は、傍らの通路に強く額を叩きつける。
確認した通り、俺に外敵が傷を与える術は無い。
そこまでを確認した俺は、それ以上を怠った。
――俺自身ならば、俺を傷付けられるのではないか? という可能性についてである。
「……、……」
暑さ寒さを、眠気や空腹を、或いは精神的な負荷を能動的にシャットアウトできるなら、その逆も然るべきでは? それに俺は、気付いていながら確認は怠った。
理由は、至極簡単である。
――痛いのが、いやだったから。ただそれだけだ。
/break.
「――ッ!!」
ごんッ! と鈍い音が背後回廊に響き渡り、――静寂。
俺は、苦痛など一片も発していない頭を振って、しばし状況を静観した。
『解錠は、されておりますか?』
「そういえばそもそも確認してなかったな。これで最初っから開いてましたとかなら面白いんだが……、ああ、開いてないな」
軽い調子で言いながら、俺は改めて紙片に目を落とす。
……具体的には紙片の、とある一部分。
そこには、先ほどの一枚とは違う趣旨の文言が用意されている。
「指示に従う分には従ったが、何度か試せってことかな?」
『…………、バイタルチェックを準備することが可能です。どういたしますか?』
「そもそも俺に傷なんてものはつかないんだけどな。もし変化があれば教えてくれ」
言いながら、俺はもう一度傍らの壁に両手をつける。
「……、……」
そうしながら、――狂人のようだと自重する。
何せ、壁に額を打ち付けるなどという行為を正常なメンタルで行えるわけがない。自己保存の本能は、人間に限らず全ての生物に備わったものである。
ゆえにこそ、それに遡行するストレスは大きい。傷などつかぬと理解していてなお、俺には、目前の壁が剣山がごとき危険物に見える。
流れぬはずの血を思って、俺の背筋に冷や水の幻が伝う。
「よせ」と、全身が気色悪いほどに弛緩して、俺の凶行を止めにかかる。
呼吸を殺して、腹に力を込めて、
それでもなお俺の本能が、壁に額を打ち付ける直前に動作を緊急停止させる。
――一度目は驚くほど呆気なく成された凶行が、
『無意味』であると証明されたはずの今になって、うなじを炙る忌避感で以って躊躇われる。
「……」
ゆえにこれは、俺自身に対する裏切りであった。
眩いほどに必死たる、俺の、優しくも気高き生存本能。
これを俺は、今から不要とするのだから。
「。」
頭を打つ。
――しかして静寂。
まだ足りぬというのなら、今は、何度だって無傷を証明する。
頭を打つ。
――されど状況は変わらぬ。
鈍い音が、三度回廊に木霊するのみ。
頭を、打つ。
――そして静寂。俺はもう一度頭を打つ。
頭を打つ。
――ああ、やはりこれは狂人の行為である。頭を打つ。
頭を打つ。
――頭を打つ。頭を打つ。頭を打つ。
頭を打つ。
――頭を、頭を、頭を。
頭を。
――打つ。打つ。打つ。打つ。
「 」
ごん。ごん。ごん。
音が規則的に俺の頭蓋を揺さぶる。
音が、脳みそを直に揺らすのが分かる。
脳という臓器の、その構成要素の八割たる水分に、鈍い音が波紋を起こす。
ごん、ごんごん。
脳髄の揺れが四肢へと響く。
それは日差しに身体を晒すのとは違う、水面に身体を落とす安寧とも違う、なんとも不可思議な感覚を俺に催した。
ごんごん、ごんごん。
俺の思考が緩慢となっていることを、俺は自覚する。
スキルを使えば、きっと俺の脳みそはすぐに冷静になるだろう。しかしながら今は、その淡い熱のような感覚を聴く。
ごんごんごんごん。
未だ、状況は変わらぬ。
扉は傍らにて、重厚に道を閉ざしている。
ごんごんごんごんごんごんごんごん。
冷静になれるわけなどない。
こんな狂人の行為を、まともな精神で出来るか。
ごんごんごんごんごんごんごんごん、
ごんごんごんごんごんごんごんごん。
今ばかりは、イカれてしまった方が都合がいい。
正気に戻っては、俺はこの滑稽な姿を恥じてしまうだろうから。
だから今は、音だけを聴く。
/break.
『――ハル様』
「……、……」
『解錠音を確認いたしました』
「……、……」
『ですので、もう自傷行為の必要はないと申し上げます』
「……、……」
『もうよろしいのです。おやめください……』
「 。ああ、 ……あ、そう」
規則的な重低音の片端に聞こえた『アイテム』の声に気付き、鈍れた俺の思考が、しばし遅れてその言葉の内容を理解する。
……未だ、鈍い音は波紋のように俺の脳みその中で鳴り続けているが、――シャットアウト。そうするだけで、思考が静寂を取り戻した。
「やっぱり、自傷行為の成功の必要はなかったらしいな。その紙に書いてあった通りだ」
『……、』
「……もしかして、引いてる? さっきのみたいなのを見せられたんじゃ分からなくもないが、こっちも依頼達成のために仕方なくやったんだぜ? 労ってくれよ」
『…………。お疲れさまでした。当ギルドは、――ハル様の貢献に、最大限の敬意を表します』
そうかい、と俺は、自ら求めた賛辞を軽く流す。
「とりあえず、この部屋ともおさらばだ。毒ガスと酸素の区別もつかない身体だけど、そろそろ新鮮な空気が恋しい。「アイテム」、次の部屋の確認はできるか?」
『扉の向こうに、奥に長い形の大部屋を確認しました。面積は100㎡ほどで、二面の比率は3:5程度。天蓋までの距離は10mです。それから、――空間中央に、ドローンゴーレムと思しき物体を一機確認』
「ドローンゴーレム。……機種は?」
『事前調査で確認できたモノではありません、ダンジョンへの落下の差異にも未確認です。魔力エコーによる分析で大型犬程度のサイズと確認できました。また内包魔力はゼロ。構成物質は複数種類の合成金属が大半で、ゴムなどのその他物質が三割。それから内部に、初等雷魔法程度の量の帯電を確認できます』
「……わかりやすいSFアイボだな。そいつ、動いてるのか?」
『いえ、現時点では』
……ここまでの俺への実験は、実に不愉快であり回りくどいモノばかりであった。
強いて言えば毒ガスなどは割とストレートな俺への対衝実験とも言えるだろうが、服毒だの自傷だのと並べてみても、どうにも外堀を埋めている感覚がある。
ゆえに、察するにここまでで本当に外堀を埋めたのだろう。
――俺を害するための戦力分析。それにおいて最たる要素だろう『無敵』への分析を終えて、ようやく『戦力』の分析が始まる、という事か。
「……参考に聞く」
『……、』
「現段階で、パーソナリティが俺に用意したテストは、内容も結果もそっちには検出されて筒抜けだよな? その上でなんだが……」
少し、表現に迷ってから、
「……向こうに聞かれてるかもしれないから上手に答えて欲しいんだが、俺の無敵を破る方法は。このテストで確認できたと思うか?」
『……、』
『アイテム』から返ったのは、まずは沈黙であった。なにせここで、例えばパーソナリティがまだ看破できていない弱点を『アイテム』が言い当てるなんてことがあれば目も当てられない。
ゆえに俺は、その会話の空白に抗わず、一抹の緊張と共にしばし待つ。
『……あなたは、きっと無敵なのです。こちらからは以上です』
「……、」
その返答に俺が覚えたのは、
……自分自身への失望に外ならなかった。
何せ俺は、既に三つこのスキルの突破方法を知っているし、しかもそのうちの一つは過日の『亡き国』で楠ミツキに実証さえされている。……この三つ目、『スキル自体の無効化』こそ、先ほどの回廊でテストされなかった以上パーソナリティには使えない手段だと予測できるが、それでもまだ、あと二つ。
無敵だなどとは片腹痛い。
俺が『アイテム』に求めたのは、意見ではなく精神的な安静であった。
弱点は、もう露呈しただろうか。この先に待っているのは、テストではなく処刑なのではないか。そういった問いに、『アイテム』は先のように応えた。
「……、……」
俺の沈黙によって、長い回廊は全くの静寂に包まれる。
今更になって俺は、――ここにいるのはあくまでも俺一人なのだと、強く理解した。
『アイテム』もパーソナリティも無機物で、この空間における有機生命体は俺を除いて他にはいない。それが酷く、寒気を喚起させる。
「……ありがとう」
『参考になれば幸いです』
答えられるはずがないのだ、『アイテム』には。
……最初の錠剤の快楽をあんなにも無防備に受けて、『有害性に対してのみ自動的に起動するスキルである』ことを証明された以上、付け入る隙は殆ど露見した、などと。
或いは、
――重力に捕まってこのダンジョンに捕獲され、あまつさえ監禁されているという時点で、俺の最良にして最短なる『無力化の方法論』は既に確立されている、などとは。
〈/break.〉
――扉を開けて、その空間の昏さに気付く。
「……、……」
『アイテム』の言った通り、奥に広い大部屋である。
壁面材質はこれまでと同様の無機質なコンクリ。靴底が鳴らす耳障りな音もやはり変わらず、音は延々と空間を反響し続ける。
しかしながら視覚、これだけはこれまでと大きく違った。
「こうなっている意図、予想できるか、『アイテム』?」
『……現時点では、なんとも』
暗い。
どこかから届く光は乏しく、そして蒼い。
無人の教会か、深夜の道場のように静謐とした空気感。
その最中央に鎮座しているのが、――先ほど確認した犬型のドローンである。
「動きはない。また、さっきみたいな悪趣味なお手紙でもあるのかね。こうも暗いんじゃ文字も読めないかもだけど」
『報告します。ソナーでの検知では、紙片の類いは確認できません』
どうも、と俺は簡単に言う。
「犬が動くまでは、この部屋の観察でもしておこうか。そういえば『アイテム』、最初に確認した予想出口までだと、現段階で進捗はどのくらいかね、ここまで一本道だったけど」
『……ただいま確認いたしました。私の不手際です』
「……どうした?」
『この部屋の先が、ダンジョンの予想出口です』
「――――。」
あまりにも予想外の言葉に、俺は一瞬だけ完全に思考を停止する。
「なんで、……報告が遅れたんだ?」
『率直に申し上げますと、出口が移動いたしました。この部屋は元来なら進捗率15%程度だったものですが、今は向こうの壁の先に、上層部分へ昇る階段が確認できます』
「……、……。予定を、早めたと?」
『…………。』
返事は返らなかった。
いや、或いは、その沈黙こそが雄弁に事実を語っているのだろう。
つまり、――俺への『検証』は、予定以上に潤滑に進んでいる、と。
そこへ、
『ハル様』
「……、」
『――犬型ドローンの駆動を確認しました。戦闘準備を』
絶望的な結論を待ったかのように、部屋中央の影塊が、虚闇に両眼を『点灯』させた。
※次回更新は来週を予定しております。
それから次回については、ほんの少し内容が長くなる可能性があります。ご覚悟ください。




