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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第七章『宿命の清算【裏】』
251/430

-07

 











「……、……」


 薄目を開くと、まずは、冷たい空気が目に映った。



『ハル様、ご無事ですか?』

「……分かってる通り無事だよ」



 否。光景に感じたモノは錯覚であった。

 冷たい湿気を帯びた周囲の灰青色は、目を凝らして見れば、ただの無味乾燥たるコンクリート質の壁である。



 後頭部にも、それらしい材質の感触があった。

 ひとまず俺は、上半身を起こす。



『……、……』



「試しに聞くが、どうしたらいいと思う?」

『現時点では、すみません。分かりかねます』



 内心で「だろうな」と吐き捨てながら、俺は周囲に改めて視線を配る。



 まずは、四方は先ほど言った通りコンクリートに囲まれている。


 俺の落ちた足元も同様の材質らしい。感触を確かめるつもりで軽くノックをすると、微かな音が底の底まで浸透していくような感覚が掌に返る。


 ただし、天井は完全に開放されていて、この山の内側壁と丸くすぼまったような曇天空が遠くに見える。


 ……察するに、元々ここに叩き落すつもりで開いているのだろうが、壁が高くよじ登るのは難しそうだ。



 それから、視線の最中央には、




「――。」




 扉が一つと、台座(テーブル)が一つ。


 ……この部屋には、それだけだ。











『ハル様。先ほど、謎の光線の照射による装備スクロールの起動反応を受け取りました。ご確認ください』

「……、そっちの言う通りだよ。全滅だな、こりゃ」


 試しに装備の一つに魔力を通してみても反応はなし。

 先ほどドローン群に撃ち込まれた夥しい数の光線には、恐らくはスクロールが起爆するような波長の魔力か何かが含まれていたのだろう。


「どれかが残っていれば、天井からの脱出も出来たんだろうがな。見事に無力化だ。数十日の準備と国家予算レベルの資金が一瞬でパァ。笑えないね。……俺特化のダンジョンだとか言ってたけど、文言に偽りはなさそうだ」


『消費されましたスクロール料金につきましては、クエスト完了以後に打ち合わせをお願いいたします』


「えっいや消費扱いなのあれ」


『さらに追加でご報告いたします。仮定迷宮主よりこのダンジョンの、「対001個体攻略拠点(ダンジョン):カズミハル・レポート」との呼称を確認いたしました。これを以ってギルド国際法に則りこのダンジョンの呼称を、【S級迷宮:カズミハル・レポート】に改訂いたします』


「あ、はい……。勝手にしたらいいんじゃね……?」



 いやでも俺の名前で残るのか。

 やっぱちょっと嫌だし後で文句言いにいっとこかな……。



「……まあ釈然としないのは置いといて、今後の話だな」

『この場で、攻略についての考察を行いますか?』



 この場で、という部分に若干のイントネーションを感じる物言いであった。


 まあ、天蓋が解放されていては襲撃にはもってこいすぎるロケーションである。納得と言えば納得の反応だ。



「分かってるとは思うが、この状況で強襲がないなら、このままここでくつろいでてもしばらくは問題ない。だろ?」


『肯定します。しかしながら、潜伏した目や耳がどこにあるかもわかりません』


「そりゃむしろ、完全に敵の手の中にいる今じゃ言うだけ無駄だ。隠れてトイレしたって筒抜けだろうな」


『その際には「アイテム」のミュートはお忘れなく』


「……今の話のメインコンテンツはトイレの部分じゃねえから後で言えそういうのは」


『了解しました』



 妙に、……機械的な音声も相まってだが、この『通信機(アイテム)』の向こうにいる人物には融通の利かないイメージが定着しつつある。


 それでいて先のようなことを言うのだから、せめて表情でも無いとジョークか否かの判断に困るところだ。



「まあ、どうしてもって言うなら、作戦を共有しないとかって方法でこっちの会議をばらさない手もあるが」

『ハル様がそれを選ばれるのでしたら、当方は従います』


「いや、さっき言ってた視覚情報のフィードバック用のソナー、あれでこのダンジョンの構造なんかが確認できれば便利だ。それに、それ以外にも何かしらの便利機能、付いてんだろ?」


『肯定します。ソナーによるダンジョン構造の入出力は、およそ八割の精度で可能です。加えて、それ以外にもハル様に有効と思われる機能は確かに備えております』


「ふうん? まあ後者は追々として、その構造の把握が八割の精度ってのはなんだ? 具体的には?」


『一般普及練度のマーカースキル持ちの冒険者が実際に地図を作製した場合との比較です。未評価値の二割は、具体的な足場の質感やデブリの量、危険性など、ある程度の戦闘ないし退避行動を前提とした場合に求められる情報を提供できない分を差し引きいたしました』


「なるほど? じゃあおおよそで道順のナビゲートが出来る位ってことか?」

『左様です』


「まあ、……問題は、どこにナビしてもらえばいいのかなんだがな」


 まず以って、パーソナリティの目的は現段階では不明である。

 敢えてこのように、ダンジョンという形で設えた牢獄に手枷もなしに落とした以上は、ただ監禁して衰弱を待つ以上の理由はあるのだろうが……。


「そのソナーの地図、こっちとの共有はどういうふうにするんだ?」


『「アイテム」からの投影により図面の描写を行います。作動いたしますか?』


「お、それじゃあ頼むよ」


 短い応答と共に、アイテムがPCのファンじみた音を微かに上げる。


 ……すると、確かに先ほどの説明通り、SFのバーチャル映像じみた図面が俺の目前に投影された。


「……ホントに俺の世界のお株を奪っていきやがるよな」


『? 恐縮致します』


「いや、恐縮はしなくていいよ……」


 なにせこの光景とはまさしく、剣と魔法の世界に対して科学世界に唯一残った、技術水準という面目が丸つぶれする瞬間である。


 多分この世界、探せばドラえもんとかロックマンエグゼとかもいるんだぜどうせ。

 俺たちの夢がこの世界にはよぉ……。


「……まあ、とりあえずありがとう。ちなみにこれ、高低差とかは反映されてんの?」

『全一階構造で上下移動は一部地点を除き殆ど確認できません。天蓋までの高低差は2~8mです。詳細を確認しますか?』


「8m……。ボス部屋かなんかなのかな? とりあえず詳細は、後に回しとくよ」

『了解しました』


 とりあえず、まずは円周状の構造である。ご丁寧に直径距離の表記も用意されているが、ぶっちゃけ数字で表記されてもあんま良く分かんない。

 とりあえずデカめの空港五つ分くらいだろうか。分かんないけど。


 ……それから、その円周にランダムな模様のように走っているのがこの迷宮の通路に当たる部分だろう。

 いくつかの部屋と部屋を太細な通路が繋ぎ、まさしく蜘蛛の巣じみた様相である。



「一応聞くけど、出口らしい部分はあるか?」

『予測にはなりますが、そうと思われる個所(・・・・・・・・・)が一つ』



「……え? あ、あるんだ。……聞いとくもんだなぁ」



 絶対ないと思ってた。

 っていうかわざわざ100点満点に罠を踏み抜かせた獲物の檻にわざわざ出口とか用意してんのか。


 ……なるほどね。



「ちなみに、予測って言うのは? 分かりやすく外に繋がっているってわけじゃなさそうだけど」


『一ヵ所だけ、迷宮構造の上面に続く階段を確認いたしました。……そういう意味で言うと、この迷宮は屋内一階層と屋上部分に分かれた二階層とも言えます』


「……それ、出口か?」


『ひとまずの到達目標かと。この迷宮は、その地点と現在ハル様がいらっしゃる小部屋の天蓋以外で外に繋がる部分は無いようです』


「外に出ても山の中なんだよなあ。しかも完全に文字通り」


 ぶっちゃけ山の中がホントに山の内側だ、なんて状況人類史上でも俺ぐらいしか立ち会ったことないんじゃなかろうか。


 おい天の声ほら見ろこれ実績だろ、ユニークスキルよこせこら。




 ――実績を承認しました。


 ――『ユニークスキル:山の中にいる』を取得。ステータスに反映いたします。




「う、うそだろ!?」


『確認いたします。ただいまハル様はスキルを入手しましたか?』


「いや分かんない。たぶんゲットはしたんだけど多分何の意味もないやつだとは思う……」


 ってか『山の中にいる』ってマジなの? それ確か俺の世界のネットスラングなんだけど本気でマジなの? これってなんか重大めなこの世界の真理についての情報が唐突にもたらされたんだけどジョークで済ましていいのか……っ!?


『あの、……何をきっかけにどのようなスキルを?』


「脈絡もなくゲットした何の役にも立たない称号だと思うから置いとこ。……それより、更にソナーについて聞いておきたい」


『はい、なんなりと』


「そのソナーでの索敵はこの迷宮内部でも機能してるか?」


『……、……』



 俺の問いに、珍しく『アイテム』は沈黙を返す。



 ……イエスかノーかで答えられる問いのつもりだったのだが、この間は果たして、今更になってダンジョンの索敵を始めたというわけでもなかろう。


 つまりは――、



『エネミー群はゴーレムに所属する魔物群であると考えられます。それを前提にしますと、場合によっては「アイテム」の機構ではこのダンジョンの構成物とゴーレムエネミーの区別がつかない可能性もございます。「アイテム」には動的ソナーと魔力ソナーと熱源ソナーを備えておりますが、そのどれもがゴーレムの稼働を以って機能するモノですので』


「そういうことか、了解」


 仮にパーソナリティが魔力に依存しない機械であったなら、そもそもこの世界の索敵には引っかからない可能性もある。

 ……索敵に熱と動性のソナーも備えているというのは驚くべき周到さだが、それでも非稼働の機械が相手では確かに難しいだろう。


「……一応、パーソナリティの動力は電気である可能性を事前に伝えておいたんだが、その索敵はどうだ?」


『申し訳ありませんが、そのシステムのご準備には十年単位でかかると思われます。……事前確認の不足がございました。魔力を使わず電気を司る(・・)という言葉の意味への誤解があり、当方が用意したのは魔力反応を下地とした電気反応の確認だけです』


「まあ、そんなもんだよな。無茶を頼んだ自覚はある。構わないよ」


 電気を『司る』という表現にも、察するにこの世界と自然科学との特殊な関係性は大いに出ていた。


 その方面に詳しくはないが、確かに俺の世界でも燃料と電気を縛って現代科学を再現しろと言われたらそう簡単な問題ではあるまい。


 ……いやでもこの世界SF仮想スクリーンあるもんな。ハッハッハ出来ないこととかあるんですね天下の魔法科学にも!(嫉妬)


「とりあえず索敵は難しいか。……一応で聞くんだけど、反響のソナーかなんかで部屋の中に屹立不動の謎マネキンとかがあればそれがゴーレムなんだけど、そういうのもなさそう?」


『それぞれの部屋は、全てが空室となっております』


「成程、徹底してるな。それじゃあさっきの落下時点で確認できたゴーレム群はどうだ? あいつらはわざわざ出張ってきて俺がダンジョンに墜ちていくのを眺めてたらしいが、その後の動向は?」


『壁と同化するように反応を消失いたしました。恐らくは壁面の格納庫に格納、或いはその内部で搬送をされていると思われます。申し訳ありませんが、「アイテム」の機構では内部の探索が出来ない状況です』


「ソナーのシャットが起こるってことか?」


『左様です』


 であれば、内部壁の内側にはある程度の「隠すべき理由」があると見るべきだ。

 というか、率直に言えば搬送経路(ネットワーク)が張り巡らされていると断言してしまってもいいだろう。


 ただの格納スペースとして潜伏ゴーレムの位置が露呈しないように、という意図だけでソナーを遮断するほど、パーソナリティの害意はささやかではあるまい。


 ――さて、


 これで、とりあえずの指針、そしてこのダンジョンの概略は得た。

 ならばいい加減に、目前の問題の解剖に、移っておくべきであろう。



「それじゃ、……まあ、本題だけど」

『はい』



あの扉の先(・・・・・)、なにがあるか分からないか?」

『……、……』



 ――扉。


 ここまでに確認したものは全て前提条件であり、あくまで俺たちは今、このダンジョンのスタートラインの直上に立っているまでである。


 やり取りした内容、索敵やダンジョンの条件の確認、『アイテム』との意思疎通も、なんならパーソナリティにとっては織り込んである手順だったということだろう。


 果たして俺たちは、片付けるべき全てを考察し終えて、そして遂に今、目前の扉に相対する他には無くなった。



「……、……」



 ――このダンジョンは何のためにあるのか。


 何を意図して、間抜けにも見事に罠にはまった俺を、拘束もせずにこのように自由にさせているのか。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……、……」

『攻略を開始なされますか?』


「……、……」



 呟くように、俺は言う。



「このダンジョンは俺を攻略するための拠点で、そのための作戦と機構は、さっき聞いたように全て稼働している。そのうえで俺は、アイツに脅威度更新個体(・・・・・・・)なんて呼ばれているわけだ」


『……、……』


「脅威ってのは、つまり俺の無敵(・・)、『散歩スキル』のことだろうな。俺でさえ底知れないこの無敵能力を、攻略するためにあるのがこのダンジョンなわけだ」


『同意いたします。しかし、どういう意味でしょうか??』


「このダンジョンのハナシだよ。ダンジョンって言ったら魔物とお宝と達成感が奥底に眠るモンだが、多分、ここにはその手のロマンは一つも用意されてないんだろう」


『……、……』


「ダンジョンなんてのは大言だな。多分ここは、()()()()()()()()()()()()()()



 そう。

 ――そうだと結論付けるのが、最も理路整然とする。



 そもそもこの状況は、身体に拘束具が付いていないというだけで、実質的には完全に身動きの取れない袋小路である。


 魔術的手段による脱出はスクロールの全暴発により攻略され、その上でこのダンジョンの直上では、先ほどに見た夥しい数のドローンが恐らくはそのまま眠っている。ここで俺に手渡された自由意志は、そっくりそのままラットの迷路実験のための非拘束と変わらない。


 俺の思考能力さえもを分析するために、俺は今手枷を外されているのだ。この設えられたダンジョンを俺が適切に攻略し、他方のパーソナリティはその道すがらのありとあらゆる挙手投足を観測することで、俺がどれだけの性能(スペック)を持っていようが封殺する。


 AIを分析して人類最高峰のチェスロボット()()()()()()()()()()()()()でそれを打ち負かすように、俺の思考傾向から逆算した「俺だけ(・・)には絶対勝てない人工知能(オートクチュール)」を用意することで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をする。


 ……この状況に込められた意図は、おおよそはこんなところに違いあるまい。



「……、……」



 ――曇天を透いた青い日差しが、更に更にと曇るのが分かる。



 遠く地下にてそれを享受するこの空間は、些細な日の傾ぎがあまりにも致命的に作用し、光量を碧く擦り減らす。


 呼吸をするように、四方壁面のコンクリート質の地肌が冷気を吐き出し、俺のうなじを怜悧に刺す。


 影はどこまでも寒色で、そして深い色をしていて、見渡す限りの狭い室内には、どこを見ても青褐色が介在している。



 うすら寒い(・・・・・)。と、俺は見渡しながら胸中で呟く。

 目前の扉と、その付近に据えられた台座(テーブル)



 その上には、……例えるなら、エタノール香の強い生体研究施設に覚える清潔な忌避感(・・・・・・)に似て、



「――、――。」



 あまりにも不穏に、


 ――『錠剤』が一つと、その説明書きが一枚置いてあった。




【これを経口摂取した場合、目前の扉が解放されます。

 経口摂取しない場合、扉は開かれません。】




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