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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第七章『宿命の清算【裏】』
250/430

幕間

※初めての誤字報告をいただき、思わず二度見を致しました。本当にありがとうございます。


読者の皆さまから頂けるリアクションは、読んでくれている人たちがいることを実感できて本当に励みになります。

是非とも、当シリーズを今後ともよろしくお願い致します。










 





 俺の生涯を語るとしたら、それには起承転結でも序破急でもなく、前後編に分けるのが妥当だろう。



 シンプルでわかりやすくも、いささか味気に欠ける。そんな語りが適当に思われるのは、例えば物心がつく以前と以後のように、俺の在り方はただ一つのターニングポイントを区切りに大きく変わるためである。


 ターニングポイントを、まさしく「物心」に例えるとするなら、確かに俺自身にしてもそれ(・・)以前の記憶はどこか曖昧だ。


 胡蝶の夢か、彼岸の夢か。美しくもたおやかたる俺の前編譚は、残念ながら、今では思い出すだに現実感がない。





 俺は、とある時代の過渡期に、ごく一般的な家庭に長男として生を受けた。


 ……まあ、過渡期などとは誇張が過ぎるか。ひとまずは、日本経済の主役のバトンが、バブル世代からそれ以降の「絢爛豪華たる日本」を知らぬ世代に受け渡され、担う若者当人たちは大人の言う「日本の底力」を、何せ見たことも実感したこともないゆえに良くも分からず聞き流す、……といった風体の、退廃的にして岐路の最中たる時代である。


 俺もまた、若い世代全体に基本疾患のごとく蔓延する倦怠感を大いに謳歌しながら、それなりに青春を過ごし、それなりに勉学を済ませ、そして大学生活では夢と目標とキャリアプランを曖昧にではあるが構築した。



 ――夢。

 俺の夢は、教師であった。



 そしてそれは、法律制度的な話をするのであれば滞りなく叶った。





 夢というのは、実の話それなりに俗物的に発生するモノらしい。

 曰く、自分を変えてくれたものに人は焦がれ、それを敬愛の対象か夢かのどちらかにする。


 それにあたって世の人は、芸術に感性をこじ開けられた際には芸術家を夢想し、何らかの事故から救われた経験があるならば救出職を敬愛し、エトセトラエトセトラと何かや誰かに敬服を示す。これが、夢という概念のメカニズムである。


 そして、ごく一般的な人生の前編を送っていた俺もまた、そのように任意コンテンツに敬服をした。それが、教師であった。


 今だからこそ笑い話だが、当時の俺は家庭環境というモノに思春期なりの心地悪さを感じていて、他方俺という人間にごく一般的な理解を示してくれた、とある現国教師(おとな)には尊敬を覚えていたのである。



 ああ、先に言っておくが、俺は、俺の家族にもその現国教師にも特別な悪感情があるわけではない。



 思い出すだに怖気が走るのは、いつだって過日の自分自身に対してである。

 その果て人は、過日の時分の周囲登場人物への当たりもニヒルになる。誰だって、心当たりはあるだろう?






 俺の母は弱いヒトで、また俺の父は希薄な人であった。


 ……それでも俺と、ついでに俺の妹の熾烈たる思春期を乗り切ったのだから、少なくとも俺や妹のような若輩と比べれば幾らだって強いのだろうが、とかく俺自身が二人に覚えているのはそれだ。


 母は弱く、父は希薄。無論ながらどちらも精神性への言及である。

 ただし、これらだってごく一般を逸脱はしない程度。


 家族だからこそ分かる脆弱さと薄弱さがあったというだけで、両名には特別な欠陥や非倫理的な子育て行動があったわけではない。これらは有体に言えば、俺という彼らの子供が、「俺だったらもっとうまく子どもを育てられる」と思う類の、半ば理想論か机上の空論じみた人物評価である。


 とかく俺は、特別な欠陥はなく当たり前の弱さを持った両親に、時に愛情時に愛憎と言った形で、ぶつかり合いながら許されながらも育てられた。



 幸運だったのは、時折両親が家族サービスをしてくれたことだろう。

 おかげさまで俺(と妹)は、そこまで鬱屈した感情も持たずに適度にストレスを発散し適度に成功体験を得ながら高校生までを完遂した。



 その後、俺は両親に許され大学への進学を行い、そこでは、人生初めての自立に時々は生活リズムを崩し多少の放蕩なども経ながら、学生生活半ばで自覚した教師という夢へのレールに滞りなく乗って、強いては何もなく四年間を全うした。


 いや、何かあったのかもしれないが、それら全ては重要なことではあるまい。全ては、胡蝶の夢の如くである。





 生涯を一つの物語とするなら、その帰結は命の終わりで相違あるまい。前後編などと言ってはみたが、ちなみに言うと前編と後編の時間的比率は非常に歪である。


 一つのターニングポイントを区切りとして、俺の前編はおおよそ二十二年。そして俺の生涯の後編、人生の帰結までは、ほんの二年足らずとなる。

 大学の学費の元も取れないようなささやかたる社会人期間ではあるが、まあ、


 ……金銭的な話などゼロを幾つ足しても些末でしかないほどに、俺の人生の『後編』は真っ黒に鮮烈であった。



















 さて、
















 しかしながら俺の自我は、世界を変えてまで継続する。

 が、俺自身はこれを生涯の続きというふうには捉えられない。


 ……それは、俺の人生ははっきりと完結し、それにあたって俺の人生を彩る各種宿命も、ひとまずは全てを清算したためであった。


 正確に言えば、『死』というこれ以上にない明確たる終わりを全部の全部に押し付けて、俺の人生とその宿命は完結した。ならばこの世界にて得た第二の人生は、まさしく続編というべきものに違いない。



 続編。続編。続編。



 俺が前世にて見たあらゆる『続編作品』は、前作にてひとまずの宿命を終えた主人公が、その経験を踏まえて次の宿命(テキ)を得て、再度の清算に挑む。


 或いは前作主人公が敵やサブキャラクターに回っていたり、悪趣味な例だとカメラも回らぬ場所でひっそりと死んでいることもあるか。


 とかく、主人公は前世(ぜんさく)宿命(かんけつ)を経てそこにいる。


 そして俺も、そうしてここにいる。……俺のような人間が主人公を名乗るのはあまりにも厚顔ではあるが、なにせ『主人公』とは一人称の別称である。


 俺の人生の主人公は俺以外にはあり得ない。それが仮に、どう考えても他に主人公と呼ぶべき人間が身内にいるような不憫な人間であっても、物心もないままに死ぬ子どもであっても、或いは魔王そのものであってもである。


 ゆえに問題は、前作にて最低のオチを付けた元凶が、全く別の作品媒体にて出演を果たした際だろう。


 アニメかなにかのファン作品であれば悪の黒幕がギャグ時空に飲まれラスボスなりのカリスマなども全喪失してリバウンドの如く一層のジョークキャラに励むこともあるだろうが、さてと、少なくとも俺には、道化を演じることこそ出来ても本質的には前世キャラクターの延長線である。


 正気を喪失しつつ1ページ先ではたんこぶが治っている、なんてことは望むべくもない。さて……、








 ――さてと、だ。








 問題がある。

 それは、『実際のところラスボスは間違っていたのか』という点だ。


 世界の幸福水準を大きく下げる存在を悪とするなら、まさしく俺は悪である。

 しかしながら、俺の物語の主人公も批評家も、どちらも俺にしか務まらない。この、絵に書いたような癒着関係において、ラスボスの悪逆たる行為が正しく正義の俎上に出されるなど望むべくもあるまい。更に言えば参ったことに、主人公(ラスボス)氏は未だなお本質的には反省をしていないと来る。


 あれら行為は全て復讐の途上であり、途中に生み出した余人らの苦痛に同情するつもりまではあっても、それらはあくまで慈悲であり、自らの行動それ自体には謗られるいわれがないと思っている場合。


 或いは、――謗られるいわれがあるのか否かが、本当に分からないなら、






 ああ、







 ――嗚呼、

 どうか、答え合わせを。









 俺は、反省をするべきなのか。それともこれは、もたらした暴力の桁に今更になって怖気づいているだけなのか。


 感情や倫理観を優先して反省してしまって構わないのか、それとも復讐を成し遂げてやった故人のために罪を認めないべきなのか。


 やり過ぎたのか、適切な殲滅であったのか。



 それが俺には、分からぬのだ。




※次回更新は㋈2日水曜日の0~1時を予定しております。

 よろしくお願いいたします。

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