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03
ということでお勉強の時間である。
場所は変わらずアルネ氏のスクロール屋にて。二人を客用のソファに座らせて、対する俺は立ったまま講釈を垂れる。
「仮に、相手を鉄板と仮定しよう。堅く、分厚い鉄板だ。並み一通りの手段じゃ抜けないようなやつな」
うむうむ、と二人が頷く。
ソファー前に置かれた三人分のコーヒーが、ふわりと湯気を立てる。
「この場合、お前らならどうするんだ? 魔法って技術を使って、どう対応する?」
「対応……」
エイルが呟く。
そこに、アルネ氏が、
「対象軟化系の魔法を使うか、こっちの出力を更に上げるか。じゃないかな?」
「そうだな、それが王道だと思う。というかそれ以外にはない。……ちなみに聞くが、爆竜の装甲ってのは、それじゃぶち抜けないのか?」
「そうですね」
エイルが口を挟む。
「いわゆるデバフ系、……術対象の性能を低下させるような魔法は、爆竜には効きません。相手は理性がないとはいえ竜種ですから、生半可な魔法は無効化されるはずです」
「無効化?」
「魔法が散らされる、とでも言いましょうか。鱗の一つ一つが高品質の対魔力を持っていまして、それによってこちらの魔法が無効化されるんです」
「うん? じゃあさ、さっきのもう一つの案、出力の強化の場合はどうなる?」
「対魔力を抜けるだけの魔力収斂、つまり魔力の濃度ですが、これを確保できれば正面からの撃破も理論上は可能です。ですが……、」
その反応を見るに、机上の空論だということだろう。
「なら、物理的には? 仮に爆竜の装甲を、例えばデカい槍で一突きにするなんて場合には、どんな問題がある?」
「それなら、まあ対魔力のような問題はありませんね。ただ単に堅いだけです」
そこにエイルは、……恐らくですが。と小さく付け足した。
「恐らく?」
「ええ、なにせ爆竜に傷一つでも付けたという記録がありませんから」
「……、なんだそりゃ」
「爆竜の名は伊達ではない。アレは、文字通り爆発するのです。正確には爆発系統の魔法を使うという話ですが、その魔法は常に、爆竜を中心とした円形で発動しています」
「それはアレか、その『ヒトの範疇ではあるけど間違いなく桁違いな威力の魔法』を、爆竜は常に自分でも浴びながら使って、だけども無傷だってことか?」
「そうですね。……はっきり言えば、爆竜は『赤林檎』の上位互換といっていいでしょう」
「ふうん?」
率直な感想ではあるが、なんというかこう、……せっかく異世界に来たんだから、もっと目新しい相手とぶつかりたかったものである。というのは置いておいて、
「じゃあ、やっぱり最初の例えで正解だ。相手はひとまず、桁違いの鉄板と仮定しよう。この場合はやっぱり、アルネが言った案で行くしかない」
「魔法で、ですか?」
「いや。魔法以外で、だよ」
俺の物言いに、二つ分のクエスチョンマークが浮かんだ。
「この世界には製鉄技術があるな。ならわかるだろ? 鉄は熱を与えて、軟化させてから叩くはずだ」
「……、あー」
「それに、出力を上げるって言うやり方も割とアリだな。おい二人とも、この世界に鉄砲って言う概念はあるか?」
「……てっぽう?」
「……まあ、そりゃそうなのか?」
なにせこの世界は概ね魔法で回っている。わざわざ手間の必要な加工品を、それも戦場という「モノがダメになって当然の場所」に持って行こうという発想は育たないのかもしれない。
これが或いは、弱肉強食の世界における、彼女の言った「天井」なのだろう。すでに強い個体に頼る世界基盤が出来上がっているから、それ以上の暴威には対応できない。仮に、俺の世界に爆竜なるものが出たなら、恐らくはその分だけ科学が発展しそれを討伐するだろう。
……いや、待て。
「おい、そういえばこの世界に初めて来たときに聞いた。この世界にはコピー紙がある。それで、その技術は異世界からの来訪者に伝えられたものだって。本当か?」
「コピーシ。ああ、ええ。非常に上質な植物性紙です。確かにありますね」
「だねだね。ただ、一般に普及するにはモノが高いし、かといって上流階級に使ってもらうには『歴史と格式』が足りてないってことになってるみたいだ。私もなかなか見ることないね」
「……、……」
仮にこれが、俺の世界の話であったなら。
例えば「白砂糖」の発見は世界史を変える出来事だった。美しい雪のようなそれを、過去の人々は「神の食べ物だ」と称して夢中になった。無論ながら、「歴史と格式」に名高い黒砂糖は、その時代のブランド的には一気に下火である。
これは俺の世界の話だが、上流階級とは、新しいもの、高技術なもの、より上質なものを求めるのが常であるはずだ。それで言えば、新しく、そして今までにない純白をしていたであろう「高技術の紙」に飛びつかないことがあるか?
「……エイル」
「はい?」
「本当に、出回ってないのか? お前の身内の中でさえ」
「? ええ、人気があるという話は聞きませんね」
「……。」
彼女は否定したが、これが恣意的な事象、――つまり技術の秘匿による状況である可能性はまだ否定できない。なにせ、「転移者の受け皿であるこの街を、外部流入金の可能性を排除し国でほぼ丸ごと養ってまで」転移者の存在は強く秘匿されているのだ。ならこれもまた、「技術革新を切り捨てるほどに切実な対応」であったと見ることも可能なはずである。
さてとそして、その場合、
鉄砲という概念を、彼女らが知らなかっただけという可能性がさらに浮上するわけだ。
「……、さっきの話だけど、例えば自爆スクロールの爆発威力を強化するにはどうしたらいいと思う? 例の分厚い鉄板を、真正面からぶち抜けるほどに」
「? その場合は、術者を魔術的に強化するでしょうか?」
「それでもいいけどな、そもそも爆発ってのは効率が悪い。わかるか?」
答えたのはアルネ氏だ。
「……――、指向性の問題、かなあ?」
「そうだ、その通り」
俺は、その打てば響くような答えに諸手を打つ。
「爆風ってのは基本的に爆心地から円形で広がる。だからその分だけ出力も分散する。――それを一方向にまとめてやるのが、鉄砲って言う概念の根幹だ」
「でも、その場合、」
そこでエイルが、
……出来のいい生徒のようなことを言った。
「それに使うパイプは、どうするのですか?」
「――……ああ、なるほどねー?。いやあ、いい質問だ、エイル君」
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爆竜討伐において「銃撃」という一手を打つのは、間違いなく最適解であった。
なにせ「銃」とは、世代を経て技術を進化させるたびに、その「貫通力」を研磨し続けてきたものだ。弾頭を収斂し、砲身内部に螺旋をつけて、それで以って標的と、そして標的までの空気の壁を「貫通」させる。それが威力と精度を増す。
その歴史が、この場合ではクリティカルに響く。
俺たちはまさに、最適な「貫通力」を求めていたのだから。
「……、……」
パイプの用意はどうするのか、とエイルは俺に聞いた。まさしくその通り、「パイプ」が無くては、この最適解は成立しえない。
そして、それは俺たち以上に、
――恐らくは「パイプ」を隠し持っているであろうこの依頼の発注者にとって、何よりも切実な「難問」であったはずだ。
つまりは、「パイプ」があれば即座に対処可能な問題なのに、それが無いことになっているから、対処が混迷を極めるのだ、と。
「……、はあ」
今まさに爆竜の被害に晒されようとしている地域、つまりこの国の首都ストーリア。
首都ならばそこには一定階級以上の権力者がいるはずだ。転移者という存在を秘匿したであろう高位幹部がいて、そこでは同時に、「転移者が持ち込んだ技術」の秘匿も(仮定ではあるが)なされている。そんな彼らがもし、真に公国の瀬戸際に立たされたらどうだ?
それでもなお、技術の秘匿を優先するか?
「なあ、エイル?」
「なんですか? 溜め息なんてついて」
「そもそもお前、この事件にも首謀者はいると思ってるよな?」
「――……。……ええ、当然」
彼女は、そう答えた。
「爆竜の動きの違和感から見ても、『赤林檎』の一件とほとんど同じ手口に思えますし、何よりもまず、ここまでくれば意図が露骨です」
「え? な、なに? どしたの?」
急に出来の悪い感じになった生徒の方は一旦放っておくとして、俺は今まさにエイルが言った「露骨な意図」について、
「……、……。」
今ここで、はっきりと言葉に変える。
「――敵方の意図は、異世界転移者を秘匿した、この状況の崩壊だ」
まずはこの、はじまりの平原の際の街。
ここはその立地ゆえに、転移者についての箝口令が行き届いていない感がある。場合によっては俺のケースのように、異邦者が住民と積極的にかかわってしまうということだってあるだろう。
そんな街を堕とせばどうなるか。答えは簡単だ、箝口令というデリケートな施策に亀裂が走る。
この街から逃げた住人が風聞を立てたり、逆に他所から復興にやってきた技術者が転移者の噂や存在自体を目の当たりにしたり。それら全てを完全に断つというのは全く以って妥当ではない。或いは、そこに加えて宙ぶらりんになった「いずれ顕れる転移者」を確保することも考えているだろうか。そちらについては、「転移者発生の周期」についてを知っているのかどうかで発想が分かれるところだが。
さてと、そこまでが前提である。
ここで、今俎上に上がっている、公国首都への爆竜の襲来について考える。これは、この街で起きたことがそのままスケールを拡大したのだと考えて良い。被害についてもそうだし、無論、転移者秘匿への打撃という意味でも。
「お前さっき言ってたな。まだ一国の総力を挙げる段階ではない、みたいなことを」
「え、ええ。その通りです。今回は冒険者を広く募って、公国はそのフォローに回る予定です」
「そこが瀬戸際だったのかもしれない。冒険者に何とかしてもらわないとどうしようもないっていう事態だったのかも」
なにせ、「軍事力を見せられるものと見せられないもので二等分する」などという行為はどんな大国にも不可能だ。どうしたって「見せられる部分」の厚みは最大限薄くしたいと考える。
「……ちなみにさ、周辺国家との戦争とかって無かったの?」
「それはどういう? いえ、ええと、……公国は、とある国家連合に所属しています。その参加以来百年間、この国は戦争らしい戦争に巻き込まれたことはありません」
「そこはなんだ。他加盟国も、公国と同じ秘匿者の立場なのか?」
「! ――……、……極秘となっておりますゆえ」
「……。」
正解だ。
つまりこの世界の裏側には、転移者秘匿を旨とした巨大組織が横たわっている。
この一連の出来事はその組織に対する、――言ってしまえばテロであるわけだ。
「……、」
「あなたには、何が見えているんですかハル? 教えてください、ハルっ。どうしてそんな顔になっているのですかっ?」
「……、うるせえよ元々だ。いや、それは良いか。あのなエイル。多分だけど今が、転移者秘匿って方策の瀬戸際らしいぜ」
「――――は?」
言葉を一から説明せずとも、エイルはたった一言で顔面を蒼白とさせた。それはそうだろう、転移者秘匿体制の崩壊とはつまり、世界バランスの決壊を意味するのだから、
そんな、――加速度的に緊迫していく空間で、
「(よくわかんないけど急にシリアスになっちゃったよう!)」
視界の端でアルネ氏が、こくこくとコーヒーを嗜んでいた。
――用語解説
竜種
備考:鹿住ハルの転生した世界における、「ヒト種及び亜人各位の持つ知性を凌駕した種族」を指す分類名称。多くが爬虫類ベースの身体的特徴を持つため、この世界における「紀元前」、――つまり「神話前代」の時代における文書の「英知を持つ人類の上位種的性質である怪物の普遍的イメージ」から取って竜種と呼称されている。
これについて、竜種とは、神話前代において広い地域で共有された「強者、或いは知性を持つ災害」のイメージの爬虫類であり、「『竜種』という呼称」自体は文化圏、言語圏によって差異が見られるものの「爬虫類ベース」という身体的特徴においては概ねが「示し合わせたように」一致していて且つ、現在新たに確認される竜種も同様に爬虫類的な特徴を持つため、確立した分類学上の名義としての地位を成立させている。
また、上記の歴史より一部学問においては、「爬虫類ベースの知性体が、文化圏を跨って人類の普遍的な『強者のイメージ』となっていること」から「竜種学」や「竜種信仰」などが広く確認され、またそのような概念へのアンチテーゼとして、例としては「爬虫類型知性生物によるヒトの支配」などと言った陰謀論などが発生している。特にこのうちでも「竜種信仰」は、その他脅威的な唯一種生物(例、爆竜パシヴェトを信仰する『熾天の杜』など)への信仰団体へと派生し、彼らに多く見られる「倫理的でない在り方と教義(例、上記『熾天の杜』における教義は『爆死を行う』こと)」とその影響及び被害は、この世界における問題の一つにも数えられている。
前代神話において竜種は、人を損ない、或いは恵みを与えるものとして語られるが、現代において竜種は、「理性のないものと考えられているもの」か、或いは「人との接触を強く忌避しているもの」に大別され、上記のように積極的に人間社会にアプローチする種族は殆ど確認できない。ただし、そもそもこの分類区分における「ヒト以上の知性」について、それを明確に測定する術は未だなく、この世界で確認されている竜種は「ヒト社会」の検索範囲に接触したごく一部であるとされていて、「竜種によるヒト種への接触事例」についての実質は掴めていない。
現在確認されている竜種全てにおいて、最低でもその等級はスキャット・ブランデー氏の定義した階級区分における「A」以上にあたり、また「禁忌目録」の生物項における四分の一の名目もまた竜種とされている。




