1-4
私の持つ『リベット・アルソン』という名前は、定義で言えば偽名である。
「……、……」
この名は、私が生まれて初めて呼ばれた名ではなく、親から貰った名でもない。なんなら親から受け継いだ性でもなく、そもそも親にも名は無かった。
……父親には、性も名もあったらしい。だけれどその人に私は会ったことがない。或いはもしかしたら、私に重なってきた肉袋の一つが父親だったのかもしれないけれど、そんなことは些末だ。はっきりさせる必要はない。
とかく私には、本名と呼ぶべきものがなかった。
「……、……」
私が子を成せば、名と、そして自由が貰えたらしい。
母もそうやって自由を得て、そして人世の何も知らぬまま野に放たれた。
幼い私には分からなかったけれど、きっと、母はあの後死んだのだろう。或いは狼ではなく人間が彼女を捕まえていたとすれば、見た目だけは綺麗にされていたあの人の事だ。きっと奴隷としてそれなりの値段で売られていて、もしかしたらまだこの世界に生きているのかもしれない。
けれど、そんなことは些末だ。はっきりさせる必要はない。
ここで重要なのは、私は子を為さなかったということであった。
「……、……」
子を為せなかったのではなく、為さなかった。いや、為せなかったで正しいのかもしれない。
十の頃に巫女を受け継いだ私は、成熟し切った母の身体よりも魅力的であったらしい。子を成せば、私を手放さなくてはならない。ゆえに私は、『儀式』が終わると、徹底的な暴力を受けた。決して子を為さぬよう、何度も何度も腹を蹴られた。
幸運だったのは、私がそれ以外を何も知らなかったことだろう。
私は、自身の不遇に気付くことが出来なかった。
「……、……」
身体の傷は完治したけれど、じゃあ、内臓は? 果たして私は、大切な誰かのために今度こそ子供を作ることが出来るのだろうか。
いや。そんなことは些末だ。はっきりさせる必要もあるまい。
重要なのは、幼い私が自身の不遇に気付けなかったことと、それから、私が不遇に気付いたときの事だろう。
「……、」
私は奴隷であり神であった。
ゆえに『国儀』が、私に言語を教えることを定めていた。
最低限の、拙い言語。私に描写できたのは、ごく初歩的な感情だけだった。それだけで私の世界は完全に描写しきれた。『さむくて、かたくて、くらい、いしのかべのなか』。
……今だから分かる。母は自由を得ても、きっとこの世界を視ることが出来なかっただろう。
知らぬ言葉に、世界は溢れていた。
過剰な極彩色はきっと脳髄に届く毒であったはずだ。母は、この世界を視て、果たして何を思ったのだろうか。
いや、これも些末だ。はっきりさせる必要はあるまい。
問題は、私が言語を得て、そして『神』が、私に言語を用いたことであった。
「……、」
痛い、という言葉があることを私は知った。
それが、身体に奔る鋭い不快感を表す言葉であると、私は推測した。
とある儀式の終わり。
私は、それを呟いてみた。
周囲には誰もいなくて、在るのは薄汚れたベットと薄汚れた私だけ。私の言葉は虚空に消える。
否。
それに、返答が返った。
「……、」
痛いのか、と問われた。
痛い、と返した。
名前は、と問われた。
その言葉を知らず、私は沈黙した。
辛いのかと、更に問われた。
その言葉も私は知らず、私はもう一度、痛いと呟いた。
そのすぐ後に、あのクソッタレの教団が自壊した。
「……、……」
あの言葉が誰のもので、私は誰に救われたのか。それだって些末事で、はっきりさせる必要は無くて、
――重要なのは、私の身体を使って男と遊んでいたクソッタレの中のクソッタレの名前が、ポーラ・リゴレットであるということ。それだけだった。
../break.
――暗闇の中。
「…………はぁ。エイルめ」
私、リベット・アルソンは、腰に響く鈍痛に背を伸ばしながら呟く。
その声はしかし闇に消え、私の耳を、闇泥が浸した。
「……、」
周囲には、何もなかった。
深い水の底を歩いたような緩慢な抵抗感と、ぬるくなった水に指を浸したようにぼやけた温さ。それだけが私の五感を支配する。
音は闇に溶け、視界は闇にふさがれて、それ以外の全ても曖昧であった。
それでも私は、先に歩いた。
「……、準備」
ぱしん、と頬を叩く。
思いっきり叩いたつもりだったけれど、その痛みも闇が吸い取った。
だけれど、一瞬だけの毛布越しのような痛みが、私に「頬と両掌の位置」を思い出させる。
目視が出来ないなら、手で触ってでも確認をすればいい。
とかく私には、『準備』をする必要があった。
「……、」
持ち込んだ装備は多種多様なる刃物と飛び道具と、それから万全と言っていい量と種類の魔道具だ。
それらを私は、改めて確認する。
……問題なし。服装も軽量重視で、これだけの武装を下げていても挙動に違和感はない。軽く跳ねてみると、軽快な金属音が一瞬響いて闇に吸われる。
音も光も距離感も感触も曖昧なこの空間にて、私は二、三靴底を鳴らす。
身体をとにかく動かして、闇を振り払う。そうしなければ身体が闇に溶け出してしまいそうだった。
「(この闇が、『真理』ってやつなのかな……)」
この悪神神殿に足を踏み入れたモノの生存確率は、公式記録ではゼロらしい。ただしそれをこの国は恐らく勘違いしている。
彼の悪逆の神が手ずからに侵入者を撃退しているわけではないのだ。この闇が、真理が、あまりの整合性にヒトの脳を蕩かす。その帰結に、帰る者はいなくなる。
そもそも悪神が神殿に引きこもっている間は、ヒトによる神の攻略は絶対に不可能だ。仮に出来るとすれば、それは真理を解した新人類か、
「(或いは、真理に触れ続けた私か……、さて)」
私の知る真理が闇を見咎める。
そこに指を伸ばすと、硬質な感触。二、三握って輪郭を確かめると、それがドアノブであることが分かった。
「(……、)」
少し躊躇して、息を吸って、それを引く。
すると、――目前の光が、わだかまる闇を一掃した。
嗚呼、
「(――――。)」
まず、そこには『音』があった。
煌々と炎が盛る音だ。しかし探せども、『炎』などどこにもない。
それでも音がごぅと響き、私はそしてようやく気付く。
それは、風の音であった。
宙が高い。見果てぬ果てに、翠色の星が幾つも輝き河を作る。風の色もまた、宙の色。雲の先の青の先のずっと向こうにある夜の色が、そのまま地表に滑り落ちる。
地表。
それもまた碧の色の、見れば、地平まで続く石畳であった。いや、否だ。地平などここにはない。高所に設えた檀上のように、この地表には果てがある。
宙が、嗚呼、流転をしている。星が流れ、星が流れ、星が流れる。焚き木が強く燃えるように、この『世界』は時間を消費し続けている。朝と夜が即座に入れ替わる。いや、そもそもこの世界には朝がない。夜が、次の夜に換わり続けている。
恒星なき世界。
それでもここが光を喪わず、石畳が、風が、宙が色付くのは、
――恒星に変わる、主神がいるから。
「 。」
悪神ポーラ・リゴレット。
ヒトの上背を軽々と超す巨体と、そこに群れる黒山羊の毛並み。
脚は蹄で、五指は牙。背にはコウモリの翼があり、浅黒い肌の貌には、溶けて交じり合ったようなトカゲの頭骨がある。その、どこまでも男性的なシルエットが、今はこの世界の最奥、石畳と同じ色の玉座に鎮座していた。
嗚呼、
――嗚呼!
「ポーラ・リゴレット……ッ!!!」
「久しぶりかしら、リベットちゃん。会いに来てくれたのね、嬉しいわ」
彼の仇敵、ポーラが嗤い、
そして、――世界が絶叫した。
../break.
彼は現状を許さず、この世界に二つの『言葉』を産み落とした。
一つは『空』を、もう一つは『大地』を、その言葉は表す。
――かくして、神話は終わりを迎えた。
../break.
――『世界の絶叫』。
折り重なるような星の悲鳴だ。それが、この廻る宙の世界に響く。
私は弾かれたように奔り出し、悲鳴の最中をポーラに向かう。
対するポーラは、――ただ片手を挙げ、人差し指を折り曲げた。
「ッ!!!!」
続く災禍は『星の墜落』。
翠に瞬く宙の星々が、ポーラの挙動に合わせて強く瞬き、――そして亜音速で地表に墜ちる。
その数は八つ。そのどれもがふざけたスケールで宙を覆い隠し、鳴る風を圧殺して赤熱している。
私は――、
「アクセス!! 黒星魔術:第二層! 『ボイジャー_Archive_No,8s』ッ!!!」
叫び、強引に目前の神から力を毟り取って、それを全て術式に注いだ。
……織り上げる術式は『星』に届く『人為人造』。
とある猫が、とある少女と共に宙に描いた夢物語だ。
それがか細く、星に届かないのなら、私はそこに神為と神造を載せよう。『鉄屑』に神が宿ったなら、それが『星』に競り負ける道理は無い。
「――射出!!」
現れる光は八つ。それら全てがまっすぐに宙を目指して、そして迫る小惑星を撃ち抜いた。
砕けた星の欠片が、城一つを軽く超えるその巨体を限界まで赤熱させて塵と消える。
それを見たポーラは、次に片手を水平に薙いだ。
――熾る突風。
いや、風などという表現では全く足りない。それは不可視の『壁』であった。
ポーラの背後の向こう、この宙の遥か彼方から押し寄せたそれが、石畳を、世界を、そして私を一緒くたに狙う。
「再現召喚ッ!!」
迫る『壁』を私はただ殴りつける。
すると不可視のはずだった壁に、竜爪の形の罅が入った。そして、その亀裂から『壁』が破砕する。ガラスのように剣呑な『壁』の破片が私の頬を裂き、そして後方に流れて大気に溶ける。
それを置き去りに私は奔る。神の膂力を足に矯めて、一歩の踏み込みで彼方までを駆ける!
「殺しに来たぞポーラッ!!!!」
「そう」
ベルトのポーチからありったけの『超小型スクロール』を掴みだし、それを空に投げる。
それら全てが、私が猫亜人のバロンから譲り受けた『星を作り出す記述魔法陣』である。念じ、虚空を舞うスクロールに魔力を通過させる。
と、それらはビー玉サイズの『星』に代わって――、
「――弾け!」
スコールの如き弾幕に代わりポーラを襲う!
「……、」
対するポーラはまた、掌を薙いだ。すると、虚空が密度を増した。
「何もない」が「増える」。
それが虚無の世界を作り、そしてポーラを中心に膜状に広がる。
私の放った小さな流星群は、その『世界の膜』に堰き止められて――、
そしてその表面にて繋がり、魔法陣を描いた。
「無属性術式! ロード・オブ・ピルグリム!!」
その魔法は巡礼者の道を造る。巡礼者の自由を堰き止めぬために、この魔法は世界さえ渡る風となる。
ゆえに極光は『世界の膜』を当然のごとく透過した。直上からまっすぐに、青白い差光となってポーラを暴く。
が、
「……、」
世界を「通り過ぎる」のがこの魔法なら、神という『世界』を損なえる道理はない。
それどころか極光はポーラの座る玉座さえ透き通り彼方に消える。つまり、私の魔法が射抜いたのは『世界の膜』だけだ。それを当然、私は知っていた。
「――ッ!!」
小弓を取り出し、それを引く。
矢の代わりに番えるのは私の魔力。私という巫女の魔を得た不可視の矢は、それ自体が触媒となって強く光り輝いて、――そして、奔る。
私の一矢は細く光を引いて、孔が開き崩壊した『世界』を素通りしてポーラを襲う。それをポーラは、ただ掴んで止めた。当然だ。ただの弓矢が神を射貫ける道理は無い。それだって私は知っている。
「クリアパルス!!!」
ありったけの神属性を込めて、その矢に魔法を灯す。
それにより起こる「空揺」が空間を半透明にして、ポーラの周囲に未だ残る『世界の膜』を内側から破裂させる。
そしてその奥で、――ポーラの両目が怪しく光った。
「真理:シリウス」
その名を呼ばれた真理が喜びに打ち震えたように、世界が一瞬胎動した。
そして光景の彼方に繁華が灯る。橙色の光。見ればソレは、国であり文明であった。
社会一つ分の『国家』がそこに興り、繁栄の産声を上げて夜を照らす。それをポーラは、この石畳の壇上から一瞥見下ろして、
国が、砲火を打ち上げた!
「命令!」
叫び、妖精の権能を魔力で模す。
私というヒトの役者不足の魔力が空っぽの魔法陣を胸中に描き、それに私は『神意』を流す。
すると魔法陣は内満し、不可能のはずの『妖精王の権限の再現』が熾る。
否、彼女のいないこの世界に限っては、これで以って、私こそが妖精王と定義された。
命令は停止。妖精たる彼女らという存在は『自然そのもの』であり、この世界に溶けて、そして巨岩の如き砲火砲弾は進む意義を失くした。進むという行為が、私の胸三寸でもって『不自然』となった。
「……、……」
それをポーラは無感情に見つめる。
そして、
「真理:アダーラ」
今一度呟き、手を払う。
未だ砲火は吐き出されている。その『止まる戟音』の中に、光が降りた。
純白のオーロラ。或いは日差しを真正面に受けた時の目眩みの色。ヒトの作り出す砲撃の色を塗りつぶして余りある強い光が、石畳に光溜まりを作った。
光溜まり。
それが雨水が空を映すように世界を照り返し、そして持ち上がり、ヒトガタを作る。
それは、天使であった。
翼は六対。陶器のように肌が透き通る。内包する格が空間を白濁させて、その最中心の天使の表情は判然としない。
しかし、それだけの神性を持つソレらは――、
「命令!」
私という「作成者」の命令を決して軽んじられない。
思念に「崩壊」を載せて私はソレらに一喝する。ただそれだけで、桁違いの怪物であったはずの天使たちは瓦解する。
ただの光溜まりに戻り、それも枯れるようにして消えて、白いオーロラが宙に還る。
「……、……」
その光景もポーラはまた、
……無感情に、一瞥をした。
「真理:レグルス」
「回れ、回れ、クリア・バレット!」
二指を立て、それをポーラに向ける。
そこに番えるのは螺旋する弾丸。対するポーラは些事を弄ぶように真理を呟いた。
――そして、ポーラの背後に『泡』が熾る。
否。それはよく見れば眼と、鼻と、そして口を持っていた。泡のように見えるそれら一つ一つが呼吸し胎動し、そうするごとに密度を、面積を増す。
ならば、アレは……、
「(生命っ!? ……いや、妖精か!)」
私の『権能』はポーラのあらゆる真理を打ち消す。対してポーラの真理は、地に種を落とすように一つの「きっかけ」を落とし、それを芽吹かせて「結果」を作る。一つの火に生が寄り添い国を興すように、ポーラの真理は「それを呼び水として何かを繁栄させる」類いのものだ。だからこそ、私の命令はそれにクリティカルに効く。ゆえに――、
「(だからポーラは『この世界』に妖精を作った! それを繁栄させて、妖精王を生み出すために!)」
未だ私の命令権は健在であった。しかし『泡』は加速度的に膨らみ「歴史」を成す。
王を作り出すためだけの、それに最適化され生み出された異形の妖精群。瞬く間にそれは膨張する。大きな『泡』が周囲を飲み込み、破裂し、それを下地にまた『泡』が生まれる。
「ショット!!」
二指の先を『泡』に向き直し、それを放つ。しかし『泡』は私の放った弾丸さえ飲み込みさらに膨張する。――そして。
『――――――――――――。』
王が、芽吹いた。
「(マズいッ!!!!!)」
「真理:――ナオス、デネボラ、ウェンズ、ドゥーベ、アルナイル、シャウラ、アルタイル、アルデバラン、カペラ、プロキオン、ペテルギウス、ベネトナシュ、ミッラ、ヌンキ、アスピディケ、デネブカイトス」
途端、世界が白転する。
朝を失っていたはずのこの世界が緋色に色付き、波打つように明度が変わる。
血のような赤。黄昏の橙。星の白亜に、恒星の黄金。刻一刻と世界がグラデーションを描き、宙が、サーカスの如き極彩色を得た。
そして、『世界が私に牙を向く』。
「――――ッ!!!!????」
私に襲い掛かる全てに輪郭は無い。ありとあらゆる真理が並列同時にこの世界に存在し、そして鎖をこすり合わせたような音で喝采する。いや、それらは次第に音を「声」に昇華しつつあった。声、声、声。重奏に鳴るそれらがやがて楽器を象る。声が、音楽が、極彩色のオーケストラが、敵を追い立てよとがなり立てる!
凶器で出来た津波がそこかしこを押し流す。それがこちらに到達する直前、私は無色魔力を押し固めて空中に足場を作り逃げる。が、そこへ更に大樹が、ふざけた速度でこちらに成長びていた。私は竜爪を作りそれを殴りつけるが、止まらない。石造りの柱のように堅牢な枝が私をからめとり、生物の如く脈動する葉群れが私を拘束する。
「弾、けぇッ!!」
諳んじて、星を放つ。
それが枝葉を文字通り伐採し拘束が解けた。即座に私が底を飛び退けると、次いで、私のいた場所を炎の巨剣が引き裂いた。否、それは一つではない。空を見れば更に三つの剣が、炎舞を描いて軌跡を作っている。それらは互いに打ち合って、音色を鳴らし、そして音が魔術を紡いだ。
――私のうなじを危機感が炙る。後方。どこまでも続く虚空の底から星一つを貫く巨体の炎鎗が飛び出す。それが、まっすぐに私の心臓を狙っている。
「再現召喚×8!!」
八重の竜尾で槍を打ち返す。ただ一瞬炎の鎗が堰き止められ、しかし即座に息を吹き返した。それで十分だ。私は鎗の切っ先に降り立ち、神の脚力でそれを駆け降りる。その私の背を、白蒼の軌跡を描く流星が狙う。『千里眼』を起動。私の脳が即座にそれらを俯瞰化する。流星は、時間さえ歪めそうな超高速でまっすぐに此方を狙っていた。ただし、
――回避は容易だ。流星自身のあまりの速度が、「少しでも進行軸がぶれた瞬間」に自らを崩壊させる。私はただほんの少しの姿勢移動で以って流星群を潜り抜け、そして更に鎗のふもとへと疾走する。その先には、――ポーラの王座がある。
「ポーラァァアアアアアアアアアアッ!!!」
「……、……」
見れば、石畳の下。宙の下層に広がる『国』が、その彼方までを繁華の光で覆っていた。
見下ろすこの視点では、もう視界のどこにも虚無色の闇は無い。
この空間の全ての暗黒を文明の光が放逐している。そしてそれらが一斉に私に砲弾を打ち上げた。
「全部弾けッ!!」
命令と共に飛び出した『星』が砲弾を撃ち抜く。
それでも数え切れぬ砲火が未だ二波三波で以って国の光を塗りつぶす。更に、私の奔る後方からは先ほどの凶器の津波。
行く先は弾幕、後ろには人工物製の災害。
それなら私は先に往くほかにない。走り、走り、走る。目前の砲火弾幕を『星』が射抜き、それでもこちらに届くものは私が小弓で撃ち落とす。ポーラまでは遥か彼方。しかしその隔絶した距離を、巫女の身に下ろす神域の速度が瞬く間に削り飛ばす。そして睨みつけるその先で、――ポーラの視線が、遂に私と交錯した!
「っだァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「真理:アヴィオール」
跳躍。
炎鎗という足場を捨てて私はポーラに向かって墜落をする。それを、ダイアモンド質の円柱が迎え撃つ。意匠は華美で、傷一つもない神の国の柱。或いは神を括りつけるための柱だろうか。その、完璧すぎる天辺を私は踏みつけて――、
「――刻印魔術起動! エレクトロキューション!!!」
電撃と共に踏み抜いた!
「……、」
その宝柱は、自らの持つ途方もない魔力で以って自壊する。ダイアモンドの欠片が私の頬を裂き、身体を打つが、その先に私はまっすぐに墜落する。そして、ダイアモンドの雪崩の向こうに強くポーラの目を捉え、
「――スクロール起動。シネマ・レスト〈Ⅰ〉」
時間を跳躍。
たった0、3秒の停止した世界の中で、私は全力でダイアモンドの欠片を踏み抜きポーラとの距離を一気にゼロに、マイナスにする。
そして、――停止解除。
「――――。」
私が現れたのはポーラの玉座の後方。『泡』の姿をした妖精群のふもとである。
そのまま竜爪で以って妖精どもを泡沫に返し、『命令』。私を襲う世界全てを停止させ、そして腰の長剣を抜き放つ。
「ようやく、目を剥いたわね?」
一閃。
それを、遂に玉座から立ち上がったポーラが、その五本の『牙指』で受け止めた。
「――……、さあ」
「……、」
「宿命の清算よ」
「……、そう」
「そうやっていつまでも余裕をふかしていればいいわ。私の宿命。――負けを返しに来たわよ。汚名を。屈辱を。過去を! 理不尽を! ああようやく! やっと! 遂にっ! 私の剣はお前に届くッ、ポーラ・リゴレットッ!」
「……、……。」
叫び、叫び、力を籠めて、
その競り合いの向こうにある宿命の貌に、私は耐え切れぬ笑みを作った。
../break.
二つの『言葉』の生誕で以って、かくして神話は完了した。
熱狂は終わり、語るべき物語は収束し、そこに唯一残ったのは清算であった。
一人、また一人と、終わった物語に背を向けた。皆人が言う、「こんなはずではなかった」と。
「そうだと知っていれば、こんなことはしなかった」。「私たちは罪人ではない」。「いや、罪人なのかもしれないが、背負いきれぬ」。「背負うつもりのなかった罪に晒される自分らだって、いっそ被害者を名乗れるはずだ」と。
そして、最後に彼と、宿業が残った。




