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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第二章『英雄の国』
23/430

prologue_(‐03)

※本日より、第二章『英雄の国』の更新を開始いたします。

 ひとまずは三の倍数日に、いつもくらいの時間での投稿となります。よろしくお願いいたします。




prologue_ -03



01


 とある宿舎の一階。

 朝日の食堂に、また一つ香ばしい匂いが登壇した。

 俺こと鹿住ハルと、そして彼女ことエイル、エイリィン・トーラスライトの囲む卓上には既に、まだ脂の燻るベーコンや、一目でパリパリとわかるトースト、そしてバターの芳醇な香りが席巻している。

 そこに、店員さんことシアン・ムーンが運んできたのは、二人分の、品のいい柄のコーヒーカップであった。

「どうもー」

「いえー」

 俺の挨拶に、シアンはそうシンプルに答えて、

「あの私、まだ何も頼んでないんですけど……」

 しかし傍らのエイルが、微妙な表情でそう付け加えた。

「ええ。どうせウチは、朝はそれしか出してないんですよ。それとも、……要りませんでしたか?」

「……、……」

 言われて彼女の視線が、朝日に輝く白磁の食器の上をさまよう。

そして、

「いえ、……いただきます」

「よかったですっ」

 言ってエイルは、まずは果実のジュースに手を付けた。


 </break..>



 ――さて、

 昨晩俺は、この街に襲い掛かる大型ネームドエネミーの蜘蛛『赤林檎』を討伐し、小金持ちになった。加えて、俺の「ちょっとした一計」も加えて、ひとまずは安泰といえるだけのカネが俺の懐に入っている。

 また、今朝の彼女の来訪、……エイリィン・トーラスライトというお上代理の訪問は、それにあたっての用事であったらしいが、そこは先ほど終えたところである。

「……、……」

 俺こと鹿住ハルは、異世界からの転移者だ。

 記憶と身体と向こうの服と、それから()()()()()()()()()()得て俺はここにいる。そして今は彼女、エイルの監視のもと、ひとまず冒険者登録によって身分を得て、またその「保証権利に見合う義務を果たすべく」活動している。

 詳細は割愛するが、昨日はその「権利を得るための義務」を果たし、俺は晴れて「二級冒険者」となったところであった。

 はてさてと、――そんなわけで晴れて自由の身となった俺こと鹿住ハルに、いまや強制執行力などないお上の人間が何の用か。 

 なんでも言うがいい。

 全て突っぱねてやろう。

 なにせ俺の首には、もう首輪なって掛かってないんだからね!

「まずは、……『爆竜』討伐依頼の()()、感謝をいたします」

「……、……」

 ……そう言えばそんな話をした覚えがある。

 なにせ昨日は、俺という英雄の誕生に街がひとしきりお祭り騒ぎであって、その惨憺たるや一晩で街の蔵酒が底をつくほどだった。また、その中心にいた英雄こと俺の泥酔にしてもすさまじく、その『爆竜』何某がどんな手合いなのかも知らぬまま乗せられるままで、昨晩は依頼を受けた記憶がある。

「……、……」

 ……ああそうだ、違う。違ったや。思い出した。俺が昨日手にした称号は、『英雄』ではなく『爆弾処理班』なのであった。おかしいなあって思う。俺は一応身体を張って災害級のモンスターを退けたのに、そもそも「班」どころか俺個人の武勇なのに。それでもこの称号は何やら採用されてしまったようで、俺のステータスにも書き加えられているらしい。

 さてと、閑話休題。

「俺はね、」

「……はい?」

「昨日は前後不覚だったんだ。心神喪失だ。責任能力なしと判断される身柄だよ」

「はあ?」

「――受注の撤回を要求する。俺はもう、働きたくないでござる」

「は?」

 手のひらを組み、そこに鼻をうずめてゲン〇ウのポーズ。言葉だけではなく態度で以ってシリアスさを演出していく作戦だ。

 どうだこの野郎。へべれけ相手に拇印押させるような真似しやがって、こっちは民事訴訟も視野に入れてんぞコラ。

 さて、彼女は、

「なるほど……、では依頼の解消でよろしいですか?」

「えっ? うっそ出来るの!?」

「ええ、その代わりキャンセル料として、依頼達成報酬の一割を戴きます。七〇〇〇万ウィルほどになりますね」

「……、……」

 ちなみに俺の総資産が、昨日の『赤林檎』の懸賞金と大規模クエストの報酬も合わせて六千万ウィルである。

「おっ! 横暴だ! 弁護士を呼ぶぞ! 民事訴訟だ刑事訴追だ貴様の首をくくってやるぞ!?」

「はっはっは吠えなさいよ。こっちは国ですよ? それでもよければ、三権分立の俎上で戦ってみますか?」

「ぐ、ぐぬぬ」

 三権分立してんのかこの世界。っていうか三権分立してるのに政治屋の言うことを法律屋が聞いていいのか。汚職ど真ん中なんじゃねえのか。

「払いますかね七千万、それとも大人しく、私の言うことを聞きますか? これは個人的な意見ですがね、あなたはどうせ死にません。ならばあとは腰の重さの問題ですね? どっちがよりめんどくさいか考えた方がご自身のためでは?」

「ちくしょう……、これだから政治家は婚期を逃すんだぁ」

「ばっ? 馬鹿野郎が貴様! 政治家なんて一番モテるに決まってんでしょうが! 政略結婚に家督の拍付けに逆玉モテモテ引く手も数多だよ怖いこと言うな!」

 一番怖いのはどこをどう見ても愛がないことだと思う。

 まあ、それは良いとしよう。

「……一応反発はしておいたけどな。受けるつもりだよ、別に」

「あれ? 私が一応で喧嘩売っていい相手じゃないって気付いてない??? え、待って。私のこの胸の勲章の数ちゃんと数えられてる?」

「胸なんてないじゃん」

「素っ首切り落としてくれようじゃねえか!」

 閑話休題。

「いいよ無いもんの話はさ、……それよりほら、依頼のこと聞かせてくれよ」

「無いもんの話なんかしてない! 私のおっぱいは今もちゃんとここにある!」

「机上の空論の話はいいんだって」

「誰がシュレディンガーの猫だよ研究者に観測されなくたって猫は生きてるしおっぱいはあるんだぁ!」

 ……一応この世界にもシュレディンガーの猫の話あるんだなあ。

 ちなみにアレ、実物観測主義かがく台頭時代に生まれたアンチテーゼ的な考察実験であって、実際には殺された猫なんていなかったりする。いやそれはいいんだ。閑話休題なんだってば。

「それで? ……そもそも俺な、その『爆竜』ってのからよくわかんねえんだよ」

「『爆竜パシヴェト』です。パシヴェトが個体名で、爆竜の方は、『赤林檎』みたいな通り名ですね」

 さて、

 ようやく落ち着いたと見えるエイルが、居直って説明をし始めた。

 ちょうどいいので、俺はそれを、朝食のアテにすることにする。まずはトーストにベーコンを乗せて頬張りながら、聞く態勢に入っておく。

 ぱりっ、といい音が響いた。

「……、こほん。『爆竜パシヴェト』。――そもそもこの世界には、魔物の脅威度に合わせてランク付けが、種族ごとになされています」

「ああ、ランク付けって言うと、『赤林檎』が一級だってみたいな?」

「いえ、少し違います。『赤林檎』の一等級はギルド冒険者の等級に合わせてつけられたものです。一級の冒険者であれば、対処可能だろう、と。……魔物の種別に付された等級は、三から一ではなくアルファベットで定義されます」

「アルファベット、ねえ」

 ちなみにだが、無論ながらこの世界にアルファベットなどは無い。

 俺の持つスキルの中には、「言語を自動翻訳する」というものがあるのだが、その際に翻訳上では、「類語表現」が散見されるようなのである。例えばこの世界にある「肉汁とタマネギのソース」はグレービーソースと訳されるし、「実在観測主義へのアンチテーゼとして挙げられる思考実験」などは、先ほどのようにシュレディンガーの猫と訳される。多分ではあるが、「実在観測主義への反論」こそこの世界にあっても、それが「シュレディンガーさんが猫を例えに出して行ったもの」ではないと考えるのが妥当だ。……という具合に。

 あとこれは完全な蛇足なんだけど、多分例の「爆弾処理班」っていうのもそう言った経緯で生まれた誤訳であると思われる。いや関係ないんだけどね。

「……それで、そのアルファベットの等級ってのは? 具体的には?」

「ええ、等級は、『F』の無害から、『E』、非戦闘員個人でも対処可能、に続きます。『D』、『C』、『B』が、概ね冒険者への個人依頼で対処されるものと考えていただけますね。そこから更に、『A』、『S』、『H』と続きます」

「……、なるほど?」

「『A』等級は、定義で言えば『一等級冒険者、或いは一個師団による戦術的戦闘により撃破可能』と表現されますね。実際に対処する場合は、冒険者複数に向けた大規模クエストや、賞金首のような形で依頼を発注します」

「へえ。……しかしそれで言うと、『S』と『H』はアルファベット通りの並びじゃないね?」

「ええ、その通りです」

 そこで彼女は、一度果実のジュースに口をつける。

 そして他方の俺は、彼女の口上がいったん落ち着いたことで、そこを機にいったん思考を整理することにした。

 察するに、『S』にせよ『H』にせよ、『A』以下の等級とは一線を画すということだろう。ならば……、

「じゃあ『S』は、Superすーぱーの略称?」

「察しがいいですね」

 スーパー。つまり『超えた存在』である。既存のアルファベット等級では測れない存在ということか。

 いやしかし、本当にこの世界のネーミングは率直である。いや、案外これも言語理解の粗なのかもしれないが。

「じゃああれか、『H』はHyperはいぱーの略?」

「はいぱー? いえ、『H』は、『High‐Existence』の略称ですよ」

「……、そうなの?」

 え? 何待って、HighじょういExistenceそんざいってちょっとカッコよすぎない? 急になんでお洒落になったの?

「上位存在、つまりは既存生態系の上位に当たると考える他にない手合いです。『S』は『一級冒険者複数、或いは一国の総力で以って当たるべき脅威』とされ、『H』は『特級冒険者、或いは全人類で以って対処すべき』とされる相手ですね」

「……うわあ、全人類って来たか。ちなみにその『H』ってさ? 例えばどんなのがいたの?」

「――意思を持つ津波の『巣』。とかですかね」

「…………なにそれ、津波意思持ったらダメでしょ」

 怖すぎる。マジで世界規模の天災じゃねえのそれ。逆にどうやってその特級冒険者さんって勝つつもりでいるんでしょうか?

「安心してください。今回の相手、『爆竜プシヴェト』は、定義で言えば『H』には当たりません」

「……、いや、おい?」

「『S』がいいところですね。ラクショーでしょ」

「何がだよっ。一国の総力で以って当たるべき脅威とか聞いたことないんだけどっ? スケールデカすぎてさっ? 逆に想像できないよね、一国の総力って!」

 一国が総力を結集したら、さてと何が出来るだろう。

 平和の国日本に生まれ落ちた俺としては、ライフラインの整備とかしか想像できない。居心地よくなっちゃうよ。いい場所だなーってなって爆竜居ついちゃうんじゃないの?

「いやいや、落ち着いてくださいよ。今回は確かに『S』相手ですけどね、一国の総力を当てるにはまだ時期尚早です」

「……、……」

 それはつまり、

 ……一国の総力()()()()()()()()って当たるという言い回しだった。

 なるほど?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして彼女は、こう続けた。


「――あなた以外の異邦人に、会っておくべきだとは思いませんか?」




――用語解説


アルファベットによる魔物の、種別ごとの等級について。


備考:冒険者スキャット・ブランデー氏による、魔性生物ごとの階級区分定義及びそれによる階級の区分。ギルドにおける三から一までの等級設定に比較して、より細分化され、また単純な接触脅威度以外の項目を重視される傾向にある。

 ギルドにおける脅威度判定は冒険者向けのものであるが、こちらは氏が、「魔性生物各位にはそれぞれで既存生態系との隔離があり、その隔離が大きいほどに種としての強靭さ、特殊性、そして生体解剖によって得る『未知の概念』が多い」として、氏自ら定義した「魔性属性がゼロの種族を基準とした、その乖離数値の割り出し手法」を基軸に提唱した概念である。また、冒険者ギルドではこれを、アルファベットにそれぞれ脅威度を定義しなおして、「三から一等級までの敵性脅威度」とは別の、「より細分化された種族脅威度基尺」として引用することがあるが、これについては氏の定義した「既存生態性との乖離」がそのまま「当該種等級における魔術法則との親和性及び生物的前提」に強く関連し、それを以って生物としての強靭さに関与することに起因する。

 これについて、階級アルファベット及びそのギルドにおける脅威度定義は以下の通り。(氏の定義する乖離数値区別については記述が不可能である)



F――殆ど無害。或いは魔力的性質に依存しない生態系を持つ益獣。

E――三級冒険者単独による脅威の撃破が可能。

D――複数の三級冒険者、或いは二級冒険者単独による脅威の撃破が可能。

C――複数の二級冒険者による脅威の撃破が可能。

B――複数の二級冒険者、或いは一級冒険者単独による脅威の撃破が可能。

A――複数の一級冒険者による脅威の撃破が可能。

S――国家の総力、或いは複数の一級冒険者による脅威の撃破が可能。

H――複数国家の協力、或いは特級冒険者による脅威の撃破が可能。



 なお、H以上の定義とすべき生物種について、旧解釈では「W」及び「O」とされていたが、現在の学説解釈では一括して「最秘匿種」と呼称されている。これについては、「領域」の唯一種(冒険者における『御伽噺の怪物』)の多くがあたるが、現在までにおいてヒト種への積極的な侵略は、どれも確認されていない。



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