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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第六章『宿命の清算【表】』
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或る独白_(02)



 ヒトとは何か。

 死とは何か。


 文明とは何か。倫理とは何か。

 (かのじょ)は、すぐにそれらを忘れた。




 長き悠久があった。


 その世界は凪のように穏やかであった。

 春の日向じみた静寂(せかい)に、(かのじょ)は不快感を欠落した。

 不快がなく、心地よさだけがあった。ゆえに(かのじょ)はそれにただすら身を浸した。(かのじょ)は思考の必要性を失った。




 必要性のない思考が、それでも時折言葉を紡いだ。

 ヒトが言葉を発見しそれを洗練するのに必要な時間(れきし)さえちっぽけに思えるような膨大な沈黙。それが(かのじょ)に、独自の言語を成形させた。(かのじょ)はそうして前世の言語を忘却した。


 そもそもが未熟限りなく、更には「様々なヒトたちのため」にある言語を捨てて、(かのじょ)は「自分だけのための言語」を成立させた。

 その時点で(かのじょ)は、「それまでの言語」で以って描写される全てに価値を感じられなくなった。




 知っている全ての文学は、未熟であった。

 表現が不足し、語彙が不足し、自由度が不足し、ルールに粗が多い。


 そんな未熟な言語で描写された文学は、つまり未熟である。

 先人たちが血反吐を吐いて生み出した数多の文学は、この世界の真理のたった一片すら描けてはいない。


 (かのじょ)は、(かのじょ)だけのための言語で文学をしたためた。それが(かのじょ)に、より実際的な哲学を生み出した。




 それは、当然の事であった。先人どもが未熟な言語で削り出した真理など、(かのじょ)のもつ言語からすれば原石そのままとも変わらない。


 この世界にはまだ未知がある。世界を、(かのじょ)は、その言語のメスで以って更に解剖する。それで以って(かのじょ)は次に、既存全ての数学に勝る唯一絶対の数学を発見した。













 世界が変わる。

 世界が変わる。

 更新されていく。


 見えなかったものが、暴かれていく。













 (かのじょ)のすぐ近くにあった「世界」を、(かのじょ)は遂に発見/定義した。


 この時点で(かのじょ)は、死なぬ生命になる以前に得たもの全てを亡失していた。

 言葉も、哲学も、倫理も、数学も、何もかもが更新された世界で、以前(ヒト)の発見物は無価値であった。

 (かのじょ)は『ヒト』を、亡失した。










 その後、更に悠久を経て、

 猿が、霊長を名乗り始めた。


 高度に独自化した言語/倫理/哲学/数学を持つ(かのじょ)にとってはしかし、その猿どもの黎明の叫びは、獣の咆哮とも大差がなかった。




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