1-4
「さあ、それじゃ私たちも動きましょうか」
防衛拠点テントにて。
彼女、レオリア・ストラトスが他の三名、……ジェフ、バスケット、エイルに言う。
「とりあえずの目標はリベット氏の保護です。ジェフは、そろそろ到着する旧王都兵と合流して、そのまま一部兵士を連れて旧王都に帰還。バスケットはこの拠点にて引き続き作戦を練り上げててね。私は、エイルさんとリベット氏の保護の方に動きます」
そこで、
ジェフが言う。
「…………。君も、立場としては俺と同等だ。なんなら将来的な物も加味すれば俺よりも重要だろう? 敢えて言うけれど、俺と一緒に旧王都に来ないか? 君が出る必要なんて、無いはずだろ?」
しかし、
「――心配性だな、ジェフ。私には逃げ場があるって言ってるだろ? ……それに、いつか言った通り、リベット氏の保護と保証はこの国の義務だ。それから謝罪もね。誠意を見せるのに、当の私が安全圏に引きこもってはいられないだろ?」
「…………。……すまないね。わかってることを言ってしまった。気を付けて行っておいで」
了解。とレオリアが短く返す。
……と、
そのやり取りが終わるのを待って、次いでエイルがレオリアに声をかけた。
「レオリアさん」
「うん? なんでした?」
「私はあなたと共に行く。それは了解しました。察するに私の同行は、私があなたを守ることも加味されたものだと思います。どうでしょうか?」
「……正直言えば、そうですね。一応身を守るスキルは幾つかあるんだけど、でもやっぱりエイルさんの力を頼りにしている節があります」
「では、……――進言を」
「うん?」
「……リベット・アルソンが邪心の巫女スキルを開花させていた場合、リベットに接触しているパブロ氏は今、『悪神ポーラ・リゴレット』の力の半分に晒されている可能性があります」
「……、……」
「パブロ氏の武勇は、私も聞き及んでいます。しかし彼は、悪神の半分に太刀打ちできるほど強くはない、のではないですか?」
「…………なるほどね、なるほどです。それで、……進言というのは?」
「私の全力なら、リベットとパブロ氏のいる地点に二分で接触できます。――どうですか?」
「……、……」
なるほど、と再三の言葉をレオリアは呟いて、
「――任せました」
「パブロ氏の無事は、お約束いたします」
それだけ応えて、エイルは弾かれたようにテントを出た。
〈../break.〉
『ソード』とファフニ―ルの衝突地点にて。
「……って感じで行く。オーケー?」
桜田會のルクィリオが、敢えてグランの目を見て言った。
「……、……」
「不安があるなら言え。ここでそれを消化して作戦をより完璧に近づけよう。なにせファフニ―ルの魔法陣の完成まで、あと三十五秒もあるからな」
「……分かった。分かったよ了解した。…………その上で一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「さっきのウラのウラの切り札、ガチなのか?」
グランの問いにルクィリオは、
……さあな、盛ってるかも知れないわな。と答えて、
「んじゃ始めよう。めったに縁のない竜殺しってやつだ、経験できるだけラッキーだろ?」
と、あくまで軽やかに、
――死戦の開始を、告げた。
『■■■■■■■■……』
――竜は「思う」。
あと数秒で、この国の地図が変わる。それを、他でもない自分の手で、為そうとしている。
『彼』は、思う。
過日自分は、スケールを履き違えた。文明の脆さを知らなかった。吹けば飛ぶ命は、吹けば飛ぶ程度の価値しかないのだと思っていた。それが、違った。
『――――。』
黄金を求めた。財宝を。その価値も知らぬまま、黄金の眩さに目がくらんでそれを集めた。
蒐集した芸術の真の価値を知ったのは、……集めたものが、全て燃えてしまったその後だった。
敗北を知った彼は、そうして初めて弱者の芸術を、美学を、死生観を知った。黄金に照らされるだけの土くれ色の世界が、イミを知った絵画の数だけ色づいていった。
ゆえに彼は、
――ヒトの弱さを、受け入れることに決めた。
『(……地形を変えるだけの威力。どう足掻いても、あの五人は死ぬだろうな)』
雑兵と共に地割れに落ちてくれれば、怪我だけで済んだものを……。なんて風に彼は嗤う。
『(そら。あと数秒でこの術式は完成するぞ? 尻尾を巻いて逃げるがいい、弱者よ。私は貴様らの背中を、尊敬を込めて見送ろう)』
ヒトは、弱者であるからヒトである。それがヒトの存在意義であり価値である。
ゆえにヒトは、『彼』には分らぬほど繊細で、美しく、儚き芸術を生み出すに足る。
ヒトに、強さは、……求めない方が良い。
『(さあ、時間だ。逃げてくれたまえ。……頼むから、逃げてくれ。諸君らは弱い。そのことに気付け。弱さは悪ではない。儚きことは美しいのだ。命を守れ。そのために必死たれ。その選択を選べるのは、……知らなかっただろう? 諸君らだけなのだ。どうか――)』
一つ、嘶く。
威圧を込めて咆哮を上げる。不可逆の破壊を知らしめるべく、背の魔法陣で空を灼く。
そこに、
――ガラス玉が、三つ。
『(――――。)』
../break.
「――――ッ!!!!」
竜の目下、地上にて。
まずはハィニー・カンバークが、高空の魔法陣に向けて三つ、ガラス玉を投げた。
……それらは、ヒトの膂力を超えた速度で飛び、そして空の彼方で魔法陣の光に紛れる。そこで竜が、一つ嘶いた。三つの魔法陣がそれに呼応し光を吐いて、
そして、魔法陣が、
――消える。
「……まじで、…………消えやがった」
グランがそう、うわ言のように呟いた。
彼が聞かされた説明は、まず、ハィニーの持つ『硝子属性魔法』についてであった。
彼女は火・土・水の魔術属性を、「ガラスの生成に特化させる」ことで強化させているらしい。元来彼女の持つ「魔術の成立すら難しいほどに極微量の魔術量」を、そうして下駄をはかせることで使用可能レベルまで引き上げる。
そうして出来上がったのが、先ほどの「ちっぽけなガラス玉」である。
それが、――竜の魔術を消し飛ばした。
「――正確に言えばあれば、魔法じゃなくて魔法陣を消し飛ばしたんだけどな?」
「……、……」
「んな顔すんなよ。殺すって決めたから解説してやるってわけじゃねえさ。……そっちも学者様なら分かるだろ? 魔法陣は、精密部品の積み重ねだ」
……魔法陣とは、光で魔術式を「書く」ことによって魔法現象を発生させるものである。
書くという工程一つ分だけ魔法陣とは煩雑とした技術であり、実用レベルでは「口頭で、最適化されたフレーズを呟く」という詠唱術が幅を利かせている。しかしながら、魔術のスケールによっては、その利便性は逆転する。
行使する魔術が、大規模、複雑であればあるほど詠唱も複雑になる。他方で魔法陣は、間違えれば書き直せばいい。また口頭での詠唱魔術とは違い、「魔法陣を二つ三つと重ねる」ことで、多次元的な作用、相乗効果を乗せることもできる。総じていえば、今日までに淘汰され残ってきた魔法陣魔術は、――魔法陣魔術であるというだけで桁違いであるとされる。
「――――。」
そう。魔法陣魔術は「複雑」だ。複雑な精密記述の積み重ねを、大抵の場合魔力光で行う。
「(――魔力光で行うからこそ、魔力で作った硝子ならその精密さに介入できる? ふざけんなよ、そんな半端な理由で魔法陣が止まってたまるか)」
「それより手前もさっさと動け。作戦はもう始まってんだよ」
「…………分かってるさ。聞きてぇことは全部後だ。――んじゃ、行くぜ」
グランが、両手を目前に突き出す。
目前。
正確に言えばそれは、目前にある剣山のごとき山の一つの、そのふもと。
彼はそこに、掌を当てて、
「――――ッ!!」
白条を、ゼロ距離で打ち込む!
「おら! 手前らのオーダー通り綺麗に倒れるぞ!」
「了解! んじゃお前ら! 行ってこい!」
「よっしゃぁ……っ」
「いくぞぉ!」
「おうよ付いて来いよストラトス領!」
「なあ手前ら今更だけど俺のことストラトス領って呼ぶのやめろ!」
倒壊する剣山の一柱。そこに、呼ばれた彼ら、……エノン、アリス、ミオ、グランの四名が足をかけ、駆け上る。その間にも柱は轟音を立てて角度を失い、そして……、
――柱の切っ先が今、竜の顎に照準を定めた!
「ストラトs、……グラン!」
「りょーかいッ!! 呼び方改めてくれてありがとよ!」
指示をしながらルクィリオが全力でその場から距離を取る。それを後方の気配に確認したグランが、今度は両手を、彼らが奔る「柱の側面」に接着し、
「――――ッ!」
――閃光。それと共に、柱が光に両断される!
「んじゃ今度は俺の出番だなァ! 手前ら全員、振り落とされんじゃねえぞ!」
「来るならこぉい……ッ!!!」
アリスの威勢を聞いて、柱の断裂面にエノンが奔る。他の三名は、柱の先端を目指す。
そして、爆音。
エノンが柱の断面に爆炎を打ち込み、柱が、ロケットのように打ちあがった!
「fooooooooooooooooooooooooooooooooooooooッ!!!!」
「ミオ! よろしく!」
「任せとけ!」
後陣二名の声を置き去りに、グランがその場で奔り出す。白条を後方に両手で吐き出し、流星のように加速し飛び上がる!
『■■■■■■■■■■■■!!!』
彼方では今、竜が再び背に魔法陣を描き出す。その数は五つ、先ほどの『竜閃』よりも二回り小さいそれらが、しかし先ほどとは違い、描かれたと同時に力の兆しを見せ始める。
「お兄ちゃん!!」
「見えてる! ハィニー!」
「――――ッ!!」
魔法陣五つに、投擲されたガラス玉が衝突した。魔法陣がステンドグラスのように割れて消える。しかし竜はなおも魔法陣を作り続け、そこでハィニーが、
「あッ!!?」
「どうしたハィニー!?」
「一個すっぽ抜けた!」
竜の作り出す魔法陣の一つが、遂に内包する魔力を現象に変える!
「(……竜閃か!)」
「わあごめん!!」
「謝ってる場合じゃねえ! おいルクィリオ! 俺が迎撃する!」
返事を待たず彼、エノンが、倒れる柱の根元から炎線を撃つ。
しかし――、
「(クッソ! 普通に力負けしてんじゃねえか……ッ!!!)」
エノンの撃つ炎線を竜閃が真正面から「割って」、飛翔する柱の先端に向かう。
「おい! ルクィリオ!?」
「問題ない! 『グラン聞こえてるよな!?』」
『聞こえてるし見えてるよ! 任せろ、こっちの「心臓」のが特別性だぜ!』
ルクィリオが手元の念話スクロールに噛みつくと、グランのハイになったような叫び声が返った。――そして彼方で、竜の閃光が「白条」に撃ち抜かれる!
「オーケーだグラン! 着弾圏内に入った!」
『了解!』
「アリス! トドメ、刺しちまえ!」
『任せてお兄ちゃん!!』
向こうで、石柱が竜の腹に「着弾」する。大質量が竜の胴体に深々と刺さり、竜が、地を揺らす大絶叫を上げて、
そして、
『――任務完了』
「さすがだ、アリス」
絶叫が止まり、
――竜が、「氷結」した。




