幕間_Ⅳ
翌朝。
悪神神殿防衛拠点の、主要テントにて。
「大変なお知らせがある。――率直に言って、北の魔王勢力がこの地にて確認された」
彼女、レオリア・ストラトスは、並ぶストラトス領重役たち、桜田會、そして私、「公国騎士」に、
――言う。
「ゆえに諸君、現時点を以って厳戒態勢を取るものとする。はっきりここで宣言しておくが、恐らくは今日を以って、戦争は始まる。
……諸君。今この瞬間に、国を守るために命をささげる覚悟を、しておいてくれ」
/break..
「さて」
先ほどの短い言葉で以って、この拠点の時間は急速に回り始める。呼びつけられたストラトス領の人間はその足で自分の管轄へ指示を飛ばしに戻り、また桜田會上級幹部からは「頭脳業務役」を残してストラトス領のグランとパブロに合流、戦闘要員の集まる演習スペースに移動した。
この場に残ったのは私と、レオリアと、それから桜田會からサクラダ・ユイとコルタス。そしてバスコ共和国側からはバスケット氏とジェフ氏である。
――この国の最重要人物が一堂に会したようなこの状況で、
彼女、レオリア・ストラトスは、
……静かに、状況を語る。
「まずは今のこの状況だけど、先ほど言った通り、北の魔王勢力が確認された。確認された人物は、一席・魔王カルティス。二席・白銀のマグナ。三席・誇りのバロン。そして七席・知己のニールだ。それからここに、例の二級冒険者リベット・アルソンも加わる」
「へェ、そりゃ豪華じゃねェの」
ユイが言うと、
「ああ、豪華だ。豪華すぎて嵐の前触れを確信するしかない。……彼らは恐らく、もう既にいつでも動き出せる状況なんだと思う。『亜性領域:世界樹の頂』にある王城からわざわざ出張ってきてるんだ、用事もなく散歩だとかただの下見なわけは絶対にない」
「……、……」
『亜性領域:世界樹の頂』。
それが彼の魔王の居城が敷かれた場所である。『領域』と、その名を亜性ながらに関することは、「私たちのような人間」からすれば、単に難攻不落であるというだけ以上の意味を持つ。
「領域。この場にいる人間に隠す情報でもないと思って言うけど、それは『この世界から割譲された、支配者のための世界』だ。当然この場で詳細を話すつもりはないから結論だけ言うよ。――ストラトス領は、この機を決して逃さない」
むしろ、この機にこそ自分たち勢力の勝ち目がある。と彼女、
「しかしながらこれは防衛戦だ。たった五人の戦力を、それもそれぞれが超一級と思われる連中を、常に警戒する必要がある。防衛網をすり抜けられることは決して許されない」
――故に、
「アタマを貸してくれ。君たちの知識を、経験を、戦術を、アイディアを、……どうか、全て私に譲ってほしい」
そう言って彼女は、私たちに頭を下げた。
「ポイントBの件は、すでに確定しているとして構いませんか?」
まずはコルタス、……桜田會所属の老人が言って、それにレオリアが首肯を返した。
「ではこの場ではあくまでこの防衛拠点近郊でのお話ですか。……まずは、どのように相手が攻めてくるか、ですが」
「それについては、昨日確認した悪神神殿周囲の地理を思い出しながら聞いてほしい」
レオリアが言って、テント中央部の戦術テーブルに地図を広げた。
「まずこれ、これが神殿だ。周囲は森に囲まれていて、森を構成する木は魔素対抗力に乏しい人間を酩酊させる魔性種のものだ。当然ここに配置する人間は、この酩酊に対抗できるものに限られる。我が領からは、ひとまず一五〇〇を用意した」
「一五〇〇? 少なくね? センセー?」
「ひとまず、です。本日十二時を以って配置人員は総計一八〇〇〇になります。……ちなみに桜田會から借りられる人数は、どの程度に収まりました?」
「ひとまずァ一週間以内に六〇〇だネ。どれも傭兵だの冒険者崩れなンで、どの程度使い物になるかもわからんネ」
「やはり、難しいですか」
「実際、実に面目ない話だ。悪ィネ、ウチァ手持ちの兵士なんざ小競り合いか暗殺規模なんでヨ。まァその分、アタシが働くさ」
「信頼させてもらいます。……それじゃあとりあえず、現時点の一五〇〇は神殿周囲に、このように配置して哨戒させる」
と、彼女が地図上に、駒を三個配置した。
「一応説明。この駒は指揮系統で言うところの階級二段目です。つまりはここから二段階を経て上下指示が伝達される。速度感で言うと、上の指示が末端まで行き渡るまでにはおよそ二分程度かな」
「早ェのか遅ェのか分かンないネ。でもまあ了解だ。ちなみに北の魔王見付けたヨって報告はどンくらい掛かる?」
「それについては信号弾で行います。色の振り分けは後で教えます」
「コルタス色ォ覚ェといてネ」
「了解しました」
「それから、……十二時を以って順次、到着した兵士からこのように配置する」
と、レオリアは語調を正す。それから彼女は、先ほどの駒を横に倒して、新たな駒を二種類卓上に配置し始めた。
「縁起が悪いが説明の便宜でこう区別させてくれ。倒したものは撃破されたんじゃなくて、この大きい駒二種類の部隊に接収される。……それで、この駒が指示系統の四段階目だ。上位命令の浸透には四分を見積もってくれ。……さてと、まず、この部隊はおおよそ樹木の年輪状に配置される。ただしあくまで主な任務は哨戒、北の魔王の発見までだ。癪だけど彼らじゃ、逆条の連中には太刀打ちできない」
「足止めが出来そォなヤツもいねェの?」
「接触した相手にもよるけど、『この形の駒』の方には、数分程度の足止めが可能かもしれない」
と彼女は、先ほど並べた駒の一つを取り上げる。
「この駒の形が本隊、もう一方の駒は補給等補助的な動きをする隊だ。ひとまずここまで、質問は?」
「では、一つ」
手を挙げたのはコルタスだ。それにレオリアが視線で応える。
「本日十二時で以って総配置人員は一八〇○○となる。了解しました。しかし防衛作戦でこれを『いつ来るか分からない北の魔王の襲来まで永遠に待機哨戒させる』わけではないですね? その辺も一度耳に入れておきたい」
――了解した、とレオリア。
「まずは補給物資の問題がある。ひとまずはこの一週間のプランとして、明日以降から徐々にこの動員を三分の一まで減らし込んで、その中で休息のルーティーンを取る」
「尻切れトンボだナ、半端なやり方に聞こえるワ」
「そりゃ当然、なにせ十中八九、北の魔王は今日中に来ますからね」
……今の話はあくまで、ウチの計算部署に出せと言われて出した数字です、と彼女。
「なるほどだネ」
「ええ、今回の作戦において、北の魔王はほぼ確実に『こちらの消耗を待つ一手』は打たないでしょう。なにせこの戦場において私たちは、彼ら北の魔王が嫌う『ストラトス領と桜田會の関係性の地固め』を、本物の戦場という最も絆が深まる場所で行うわけです。他に質問は?」
「ネェな」
「どうも。それでは続けます。こちらの地図の神殿周囲にある記線をご覧ください。これは、神殿が例の教団から放棄された当初に用意した防壁で……」
以降に確認したのは、配置部隊の動線や部隊移動及び再配置における符号、或いはその他の「一般兵の動き」の打ち合わせ、そして――、
「そしてこれが、あなた方主役の持つ戦力の配置です」
私やそれ以外の「逆条構成員に太刀打ちできる人間」の『配役』である。
「よろしいですね? ではこのように。みなさんはこれより、こちらに用意したメンツでそれぞれウチの兵たちと動きの確認をなさってください。それからこの後〇八時に、我が領兵各隊の隊長を集めて、全体での確認をします。……一応、やり取りに混乱がなきよう、ウチのグラン、パブロ、バスケットをそれぞれ付かせますので」
よろしく、と彼女が言い、ビスケットが敬礼を残しテントの外に出た。
「ということで、先ほどお伝えした各チームのコードから、『チームソード』にはグランを、『チームグレープ』にはパブロを、そして『チームウルフ』には先ほどのビスケットがご同行します」
その声を待ったようにテントに来訪者。見ればその人物はビスケット氏と、先ほど彼が声を掛けに行ったばかりのはずのグランとパブロであった。
「早かったね、ありがとう。それじゃあ『ソード』、『グレープ』、『ウルフ』はそちらの三人がご案内します。それから、エイルさんは――」
……私と一緒に。と彼女は言って、
そして私を見た。
../break.
「とりあえず、エイルさんとの戦術打ち合わせは先ほど言った全体集会にて行います。よろしいですね?」
「ええ、了解しました」
「……それで、ちなみにで聞くんですけれど、やっぱり公国からの何らかの補助は、難しかったですか?」
「…………すみません、何分昨日の今日のことですから。まだ意見をまとめられていないようで」
「ですよねー。……いえ失礼、難しいお願いをしている自覚はあります。しかしもし何か一報でもあればお待ちしておりますので」
そう、彼女は言って、
「……、はぁ。いやあ、疲れちった」
煙草に火をつけ、たははと笑った。
「あ、おっと。……すみません、外行っときましょうか私?」
「いえそんな、お気になさらずに」
あの。と、私は言う。
「?」
「ビスケットさんから伺いました。……あなたは、私の申し出に、本当に全力を尽くすつもりだと」
「あー、なるほどね。……ははは、参ったな」
紫煙が一条。テントに溶け入る。
私は、それを静かに待った。
「……、特級冒険者への打診を、現段階で行っている最中です」
「……、……」
「まあでも、これはぜひともデカい借りだと思って気負わず受け取ってください。公国騎士の『剣聖のトーラスライト』。あなたへの借りが作れるとすれば、多少の出費は黒字でしょう」
「多少、……と言って下さるのはありがたいですが、しかし私はそれを笑って受け取ってはいけません」
騎士は、施すものでなくてはならない。私はそう、堅く教えられて育ってきた。
施されたら返せばいい、なんてのは騎士ではない。騎士は、……騎士は、正義のために自ら悪を絶てるように、そのために、帯剣を許されているのだ、と。
「今日日冒険者だって帯剣してますよ、……ってのは軽率な軽口ですね。すみません、忘れてください。――まあ、どうしてもエイルさんが気に負うというのなら、私も本音で喋りましょうか」
「……、……」
「リベット・アルソンは、バスコ共和国人です。……まあ『極海の星』に所属していた経緯から我が国の正式な国籍があるわけじゃないですがね。それでも、ルール抜きにして普通に考えれば、ウチの国の領土で生まれてくれた人は、ひとまずみんなウチの国のヒトだって言っちゃっても構わないでしょう」
「……、」
「彼女は、我が国の腐敗政治の被害者です。我が国が腐ってないか、或いはさっさと浄化を終えて国政に注力できていれば、彼女のような被害者は生まれなかった。『極海の星』や『悪神神殿』に早期に対応できなかったのは、ひとえに、私ども貴族の間違いでした」
どうか、ご容赦を。とレオリアは言う。
「ですから、これは『国政支出』です。出来ないとか言ってる場合じゃない。やらなきゃいけないことです。……まあそれで言えば、我が国の魔族への悪感情をついぞ好転させられなかったのも私のミスですかね。……いや、まーアレは、あっちがウチらをめちゃくちゃ嫌ってるだけなんでホントは私のせいじゃないですけれども」
「……ははは」
「…………気遣い笑いほどヘコむものないですからね言っときますけど。――まあでも、気遣いについては問題なくありがたいですな」
もう一つ紫煙を吐くと、いつの間にやら彼女の煙草は根元までが灰に変わっていた。
彼女はそれを、備え付けの灰皿に放り込んで、
「困ったときはお互い様、なんて事情ですらないんですよ、私にとってはね。……ですからあなたもここは飲み込んで、友人の無事を祈って差し上げると良いです」
「……、」
そう私に言って、テントを出た。
※次回更新は明日を予定しております。よろしくお願いいたします。




