(02)
「あ、バロンが帰ってきた」
「うん? バロン? ……あのこっち来てる猫のヒト?」
「あー、うん。一応あの人も北の魔王だよ」
「ま、魔王ってか……。なあ魔王ってさ、めちゃくちゃさっき話に出したあの魔王だよな? その人の幹部の人なんだよな? …………お、おっかなくないの?」
「いや全然だよ、紹介してもいいかな?」
「ああ、それは構わないわ。是非よろしく」
「――っとと、ただいまリベットちゃん。……とーそちらは?」
「カズミ・ハル。私の同僚で、私が二級冒険者になれたキーパーソンです」
「ハルですぅ」
「へえそりゃどうも! バロンだ。よろしくな兄さん!」
「……それで、どこ行ってたのよバロン?」
「うん? あー、妙な気配があった気がしたんで、ちょっと警戒してた。ほっといてごめんな? ……と思ったけど、ハルさんと楽しくやってたのか。逆にちょうどよかったかもな」
「妙な気配? どゆこと?」
「妙な、としか言えないな。……しかし特に何にもなかった。ウチの連中に連絡して、そのまましばらく警戒してたけど問題ナシ。別嬪の嬢ちゃんが一人店入ってったくらいだなぁ」
「また悪い癖が出てる……。まあ、ハルくん、バロンはこんな感じのヒト。良ければもう少し、一緒に飲んでいかない?」
「お、いいね。よろしくバロンさん。……そしたら三人にもなったし、ここはひとつトランプでも出そうか?」
「…………勘弁して頂戴」
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店に入る前。
私ことエイリィン・トーラスライトは、入り口付近で周囲を警戒する様子の「猫族の男」、――『逆条三席・誇りのバロン』を見つけて、その場で大いに混乱をした。
彼がこの町にいること、ではない。彼らが下見に来ているであろうことは簡単に予測が出来る。そうではなく、「飲食店の前で彼を見つけてしまったこと」に、私はまずパニックを起こす。
あのバロンが、警戒のために置かれたものであることは察しが付く。しかし、ならば中にいるのは何者だ?
そう考えて、そして半ば自動的に、私は防衛拠点との連絡を取ろうとして、
「……、……」
そして、――それをふと躊躇った。
……中にいるのは、十中八九で北の魔王の構成員である。或いは逆条八席の重要員物か、バロンと言う幹部が「警戒役として消費されているコト」を思えば、いっそ大本命、『魔王カルティス』が中で食事をしている可能性もある。……が、それよりも私は、
「………………、」
リベットのことを、まずは思い出した。
彼女がここにいたら、私はどうするべきだろうか。
彼女を「売る」ために拠点に連絡をすべきか、或いは――、
「……………………。はぁ」
そんな逡巡が、「連絡」ではなく「潜入」を私に選ばせて、
そしてそこで、私は、――リベットと、それに加えてもう一人の友人の姿を、見付けたのであった。
「……、……」
彼らの会話を聞く間、私は、お店には実に申し訳ないことにお冷しかオーダーできていなかった。
……彼らの会話に妙に食欲を失くしたというのもあるが、それ以上に、下手に声を出して彼らに見つかってしまうのが怖かったためである。
「(合流は、……出来ないよなぁ)」
そう、どこか自嘲気味に私は口端を上げる。何せ「私という公国騎士」がリベットに存在を認められてしまったら、双方の感情はどうあれもう食事どころではない。彼女からすれば私は、……きっと、友人と思ってくれてはいるだろうけれど、それでもそれ以上に障害であり敵であるからして。
「……、……」
ハルは、……まあ、会いには来ないだろう。
だって私たちは『あの日』ちゃんと「彼が彼自身の宿命を清算するまでの決別」を済ませたから。そんな奴がひょっこり現れたって、そんなもの蹴飛ばして檄を飛ばして追い返してやるだけである。しかし、だけれど、
「……、」
それでも「コレ」は、流石に堪えた。
友人たちの談笑を遠巻きに眺めて、彼らの笑顔をたくさん見た。話しかけることが許されるなら、と、そう胸中で大いに自虐しながら。
今なら、認めよう。
私はきっと、「思う事」に疲れ切っていたのだろう、と。
リベットとの敵対。彼女の宿命の邪魔をするべきという、双肩の責務。覚悟を果たしに行ったハルのことと、……何よりも私がレオリアにしてしまった、「騎士としては恥ずべき願い事」。
疲れている。ああ、疲れたとも。
どうしたらいいのかが、私にはもうまるで分からない。
「」
私の「剣聖」はきっと、もう、酷くくすんでしまっている。
私はそう「思い」ながら、
そして、拠点への帰路に着いた。




