5-3
「キミね、キミも冒険者なら生肉のリスクくらい知ってんでしょう(くどくど)」
「……。(……呪っ)」
「それをそんな、堪え性のない子供みたいなわんぱくな顔でよくもまあかじりついたもんですよ。……待て、まだひっくり返すからまだ待て(くどくどくど)」
「…………(呪呪っ)」
「まあ任せとけよ俺ってば実は肉を焼かせたら右に出るモンはいないわけよ見てなさいよ。ほら、こうやってな、中の旨味を逃さないようにじっくりと火を通すわけだ(くどくどくどくど)」
「………………(呪呪呪呪ッ!)」
「こりゃもうあと少しで焼けるかなって怖ァっ!? そっち見たらキミ顔怖ッ!! そんな顔したら駄目だろ女の子ッ!!」
……と、
そこで彼、鹿住ハルは、
「……俺の卓の肉でよければ分けようか? 今さっき出来た焼き立てのおいしいトコのヤツ一個」
「ちょ、ちょうだいっ!(解呪)」
やはり辟易とした半眼で言って、……彼のテーブルから持ってきたらしい、確かに見ただけで極上な出来栄えのお肉の串を、ナイフとフォークで私のお皿に解してくれた。
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「店員さん、自分この子の席に合流したいなって思ってまして」
「ええ、構いません。では近くの席を取り直しまして、テーブルの料理をそちらにお運びしましょうか?」
「じゃあ、お言葉に甘えてます。すみません恐縮です」
と、向こうでそんなやり取りをしていた彼こと鹿住ハルは、とりあえずエールだけはしっかり携えてこちらに帰ってきた。
……やっぱり、どう見てもハルである。完全に鹿住ハル。見間違えようの余地もなく彼であった。
「お肉おいしい。ありがとうデス。……っていうかなんでキミこの町にいんの?」
「合縁奇縁ってやつだな。…………睨むなよ分かったよお察しの通りお前に会いに来たんだよ」
なんでそう疑るかな……、とハル。しかしながら心当たりのない彼でもあるまい。一緒にした旅路は短いものだったけれど、それでも彼の計算深さみたいなものは十分に露呈しているからして。
「私に会いに、って?」
「そりゃ、普通に見送りだよ。何かお前、厄介な案件に向かってるところなんだろ?」
行き会いの酒場で噂を聞いてな、と彼は続けて、
「俺の行き先とも近かったんで、見つけられないかと思って寄ってみたんだ。なんだよ、お肉あげたんだから邪険にしないでよ……」
「え、あ、いやー、そんなつもりじゃなくて……」
完全にこれは、唐突な再会に気持ちが追い付いていないというだけの話だ。
何せ彼と最後に会ったのは、……でもまあ、思い返してみたら三週間ぶりとかその程度だったっけ? なんだか、最近は立て込んでいたからだろうか、本当に久しぶりな気がするものだ。
「(いや、三週間ぶりなら十分久しぶりなのかな? 冒険者の時間感覚って厄介だからなぁ)」
グループを組んでいるなら話も変わるが、大抵は遠征一つでも経たら半年一年会わない仕事仲間なんてのもザラである。
いや、そんなことよりもまずは……、
「まあ、そっか。そんなもんだよね」
「ああ、お互い積もる話でもあるんじゃねえのん? ちなみに俺はあるぜ」
「へえ? ……それってどんな?」
「実は俺な、界隈じゃちょっとしたヤツって名前が通ってんだよ」
「な、なにそれ……?」
「大富豪のハルってな。夕飯を賭けて暇つぶしのゲームな、それではしゃぎすぎた」
「あー、……まだそういうのやってんだ。――まあ、とりあえず一旦さ」
言うと彼も、『アイコンタクト』を受け取ってくれて、
「音頭は、任せたわよ」
「あー、んじゃ、――再会を祝して?」
乾杯と、
……なんだか最近縁の多い音を、私はそれでも丁寧に鳴らした。
「ちなみに俺の近況って言うとだけど……。まあとりあえず俺の今後の行き先は、こっから更に東に向かう感じだ」
「東? ……って言ったら『ノーグレスの廃坑山脈』辺り?」
「そうそう、ちょっとした依頼でな。長尺のヤツだったんだけど、ようやくそれにも区切りが付きそうだ」
「へえ、そうなんだ? ……ちなみにどんな依頼なのかって聞いちゃってもいいの?」
「はっはっは当然。実はこいつ、俺の持ち込み企画でな。スポンサーは冒険者ギルドの公国とバスコの本部だ。更にもしかしたら、それぞれの国の行政レベルからの出資もあるかもしれんのよ」
「よ、予想をはるかに超える大口依頼なんだけど……。キミは何と戦おうとしてんの?」
「ああ、知らないか? 最近この辺りに出たんだよ、例の『ストーリア公国の英雄たちを壊滅させた推定H級以上のネームドエネミー』。アレ倒すの」
「うわっ、えっ!? 全然知らないその辺の事情! 犯人分かったんだってのもあるしそいつ最近また出たんだってびっくりもあるよね!」
「なんだ、冒険者名乗ってる割には勉強不足なんじゃねえの? ちなみにそいつの名前は『パーソナリティ』に決まった。機械系の唯一種族な。ここだけの話、そいつのステータスを見たのも俺だったりして」
「うわーホント活躍してるじゃん。ぶっちゃけその活躍だけでもう一生働かなくていいくらいのお金入ってきてるんじゃないの?」
「いや、まー。ちょっとあってな、縁が。……実は俺な、例の英雄の壊滅に立ち会ってんのよ、それでまあ、敵討ち的なさ……」
「重い話になる?」
「なるかも」
「じゃあ一旦やめよう」
「そ、そっか……」
と彼が、隣のテーブルから串を一つ取り上げ、私のテーブルの炭に乗せた。
そこで私は、炭の赤熱を「彼の手首辺り」がキラリと照り返したのを見た。
「あれ? それ……」
「あ、これ? 腕時計」
「……成金だぁ成金がいるぅ。金入りが良くなった途端に着飾り始めたんだねトテモ素敵デスネ」
「やめろその顔……っ! いやこれ、実は俺の実費じゃねえんだよ?」
「じゃあ大富豪で巻きあげたんだ?」
「もうちょっと懐に優しい相場でやってるよ。メシ以上のモンは賭けてねえから……」
そうじゃなくて、と彼。
「エイルに貸してもらったんだ。……実は詳しくなかったんだけど、腕時計ってマジでとんでもなく高いだろ? それにドン引きしてたらあいつがね」
「へ、へえ。……(貴金属のプレゼント? えっ、なに? 仲が進展してるの???)」
「……顔で何考えてるか分かったけどそういう話では一切ないからな?」
彼のうんざりした様子に、私は少しおかしくなってエールを呷る。
しかし、……エイルかあ。
あの子も元気にしてるのかなあ。
「っていうかお前、さては『パーソナリティ』のストラトス領襲撃事件も知らなかったり?」
「………………。もう驚かないつもりだったけどそれはヤバイね」
「桜田會とストラトス領が手を組んだってハナシは?」
「それは知ってた」
「あーそう? まあ、そうなんだよ、これもまた合縁奇縁でな。俺が乗り込んだ飛空艇が北の魔王に襲撃されて、それを退けたって縁で領主レオリアにお呼ばれされてさ」
「……………………。アー、ソウナンダ、大変ダッタネー」
「……カタコトだねえカタコトだなあどうしたー何を隠してるー???(疑いの目)」
「いやー何でもない、そこお肉焼けてるんじゃない?」
「うわぉ本当だ! やばいやばいやばいバーベキューのハルの名が廃っちまう!?」
「……君の通り名って全体的にそこはかとなくイマイチなやつばっかじゃない?」
『爆弾処理班』、『大富豪』、『バーベキュー』。一つ目は特に昔の英雄が持ってたユニークスキルとして通りもいいけど、それでもやっぱりなんとなく英雄感は不足気味かもである。
「……っとと、とりあえずもうちょい焼けばいい感じかな? ってなわけでな、俺がストラトス領にお呼ばれして、桜田會との和解にも『公国側のゲスト』として招かれて、そんでもってその会場が襲撃を受けた。そして今に至るって感じ――」
「公国、側のゲスト?」
「?」
「冒険者としてじゃなくて?」
「――――。(なるほどねー、そういう理解度か)」
ふと遠くを見始めたハルの表情にも取り合えず、私は一瞬で思考に没入する。
彼は、公国側のゲストとしてストラトス領に招かれたと言った。冒険者ではなく、国賓の類いとして。しかしながら当然のこと、彼は公国に籍を置く人間ではない。
ならば、それはつまり、
「エイルも、ここに来てるの?」
「……、……」
――否、それどころか、
「ハル。……キミは、どこまで知ってる立場なの?」
「……、」
そう、そうとも。
考えてみれば矛盾がある。彼は私が「厄介な案件に首を突っ込んでいる」と聞いてここに来た。しかしながら考えても見ればそもそもそんなはずはないのだ。仮に市勢に流布している『悪神神殿絡みの噂』があったとして、それは「北の魔王が神殿を攻略するらしい」というところまで。私が噂に登場するなんてことは断じてあり得ない。
だって、誰も私のことなんて知らないはずなのだ。私は確かにあの悪神の巫女だけれど。……だけれど私はそもそも、この物語に登場してはいなかったはずだ。私はどこまでも秘密裏に、なんなら「偶発的と言ってさえ良い形」で北の魔王に拾われて今の状況に収まっている。
なのに、それを知っているとすれば、――彼は、
「――――。」
「……、……」
私は、彼を見る。
懐かしい友人に会ったと思ったら、そんなのは全部勘違いで、私の目の前には今、『私の宿命の清算』を妨げる敵がいるのかもしれない。そう思うと、
そう思うと、これは、――ああ。
酷く、酒が不味いって話だ。
「リベット」
「なに」
「覚えてないか?」
彼は、私に言う。
「……、」
「――次にまたきっと会うって、お前言ってたろ? 気持ちがいい酒の席でってさ」
「――――。」
彼は、更に言葉を続けた。
「俺の立場は、シンプルではあるがちょっと説明がし辛い。だからこんなふうに、遠回しな話になった。しかしまあ、結論から言えば俺は中立で、さらに言えばちょっとだけお前寄りだ」
「ど、……どういう、こと?」
さて、
と、彼は、――なぜだか少し楽しそうに、そう一つ言葉を浮かべた。
「ここからが本題ってやつだ。っつってもまあ、探偵小説の解決パートみたいな事情の開示とかじゃなくて、これはあくまで話のネタにようやくありつけるって話だけどな」
「メインディッシュ?」
ああ、と彼。
「答え合わせがしたい。……それを一つ、今日の酒の肴にしてみないか?」




